魔王か勇者か
俺達は街に帰り、とりあえずギルドに行きエシュールさんに顔を出しに行くことにした
「おお、無事に帰ったか! ……ってガル!? 大丈夫なのか!?」
俺を見たエシュールさんは返り血を見てあたふたしている
「え、あぁ、返り血で真っ赤ですもんね。ビックリもしますよね」
だんだん臭さに慣れてきてしまったようだ、風呂入りたい……
「あの、すみませんが風呂行きたいんで報酬貰えませんかね?」
「ああ、悪い、そこに風呂があるぞ、服も綺麗にしておいてやるから先に入ってきて構わんが」
「マジすか! お借りします!」
やっと……やっと風呂に入れる……。服のことも心配しなくていいようだ
やっぱ日本人は風呂だよ。偶に入らない日もあったけど、こんな汚れたら風呂に限る。湯で汚れを流して温かい湯船に浸かって、ゆっくりしたい気分だ
「あ、これ一応耳です」
俺は赤色の大きな耳をエシュールさんに渡した
「そうそう、サイクロプスじゃなくてサイクロンタイタンでしたよ」
「なっ!? サイクロンタイタンをそなたら四人で討伐したというのか!?」
目を見開き俺達を見てくる。そりゃそうだよな、下位のサイクロプスでさえ魔法使いで囲むんだろ?
それを強化個体とやらのサイクロンタイタンを四人で倒したって言われたら、驚くのも無理はない。でも倒したのほぼ俺一人なんだよな
「いや、俺様達は何もしていない、ガルが一人でやったんだ」
「なんだと!?」
返り血塗れの俺のことをまじまじと見てくる
「あの、とりあえず風呂行ってきますね」
話が長くなりそうなので受付嬢に目配せをして案内してもらい、鼻歌を歌い、スキップをしながら風呂に入りに行った
◆
俺様は未だに信じられない
Sランクの魔物、サイクロンタイタンが現れ、壊滅するかと思われたのだ
俺様は2人を逃がし、俺様とガルで足止めをしようと思ったが邪魔だと言われてしまった。ガルはそれほど仲のいい訳でもない二人のために命を投げ出すと思い心配し、残ると言ったが、そこでエシュールさんの名前を出され、逃げてしまった。だがそれも今は正解だったと思う
ガルを援護する覚悟を決めて戻ろうとした瞬間に、とてつもない圧力を感じた。それはサイクロンタイタンではない恐らくガルの力なのだろう
あれを近くで受けていれば身体は持たず、精神までやられたかもしれない
気がつけばガルは血塗れで俺様の前にいた
血塗れとはいえ、それは返り血、怪我一つ無かったのだ。という事はサイクロンタイタンを圧倒したのだろう
俺様の聖属性付与した聖なる斬撃を受けてもほとんど無傷だったサイクロンタイタンを、だ
本当に異様な硬さだった
俺様はあの後パーティーを一旦離れ、サイクロンタイタンの死骸を見てきたのだ
見た時、俺様は唖然とした
サイクロンタイタンの死骸は無残にも頭から穴が空いて下半身まで穴は続いている、その下には小さなクレーターが出来ていた
恐らくガルは拳で貫通させたのだろう、正直有り得ないが、魔法と言われるよりは現実味がある気がするが、どちらにしろ現実離れしていることに変わりない光景だった
「という事があったんです」
俺様は簡単に見た事を説明した
「なんと……」
エシュールさんも有り得ないという表情だ
そりゃそうだ、普通サイクロンタイタンはランク8以上の冒険者と聖騎士で囲んで倒す。それが定石なのだ
「私達は戦っているところを見ていませんでしたが、彼の圧力に負け、意識を失ったのは事実です」
「そんな……そこまでの力を……やはりガルは勇者か……魔王か、どちらかなのだろうな……いや、この想定なら恐らくは……」
「魔王!? そんな事……」
そんなこと有り得ない……とは言えない。直接見てはいないがあの強さだ。人外と言われた方が納得してしまう
「そなたらはランク7のパーティーじゃ。そのそなたらを圧力だけで気絶させるなど、上位魔人しか無理なはずじゃ。じゃがガルは魔人には見えん。少なくとも、一度見たことのある上位魔人とは全く違う。それでもできると言うならばそれは……」
魔王。それは名の通り魔の王。魔族の魔物、魔獣、魔人を纏める人の姿を纏った最凶の王
「勇者という可能性は?」
ヤークが問う
唯一魔人や魔王に対抗することが出来ると言われる存在、それが勇者だ
「それこそ無いじゃろうな。勇者と言うのは何処かの王国の監視下にいるはずじゃ、こんな辺境にいるはずが無い。それに勇者はそなたらを圧倒するほどの魔力を解放できないのじゃ」
「なぜです?」
レイルは勇者の話を聞き、俯いていたのを急に頭を上げ聞き始めた、レイルは勇者に憧れてるんだっけな
「魔王とは力全てを解放し戦うことを得意とするらしい。勇者は所詮は人間、異世界の勇者ならいざ知らず、この世界の勇者ならまともに戦おうとしても五十人で挑まなければならないらしい。それ程までに力の差は歴然なのじゃ。……と言っても、これは文献で読んだことじゃがな」
勇者は高ランクの国を救った冒険者や聖騎士団団長などがなり、一国に三人もいたらその国は大国と呼ばれるほどだ。その勇者が五十人だと……魔王とはそこまで圧倒的なのか!?
「異世界の勇者だという可能性は?」
「ない、じゃろうな。勇者召喚は王都で行われるらしく、王都に転移してしまったらそれはもうほとんど自由がないじゃろう。どこに行くにしても護衛がいるじゃろうしな。そうじゃなくても召喚は王都か帝国しか出来んだろう。ギルドマスターである私に情報が来ないわけがない」
「そんな……ガルさんが……」
「少なくとも普通の武闘家では無いじゃろうな。人とは思えん」
だろうな、ガルの速さは俺も見た。殴り続けているのを見たが、何発撃っているのかは見えなかった程だ
だがあれは本気ではないという
「一応言っておくが、これは推測じゃぞ? 本気にはするでない。魔王だということの方が可能性が低いじゃろう。じゃがガルはガルじゃ。王国騎士団長や聖騎士団長をも超える唯の猛者、の方が可能性が高い。それに、魔王だろうがなんだろうがガルはガルなのじゃ。もしガルが暴れだしたら私が止める。この命をかけてもな」
エシュールさんは真剣な面持ちで腰にかけた愛刀"雫"に触れた。エシュールさんが行くなら俺も行く。エシュールさんを手伝いたい
「そうなれば俺様も手伝いますよ」
「まだガルさんが魔王だって決まったわけじゃないですし、気にしていられないですよ。それにあんな人が魔王なわけないじゃないですか。魔王っていえば500年前に一度現れ、人間を蹂躙したって言われる災厄の権化ですよ?」
「ハハッ、そうじゃな、あいつはなんというか、馬鹿な気がするしのぅ」
「そうですね、あんなバカなわけ……」
と笑いながら言おうとすると、
「誰が馬鹿だこの馬鹿」
後ろから叩かれた、ちょっといてぇじゃねぇか
魔王ならこんな事もせずに、背後から一瞬で俺達を殺すことも出来るだろう。やはりガルは魔王じゃないんだ
「ハッハッハ、ガルも風呂からあがってきたようじゃしそれじゃあ報酬の話に移るとするかのぅ」
◆
「サイクロンタイタンの討伐じゃが、すまんがうちの資金じゃ払えん。分割になるがいいか?」
そんな高いんだあいつ。一応Sランクだけどさ、小さなギルドじゃ一括で払えねぇんだな
「いや、俺は別にそんな金いらねぇし、俺としては……そうだな金貨100枚でいいです」
普通に邪魔なんだよな、そんなにいらねぇし。……ちょっと欲張ったことは否定しないけど。金貨1枚で1万円だし、100万は十分すぎるほどに大金だ
「いいのか?サイクロンタイタンと言えばミスリル貨200枚は下らんぞ?」
ミスリル貨が1枚100万で200枚……
『2億でございますね。』
俺は脳内で計算しようとするとナビさんが教えてくれた、計算は苦手だから楽でいいや。……てか2億!? どこの大富豪だよ! 俺は100万でお腹も精神もいっぱいだよ!
心の中で1人でツッコミをいれているが、実際そんなに貰ったら町歩けなくなるよ……
「そ、そんなに受け取れませんし、いりませんから! そうだ、お前らはどうすんのよ?」
俺は聖なる十字架の三人に聞く
「私達は金貨10枚でいいわ」
「僕達何もやってないもんね……」
「悔しいが全部貴様がやったからな、俺様達が金を貰うのもおかしな話なんだよ」
そう口々に言う。確かにそうだけどさ……それでも金貨10枚は命かけた割に少なくね?
「それに私達はお金には困ってないしね」
ヤークは二人を見て、二人は頷いた。この町一番のパーティーなだけあるのか、本当にお金には困ってないらしい
エシュールは満足気に頷いた
「うむ、いい心がけじゃな。じゃがガルよ本当にそれでいいのか?」
「はい、正直なところ多すぎると邪魔なんで」
家を持ってるわけじゃないからな、置くとこなんてないし
「それもそうじゃな、わかった、ガルに金貨100枚、聖なる十字架に金貨20枚でいいな」
「いいんですか? 10枚多いですけど」
「そなたらも戦ったんじゃろ?なら問題ない」
確かにあいつらも戦ったしな、全然効いてなかったけど10枚くらい追加で貰ってもバチは当たらないだろ
「もらったらいいんじゃねーの?」
貰える物は貰っとけの精神だぞ。いらないものは貰わないけど
「……有難く頂戴します。これから鍛え直しだよ!」
「おう!」
「うん!」
ヤークの声に、エーギルとレイルは大きく返事をした
金貨100枚でも邪魔だな、と思ったのは貰った後だった
聖なる十字架の3人が帰り、俺も帰ろうとした時、エシュールさんに止められた
「ガルよ、この国は出ないのか?」
突然の言葉に少し驚いた
「国を出る、ですか……」
「サイクロンタイタンを単独で倒したと知られれば遅かれ早かれ王国の聖騎士がそなたを無理矢理騎士団に入れようとするじゃろう。そなたもそれは望みではないのじゃろう?」
確かにここに留まっていても何も始まらないし聖騎士なんかになりたくない
折角の異世界なんだから少しは旅をしなくちゃな、野宿とかやってみてぇし
「そうですね、聖騎士団には入りたいとは思いませんし、やらなくちゃいけないこともありますしね」
世界を救う、何をすればいいかわからないし、そう簡単には出来ることではない
でも折角使命ってのを貰ったんだ、どうせやることもないんだから使命ってのを全うしてやるよ、いい暇潰しだ
「うむ、ならばここから東の森を抜けた先にある国、ディルスに行くがいい、徒歩で5日はかかるがそなたが走れば3日もいらんじゃろうて」
俺は元々短距離選手だから長距離はあんまり向いてないんだけど、魔王の体になったしそれなりには長く走れるだろ
「わかりました、行ってみます」
行く宛もないし、ディルスに行くことにする
「じゃが気をつけるんじゃぞ、この国の王宮と繋がっている者共は信用出来ぬ。騙されるでないぞ!」
信用出来ない……ねぇ
嘘にまみれた世界を救って、だっけ?
要するに嘘をついているやつをどうにかすればいいんだな。難しいことこの上ねぇな、おい。一掃しろってか?
それに神様(仮)は本当に嘘にまみれたとやらを見たのか? 流石に嘘にまみれてたら、国家なんて運営できないと思うんだけどな……
「はい、忠告ありがとうございます」
俺はエシュールさんに向かって軽く頭を下げる
「ガル、気が向いたらここに帰ってこい、手厚く迎えてやろう」
「そうですね、エシュールさんも美人だし、またいつかきますよ」
「ハッハッハ、からかうでない、じゃがたまにはこう言うお世辞も嬉しいものじゃのう」
お世辞じゃないっすよ、エシュールさんは美人だからな。証拠に惚れてるやついるし
「明日この町を出ることにします。必要な道具とかを揃えなきゃいけないので、もう一度ここに顔を出すと思います」
「うむ、待っておるぞ」
笑顔のエシュールさんを背に、俺は宿に帰ることにした
にしても腹減ったな。昼飯食ってねぇし、おーいナビさん
『晩御飯ですね。沢山食らべれ、美味なところを検索いたします……発見しました。案内致します。』
流石ナビさんわかってるぅ!
俺はこの後牛丼のようなものを食べ、宿に戻り、寝る事にした