初戦闘はやはりこいつらから
んー……冒険者になったのはいいけど何すりゃいいんだ? 冒険者の事もよくわかんねぇし。
『とりあえずは見聞を広めることをおすすめ致します』
ほぉ見聞ねぇ、どーすりゃいいんだか。
ちなみに声に出さなくても脳内案内人とは話が出来る。慣れたらうるさいとは感じないが、急に出てこられるとびっくりするのは変わらない。
『冒険者は強さや信頼度からなる段階があります。それをランクと呼び、ランクは1から10まであります。ガル様は登録したばかりなのでランクは1ですが、戦闘ならランク9推奨でも問題はありません。ですが、最初は地道にゴブリンやコボルトと言った魔物を討伐することをおすすめ致します。討伐系の依頼は冒険者ランクを上げやすいので』
ほーん、まあ何となくわかった。それにしても俺強すぎね? つっても魔王だし、こんなもんなのかな。普通レベル1からどんどん強くしていくもんなんじゃねぇの?
その代わり技術面ダメダメだけどな。まぁ無理なレベリングとかしなくていいのは楽だけどさ。
思ったんだけど、ランク10の依頼内容ってどんなもんなんだ? 魔王の俺でもちょっとはやばいんだろ?
『混沌龍や魔獣神などが討伐対象です。ですがそれこそ何千年に一度の出現なので、主にランク7~9の討伐依頼を行っているようです。ちなみにランク10ともなると異世界の勇者、そこまでではないにしろこの世界の勇者などがランク10に選ばれるようです』
異世界の勇者にこの世界の勇者だぁ? もうなんだかよくわからん。そろそろ俺の脳の許容範囲を超えそうだし、この話はまた今度にしよう。うん、それがいい。
とりあえず金もないしゴブリンでも狩るか。この世界はまだ昼前みたいだし、遠出もできるだろう。
俺は掲示板から<フリー依頼! ゴブリンの討伐>と書かれた依頼書を見て、さっきの受付嬢の元へ行きゴブリンの討伐依頼を受けた。フリー依頼は恒常的な依頼らしく、態々依頼を受ける宣言は必要なかったらしい。ちょっと恥ずかしかったよね。
依頼はゴブリン三匹の討伐、報酬金は銅貨5枚だ。フリー依頼だから討伐数3×報酬金になるらしい。
ふと疑問に思ったことを聞いてみる。
「受付嬢さん、これってどうやってゴブリンを倒したって証明するんだ?」
受付嬢は少し驚いているようだ。
まぁ、あの世紀末野郎はそこで倒れてるが死んではいない。世紀末野郎を瞬殺って時点で俺はある程度強いって認識されてるだろうし、それなのにこの世界では当たり前であろうことを聞いてるってのは確かに変なことなんだろう。……強い人認定されてるよね? ヤバい人認定されてる気しかしない。
「えーっと魔物などを討伐した時にその魔物の体の一部を、主に右耳ですね。右か左、片方に揃えていただなければ一部受け取り拒否になる可能性もありますのでご注意ください。それを提示していただければ討伐完了となります」
なるほどね。俺はそれなりにグロ耐性あるつもりだけど、剥ぎ取りとなるとキツそうだ。これからもこんなことあるんだから慣れなきゃいけない。案の定野蛮も野蛮な世界みたいだし。世紀末野郎がいるくらいだからね。
依頼を受けたが手ぶらで討伐に向かうのもどうかと思い、とりあえずは食料でも買おうと人の多い商店街のような場所に移動した。
道中腹も減るだろうし適当に携帯できる飯ねぇかな、パンとかさ。
『パン自体は存在しますが、ガル様のいた世界よりは数段味が悪いようです』
うげっ、そうだろうなと思ってはいたけどな。それは我慢しかねぇか。俺は味にうるさい奴だったからな、今まで美味しいメシをありがとうコンビニの店員さん。いや、開発部さん?
感謝の対象が店員だろうが開発部だろうがなんでもいいが、味が悪いってとこは割り切らなければならない。高い金を出してでも美味いもんは食うからな。余裕が出来たら妥協はしない。多分。
「とゆーわけで脳内案内人、一番近くて安い携帯できる飯と水売ってるとこを調べてくれ、あと耳を入れる袋もだ。予算は銅貨10枚で頼む」
『承知しました、検索します。……発見しました。案内します』
にしても脳内案内人凄いよな、正直この人いなかったら路頭に迷ってた自信あるわ。と言うか人なのか?
『いえ、正確には悪魔です。』
悪魔ぁ? まぁ、魔王がいるくらいだし、悪魔くらいいる……のか?
俺の脳内に悪魔が住んでいる件について。どうせ死んだ身だし、別にいいけど。
「着いたな」
俺はパン屋で凄い固そうなパンを銅貨二枚で二つ買い、近くの水屋で革の水筒のようなものを買う。別売りされていた水を買い、ついでにすぐ横の革の店のような所で袋を二つ買った。
袋に関しては多いほうがいいもんね。
おかげで所持金ゼロ、一文無しになってしまった。
「準備もできたしゴブリンサクッと殺っちゃいますか。引き続き脳内案内人頼むわ」
『承知しました。行先はゴブリンの集落、検索します。……発見しました。案内します』
……ん? 今なんつったよ、集落って聞こえたんだけど? 気のせいだよな、さすがに。
『集落を潰した方が効率がいいと判断しました。それとガル様は万が一にもゴブリン程度の最下種に負けるわけがありません』
そういう問題じゃねぇ!
町に入るためにはそれなりな壁があり、巨人が顔だけしか出せないほどではないが高く、空を飛ぶ魔物でもいなければ安心だろうと思わせる、見るからに頑丈な門がある。並んで通らなければならいないようだが、魔物だけじゃなく外敵から国を守るためだろうし、必要なことなんだろう。
一つ疑問に思ったことを聞いてみる。
「ナビさんナビさん」
『何でしょうか』
「俺って一応魔王じゃん? 魔物ってさ、仲間なんじゃね?」
仲間殺しちゃダメだろ。戦力自分から減らしてどうすんだよ。こちとら素寒貧の魔王様だぞ?
『一応そうですが問題ありません』
問題ないの?
『魔物と言ってもランク付けされており、低ランクはF~C、高ランクはSランクまであります。ゴブリン、コボルトなどはFランクであり知性もほぼありませんので、いない方がいい、という事でございます。人の言葉を喋ることの出来ない魔物など、家畜以下ですので』
低ランクはFからCね、覚えといた方が良さそうだな。つっても俺ならゴリ押しで何とかなりそうなところが少し怖いところだけど。
「ちなみに俺はSランクなの?」
魔王だしSだろうなと思いなんとなく聞いてみた。魔王より上の奴なんてそうそういないだろうし。
『いえ、魔王はXXXランクでございます』
へーXXXねぇ……イミワカンナイんだけど。Sランクまでって言ったよね? なんかもう色々とすっ飛ばしてる気がしないでもない。
『最上位のランクです』
最上位Sじゃないんだね。インフレおこしてんじゃん。Sまでって話どこ行ったよ。
『人間が作ったランク付けなどでは、正確に魔物をランク付けなど出来ません。魔物以上の個体、魔人などはSランクからX、XX、XXXに分けられるようです。ですが、同じランクでも実力が天と地の差の場合もありますので、あてにならない場合も多いようです』
「何となく解ったわ。XでもXXに近い個体も入るし、XなのにSランクに近い個体もいるということだよな?」
『概ねその通りです。端的に言うと、SとXは魔人と魔物の区切りのようなものと考えていただければ問題ありません』
ふーん、まだ俺はXXXでも下の方なんだろうな。魔王とは言え初期能力だし。
そういばレベルってどうやって確認するんだ?
つーかレベルって概念はあるのか?
『あります。僧侶や賢者、神官などが金銭を払えば教えてくれるそうですが、ガル様は魔王、つまり魔人ですのでやめておいた方がいいでしょう。何より私が調べられますので』
ナビさん出来るのかよ! つくづく万能だなぁオイ。本当に魔王いる? 何すりゃいいかわからんけど。
「ちなみに俺のステータス教えてくんね?」
『了解しました』
ナビさんがそう言うと、頭の中に自分のステータスの情報が流れ込んできた。
ガル=サカガミ
種族 《魔王》
レベル25
《体力》12,450
《攻撃力》5,500
《魔力》25,500
《防御力》4,300
《精神力》5,200
《敏捷》73,420
なんで何もしてないのにレベル25なんだよ!?
まぁ、この世界のステータスの基準もわかんねぇから凄いかどうかはわかんねぇけど、凄いんだろうなこれ。敏捷おかしいもんな、頭三つくらい飛び抜けてるし
異世界チートもいいとこだぜ……。どこからどこまでがチートなのかわかんねぇけど。
『目標地点に到着しました』
森の中を進み暫くすると小さな家のようなものがあった。初心者なりに気配を殺しながら観察すると、異形の者達が生活しているようだ。
うわぁ、緑のちっちゃい人型の魔物とやらが沢山いるな。何体くらいいるんだこれ?
『三百程ですが問題ありません』
三百って……多いよね?
『ゴブリンの集落の中でも多い方に位置します』
魔王とはいえさ、実質初戦闘なんだぜ?
世紀末野郎は知らん。戦闘のうちには入らんだろうしな。殴られてただけだし。
「どうするよこれ」
『突撃です』
この悪魔は馬鹿ですね。
「滅茶苦茶言うな、流石にありえねぇよ! 勝てる勝てないじゃねぇんだよ!」
つい咄嗟に怒鳴りそうになるが、ゴブリンに気付かれても面倒臭いので小声で叫んだ。
『問題ありません』
「問題ありません。じゃねぇよ! 精神的にさ、怖いとかあるじゃん?」
『負けるわけがありません。覚悟を決めて下さい』
はぁ……もう慣れるしかないか。しゃーねぇ、突撃するとするか!
俺は慣れた加速方法、クラウチングスタートの姿勢をとった。道具はないし、道も整備されてないからいつもよりは走りにくいだろうが、今は魔王なんだ。それなりにはスピードだって出るだろう。敏捷のステータスおかしかったし。
こう見えて中学時代は陸上部の期待のエースだった。陸上も好きだったし、このフォームから始めるとやる気も上がるってもんよ。
ルーティンなんてカッコつけるつもりは無いが、これをすると試合開始前の緊張感を思い出すことが出来る。
脳内に響くあるはずもないの笛の音とともに走り出した。だがとんでもないスピードを制御出来ず、ゴブリン数匹を巻き込み岩へ突撃してしまう。
いってぇ……流石に痛い。けど、あのスピードでぶつかった割に言う程じゃないな。普通なら潰れたトマトみたいになるはずだし。痛覚軽減とかしてんのかな。
普通あの速さで岩に突撃したら骨の数本どころじゃないが、擦り傷程で済んでいる。その擦り傷も目立ったものではない。
巻き込まれたゴブリン達はもう生きてはいないみたいだな。
慣れない構えを取り、気を引き締める。
さあ、開戦だ!
軽くステップを取りながらゴブリンの群れに近づき、少しばかり本気を出し、右ストレートを放った。……受けたゴブリンは腹に穴を開け倒れた。
……えっ、穴って!? 耳取らなきゃいけないみたいだし、顔を殴るのはやめておこう。あと魔法もだな。死体燃やす時以外は使わないでおこう。明らかにオーバーキルだし。
仲間を殺され、怒ったゴブリン達は棍棒を持って俺へ突撃してくる。
『戦闘補助を行いますか?』
「いや、必要無い。これくらいなら余裕みたいだし」
話しながらだが、俺の拳は確実にゴブリンを貫いている
「ウギャーーーー!!!」
おっと、後ろか。
振り向きざまに回し蹴りを浴びせたら頭が飛んでってしまった。吹っ飛ばされて見えない分、まだグロくないけど。
「そーいやこれ使ってねぇな」
完全に忘れていたが、背中に背負っている鉄の剣を鞘から抜きだし、構える。剣と魔法の世界、素手で困ってはいないが、せっかくだし使ってみようと思ったのだ。
「オラッ!」
声とともに適当に剣を振る。
驚いたことに、ただ鉄を溶かして固めただけのような切れ味の悪い粗雑な剣なのに一撃で真っ二つだ。
「これでこの威力かよ……」
『ほとんどガル様の力によるものでございます。証拠にその剣はもう崩壊寸前です』
うわっほんとだ、全然使ってねぇのにな、勿体ねぇ。でも剣の練習もしたいしなぁ。ほら、ロマン的なのあるじゃん。
それに剣に拳で迎え撃つ自身はないしな。出来そうだけど、そこは出来るかどうかはともかく、だ。
などと考えていると、もうゴブリンも数える程になっていた。一撃の拳で数十のゴブリンが吹き飛び、命を落とすのだから、数が減るのは早いのは当たり前だった。
「んじゃ、一気にやるか!」
ラストスパートかけますか!
「ふぅ……ちょっと疲れたかな」
休憩したいが何より血生臭いし、ゴブリンの死体が山のように積まれている、耳も切らなきゃなんねぇのになぁ。
耳かぁ、切るのぉ? めんどくせぇ……。
幸い死体は戦い始めたところから十メートルも離れていないので楽なのは楽だが、数が数なので面倒臭い。何体かは木にめり込んだりしている。
「300はなぁ……」
憂鬱だわ。賢者タイムみたいな感じだなこれ。はぁ、がんばろ。
作業を終え、帰ると夜になり始めていた。
帰り道にパンを食べたがあれは二度と食いたくない。何よりも固いしカビ臭いし不味いのだ。あんなの食ってらんねぇわ。日本の食って凄いんだな……と、しみじみ思ったのであった。
ギルドに着き、報告のために受付嬢に顔を出す。
「おっす、仕事終わりましたよ。さすがに疲れたわ」
受付口に頭からもたれ、疲れたアピールをする。特に意味は無いけど、本当に疲れたしな。主に精神が。
「少し心配したんですよ? ゴブリンの討伐から全く帰ってきませんもの」
少し疲れているようだが笑顔で心配している。笑顔って時点で嘘くせぇ。
絶対俺の事心配してないよねこの人。別にいいけど。
「いやぁ、あまりにも多くて時間がかかったんだよ」
俺はパンパンに張り、今にも破裂しそうな袋を受付口に置く。
「数えたけど312匹だった。さすがにちょっと疲れたよ」
耳を切り取るのに、だけどな。
勿論端数は捨ててきた。丁度三で割れるようにしてきたのだ。
312匹と聞いた受付嬢は顔を赤くし、ゴブリンの耳がパンパンに入った袋を開いた。
「申し訳ございません、少し待っていてください!」
と言い、焦ったように袋を持って奥に行った。
数えるんだろうなーと思っていたが、一人とても美人で耳が長い女性が、髪を後ろで結び、いわゆるポニーテールにしている明るい緑髪をふりふりと振りながらこっちに走ってきた。
所謂エルフってやつかな? エルフって言えば基本的に顔がいいってのはゲームや漫画で見ていたけど、あながち間違っていないかもしれない。
なんて馬鹿みたいなことを考えながら馬鹿みたいな顔をしていたら、渡した袋を受付口に置き話しかけてきた。
「お、おい! これをやったのはそなた一人か!」
「え、はい」
こりゃまた青白い顔をしている。
三百以上とはいえゴブリンだぞ、そんなに驚くもんか?
それにしても美人は青白い顔をしても美人なもんだなぁ。顔いいって得だね、俺もイケメンだったら……って思ったけど、今まででイケメンなら得しそうなことってあんまなかったな。
ちなみに不良のクズとは言え、別に敬語や尊敬語を知らないわけじゃないからな? 偶に使うからな。教養無いから雑だけど。
「少しこっちへ来てもらえるか、話がある」
特に断る理由もないし、女エルフの後ろを付いていく。なんかマズったかな。生態系破壊とか? ありそうで怖い。
「本当にこの数のゴブリンを一人でやった、というわけじゃな?」
ソファに座らされ、美人さんが真剣な顔付きで話しかけてきた。異世界初っ端からデカい組織と揉め事は勘弁してくれよと思いながら、適当に真剣な振りをする。
「はい」
「そなた一人でか?」
「はい」
本当のことだしな、今回はナビさんも手伝ってもらわなかったし。あっ、耳の切り取り覚醒でやってもらえば良かったかも!
「私はギルドマスターのエシュールという。質問ばかりで悪 いが、そなた本当にランク1なのか?」
「え、はい」
今日冒険者になったばかりだし、ランク1だな。意味が無くてもランクは上げていこうかなとは思う。ある程度上げれば身分証明書として便利しそうだし。
「すまないが手合わせ願えないか?」
急になんだ? 物騒だなぁ。
そう思ったが顔は真剣そのもの。戦闘狂ってな感じでもないし、そこらで耳を買い取ったみたいなズルを警戒しているのか?
エシュールさんは頭を下げているが手合わせねぇ、ランク1の俺と?
拳じゃ手加減出来ずにエシュールさん殺しちゃうかもしれないしなぁ……。木剣なら腕とかに当てれば死ぬ事はないだろうし、剣でいいか。
「良いですけど死なないでくださいね?」
「何を言っておる、真剣ではなく木剣じゃぞ?」
それでも殺っちゃえそうなんだよなぁ。
「あー、まぁ、防御魔法的なものあったら使っておいてくださいね。あと出来たら俺のことはその、国とかに話さないでほしいんですよ」
魔王だし、色々バレたら面倒くさそうだしね。国に飼い殺しにされたくないし。
「うーむ、何故と思うところはあるがわかった。色々あるのだろうし秘密にしておこう」
それは有難い。最悪逃げればいいだけだけど、何の準備もなくサバイバルはあまりしたくないね。
「じゃあやりますか?」
「ああ、修練場に行こうか」
殺しちゃわないように手加減しなきゃな。こんな美人殺したくないし、魔物でもないんだからまだ人殺しはしたくない。まだその時じゃないだろうしな。