プロローグ
俺は通っている高校ではそこそこ有名な生徒だ。
廊下を歩けば道を譲られ、授業をサボれば陰口を言われる。
そう、俺は不良ってやつだ。
元々は陸上部のスポーツ推薦で入学したが、ここは進学校。スポーツもやめて非行に走ってるバカなんて、そんな勉強ばかりのやつらからしたら陰口のいい的だろう。
望まなくても有名になるのは簡単だった。
とはいえ、比較的グレてない不良だと自負している。
酒は飲めるし煙草は吸えなくはない。でも、態々リスクのある行動を取る必要を感じず、不良仲間も少なくなっていった。
俺とて生まれた時から不良だったわけじゃない。
打ち込むものもあったし、少なくとも入学して暫くは一般生徒だった。
親が離婚したあたりからだろうか、長期のスランプに泥沼の人間関係、知らないフリをしている部活の顧問。ついていけない授業と幼馴染への負い目。
度重なる出来事全てが嫌になり、今の俺になった。
顧問の声が煩わしい。母の声が鬱陶しい。授業は寝るだけ夜は出かける。そうやって段々と道を踏み外していった。
結果、クソみたいな今の俺が出来上がった。
◆
くだらない授業を終えて下駄箱で靴を履き替えていると、寝起きには耳障りな音量で校内放送が行われた。
「2年1組、坂上海斗君。至急職員室に来てください。繰り返します――」
進路相談か、それとも素行不良についての注意か。今更そんな事を真面目に話を聞く気にはならないし、無視して帰ろう。
呼び出しを無視し、いつも通り適当にぶらつきに行こうとすると、遠くから綺麗な黒髪を靡かせた、見慣れた顔が走ってきた。
「ねぇねぇ海斗、先生呼んでるよ? 私も一緒に行ったげるから行こうよ」
こいつは幼馴染みの成瀬澪、幼稚園からの付き合いだ。
一言で表すとお節介焼き。
別に関わって欲しくないとまでは言わないが、こんな俺を必要にかまってくる。
澪からすれば、ただの腐れ縁みたいなものだろう。もしくはお節介焼きの対象だろうか。
「いや、俺にも用事があってだな」
適当なことを言いながら出された手を払い、無視して帰ろう。
どうせやることはないし、ゲーセンにでも行こうか。それとも古本屋で立ち読みでもしにいこうか。
金欠の男子高校生では、その程度の娯楽しか思いつかなかった。
俺が何をやろうか考えていると、無理矢理教師の元へ連れて行こうと澪が俺の腕を掴んだ。
「どうせやることなんてないんでしょ!」
「それは俺が決めることだろ!」
俺は澪の腕を振り払おうとするが、やはりというか振り解けない。
澪は色んな格闘技習っている。
詳しくは知らないが、護身術とか剣道とか色々。
こんな力が強かったら、護身どころか相手が怪我するっての。
「わかったわかった、行くから離してくれ」
こうなると頑固なのは知っている。俺は適当に連行される振りをして、力が緩んだ隙をついて振りほどいて逃げる。
「あ、コラ!」
俺は足だけは速い。なにせそれだけを理由にこんな高校に進学できたんだからな。いくらなまってるとはいえ、そう簡単には追いつけねぇだろ!
瞬発力を生かし、澪が追いかけ始めるまでに数十メートルは離すことが出来た。
ひたすらに走るがまだ追いかけてくる。
あいつ足早くなってねぇか!? いや俺が遅くなっているのか? 人通りの多い場所に出たが、懲りずにまだ追いかけて来やがる。
「クッソ、あいつまだ来んのかよ。そろそろ諦めて委員会とやらに戻れよ、なんかそういうのあっただろ!?」
「委員会より海斗の方が大事だよ。先生に引き渡さなきゃいけないんだから!」
「うる……せっ……お前には関係ねぇ、だろうが!」
「あるもん!」
なにがあるもんだ。何が関係あるか教えて欲しいものだ。
それにしてもこの頃走ってなかったからか体力落ちてるな。息切れで苦しい。とはいえ元々短距離選手なので長くは走れなかったけど、それでも衰えているのが分かる。
ある程度走ると、信号が見えてきた。運のいいことに、丁度黄色になったところだ。ツイてる。そう確信してスパートを掛けた。
おかげでギリギリ赤信号を抜けることが出来た
一息ついて後ろを見ると澪はまだ諦めていないようだ。無駄だってのにな。
瞬間、違和感を感じた。世界が歪んでいるというか、なにかが間違っているかの様な違和感。
「待ってよ!」
違和感の正体を考えるよりも早く、澪の声によって現実に引き戻される。
澪は信号が赤になったにも関わらず、長い横断歩道を走って渡ろうとしているのだ。
まさか信号が赤になったのを気づいていないのか? いつもは嫌ってほど周りに気を向けている澪がやるようなミスじゃない。長い横断歩道なのに信号無視なんて澪がやるとは思えない。
澪は一直線に俺に向かって走ってくる。澪が気づいていない、最悪のタイミングでアクセルベタ踏みだとしか思えない速さのトラックが走ってきていた。
「おい待て、危ねぇって!」
夢中なのか俺が声をかけたのを気がついていない。
このままじゃ澪が! クッソ、一か八か――
自前の瞬発力で澪に向かって飛び出す。
澪はまだ気がついていないのか!? 馬鹿なのかこいつは!
心の中で悪態をつくが、トラックは止まる気配はない。何故だ、澪に気付いていない? 居眠り運転か!?
澪がトラックに気づいて横を見ようとした時にはもう遅い。どうやっても間に合わない。タックルして助かろうにも、もう半歩足りない。
クソ、クソが! 俺は何もできねぇのか? 今まで澪に苦労ばっかかけて、親を泣かしたような俺への罰かよ!? だったら俺が死ぬのが筋だろうが! 澪が何をしたってんだよ!
そこで俺は一つおかしな事に気がついた。
澪はトラックの方向をゆっくりと向いている。トラックはゆっくり――それなりに速いが――走っている。俺はゆっくりと澪に向かって走っている。
いくら何でも長すぎる。思考速度がおかしくなっているのか? 丁度いい、考えろ。今俺に出来ることは何だ? いや、考えるまでもなかったな。出来ることなんてたった一つだろ!
俺は澪を庇うために、少しでも澪に償うために、足りない半歩を諦め、手を伸ばして澪を突き飛ばした時謎が解けた。
そう、俺は――
――死ぬんだろうな。
直後視界が宙を舞い、意識は闇に葬られた。
◆
朦朧とする意識の中で俺は澪のことを考えていた。
澪は無事だっただろうか。
少しは償えただろうか。
ずっと迷惑を掛けていたからな。俺がいなくなって清々したかもしれない。
……俺がいなくなって少しは楽になっただろうか。
『■■■■・■■■より提案。職業を選んでください』
「職業? なんだよそれ、働けってか?」
つい反射的に声が出る。
……声が出る? 俺は生きて……つかここ何処だよ?
思考する間もなく、何も無い真っ暗な目の前にパネルのような何かが現れた。
手を伸ばそうとすると……触れれる。質感はスマホみたいな液晶で、どうやらスライド式のパネルのようだ。そのパネルにはこう書かれている。
職業一覧
戦士
前線で戦うことに特化した職種。剣や斧を扱う事に、天賦の才を持っている。
魔法使い
後衛で戦うことに特化した職種。攻撃魔法や魔道具を扱う事に、天賦の才を持っている。
武闘家
最前線で戦うことに特化した職種。その拳は鉄をも砕き、その足は風のように世界を駆ける事が出来る。
村人
一般人。特に何の技能も持っていない。前世の知識で内政無双して出世するも良し。一般人として普通に生きるのも良し。冒険者として、普通に生きるもよし。本当にただの凡人。
■■■
■に■■■た理■の産物。その力は■■らは外れず、■革■る■■出■■■。ま■■り■す事に■るであ■う。
…………EXTRA
詳しい能力詳細はタップすることで開かれます。
なんだよこれ、職業をこれから選べってか? 何なんだよ、RPG的な感じか? いや、漫画で見るようなVRMMO、それとも転生? つーか最後のなんなんだよ。
理解が追いつかねぇ。
俺は漫画は見るしゲームはしても、ラノベやアニメはあまり見なかった。それに俺には澪がいたから、正直それ自体には憧れはなかった。とはいえ、見なかったわけじゃない。一般並みには知っているつもりだ。
ある程度理解はできている。何もしないのなら何も進まなさそうだし、とりあえず選ぼう。
バグってるのは選べないようで、選ぼうとすると手を伸ばす感覚が消える。他のものを選ぼうとすると、問題なく動くみたいだ。
「そうだな、どうせなら俺の唯一の取り柄の足が速いって事が役に立ちそうな武闘家に……」
武闘家を押そうとしたが、やっぱりEXTRAってのが気になる。バグってるのとは別に、どうやらもう一つ職業があるみたいだ。
魔王
あるいは災害。あるいは絶望。あるいは悪の権化。その本質は世界救済の王。間違った道を進む神を滅ぼすのが使命。
ふーん、魔王ねぇ。戦士に魔法使い、武闘家村人ときて魔王か。なんかアンバランスだな、僧侶とかなら分かるけども。
つーか世界を救うとか、どっちかというと勇者の役目なんじゃねぇの? なんで魔王が世界を救うんだよ、意味わかんねぇ。
魔王の詳細が気になり、魔王と大きく書かれているパネルにタッチする。
魔王
特殊能力 《魔王之世界ディザスターワールド》 《魔王闘気解放》 《生命剥奪ライフデプリベイション》 《時空間転移》 《精神破壊スピリチュアルブレイク》 《魔王之徴収ディザスターリービ》 《魔王の慈悲》 《無限回廊》
魔法 《終末之炎エンドフレイム》 《永久之凍結インフィニティブリザード》 《撃滅之雷》 《オワリナキ闇》 《生命復活ライフリヴァイヴ》 《魔人召喚》 《洗脳マインドブレイク》
わぁお、盛りだくさん。いや、魔王なんだからこんなものなのかも知れないけれども、明らかにやばい名前の能力がいくつもあるぞ?
この突拍子も無い出来事のせいでさっきの虚しい気持ちも飛んじまったな。もし本当に転生やゲームの世界に行くのなら、もう忘れた方がいいのだろうか。
思い出すのは楽しかった日々。
まだ何も歪んでおらず、正しく生きていた幼い頃の思い出。
楽しかった時も苦しかった時も、死にたくなった時も澪が居てくれた。
もし、もしもの話だ。この職業欄のどれかを選び、異世界だったりどこか別の場所で生きていくとして、俺は許されるのだろうか。
澪がいなくても生きていけるのだろうか。……生きていいのだろうか。
いや、それは今考えることじゃないし、誰にも許す事が出来ないことだ。実はここはあの世で、天国か地獄か選ばれるための試験のようなものかもしれないし、そもそも死んだ俺が別の場所で生きていくっていう前提がおかしい。
思考を一旦リセットし、目の前のことだけに集中する。
正直どれを選んでもいい。恐らく俺は死んだんだろうし、神が「すまない」とか謝ってくる気配もない。これを選べとも言われていないし、何でもいいのだ。
しかし、魔王が気になる。
男なら凡百の職種より、その既に職種がどうかすら怪しいものが気になってしまうのは仕方がないことだ。別になりたかったという訳じゃないけども。
そう、こんなものがあったら手を出してしまうのは当たり前だ。それが例えハズレだとしても。
そして魔王の欄の決定ボタンを押す。
『了解しました。貴方を魔王に転生させます。世界ノルダルメイジスのメイジス王国に転移します。これより貴方の名は魔王ガル。使命は欲や嘘に塗れ、汚れきった神々が支配する世界を正しく導く事。そして神を滅ぼす事。期待していますよ、魔王ガル。世界を――救ってください――』
魔王ガル、新しい名前らしい。正直意味がわからないし、まだ心の整理が付いていない。それでも、もし本当に新しい自分が新しい世界に行くのなら。そう思うと少し興奮してしまう。
そうしてまた意識は深い闇の底に落ちていくのであった。
◆
ガル(坂上海斗) 〜初期能力〜
特殊能力
《魔王世界ディザスターワールド》時を止めることができ、更に異空間を作り出すことが出来る
《魔王闘気解放》抑えられている魔力を解放する。常に魔力は半ば強制的に抑えられている
《生命剥奪ライフデプリベイション》無条件で格下の相手の生命を奪う
《時空間転移》無条件転移だが完全に知っている場所か目に見えていないと転移できない
《精神破壊スピリチュアルブレイク》無条件で格下の相手の精神を壊す事が出来る
《魔王之徴収ディザスターリービ》格下のもしくは味方のエネルギーを無条件(格下でない場合相手の了承が必要)で奪う事が出来る(一定以上は不可)。エネルギーとはスタミナと魔力の事を言う
《魔王の慈悲》相手にエネルギーを分けることが出来る
《無限回廊》相手を時間が止まった無限回廊(異空間)に閉じ込めることが出来る
《魔人召喚》最上位の魔族、魔人を召喚する。魔人は指定された命令をこなすまで主に仕える。その後は主に仕えるも良し、悪魔界(生命の塊の世界、悪魔が魂だけの状態で存在する)に戻るもよし、だが主に仕え無ければ世界に存在する事が出来ない
魔法
《終末之炎エンドフレイム》対象の生命、精神を焼き尽くすまで燃え続ける炎系の最上位魔法
《永久之凍結インフィニティブリザード》対象は永遠に溶けることのない氷像と化す氷系の最上位魔法
《撃滅之雷》超範囲の雷系の最上位魔法、他の魔法と比べ見劣るが範囲と殲滅力に関しては最上位
《オワリナキ闇》上位の魔族のみが使える闇属性魔法の最上位。対象に死ぬ事も出来ず助かることも出来ない、永遠の孤独を永遠の苦しみを永遠の絶望を与える
《生命復活ライフリヴァイヴ》軽症から瀕死まで、亡くなった後でも2時間以内なら生き返らせることが出来る、2時間とは魂が壊れるまでの時間であり、その後に発動してもそれはただの肉塊になり、魂が戻ることは無い
《洗脳マインドコントロール》格下、又は精神が弱化している相手を洗脳することが出来る