さらば地獄の日々
あらすじの通りです。
主人公は軍人で必死に人を守っていたのですがある日心が完全に折れてしまったお話です
人類は繁栄していた。
過去形なのはすでに人間は人間だったものに変わってしまったからだ。
騒動の始まりは今もよく分からないが、今となってはもうどうでもいいことだ。
人だったモノが人に襲い掛かり、襲われた人は人だったモノに変わってまた新しい人を襲う。
テレビやネットではゾンビの襲来だと言ったが、すぐにそれも収まった、もちろん騒いでいた人がいなくなったからだ。
高層マンションのベランダから下を覗く、何人もの人だったモノが我が物顔でそこらじゅうを歩いていた。ふと向かいのマンションからキラキラと光る物が見えた、俺がベランダに出ると必ず見える、生存者がまだいて鏡か何かで俺に合図を送っているのだろう、見ていないふりをして部屋に戻る。
迷彩服に袖を通して日課の銃の手入れをする、何丁もの銃を手入れするのは大変だがこれは自分の命綱であって、ゾンビになる前に自分の処理をするために必要な物なのだ。
先ほどのマンションを見てみる、合図はもうなかった。もうその合図が出ないことを祈りながら部屋を出て駐車場に向かう。
高級外車が並んでいる中に一台だけ装甲車が停めてある、血が所々にこびりついており初めの頃は綺麗にしていたのだが最近はもう綺麗にするのも諦めてしまった。
車の下に潜り込み異常がないか部品を一つ一つ確かめる、この装甲車には替えが無い、痛んでいる部品があれば早めに修理しなければいけない。部品があればの話なのだが。
車の後は銃座だ、取り付けられた軽機関銃の残弾と動作を確認する。異常がなければそのままマンションの見回りだ。
駐車場のシャッターを覗くと向こう側には這いつくばっている一匹のゾンビが見えた、あれくらいならシャッターは問題ないだろう、マンションを一階ずつ点検する。所々に乾ききった血糊があり、わずかに血の匂いが残っていた。俺がこのマンションの元住人達を制圧をした時に飛び散ったのだが、いちいち掃除していては身が持たないのでそのままにしている。
すべての階を確認し終えて部屋に戻るころには日が沈みかけていた、何十階もあるマンションを階段だけで移動したため着くころには汗でTシャツが体に張り付いていた。
冷蔵庫を開けてよく冷えた水を一口飲み浴槽に張った水を電熱線に電気を流して温めなおす、こんな状況で水は貴重なのだがこれくらいの贅沢が出来るほど十分な蓄えがある。
戸棚の中にも十分すぎるほどの缶詰やレトルト類がある今日は金曜日なのでカレーを食べよう。
レトルトのカレーを温めている間にベランダに出て外を確認する、日が完全に沈んで辺りは完全に闇に染まり、上には綺麗な星空が見えた。向かいのマンションからはライトが点滅して俺に合図を送られる。
まだ無事なのを確認して部屋に戻り、テレビをつけて録画されているバラエティ番組を見ながら温かい食事を食べる。テレビの向こう側では芸人がマジックを披露しようとしていたがこのマジックは失敗することを俺は知っている。
ゆっくりと食事とテレビを楽しみ、寝る前にベランダにある風力発電機と太陽発電機それに繋がっているバッテリーに異常が無いか確認する、まだライトは点滅していた。
寝るには早すぎる時間なのだがベッドにもぐりこみ目を閉じる。何も作業をせずにジッとしていると嫌なことを思い出す。
半年ほど前まで俺は避難所で人を守っていた、俺だけではない周りには同じ仲間がいて避難してきた人の中にはそれに加わる者もいた。避難所の中には老若男女外国人も誰でも入ることが出来て、皆が身寄せ合って過ごしていた。
その中でも俺は国から派遣された唯一の軍人だった、『だった』というのは俺以外の奴は全員人を守って、守るために死んでしまったからだ。避難所を守っていたのは俺と志願してくれた若い男たちだった。
俺は一人一人に訓練をして、生き残るすべを教えて一緒に戦った。あの時は国がまだ機能していて、避難所の一つ一つに空輸で定期的に物資が送られてきていたのだが、それもやがて無くなった。すぐに俺と志願者で街に行き物資を集めた。ゾンビが大量にいる街で物資を集めるのは容易ではなく、何人もの志願者が死んだが、何とか避難所を守っていた。
やがて避難所を守る人は俺だけになってしまっていた、俺以外の最後の志願者は食料と武器を持って避難所を去ろうとしたところを後ろから撃った。彼は俺に一緒に来るように説得してきたが、俺の説得には聞く耳を持たなかった。
その日から俺は避難所を一人で守ることになった、日中は化け物どもと戦いながら物資をかき集め、夜中は化け物が避難所に入らないように警備していた。何度も志願者を募ったのだが今まで戦って死んでいった人間の最後を見ていたために、誰も手を上げることは無かった。
だが俺は必死に戦った、一人でも何とかやってこれた。たとえ子供たちに多く食べさせるために自分の食料が少なくなっても、老人をゆっくり寝かせるために夜が寝れなくとも、必死に戦ってこれた。
やがてそれが当たり前になり、町の物資が少なくなって俺が大した収穫が無く、避難所に帰った時それは起こった。俺の守りたかった人たちが、食べ物や飲み水が無いと俺に迫ってきたのだ。もう町に物資が残っていないと説明するとそれは俺の努力が足りないからだと、夜ゾンビどもが避難所に入ってきそうになったときは俺が注意を怠ったからだと。
そのころにはもう守るべき人たちと外にいる化け物どもとの区別がつかなくなっていた。
それからすぐに俺は一つの決断をした、全員が寝静まっている時もてるだけの武器と装備を装甲車に積み込んだ、食料には一切手を付けなかった。持っていきたくても避難所の奴らが食料を管理しだしていたのと、もともと持っていくほどその食料が無かったからだ。
俺は避難所から車を走らせた。『避難所の出口は開けたまま』俺は遠くの町へ走り、やがてここに流れ着いた。
一人きりになった今、俺は自由を満喫していた。毎日腹いっぱいに食事し、毎日風呂に入ることができる。あの避難所を出たことは後悔していないし、むしろ自分の判断は正解だったと思っている。
ただ一つだけ気がかりがある、あのベランダから見えるマンション。あそこには人がいる。
あの合図を見た瞬間、助けに行こうと思ってしまった。小銃と装備品で身を固め、装甲車のエンジンを掛けようと車のキーを回そうとした時に急にあの避難所を思い出した。それから何時間車のキーを握ったまま考えたろうか、結局俺にはそのキーを回す勇気が出ることは無く、部屋に戻ることになった。
それから毎日あの合図を確認している、明日こそ、その合図が無くなることを祈って。
いつの間にか寝ていたのだろう、まぶしい朝日が俺を起こす。
ベランダに出て目の前のマンションを確認してみる、今日はいつもの合図が無いようだ。何度目を凝らしても光る物が見えなかった。
その瞬間、何か気持ちの悪いものが胸の中に広がった。
いつもの日常に戻っただけだと自分に言い聞かせながら銃の手入れをして装甲車の点検をし、マンションの一階から異常が無いか確認をする。
辺りが暗くなっても俺の胸の中のドロドロとした黒い気持ちの悪い何かは無くなることはなかった。
街で物資をかき集めるときに気まぐれで持ってきたウイスキーを取り出す。こんな事態になってから何かがあった時の為に一切酒を飲むことを辞めていたのだが、今日は琥珀色の誘惑には勝つことが出来なかった。
小さなグラスになみなみと注いで一息に飲む、久しぶりの酒に思わずむせそうになるがもう一杯注ぐ。未開封だったウイスキーが半分になるまで飲んだが、胸の中の不快感はまだ無くならなかった。
急に目の前がまぶしくなり目を開ける、いつの間にか寝ていたのだろう手に持っていた空き瓶をテーブルに置いてベランダに出る。目の前のマンションに目を凝らしてもやはり合図は無かった、気分が悪くなっているのは酒のせいだということにしてベッドにもぐりこむ。今日は何もする気にはなれなかった。
目を覚ましたのは夜中だった、まだベッドに居たかったのだが空腹に負けてキッチンへ足を運ぶ。今日は牛丼にしよう、レトルトを温めている間にテレビをつけて録画してあった番組を流す。この芸人がマジックを失敗しているのはもう見飽きた。
温められた牛丼を口に運ぼうとスプーンですくい、口に運ぼうとした瞬間、俺の日常はあっさりと崩れた。
ドンドンと何度も扉をたたく音がする。
すぐにテーブルにあった拳銃を手に取り、弾が装てんされていることを確認する。
「助けて!お願い!!奴らが来てる!!早く入れて!!ここに居るんでしょ!?」
女の声だ、それも若い女。玄関まで音を立てないように近づいてドアののぞき穴を確認する。廊下は暗いがライトを持っているのだろう、かすかに女の顔が見える。女が後ろにライトを向けると何匹かゾンビが見えた。
ご丁寧に奴らを連れてきてのか、必死に叩かれるドアの前で考える。一人を助けて何匹かのゾンビの相手をするか、このまま待って一匹増えたゾンビを相手にするか。
そうしている間にもドアを叩く音が激しさを増し、ゾンビの低いうめき声も聞こえてくる。どうするかを考えていると三つ目の選択肢を思いついた、『ゾンビになる前に一人殺して残りのゾンビを処理する』その三つ目の選択肢を思いついた瞬間、また胸の中にどす黒い何かが湧きだす。
「助けて!お願い!!!」
ゾンビの一匹につかまったのだろう取っ組み合う音が聞こえた。
頭の中にあの避難所の日々が走馬灯のように次々と湧き出す、意を決して拳銃を固く握り、ドアを開ける。
(俺の打つ相手がどうか天国に行けますように)
そう祈りながら引き金を引いた。
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