第6話「暖炉の前で②」
暖炉の火が強まる一方で職人と依頼人との間の空気は冷え込む一方だった。
「……薬屋でもらった薬、どうするの?」
「今から飲むんだよ」
職人は躊躇うことなくいつの間にか手にしていた薬を口に放り込み、ゴクンッと喉を鳴らした。
「……どう?」
「また失敗だ。逆に体が元気になった気がする」
「そりゃ良かった」
依頼人のその言葉が本心であることは表情で示されていた。
「服屋で買ったこのマフラー、いつもは何に使ってるの?」
「あそこのマフラーは糸が丈夫だから首を○るには丁度いいと思ったんだが、何本束ねても途中で千切れちまうんだ。だから明日からはもう服屋には行かない」
「今日死ぬつもりなのに明日の予定があるの?」
「……今のは無しだ」
依頼人がクスリと笑うが、職人は気分を害したという風でもなく依頼人を見続ける。次の言葉に備えて。
「じゃあここからは本題。私に『作品』を作ってくれないの、職人さん?」
「だから俺はもう職人じゃない。お前だけじゃなく誰にも作らない」
「それじゃ困るんだけど」
「俺の知ったことか」
職人は依頼人を振り切る様にその場から立ち退こうとする。だが依頼人はもすぐに後を追う。二人の距離が離れることはなく、家の中での静かな鬼ごっこは続く。
「貴方の『作品』を必要としている人が、いまここにいるの」
「何度も言わせるな。職人は死んだ。死人には何もできない」
「貴方は生きてるじゃない!」
「今夜死ぬ!それで終わりだ!!」
依頼人は追いかけるのを止め、大きく息を吸うと力の限り叫んだ。
「世の中には誰にも必要とされない人だっている!なのに『貴方にしか頼めない』なんて言われる人がどれだけいると思うの!?それでも貴方は私の依頼を断るの?」
依頼人が息を整えている間、職人は立ち止まり依頼人の目を睨み付ける。
「俺はもう、自分の『作品』がお前たちに乱暴に扱われるのが耐えられない!見ただろう!肉屋の店主の腕も、薬屋の薬師の目も、服屋の婦人の足も、『新品』に取り換えたというのに今までと全く変わらず大事になんて使われていない!それなのに調子が悪くなったらまた頼んでくるんだ。『金は払うから新品の体を寄越せ』と、そうやって俺の体を千切りとっていく!!」
「でもまた再生するんでしょ!?そういう風に作られているんでしょ!それがこの世に一人しかいない『医療用人造人間』の役目なんじゃないの?」
「冗談じゃない!再生するからって。また元通りになるからってお前ら『人類』は俺の腕を、足を、内蔵を切り取ってきた。生まれてからずっと!365日!俺の体は俺のものだ!誰の代用品でもない!!」
「そう、それが施設から逃げた理由ね」
「あの耐え難い苦しみを何十年、何百年と味わってきた。それでも誰かの役に立ってるものと思って耐えてきた。だがどうだ!?外の世界に出てみれば誰一人『俺の体』を大事に使ってる奴なんていないじゃないか!」
「私は大事にするわ。絶対に」
「そんな言葉が信じられるか。『俺たち』を代償に得た『不死』を維持するために、お前らは今まで何千何万人の『同胞』を殺してきた?お前らは一体なんだ?」
「さあ?人間だと思うけど?それを本物の不死である貴方に問われる義理はないわ」
「俺を造った人が言ってたよ。『世界中の人々を救うために君は作られたんだ』と。誰にでも適合する体、何度でも再生する体、どの型にも合う血液、それこそが俺の価値であり役目なんだとな」
「俺たちはいわば人類の臓器バンクだ。未来永劫人類の健康を守るために生み出された種族」
「でも今となっては生き残りは貴方一人……でしょ?」
依頼人の目が、言葉が、職人に突き刺さる。逃げられない様に、磔にする様に。