第5話「暖炉の前で①」
「ここが俺の家だ」
「今日はもう遅いから泊まらせて」
「そう言うと思った。だが断る」
「じゃあ夜が明けるまでここで待ってるわ」
職人は勝手にしろとばかりに目の前の何も書かれていない扉を開けると中にドカドカと入っていく。そして依頼人も当然の様に職人の後ろからトテトテとついていく。職人が部屋の明かりを灯している間、依頼人は雪を被った上着を玄関で脱ぐとすぐに暖炉へ足を向けた。
「薪を取ってくるからそこのソファにでも座ってろ」
「わかったわ」
そう言うと職人はフードを被りまた外に出ていった。外の天気は先程よりも荒れている様だった。依頼人はソファにボフッと座ると周囲を見渡した。薄暗い中、隣の作業部屋らしき部屋にノコギリや万力が置いてあるのが辛うじて見えた時に職人は戻ってきた。
「これくらいでいいだろう」
「ずいぶん遅かったわね」
「普段暖炉なんて使わないからな」
「外は雪が降ってるのに?」
職人は何も言わず薪を暖炉にくべ始める。
「職人さん、いくつか質問していい?」
「なんだ?」
「さっきのなに?」
「感情の起伏が激しい奴等なんだ」
「そうじゃなくてあの『通り名』みたいなの」
依頼人は背を向けている職人に向かって問いかける。職人はなんてことないという風に振り返りもせず答えた。
「そのまんまだ。俺が余りに死にたがるんで、誰かが勝手にそう呼ぶ様になったのさ」
「どうして死にたがるの?」
「死ねないからだ」
「じゃあ生きればいいじゃない」
職人は蒔に火を着けながら答える。
「生きることが、もう嫌になったんだ」
「どうして?」
数秒の沈黙の後、職人は振り返って答えた。
「俺がもう、『職人』として死んでいるからだ」