第4話「服屋の前で」
「この店でマフラーを買う」
「それって美味しいの?」
「マフラーを知らないのか?」
「冗談に決まってるでしょ。わたしも行くわ」
職人は勝手にしろとばかりに目の前の『服屋』と書かれた扉を開けると店内にドカドカと入っていく。そして依頼人も当然の様に職人の後ろからトテトテとついていく。
「こんばんは、『死にたがりの職人』さん。今日も駄目だったの?」
「だからここに来たんだろ。いつものを」
「しかも今日は子連れじゃないか」
「子どもじゃないわ。依頼人よ」
それを聞いた婦人はオイオイと泣き出した。
それはもう機織り機の軋む音が悲鳴に聞こえる程遠慮のない醜悪なものだった。
「なんだい。やっと身を固めて子どもをこしらえてやってきたのかと思ったのに」
「一日やそこらで子どもができるか」
「それもそうだねえ。はいこれだね」
「どうも。ところで機織り機の調子はどうだ?」
それを聞いた婦人はさらにオイオイと泣き出した。それはもう機織り機に乗せてる足がグニャリとネジ切れてしまうんじゃないかと思える程聞くに耐えないものだった。職人と依頼人も思わず耳を塞いでいた。
「どうもこうも一向に壊れる気がしなくて、あたしの自慢の足が太くなっちまいそうだよ」
「それでこのマフラーやらを編んで稼げてるんだから文句を言うな」
「それもそうだねえ。はい釣り銭だよ」
「どうも。じゃあ精々大事に使ってくれよ」
それを聞いた婦人はもう泣かなかった。
「それはもう二度と『作る』気がないって意味かい?」
「……そうだ」
「残念だねえ。いや、それでいいのかもしれないねえ」
「……」
職人は婦人から受け取ったマフラーで何かを試した後、依頼人を手招きで呼んだ。
「早く首に巻け」
「え!わたしのために買ってくれたの?」
「俺にはもう必要ないからな」
「どうして?」
職人はその質問には答えなかった。
職人は服屋を出ると雪がビュービューと吹き荒れる中ノシノシと歩き出した。そんな職人を追いかけて依頼人は問いかける。
「ねえ、またどこかに行くの?」
「ああ、次は俺の家だ」
遠くの方にはまだ雪合戦をしている子どもたちがいた。物静かな暗闇が彼らを覆い隠そうとしていた。