1-08 中学生になりました? ②
「…え? ユルちゃん11歳なの!?」
私が飯野家に居候を始めてから一週間が経ちました。
夢にまで見たニート生活……よく考えてみると公爵家令嬢の日常とあまり変わらないように思えますが、これでも私は『聖女』として祭りあげられ、六歳から働いてきたのです。そろそろ休んでもいいのではありませんか? ……ダメですか。
「うん、あと半年で12歳だよ」
驚いた顔の美紗に答えると、彼女は私の顔から足まで流れるように見て、溜息を漏らすようにブツブツ何か呟いている。
「じゃあ小学六年生……? それなら…でも、小学生だし…」
「……?」
もしかして身長のことを言っているのかな?
私と美紗って身長が同じ……もしかしたら、若干私のほうが高いかも? それとも美紗から借りたパジャマの下を穿くと、腰回りがゆるゆるだったり、裾が微妙に短いのを気にしているの?
「………」
「そんな目は止めてっ」
私が無言で美紗の肩をポンッと叩くと、涙目の美紗に振り払われた。解せぬ。
それより私って小学校の六年生になっていたんですね。
結局だらけた生活はさせてもらえず、家のお手伝いをすることになったのですが、何故か父ちゃんのらーめん屋でウェイトレスのマネ事をすることになりました。
……11歳が働いちゃって良いの? などと思われるでしょうが、悪魔だってお金はいるのです。ちゃんとバイト代ではなく、お手伝いのお駄賃をくれるそうです。
時給500円……。小学生だから仕方ありません。
それと『らーめん屋』なのだから『女給』じゃないの? でも誰もそうは呼んでくれません。
それは何故か? それは私が『メイド服』を着ているからです。
正気じゃありません。
しかも琴美さんお手製のメイド服は、うちの公爵家で支給しているロングスカートタイプではなくて、ひらひらのミニスカートですよ、奥様。
そのせいか知らないけど、お客さんは増えているらしい。男性客ばかりじゃなくて、年配の女性客が増えているのはどういうことなんでしょ?
まぁ自分で言うことではありませんが、この格好と容姿のせいで『お人形さん』のように見えているんでしょうね。
らーめん屋の看板娘が『金髪ロリメイド』とか、言い出した奴出てこい。
それと、どういう訳かお客さんが『訓練』されております。
私のお仕事はお冷やとラーメンをテーブルに運ぶことだけど、私がラーメンをお盆に載せて三歩も歩かないうちに、お客さんが慌てて自分で取りに来てくれるのです。
………実家にいる“婆や”と同じ反応ですね。
魔力を使わないで自分の筋力だけで持つと、全身ぷるぷるするので仕方ない。
「え、あ~…ユルちゃんと話してると話が逸れる。そうじゃなくてね。お母さんとも話したんだけど、ユルちゃん学校に行ってないからさ」
「う~ん……そう言われても」
こちらに戸籍もパスポートもありませんから。今の私って密入国の不法労働者って感じですか。
「だから、私の学校に体験入学と言うか、短期留学というか、そう言うの出来ないか相談してたのよ」
「え…? 美紗って中学生だよね?」
「そう、二年生だよ。私は…うちの家族は全員、ユルちゃんって中学生だと思っていたのよ。……私より発育良いし…」
「………」
「だから、そんな目で見ないでっ、肩を叩かないでっ」
優しい目で見ていたつもりなんですが、美紗には通じなかった。
「でも私は11歳な訳でして」
「……小学生か」
お気持ちは嬉しい。正直に言えば、久しぶりに中学校に行ってみたいけど、パスポートがないと留学どころか体験入学も難しいと思う。その前に小学生だけど。
「たぶん、大丈夫だと思うわよ」
「あ、お母さん」
居間で会話をしていた私達に琴美さんが声を掛けてきた。
「どういうことです?」
「うん、ユルちゃんって小学生には見えないから、誤魔化せると思って」
「………」
適当だな。年齢すら偽って入れてくれる学校なんてありませんよ?
*
「本日より短い間ですが、留学生が私達のクラスに入ります」
マジかよ。
現在私は、担任の先生に紹介されて30名ほどの中学生の視線に晒されております。
「ヴェルセニアさん、自己紹介を」
「……はい、ユールシア・ラ・ヴェルセニアと申します」
どう見てもメイド服以上にコスプレ臭漂うセーラー服姿の私が、いつもの癖でスカートの裾を摘んで挨拶をすると、全員が放心したようにポカ~ンと口を開けていた。
どういう反応なのか判断に困るわ。
あの話から一週間で私は美紗が通う、この卯月学園中等部に通うことが決まっていたのですよ。
こんな無茶がまかり通ったのは、公立じゃなくて私立の学校だからと聞きましたが、ぶっちゃけあり得ないでしょ。
まぁ実際は正式留学じゃなくて四半期ほどの体験留学で、現在の校長先生が琴美さんの恩師らしいので、ノリで決まったらしい。
『………………』
教室が痛いほど静まりかえっている。……これ知ってる。魔術学院のクラスと同じ空気だ、これ。
でも魔術学院の時と違うのは、王族の寵愛を受ける国王陛下の孫娘で、公爵令嬢でありながら聖女とか言う無茶無茶な肩書きがないので、場の雰囲気は多少柔らかい。
…と言うことは、今のこの雰囲気は全部、私の外見のせいですか。
それはそうと、生徒達が着ている制服なんですが統一感がなかった。
私立なのにどうして美紗は普通のセーラー服なんだろうと思っていたら、制服はどうも自由っぽい。
ノーマルな学生服やセーラー服が四割程で、最近導入された妙に高そうなブレザーが三割。それ以外の私服が三割って感じです。
そのせいか、髪型はある程度自由みたいだけど、銀髪眼鏡とかどこの乙女ゲーの攻略対象だよっ、ってツッコミを抑えるのに苦労した。
「……え~…と、それではヴェルセニアさんの席は…」
「はーい先生、ここっ。ユルちゃん、こっちこっちっ」
先生の言葉を食い気味に遮って美紗が手を挙げる。いまだに耐性が無くて硬直したままのクラスの中で、美紗を含めた数人が意識を保ったまま私を見つめていた。
その中の一人が、久遠公貴くん。
夜に曲がり角でどっきりの男の子です。まさか…こんな所で再会できるとは思ってなかったけど、嬉しそうな顔で私を見てた。制服はブレザー。
お次は、とても可愛らしい顔立ちの女の子。……なんだけど、ハーフでもないのにその明るい髪色は、それ染めてるの? 何故か分からないけど、驚きつつも苦々しい顔をしています。この子も制服はブレザー。
その次は、一見普通の男の子。黒髪に学生服のどこにでも居そうな男の子なんだけども、中学生とは思えない鋭い眼光で全部台無しです。
担任の先生も凄く若くて格好いい男性だし、なんでこのクラスは、こんな濃い人達が集まってんの?
あと、視界の隅にどこかで見たことあるような肉玉がキラキラした瞳で私を見ていましたけど見なかったことにした。
転校生が来たら、まず取り囲んで根掘り葉掘り質問攻めにするのが定番です。
そこを美紗あたりが『そんないっぺんに質問したら答えられないでしょっ』とか言って周りの子達を諫めたり、公貴くんとかが困っている私を庇ってくれたりとか、そんで公貴くんを慕う女の子から嫉妬されたりとか、休み時間になる前に色々シュミレーションしていたんですが、現実は非情です。
「…………」
『…………』
静まりかえる教室の中、私の目の前には肉玉が五体投地をしております。
皆さん知っていますか? 肉玉って横になっても頂点が椅子の座面より高くなるんですよ。
「……何をしているんですか?」
「天使様に忠誠を…」
どこからそう言う発想が出てきたの?
「何してるのっ!? 美王子くんっ」
やっと誰かが異常に気付いて声を上げた。
さっきの明るい髪の女の子。確か…何とかサクラちゃんでしたっけ。いいぞ、もっと言ってやれ。でもサクラちゃんは何故か憎しみを込めた瞳を私に向ける。
「あなたっ、美王子くんになにをしたの!?」
「えっと…」
「サクラちゃんっ、僕は天使様に一生を捧げるんだっ、邪魔しないでっ!」
「美王子くんっ!?」
サクラちゃんは肉玉の声にとても驚いた顔をしていた。私もビックリだ。
そう言う話は、どこか余所でやってくれませんか?
「僕はっ、僕はぁああああああああっ!」
そして肉玉は公貴くんを含んだ数人の男子に保健室に連れて行かれた。何が彼をあんな風にしてしまったのでしょう……。
サクラちゃんも肉玉と公貴くんの顔をチラチラ見ながら一緒に保健室に行きました。
え? なに? サクラちゃん、肉玉と公貴くんを天秤にかけてんの?
肉玉も良く見れば結構可愛い顔しているけど、サクラちゃんは範囲が広いな。