1-06 居候になりました ③
まぁ後になって思えばここで逃げ出してもよかったのですが、一宿一飯ですか、そんな言葉が頭を過ぎって、私も美紗の後を追ってみた。
「うちのらーめんが不味いだと!?」
「おう、なんだこりゃ? インスタントのほうがまだマシだぜっ」
「そうだそうだ、兄貴の言う通りだぜっ」
お店のほうからそんな声が聞こえた。あらら、因縁ふっかけられているのかな。
「どうしたの、父ちゃんっ」
「美紗、おめぇは引っ込んでなっ」
だから何で江戸っ子風なの、父ちゃん。
それはいいとして、私が美紗の後ろからお店の中を見てみると、チンピラっぽい派手な服を着た三十代と二十代の男が因縁を付けているらしい。
ああ言う、いかにもチンピラっぽい服って何処で売っているんでしょうね。チンピラ服専門店とかデパートに入っているんですか?
でも不味いって…抽象的だな。味の好みはそれぞれなんだから、そんなの店を選んだ客も悪いと思うけど、味に自信のある父ちゃんは聞き流せなかったみたい。
「俺のらーめんの、どこが不味いって言うんだっ!」
「全部だよ全部っ、麺はかてーしよ、コシがあるつもりか? 輪ゴムかと思ったぜっ」
「そうだそうだ、兄貴の言う通りだぜっ」
確かに麺は重要ですよね。とんこつの麺はハリガネ一択です。
それはそうともうお昼だったんですか。お店を見るとお客さんも何人か入っているみたいです。
朝ご飯を食べてからあまり時間も経っていない気がしますけど、お昼ご飯はどうしましょうか。
「こんな不味いラーメンしか作れねぇなら、こんな店、潰しちまえよ、なぁっ?」
「そうだそうだ、兄貴の言う通りだぜっ」
チンピラさんは周りのお客さんに怒鳴るように凄んだ笑みを向けて、お客さん達は無言のまま視線を逸らした。
「あ、あんたが最近嫌がらせている奴らねっ」
「美紗、お前は奥に、」
「ガキは引っ込んでろっ! 客に不味い物出す、店が悪いに決まってんだろっ!」
「そうだそうだ、兄貴の言う通りだぜっ」
ああ…、なるほど。地上げか何かで嫌がらせをされているから寂れているのか。
もの凄い定番ですね。普通に営業妨害だから警察呼んじゃえばいいのに。
「うちのらーめんは美味しいもんっ」
「そうだっ、うちの自慢の細麺にケチつけやがってっ」
「はぁ? でけー図体してちまちましたもん作りやがって、ラーメンはコクがある太麺がいいんだよっ!」
「そうだそうだ、兄貴の言う通りだぜっ」
ほほぉ太麺ですか。チンピラさん、あなた普通にラーメン好きですよね…?
こういう話を聞いていると食べたいとは思いませんが、女の子としては何か作ってみたくなります。
「だったら、私が美味しいらーめんを作ってやるわっ!」
「お、おい、美紗っ」
「はっ、じゃあ不味かったら責任取ってもらうからな」
「美味いって言わせてみせるからっ」
「そうだそうだ、兄貴の言う通りだぜっ」
何か話が変な方向に行ってない?
美紗が厨房から包丁を取り出し、ちょっと太めの腕を捲って不敵な笑みを浮かべているけど、美紗ちゃん、厨房から包丁持ち出したら銃刀法違反だからね。
それとまさかの料理バトル展開になるとは思ってもいなかったわ。
それとチンピラ弟分、会話が繋がらなくなるから、そろそろ黙れ。
どどんっ。
「お待ちどおさま」
「………」
「………」
「………」
私がどんぶりを二つカウンターに置くと、彼らの視線が集中した。
はい、作ってみたくなったので『ラーメン』を作ってみました。
勝手に使って申し訳ないのですが、少々材料をお借りしました。ラーメンは初めて作りましたが、なかなか良い出来なのではないでしょうか。
渦中の彼らだけでなく、お店にいる全員の視線が私を見る。…ああ、そうでした。料理するのにポニーテールにしてたんでした。
「……ぉ…あ、」
ポニテを解くと唖然としていたチンピラさんが、落ちつきなく辺りを見回す。
「そ、そうだそうだ、兄貴の言う通りだぜっ」
お前は黙れ。
「ユ、ユルちゃんっ? それ…」
「うん、ご要望の物を作ってみたの」
いち早く正気に戻った美紗に、ちょっと自慢げに言ってみる。
コクのある太麺に、コクのあるオリジナルスープ。ユールシアスペシャルなのです。
「ぉ、おお!? なんだ嬢ちゃんっ、こりゃなんだっ!」
「ラーメンよ、たんとおあがり」
「…………」
チンピラさん達は目の前に置かれた、グツグツいってるラーメンを見つめる。
「何でスープが緑色なんだ……?」
「兄貴ぃ…何か動いてるんすけど…」
「大丈夫、特性ワカメ汁の冷やしラーメンだから」
「なんで冷やしラーメンが煮だってんだよっ!?」
「それは『ワカメ』に聞いてみないと…」
なんてことでしょう…、あれほど磨り潰してもまだ動くなんて……。
ちなみに『特性のワカメ汁』ではなくて『特製ワカメの汁』です。ちゃんと動かなくなるまで潰したつもりだったのですが、これほど頑張ってくれると生産者としては誇らしい気持ちになります。
「このガキっ、ふざけんじゃねぇえっ!」
「ちゃんと太麺でしょ?」
「太麺って…太すぎるわっ、まるまんまのナルトが5本浮かんでるだけじゃねーかっ」
「コクもあるよ?」
「兄貴ぃ……なんか、スープがナルトを食ってんすけど…」
この人達、文句が多すぎるわ。世の中には食べられない人もいるのですよ。
ちらりと周りを窺うと、美紗や父ちゃんやお客さん達も、私とチンピラ屋さんの遣り取りを怯えた顔で見つめていた。
可哀想に……。普通の人から見たらチンピラさんは怖いですからね。
「いいから食べなさい」
じわり…と私が悪魔の『威圧』を滲ませると、チンピラさん達は土気色の顔にだらだらと脂汗を流しながら、震える手で割り箸を握った。
「…………」
「…………」
「食え」
とりあえずもう一段階ほど『威圧』レベルを上げると、彼らは咽せながらも完食してくれました。
良し、ちゃんと人間が食べても大丈夫みたいです。ユールシアになってから初めてお料理をしましたけど、案外何とかなるものですね。
磨り潰したとは言え、さすがにワカメ100%の汁は飲みづらかったみたいですが、口と付けた瞬間にもの凄い勢いで、ちゃんと完食されてくれました。
ぐったりと動かないチンピラさん達に、父ちゃんが神妙な顔で冷たい水を差し出しています。
どうしたのでしょう? チンピラさんと喧嘩して友情が芽生えちゃったかな?
ちなみに料金は一杯3000円の親切な金額です。ナルトが高かったんですよ。
ふらふらとチンピラさんが帰った後も、お店の雰囲気は重かった。
よしよし、みんな怖かったんだね。怖い人はどこかに行ってしまったのでもう大丈夫ですよ。
「仕方ないですねぇ。みなさんにもワカメラーメンを…」
「いやっ、大丈夫だっ! それにはおよばねぇっ!」
「うんっ、大丈夫…もう大丈夫だからっ!」
父ちゃんと美紗の言葉に、お客さん達も激しく頷いている。そうですね……もう材料は特製ワカメしかないので仕方ありません。
でも今がチャンスではないですか?
美紗達には申し訳ないけど、私もこういう家庭の事情に巻き込まれるのは勘弁してほしいので、今が飯屋家を脱出する時だと考えた。
「ねぇ、ユルちゃん…少しお話ししてもいい?」
「…はい」
行動を起こして、わずか三歩で琴美さんに見つかった。
あっれぇ…おかしいな。普通、悪魔って隠密系は得意なんじゃないの?
あ、リンネはここにいたんですね。何をしていたのかと思っていたら、空気を読んで猫まんまを完食していたらしく、不機嫌そうな顔で私の肩に飛び乗ってきた。
別に無理をして食べなくても……あ、ごめん、私のせいだね。後で、魂で味付けしたタコスルメをあげよう。
「それで、お話しってなんですか?」
「ええ、ユルちゃんの事情は聞かないけど……、うちの旦那も親と喧嘩してらーめん屋を始めたし、色々あるのは分かっているわ」
「………」
すみません、何も無いです。
「それで、さっきユルちゃんが厨房で何かやっているのを見たんだけど…あ、店員以外が厨房に入ったら駄目よ? それで、ああいう料理に仕方って、ユルちゃんが自分で考えたの…?」
「ん……?」
なんでしょう? 人間だった頃に覚えていた作り方でやったんですけど。
「何か適当に…」
「そっかぁ……、日本食にも全然抵抗なさそうだし、あの納豆の食べ方って、……ううん、それはいいわ」
あの食べ方ってダメだった? まぁ見た目外国人な私が納豆を丼飯でかっ食らうのはアレかとは思う。
「要するに、ユルちゃん、しばらくうちにいなさい。行く場所があるのならそれでもいいけど、私としては……もう少しユルちゃんと一緒に居たいんだけど、どうかな?」
「………」
そう言った琴美さんは懐かしそうに私を見る。
そして私もそんな琴美さんに懐かしさのようなものを感じていた。
まさか……この世界が私が居た世界だって保証はないし、都合良く家族に出会えるとは思っていないけど、知り合いに出会える可能性はゼロじゃない。
琴美さん……あなたはいったい誰ですか?
「…うん」
気がつくと私は頷いていた。
どちらにしろ住むところは必要だから、悪い話ではない。
でもねぇ……、その時の私は雰囲気に流されて気付いてなかったけど、結局この家の事情に巻き込まれちゃったのでした。
大マヌケ。
テンプレストーリー
【らーめん太腕繁盛記。下町商店街の看板娘】追加。