1-03 帰ってまいりました ②
現在の所持品は五円玉が1枚です。
教会を出た私達は夜の街を歩いております。
お忘れかも知れませんが、私は11歳のか弱い女の子。
悪い人なら構いませんが、このままだとお巡りさんに補導されてしまう……。そして強引に突破するのは私の趣味じゃない。
そこでどうしようか考えてみたけど。
1・そこら辺の田中さんを襲撃して、魂とお金を融通して貰う。
2・そこら辺の山田さんにお願いして、魂とお金を融通して貰う。
3・そこら辺の鈴木さんの家に乗り込んで、魂と寝床を融通して貰う。
「…………」
1は拙いですね…。すっかり悪魔的な思考に染まってるじゃありませんか。
そうなると2もダメです。上手いこと言いくるめて『契約』出来れば、魂も命も合法的に私のモノですが、一晩かそこらの為にそんなことするのは面倒くさい。
3は……ある意味一番外道かも知れない。ご褒美はないのですよ。
お客様の中に、襲われても良いという素敵な田中さんはいませんかー?
まぁ定番は、お寺か神社で朝まで過ごすことかな。
なんか定番過ぎて家出中の子供とか、小学生が親に隠れて飼っている子犬とか居そうで怖いわ。
幸いにして暖かな季節で、私もリンネも眠らなくても平気だし、私の身体もドレスも悪魔だからかほとんど汚れないから、好きな所にいればいいんだけど……。
でも数ヶ月間も【悪魔公】と不眠不休で戦っていたから、そろそろ温かいベッドが恋しかったんだけどなぁ。
最悪は神聖魔法の【浄化】を使えば身体だけは綺麗になる。人間の属性もある私には聖なる力は効かないけど、リンネは純粋な悪魔だから、使うとちょっぴり嫌な顔をされちゃう。
とりあえず選択肢が無いんで神社のほうへ行ってみよう。
地理をまったく知らないんだけど、どうせ民家が多いところの自然の多い場所に行けばそれっぽいのが見つかるんじゃないかな。
完全行き当たりばったりだけど、別に朝まで迷って歩き続けても問題ない。
さすがに夜中の二時を越えると民家辺りは静まりかえっていた。
それでも車は通るし、コンビニはオアシスのように煌々と輝いているけど、この地域はそれほど田舎じゃなかったのか、入り口でたむろするチンピラまがいのガキんちょはいなかった。つまんない。
まぁ夜のお散歩もいいものですよ。
神社を探して……もうお寺でもいいからどっかに無いかなぁと、どんどん街の喧噪から離れていくと。
「きゃっ」
「うわ、ごめんっ」
道の曲がり角で出会い頭にぶつかると言う、素敵イベントが発生しました。
何でこんな夜中に……。
「本当にごめんっ、君、大丈夫…?」
私は歩いていて、走ってきた彼とぶつかったのだから、当然軟弱な私が尻餅をつく形になり、そこでようやく私達は互いの顔を見ることが出来た。
「「………」」
黒に近い青い瞳。自然な色合いの、ふわふわな茶色の髪。
中学生くらいの男の子で、顔立ちは学校の女の子から『王子様』とか呼ばれるくらいには整っているけど、従兄弟に本物の『王子様』がいる私としては、特に何か思う要素はない。
「……?」
何故か男の子は私を呆然と見つめて、私が尻餅付いたまま小さく首を傾げると、慌てて私に手を差し出した。
「ご、ごごめんっ、手を…」
やっと私の状況に気付いたみたいね。
「…ん、ありがと」
私は軽く頷くと、男の子の手を借りて立ち上がった。
なんだろうね…? 怖がられた…とは違うと思うけど、男の子の様子がちょっとおかしい。
「ほ、本当にごめんね……、こんな時間に君みたいな…」
ああ、照れていたのですか。
女の子慣れしてそうな顔しているのに、純情さんなのですね。
『……、………、……』
不意にどこか離れた場所から声らしいものが聞こえて、男の子の顔色が変わる。
「ごめん、俺、行かなくちゃ…っ。えっと…君の名前は? 後でちゃんとお詫びするからっ」
「ユールシア…」
「うん…僕は公貴、またねっ、ユールシアちゃんっ」
男の子はそう言うと、何度か振り返りながらまた走っていってしまった。
いきなり“ちゃん”付けですか。まぁいいけど、名前だけでどうやってお詫びしてくれるつもりなんでしょ?
それと意外と普通の名前だったわ。まぁ美王子くんみたいなお名前ばっかりだったらビックリだけど。それよりも。
「………リンネ」
『どうした、終わったのか?』
分かってはいたけど、リンネは転んだくらいじゃ心配してくれないなぁ。
悪魔公の時だって忠告はしてくれたけど心配はされなかった。そこら辺が人間と悪魔との感性の違いなんでしょう。
私だってリンネにミサイル撃ち込まれたくらいじゃ心配しないな。
それはいいとして。
「…変なのが近づいてくるわねぇ」
『珍しい気配だな…』
私達が悪魔的なお話しをしていると、さっき声が聞こえた方角から何人か走ってくる足音が聞こえた。
待つこと数秒。そこに現れたのは、がたいの良い黒服二人と、線が細い…靄に包まれたような長身の男の姿が見えた。
「おい、そこの金髪。ここらで中学生の少年を見かけなかったか?」
「………」
最初の呼びかけが『おい、金髪』ですか。良い教育を受けられたようで……。
まぁ普段は目立ちまくる私の髪も、これだけ暗いと染めたように見えるのかも知れませんね。
マッチョな二人が近づいてくると、私を見て少し驚いた顔になる。
「こいつ……外国人か?」
「すげぇな…まだ、ガキだけど……」
今度は『ガキ』ですか。否定はしませんけど、タリテルドでは最近大人扱いされ始めていたのでちょっと新鮮です。すげぇって何がっ?
でも丁度いいので、日本語が分からない振りをしましょう。
どう考えてもさっきの子の関係者でしょうね。態度は悪いけど、この人達どうしようかしら? 食べても美味しくなさそうだし。
でももう一人。
二人の後を歩いてきた長身の男性に目を向けると、その人はマッチョ達の前に出て、私を興味深そうに見ながらマッチョ二人に指示を出した。
「君達、失礼ですよ。このお嬢さんからは私が話を聞いておきます。君達は坊ちゃんを追いなさい」
「は、はい…」
「了解しました。行くぞ」
マッチョな二人はぺこりと頭を下げ、すれ違いざまに私の顔や身体をジロジロ見ながら、私の背後の方へと走っていった。
嫌な感じだなぁ……。ある程度年齢が上がると、こういう視線を受けるようになるのが嫌ですね。それともツルペタ系に造詣がある人なのかしら?
とりあえず、教育がなっていない部下の責任は、上司の責任と同義です。
そんな思いを込めてその上司さんに視線を送ると、二十代中頃ほどの長身の男性は、思っていたよりも優男風の外見で、人の良さそうな笑みを浮かべて丁寧に頭を下げた。
「『失礼、お嬢さん。英語は分かりますか? それともフランス語かな?』」
「日本語で結構ですよ」
たぶん、丁寧な英語か何かで話しかけたのでしょうけど、『神霊語』が勝手に日本語に訳してくれるので意味はない。
先ほど無視していたのに、私があっさりと日本語で答えたら、彼の口元が微かに引きつった。
「……ふふっ、面白いお嬢さんですね。私は久遠家に仕えています、綺堂と申します。そんなに警戒しなくても平気ですよ」
知らないよ、そんなの。
たぶんここら辺の有名なお家で、そこに勤めているのは一種のステータスなんでしょうね。
すると、さっきの公貴くんが久遠家のお坊ちゃんなのかな?
でも…それよりも。
「…(リンネ、これって)」
『(ああ、ゴーストが憑いているな)』
来た時から気になっていた、綺堂さんに纏わり付いている黒い靄。
なるほど……これがゴーストって奴ですか。でも美王子くんに憑いていたのと、何か違くない?
『(教会の子供は、悪霊の憑依だ。こいつの場合はゴーストが纏わり付いている。俺達の近くにでも消滅しないのなら、よほどこいつに恨みを持っているのかもな)』
……なるほどねぇ。
久遠家とやらの命令でよほど酷いことをしてきたのか、この人自身がよっぽど酷い人なのか……。
でもゴーストに憑かれていて普通に過ごせているのなら、かなりニブいか肝が据わっているのでしょうね。
「どうかしましたか、お嬢さん」
私が黙っていると、綺堂さんが爽やかな口調でそう言いながら、口元に優美な笑みを浮かべる。
さてどうしようかな……。
別にこの人が何をしてきたのか、公貴くんがどうなろうが関係ないけど、いかにも自分が女慣れしていると言うような表情と口調が鼻につく。
はっきり言うと、妙に気にくわない。
特にこれ以上会話をする気持ちになれず、用があるのなら勝手に『話せ』と言うように、私が表情も変えずに少しだけ首を傾げると。
「………………少年を見ませんでしたか?」
3分ほどして、根負けしたのか綺堂さんが絞り出すような声でやっと用件を話した。
「あっち」
別に喧嘩を売っている訳ではないので指と短い言葉で指し示すと、彼は面白くもなさそうな顔で軽く頭を下げた。
「そうですか…では失礼」
そんな彼が顔を上げるわずかな間に、私は悪戯をすることにした。
別にたいしたことはしないよ?
ただ、彼に憑いている消えそうなゴーストに、悪魔の純粋な魔力を注ぎ込んで活性化させただけなのです。
綺堂さんに憑いていた黒い靄は、私の魔力を受けて、見る間に派手な女性の姿になると、ものすごい狂気の笑みを浮かべて彼の身体に何かを始めた。
「…………」
私は歩み去る彼の背中を見送り、そっと息を吐く。
「次会う時まで、元気だといいけど…」
『……………』
リンネが何か言いたそうに私を見てたけど、私は別に気にしない。
テンプレストーリー
【恋の花咲く卯月学園 ―恋のミルフィーユ―】追加。