1-02 帰ってまいりました ①
る~る~るるるるる~♪ らら~ららららら~♪
故郷のお父様お母様、お元気でしょうか?
ユールシアが都会に出てきてから、早いもので、もう八時間にもなります。
都会はとても怖いところです……。
私が昔、こちらに居た時から、ユールシアになってからの時間を考えても、十数年は過ぎている訳でして。
なんじゃ、『美王子』くんって……。
日本語は話せる私ですが、固有能力の『神霊語』さんが頑張って当て字にされた漢字を私に理解させてくれるのです。
頑張るなよ。
私が居た頃も、キラキラした素敵なお名前はあったけど、今はそんな『名前』が流行なのですね……。
まぁ彼のことはいい。本当にどうでもいい。
妹ちゃんの『美茄子』ちゃんは、どうにかならなかったの…? 普通に『美茄子』と呼んでやれよ。
そんな訳でして、都会は怖いところなのです。
……え、悪魔? そんなの居ましたっけ?
そう言えば、美王子くんが何かはっちゃけていましたけど、彼も中学生みたいなので色々と『病気』が発生するお年頃なのでしょう。
もしかして、あれが悪魔に見えた人がいるのでしょうか…? まさかまさか、悪魔はもっと『理知的』なのですよ?
『まぁアレは、犬かヘビの動物霊の類だな。歳を経ているのか小賢しかったが』
そうそう、リンネの言う通り、あんなの悪魔じゃなくて…
「…え? 悪霊…?」
『……知らないで『聖光』を使ったのか…』
「だって、あれが一番光が強いし…」
あんな奇妙な体勢で肉玉みたいな男の子の襲われたら、か弱い女の子としては目眩ましで目潰しくらいするのが都会じゃ当たり前なのです。
「でもゴーストって、今まで見たことないよ?」
『アレは生き物の『魂』ではなく、魂が世界に吸収された後の『残留思念体』だ。俺達ほどの『悪魔』なら、近づいただけで消滅して吸収してしまう』
「……お茶の『出がらし』みたいなモノですか」
それとも、骨せんべい的な……。
どちらにしろ近づくだけで消滅しちゃうんなら、おやつにもなんないか。
でもようやく一つだけ謎が解けた。
ちっちゃい頃は魂とか食べてなかったから、どうやって悪魔の身体を維持してんのか分からなかったけど、勝手に周りから吸収していたんだね。
美王子くんの中の人が平気だったのは、あの『肉』が鉄壁の防御壁となっていたのでしょう。肉壁万能説。
それにこの世界でも【神聖魔法】は普通に使えるのね。こっちにも光の精霊はいるのかしら。
教会から出た私達は、懐かしい夜の街を二人で歩く。
リンネは重さも適当だから、私の肩に乗ってもらっても苦じゃないけど、よく考えてみると普通の大きさのニャンコが、女の子の肩に乗ってたらおかしいよね?
そんなの魔法少女か、青き衣を纏った虫萌えのお姫様しかいない。…あれはネコじゃなかったか。ワオキツネリスでしたね。
そんな訳でユールシアです。か弱い『悪魔』をやっております。
このまま続けてもいいんですが、まずはこっちの世界に来る時の話からしましょう。
*
魔界六柱…? の【悪魔公】、ひ…ひ…貧乳好きの魔の手から逃れるため、
『…ヒライネスだな』
ありがとうリンネ。どうも印象が薄い人やインパクトがありすぎる人の名前を覚えるのが苦手です。ちなみに私は貧乳から脱出しつつある。
その平井ヤネンと、正々堂々魂の奪い合いをして、ギアスさんとの友情パワーで勝利した私は、何故か破壊されまくって空間の乱れた亜空間の中で、私が『人間』だった頃に生きていた世界を見つけたのです。
『ユールシア、あの世界に行ってみるのか?』
「もちろん。この亜空間からだと元の場所に戻れそうにないしね」
目の前の空間に穴が開いて、ビル…電車…車…道路…懐かしい光景が広がっている。
あれほど帰りたがっていた『光の世界』だったのに、その光景を見てもあまり感慨はない。
私の『世界』はもうお父様やお母様がいるあの世界なんだ。
「だから、あの世界で『魂』を補充しましょう。結構消耗しているし…」
帰りたい故郷ではなくなったけど、興味は山ほどあるのですよ。うふふ。
「さぁ、行きましょう、リンネ。食い道楽よ」
『…なんだそれは』
私の魔力と反応してバチバチ鳴っている次元の穴を強引にくぐる。でも……あれ? 何か通り抜けしにくいんですけどぉ。
『俺達の魔力がデカすぎる』
ああ、なるほど、召喚魔法陣をくぐる時と一緒だね。断じて私が太っている訳じゃないのです。
規模が小さかったり文字が汚かったりすると、魔力の大きい悪魔は通り抜けることが出来ないんですよ。
でも行く。
放電するように私に刺さる雷を無視して、私は強引に『光の世界』へと渡った。
バチンッ! と一際大きな音がして、次元の歪みが消滅する。
そして……
「やっと…来られた」
時刻は夕方の少し前くらい。場所は街が見渡せる木々が多い丘の上。
良く知っている少しくすんだ空。どこまでも拡がる街並みを見ると心が落ち着く。
十数階建て程のマンションは見えるけど、高層ビルはあまりない。ここはそんな都会ではないのかな?
『この世界を知っているのだろ。とりあえずはどうする?』
「そうね……とりあえず、お金と寝床かな」
『…………』
世知辛いと言うなかれ、とりあえず異世界に来たらそれが基本です。
それとも悪魔的な何かを期待しちゃったかな? 私はか弱い可憐な悪魔ですもの、自分の力を過信したりしませんわ。
その前にまずは服装をどうにかしないといけない。
この世界に降り立った場所が人がいなくて助かりましたが、今の私の格好って、足下まであるヒラヒラの黒銀ドレスだから非常に目立つ。
ですがこのドレスは私の従者達が作ってくれた物で、色々と融通は利くのです。
まずは長いスカート丈を膝くらいの長さにして、突き刺さりそうなピンヒールをローヒールに変えると、同じく尖っていた爪先が丸みを帯びてローファーっぽいパンプスになってくれた。
背中や鎖骨の肌が見えていた部分の露出を控えめにして……よし、これだったら普通のゴスロリファッションに見えるでしょう。
「ふふん♪」
我ながらの良い出来映えに思わず笑みも浮かぶってなもんです。
リンネも男の子らしく私を褒めても良いのですよ? 何をまた暇そうに欠伸してやがりますか、猫耳野郎。
ふむ……。今度私も『人型』モードで猫耳だけ出せないか試してみよう。
私が人の居る場所に向かって歩き出すと、リンネが左肩に乗ってくる。重くはないんだけど左肩が下がるような感じがして妙に気になった。
リンネは戦いだと容赦ないけど、さすがに伝説の『魔獣』なだけあり、人の世界のことも知っていて意外と常識があったりする。
常識問題で元人間の私よりも常識があるのは少し考えされられますが、そんなリンネがどうして女の子の肩に乗って楽してやがるんだと思いましたら、何と言うことでしょう、私と顔が近いほうが宜しいんですと。
…………なんか可愛い。
少し恥ずかしくなったので彼を背後から胸に抱っこするような体勢にすると、下半身がだら~んとするのかリンネには不評だった。
一時間ほど歩くとやっと民家が見えてくる。
ひょっとして、さっきの場所は森林公園みたいな感じでしたが、バスで行くような場所なんでしょうか。
羽根を出して一気の飛んじゃえば早いんですけど、折角こちらの世界に戻ってきたのですから、のんびりと行きたいなと考えていたら、すっかり夕方になっていた。
もしかして私っておバカ…?
とりあえず屋根付きのバス停があったので、そこのベンチに腰掛ける。
バスに乗りたい訳じゃない。その前にこちらの世界のお金がない。
もしもの為に金貨を1枚持っているけど、こちらの世界で使える訳もなく……質屋に持っていけば換金出来るかな?
この金貨って、いくらぐらいの価値があるんだろう?
「………あれ?」
『どうした?』
「私って、聖王国でお金使ったことがない…」
「………」
リンネさん、そんな目で見ないで下さい。私もビックリですよ。
だ、だってウチは資金潤沢な公爵家で、その令嬢たる私には何か言う前に必要な物は過剰なまでに揃っていたし、私は中身がアレだから、我が儘なんて言わない良い子でしたので、頼めばすぐに買ってもらえて、お金を使う必要がなかったのです。
えっと…タリテルドの貨幣は……。
『それはタリテルド金貨だな。俺の知識は数百年前のものだが、それ1枚で宿屋に半月以上泊まれたはずだ』
解説のリンネさん、ありがとうございました。
日本円にして10マン円くらいかな。ここまで価値があると、持たせてくれたお父様の気持ちを考えて売りにくい。
『ユールシア…』
『…ん、なに?」
リンネに呼ばれて考え事から戻ると、……なんだこれ?
私の周りにコンビニのお菓子やジュースなんかが置かれていた。
サンドイッチとかオニギリや水もある。
パンパン…と、手を叩く音がして振り返ると、知らないちっちゃいお婆ちゃんが、私の前に“みたらし団子”のパックを置いて、何故か私を拝んでいた。
「…あ、」
唖然として私が何か問いかける前に、お婆ちゃんは行ってしまった。
「……何なんでしょうか?」
『さっきから、人間共がお前を拝んで色々置いていったな』
「……そうなんだ」
その時に言えよ。
まぁ常識人のリンネだから、あまり人前で話すなんてしないと思うけど…それより、何故に私を拝む?
でも理由はすぐに判明した。
真実はいつも一つ。○っちゃんの名にかけて。昔そのフレーズを聴いた時、有名な家族の名前を孫が勝手に賭けるなよ、と子供ながらに思ったものだ。
話が盛大に逸れました。
この食べ物って『供物』じゃありませんか? なんとなくですが美味しそうな気配が伝わってきます。
よく見ると硬貨も置いてありました。
「……五円玉」
私に何を期待してるんだ、お婆ちゃん。
ご縁なんて結ばないよ? 私、悪魔ですから。
そして判明したことが幾つかありました。
供物も度合いによって味が変わる。何の度合いか分からないけど、たぶん期待値みたいなものあるのでしょう。
その前にどうして私が拝まれるのか分からないけど、私にもやっと『魔神』としての風格が出てきたと言うことでしょうか。
そしてリンネは甘い物が苦手。魔界であれだけフルーティーな悪魔達を食してきたのに、今更何を言ってんの?
その後、残ったオニギリと水を持って、私達は人が多い街のほうへ行ってみることにしました。
……まぁそこの教会で色々あったのですが、そこは割愛しましょう。
私の精神がやばいから。