2-00 招かれざる来訪者
第二章の始まりです。
この章では『主人公パート』と『悪魔パート』を交互に載せていきますので、タイトルでご確認ください。
お待たせして申し訳ありませんが、主人公が出るのは次回からです。
そして、開幕から残酷注意です。
夜の帳が降りる頃、国道近く……郊外の深い森の中。
文明が栄え、光が溢れても夜は来る。人が立ち入らない森の暗がりは何も居ないように見えても、小さな生き物達が溢れていた。
リィン…リィン…と、秋の夜に鳴る虫の音。
夜目の利かぬ鳥たちが木の枝で羽根を休め、ネズミのような小動物が落ち葉に紛れた木の実を囓る。
そんな穏やかな夜が突然乱れた。
虫の音が怯えるように消えて、動物達が息をひそめながらも逃げ出していく。
バチン…ッ!
不意に何かが弾けるような音がした。
夜の色が深くなり、暗い森の中に夜を凝縮したような二つの闇が生まれた。
誰も居なかった森の中で、闇の中から二つの小さな影が静かに…そっと立ち上がる。
一人は、きらきらとした豪奢な金の巻き髪の女の子。
一人は、さらさらとした白にも見える銀髪の女の子。
十代前半の起伏の少ない白い裸身を晒しながら、羞恥の欠片も見せない少女達は不思議そうな顔で辺りを見回すと、白い髪の少女が不意に口を開いた。
「ねぇ、ここで合っているのー?」
「私があの方の気配を間違うはずがありませんわ。……それに、道は示しましたが道中はあなたの力で来たのでしょ?」
「うん、それは大丈夫だよー。私も早く会いたいなぁ」
「そうね。……とりあえず服を着ましょう。はしたないですわ」
「はーい」
二人の少女の髪がふわりと波立ち、金の髪は黒となり、銀の髪は白となり、複雑に織り込まれた衣服が二人の身体を包み込んだ。
*
その場所は一週間前に大規模な交通事故があった。
元遊戯施設の建物が全焼し、そこから避難したと見られる四台の乗用車が国道を暴走し、通常ではあり得ない形で見つかった。
見つかった遺体はすべて遊戯施設を買い取った企業の社員と思われたが、責任者である社長の行方は知れず、警察は彼の人物が事情を知っているとみて、その姿を捜していた。
だがその捜査自体は、わずか数日で突然打ち切られ、その事故は数十人が亡くなったにもかかわらず、ほとんどニュースにもならなかった。
そのことに周囲の住人は首を傾げていたが、事件は日々の暮らしの中で流され、事故車を放置された地権者以外はすぐにこの事故を気にしなくなった。
「…見ろ、車体に爪の跡がある」
警察の鑑識が終わった後も、人目を避けるように複数の男達が事故車やその周辺を調べていた。
それ自体は不思議なことではないだろう。だが、その全員が体格の良い剃髪の男達になると、見た者はわずかな違和感を感じたかも知れない。
「では、人外の仕業なのですか?」
「僧正……。私は『御山』で十年勤めていますが、いまだに怨霊以外の物の怪を見たことがありません。……本当に『人外』など存在するのですか…?」
先に声を漏らした壮年の男に、若い男達が緊張した面持ちで尋ねる。
調査をしていた男達は、落ち着いた感じの壮年の男が三名。そして質問をした若い男達が四名の、計七名の構成だった。
その中間の年齢層が居ないのは、その年代が最前線に出ているためで、壮年の男達は若者を導く立場にある。
その壮年の一人が、あきらかに喋りすぎた若い男を鋭い視線で睨め付けながらも、それでも軽く頷く。
「時を経た怨念は、希に動物に憑いて変貌し人外と化す。……見ろ。鉄を豆腐のように斬り裂いている。ただの生き物にこんな事が出来るか?」
「で、では、一週間前に探知された凶悪な気配が……?」
「それはまだ分からん。半年前に感じられた気配よりも小さかったが、この数ヶ月ほど日本の各地で異常な障気が見つかっている。これもその一つかも知れん」
「そ、そんなモノが取り憑いて、人外の魔物になっていたら……」
「畏れるな。むやみに畏れれば憑かれるぞ。我らには魔物を凌駕する経験と『方術』がある。あのおぞましい気配が姿を現さないのは、我らを恐れている証拠だ」
この世界にも遙かな昔には『魔力』が存在した。
だが、急激な人間の人口増加により、精霊達との接点が失われていった世界からは魔力が枯渇し、魔力を使う『魔術』は発達することなく歴史の闇に消えていった。
その代わりに発達したのが、人の『氣』を使う『方術』であり、強力な術の行使は出来なくなったが、探査や感知系の術が進歩し、より早く、より多くの魔物を屠れるようになった。
その弊害として、いかなる魔物も強大な存在になる前の『雛』の状態で狩られてしまうため、そのこと自体はこの世界の住人には良いことだが、術士達は強大な存在との戦闘経験に乏しく、人外の魔物を警戒しつつも心のどこかで軽視するようになっていた。
「…待て、誰か来る」
辺りを警戒していた男の一人が仲間達に声を掛ける。
七人の男達は瞬時に気を引き締め、己の武器をいつでも取り出せるようにしながらも平常な態度を装い、警戒を促した男の視線を追った。
「……女? いや、子供か?」
夜遅くにわずかな灯りだけで調査をしていた男達が目を凝らすと、近づいてくる長いスカート姿の人影が見えた。
子供のような小柄な彼女達に、若い男達の緊張感がわずかの緩む。
この若者達は、経験が少ない故にこの国に潜む未知の存在に神経を磨り減らし、若さ故に緊張感を持続させることが出来ないでいた。
「おーい、君達、ここは危ないよ」
先ほど不安を訴えていた若い男が、声が届くほど近づいてきた少女達に声を掛けた。
金髪と銀髪の、中学に上がったばかりのような二人の少女。
見るからに外国人のようだったが、とても可愛らしい容姿と、本格的なメイド服を着ている姿が妙に微笑ましくて、まだ若い彼が興味を持って、思わず声を掛けてしまったのも仕方のないことだろう。
だが、……そんな少女達がこんな夜に何をしているのか。
自動車でなければ来られないような場所に何故いるのか。
彼女達は、この暗闇の中をどうやってここまで歩いてきたのか……。
「申し訳ございません。街までの道をお教えいただけますか?」
金髪の少女が丁寧な言葉遣いと仕草で若い男に言葉を返す。
「…え、ああ、それなら向こうの国道を左側に進めば街に出るけど、歩くと1時間以上掛かるよ?」
一瞬だけ少女の言葉が、知っている日本語と知らない言語の二重に聞こえて戸惑いを覚えたが、上品な少女に見惚れてそれを気にする余裕がなかった。
「距離は問題ありません。失礼いたします、ありがとうございました」
「…あ、うん」
男ばかりの中で暮らしていると、こんな少女との会話も貴重である。
まだ若い彼らはもう少しだけ会話をしたかったが、取りつく島もない無表情なそっけない態度に唖然として、二の句を継ぐことが出来なかった。
「ばいばーい」
それでも、銀髪の少女が子供っぽい笑顔で手を振ると、若い男達は救われたような顔で、にこやかに手を振り返す。
暗闇の中を遠ざかる少女達の背中を、にやけた顔で見送っていた彼らは、ふと我に返り現状の違和感にようやく気づいた。
「……僧正達は?」
国道を照らす外灯が少女達の姿をほんのりと浮かび上がらせた時。
「君達、ちょっと待ってくれるかな」
若い男達の姿が見えなくなった頃、それまで居なかったように口を閉ざしていた壮年の男三人が、いつの間に追いかけてきたのか二人の少女に声を掛けた。
まるで娘か孫娘の友人にでも語りかけるように、優しい笑みを浮かべながら近づいてくる男達に、二人の少女は、一人は無表情に…一人はニコニコとしながら、無言のまま振り返る。
「いやいや、美人なお嬢さん達だねぇ」
「すまないな、呼び止めて。君達はどこの国の子かな? 夜も遅いので家まで送ろう。パスポートをおじさん達に見せてもらえると嬉しいな」
ただの子供にしか見えない少女達……。
これが日本人なら場所や時間を考えても疑いはしなかっただろう。
壮年の男達が、この少女二人に不自然さを感じたのは、別に根拠がある訳でもなく長年の直感でしかない。
「ぱすぽーと…?」
銀髪の少女が『なにそれ?』と首を捻る様子に、三人の男達は苦笑する。
「そうだよ、この国に来る時、空港で見せたと思うんだけど」
「それとも日本生まれかな? お名前を教えてもらえる?」
じわりと近づいていく男達。
笑みを浮かべていてもその大きな体格もあり、次第に緊張感が満ちていく場の中で、金髪の少女がやっと言葉を返した。
「こちらでは、淑女と接するのに殺気を持って望むのですか?」
その感情を乗せない少女の言葉に、男達の目がスッ…と細くなる。
「……いやはや、お前ら、バレバレじゃねーかっ」
「だが、やはりただの女の子じゃなかったな。どこの国だ? こんな子供を送り込んでくるなんて」
「そりゃ、子供使う宗教なんて、あの国か、あの国しかないだろ」
「まったく、若い連中は簡単に気を抜きやがって。これだから、まだ俺達みたいな年寄りが現場から離れられなくなるんだ」
意味が分かりそうで内輪しか分からないことを言いつつ、三人の男達は『優しいおじさん』の仮面をあっさりと脱ぎ捨てる。
彼らは彼女達を、半年前にこの国で起こった霊的現象の調査に来た、他国の宗教関係者だと推察していた。
それでもただの調査員なら、彼らが直に声を掛けたりはしなかっただろう。
経験と勘により、まだ年若い子供のような彼女達が只者ではないと見抜いて、強引にでも身柄を確保しようとしていたのだ。
ただ……人間は暗闇を識っていても、その向こうに裏側があることすら知らない。
「とりあえず君達には、私達と一緒に来てもらおう。抵抗するのはお勧めしない。我らは優しい公的機関ではないので、無用な怪我をしてしまうよ?」
「とりあえず、もう先に手足を折っといてもいいじゃないか? この子ら、全然怯えてないぞ」
「おっと、変な動きはするなよ」
銀髪の少女が暇そうに辺りを見回し始めると、一人の男が一瞬でその背後に回り込んで少女の華奢な腕を掴んだ。
そのまま捻りあげて肩関節を砕いて気絶させようと、男が手に力を込めた瞬間。
「「…………」」
銀髪の少女と男は視線を合わせて……男は、そのまま虚ろな表情で崩れ落ちた。
「……っ!?」
残る二人の男達に驚愕と緊張が走る。
三十年以上も怨霊を滅ぼし、対人でも若手五人を相手にして息も切らさない、仲間内でも信頼の置ける男が、何の抵抗も出来ずに倒された。
それでも残る二人は瞬時に左右に飛び、笑みを崩さない銀髪の少女に武器を構えた瞬間……、もう一人の少女の姿が見えないことに、男達は数十年感じなかったおぞましい寒気に全身を振るわせた。
ドス……ッ。
「……ぇ…」
「ぁ……」
背中から胸を突き破って飛び出してきた『金色の蛇』が、その口に血塗れの自分の心臓を咥えているのに気づいて、男達は泣き笑いのような顔を背後に向けた。
「紳士ではありませんね」
静かにそう呟く悪魔のような笑みを瞳に映して、男達は自分の勘違いを呪いながらその短くもない人生の幕を閉ざされた。
「ファニー、魂を回収して行きましょうか」
「うん、ティナちゃん、いいお土産が出来たねぇ」
観光地で土産物を買うような気楽な会話をしながら、再び少女達は歩き出す。
その日…この国に、異界からのもっとも厄介な来訪者が舞い降りたのだった。
ユールシア配下の問題児二人組です。




