1-20 12歳になりました。……そして
第一章のラストです。
「……あ、落ちちゃった」
なんてこったい……。他の魂はどうでもいいけど、綺堂さんの魂だけは回収したかったのに。
真っ暗な森の中に落ちていった車は、もう何処にあるのか分からなくなっていた。
少しずつ悪魔的な能力も使えるようになってはいるのですが、相変わらずソフト面な能力は苦手な私です。……つまり、あんまり夜目は利かないんですよ。
感情系の探知能力を使っていたので、気絶したのか死んじゃったのかも分からない。
「………ま、いいか」
どうもダメですね~……。
よく、血を見ると興奮する人とかいるらしいですが、私は他人から怯えられたりするとゾクゾクしちゃうのです。……えっと、いじめっ子じゃないですよ? 悪魔的な本能なので仕方のないことなんです。
ほら、あれですよっ。夜中に食べ物の画像とか見ると食べたくなるって奴ですよ。
……わかりませんか? うん、私も言っててよく分かりません。
でも今回のカーチェイスは成功ではありませんか?
私が車で追いかけていないと言われそうな気がしますが、ちゃんと彼らの自動車を私が投げた車が追いかけていきましたから、文句なしのカーチェイスです。
問題は車が田んぼに落ちたことでしょうか……。
農家の人、ごめんなさい。悪気はなかったんです。来年のお米が、若干『怨念風味』になっていたらどうしよ。
……それはそれで人型の魔物には売れそうだね。
私は庶民派の悪魔ですので、新製品の開発には余念がないのです。
折角、人間の知識と悪魔の力を持ったチート系なのですから、この力を活かして美味しい食品の開発をするのですっ。
………なんか違う気がする。
そうそう魂のお話しでしたね。
でもあまりゆっくりはしてはいられません。さっきの人達は私が惨殺しているように見えていたでしょうが、まだ生きています。……たぶん。
……だって、死んじゃうと魂は世界に溶けちゃうから、惨殺しちゃうとその場で刈り取らないといけないじゃないですかぁ。
今までは従者達が集めてくれましたから、生死を気にする必要は無かったのに面倒だなぁ……。これが居なくなって大切さが分かると言う奴ですね。
とりあえず不幸な『交通事故』にあった人達の魂を回収しましょう。
警察とか救急車とか呼ばれる前に……。
でもなぁ……あの人達の魂でどれだけ回復できるだろ? あんな人達の魂じゃ、たぶん『お姉様』の百分の一程度の価値しかないのよね。
生きていたら実験に使うのがいいかも。
リンネがいてくれたら、もうちょっと色々出来るんですけどね。
そんな感じで夜の追走劇から一週間が過ぎて、私は12歳になりました。
特に教えるつもりはなかったんだけど、春に『あと半年で12歳』だと覚えていた美紗に問い詰められて、その日を祝って貰うことになっちゃったのです。
さすがに聖王国での、国王陛下主催の千人規模のお誕生日会とかはないから少し安心です。
……無いよね? 商店街で祝うとか無しにしてね?
「……嘘つき」
「いや、あのね、私も家族とクラスの数人程度で…と思ってたんだけど」
父ちゃんの『らーめん屋』には商店街の人が集まってくれた。
せめてもの救いは集まった人達が私そっちのけで酒盛りを始めてしまったので、すでに何の集まりか分からなくなっていることかな……。
しかしまぁ、らーめん屋さんのお手伝いをしているだけの居候に、皆さんとても良くしてくださる。
「ユルちゃんがいるおかげで、商店街の雰囲気が明るくなったのよ」
と、琴美さんが言ってくれたけど、それは単純に私の特殊な見た目のせいなのではありませんか?
この金髪のせいか。【金色の獣】の、悪魔の体毛のせいなのか。
お誕生日プレゼントとして、飯野さん一家からは新妻仕様のヒラヒラのエプロンドレスと、可愛らしいポーチと、チャーシュー1キロを貰いました。
乾物屋のお爺ちゃんから、高級かつおぶし10本を貰いました。
肉屋のおじさんから、ブランド豚肉1キロ貰いました。
八百屋のおばさんから、リンゴを5キロ貰いました。
漬物屋のお婆ちゃんから、赤カブ漬けを2キロ貰いました。
定食屋のおじ…お兄さんから、コロッケ100個貰いました。
魚屋のおじさんから、新巻鮭を貰いました。
……あんたたち、それは本当に乙女への誕生日プレゼントなの?
いや、食べるけどさっ。……主に肉玉くんが。
ちなみに誕生日会用のご馳走とは別枠である。……本気でどうしろと?
「ユルちゃん……出て行っちゃうの?」
美紗のお部屋で、二人でちゃぶ台を埋め尽くすコロッケを囓っていると、彼女がほっぺをぱんぱんに膨らませながらしんみりと呟いた。
何故か全然悲しくない。
「一応ね……。私の両親も心配していると思うから」
「そう…よね。ユルちゃんにも、お父さんやお母さんがいるんだもんね」
美紗はそう言うと、コロッケを飲み込んで赤カブ漬けに手を伸ばす。
「でも決めてすぐに出て行くなんて酷いよっ! 私……ユルちゃんをお姉ちゃんみたいに思えてきたのに」
「……美紗」
あなたのほうが年上ですよ? それと口に物を入れて喋ってはいけません。
「私からもお願いしたいなぁ」
「琴美さん…」
襖を開けて琴美さんが部屋に入ってくる。ドンブリ一杯に剥いたリンゴを持って。
……え? まだ食うの?
すでに私達、今日だけで5000キロカロリー以上摂ってるよ?
「猫ちゃん、まだ戻ってないんでしょ? ここに戻ってくるのよね?」
「うん、普通に戻ってくるはずです」
リンネが出掛けてからすでに二週間が経っている。
本物の猫じゃないから出掛けても私のところに戻ってくるけど、あいつは数千年存在する悪魔なので、時間の感覚がどうもルーズだ。へたすると百年単位で考えている節がある。
「だから、猫ちゃんが戻ってくるまで……ううん、今年いっぱい。あと三ヶ月だけここにいてくれないかな? 美紗も…商店街の人達も寂しがると思うから」
「うんうん、ユルちゃん、そうしよっ!」
「うん……」
確かに……商店街の人達や美紗の同級生達にもお世話になったから、あっさり出て行くには人に関わりすぎていた。
仕方ない……かな?
悪魔が人と関わりすぎると、ホントに碌なことがないんだからねっ。
その時……
「………?」
不意に奇妙が感覚を感じた。
初めてなのに……何処か懐かしい感覚に首を傾げていると、閉店近い父ちゃんのお店にお客さんが来た気配があった。
「あら、こんな時間にお客さん?」
「みたいですね。ちょっと接客してきます」
「あ、私も行くわ」
私と琴美さんがお店に行くために下に降りると、美紗も着いてきて、結局全員でお店に向かう。
なにか不思議な感覚……。何かが起きる感覚…予感というのかな?
私がそれを察して、そんな私の表情を見て琴美さんと美紗が着いてきたような感じになった。
「いらっしゃいませぇ……?」
お店に出た私の声が、途中で疑問系に変わる。
父ちゃんもそのお客さんに席を勧めることもせずに不思議そうな顔をして、入り口に立ったままの男性を見つめていた。
何処かで会ったことがある……? 二十台半ば程の男の人。
中東辺りの王子様のような、整った外見と浅黒い艶やかな肌。
意志の強そうな灰色がかったハシバミ色の瞳。
私と同じように人間味を失い、私とは違って研ぎ澄まされた刃物のような冷たい美貌は、人を寄せ付けないような危うさがあったが、歳に似合わない落ち着いた雰囲気が全体を柔らかく見せて、美紗や琴美さんが見惚れたようにポカ~ンと口を開けていた。
父ちゃんはそれでいいのか? でもその父ちゃんもこの男の人に悪い感情は持っていないみたい。
そんな不思議な雰囲気を持った人……。
「………」
「………」
その男性は笑みを含んだ瞳で私を見つめ、私もその瞳から目を逸らせなかった。
ゆっくりと…音もなく、内に秘めたしなやかな筋肉を想像させる動きで、彼は私に近づいてくる。
……誰だっけ? 本当に知っているような気がするけど、何故か特定することが出来なかった。
この黒服って……どこかで…、
そうだ、このお店に来た人だ。……と言うことは。
「……あ…」
彼の浅黒い指先が私の頬に触れて思考を中断させる。
「…ユールシア」
「…っ」
彼に名を呼ばれて顔を上げた私は……
声を出そうとした唇を、唐突に彼の唇で塞がれていた。
彼は誰でしょう? 次章で明かしますので分かった人はお口にチャックです!
次回より第二章になります。
テンプレストーリー
【らーめん夫と腕繁盛記。下町商店街の看板娘】ヒロイン仕事放棄エンド。




