1-18 悪魔の祝宴 ①
良いところで切れなかったので、少し短めです。
綺堂は混乱していた。
主人のために手を汚してまで進めていた計画が、小さな歯車が狂ったことで、すべてが灰燼に帰すような思いに囚われていた。
普段の彼ならそれほど取り乱したりはしないだろう。
だが、完璧に制御していたはずの感情が乱され、入院生活で荒んでいた心は、彼に普段とは違う行動を起こさせた。
それがどちらも、小さな『悪魔の悪戯』に過ぎず、ジワジワと蝕むようなその現実をただの人間である綺堂は知るよしもなかった。
「賤満商事の事務所に行くぞっ。社員を全員集めさせろ」
「これから…全員ですか?」
「そうだ、全員だっ、さっさとしろっ!」
部下の黒服達を怒鳴りつけて、綺堂は黒塗りの高級車に乗り込む。
賤満商事とは、久遠家が使っているダミー会社の一つで、主に綺堂が使っている荒事や非合法な事柄を扱う二つの『会社』の一つだった。
その内の一つは夏頃に社員全員の行方が分からなくなり、夜逃げをしたと思われているので、綺堂が動かせる手駒は賤満商事だけとなっている。
高級住宅地から車で一時間ほど移動すると街から離れた国道のすぐ側に、広い駐車場を備えた四階建ての建物がある。
社員三十名ほどの会社に、百近い駐車場と大きな建物は不釣り合いに思えたが、元々ここは某玉入れ遊戯施設で、最近ではすっかり若者離れが進み、数年前に撤退して綺堂が二束三文で買い叩いた物であった。
「全員居るかっ」
綺堂が事務所に入ると、そこには十代後半から四十代までのまともな職業ではあり得ない服装の男達が集まっていた。
こんな男達が集まっていれば目立つようにも思えるが、他県へと伸びる国道の周囲は森と田んぼしかなく、一般人の目は届かない。
「綺堂さん、どうしたんですか、こんな夜に」
賤満商事の名目上の社長が敬いつつもわずかに不満めいた言葉を掛ける。
現在、夜の零時近く。半数以上の若い社員はここに寝泊まりしていたが、中堅以上の者達は馴染みの店や自宅で酒を飲んでいたところを呼び出されたので、若い綺堂を快く出迎えはしなかった。
だがそんな些細な事を気にする余裕は、今の綺堂にはない。
「例の商店街の話だ。あそこの『看板娘』の件は分かっているな?」
「…へい。調査したのはうちの若い者ですんで。やけに見た目が良くて高く売れそう…おっと、綺麗な嬢ちゃんのようですな」
「そうだ、金髪の小娘だ。お前ら、あれをなんとかしろっ」
「な、なんとか…?」
綺堂らしからぬ曖昧な命令に社長の顔がわずかに引きつる。
先代の綺堂の父から付き合いのあった社長は、まだ若いが、彼の父以上に冷徹で、目的のためならば人を人とも思わない綺堂に一目置いていた。
綺堂が入院していたことは知っていたが、それまでの彼と何かが変わって見えた。
「あの娘が問題なんだろ? だったら始末でも何でも早くしろっ」
「……無茶を言わないでください。警察沙汰になりますよ?」
端から見ても落ち着きがない様子の綺堂の命令で、そんな危ない端を渡るような旨みのある話ではない。
そして綺堂も落ち着いた普段の彼ならば、少女に国籍がないことを見抜いて合法的に排除していたはずだ。
だが心霊の脅威を体験して命を失いかけた彼は、無意識下で『少女』にそんなことをしても無駄だと悟っていた。
計画のためには、ただ少女が居なくなれば良いと思い込み、本能的に少女を恐れていることにも気づいていない。
「現行犯で捕まることさえなかったら、それはこちらで何とかする。お前達には一人頭ボーナスで100万出そう。とにかくあの娘をどうにかしろっ」
「……その娘をどう扱っても良いので?」
説得が無理だと思った社長は、意識を切り替えてその少女の使い道を考える。
写真を撮らせても光が煌めいてまともに映っていなかったが、そんな写真でさえ見惚れるような美貌の少女だと思っていた。
この地域では無理だが、隣国の変態趣味の金持ちなら億単位の金さえあっさり出すだろう。
「……好きにしろ。あれが居なくなればいい」
「わかりま…」
ズン…ッ!!
唐突に……腹の底に響くような衝撃が彼らが居る建物を振るわせ、次の瞬間、凍り付くような威圧感に全員が顔を歪ませた。
***
金色の猫から人型に戻ると、私の全身を黒と銀のドレスが包み込む。
夜空から降り立ったのは、広くて寂れた、スポットライトだけが照らす駐車場。
歩き出した私の膝丈のスカートが足下まで伸びて、ヒールが伸びて突き刺さりそうなピンヒールへと変化した。
今宵はユールシアではなく【悪魔公女】としてお相手しましょう。
私は光ではなく『闇属性』の神聖魔法を使って、綺堂さんの感情に少しだけ揺さぶりを掛けた。
闇属性の魔法は、その人が思う恐怖を増大させる。それを目印に追ってみると、偶に商店街で私をジロジロと見てくるチンピラさん達のところへ移動したみたい。
さて…どうしようかな。
数十メートル先の大きな建物には数十人の気配を感じた。真正面から乗り込んで色々やっちゃうのはさすがに芸がない。
それに悪魔として一人たりとも逃がすつもりはない。
「……車が多いな」
駐車場だから当たり前だけど、十数台の乗用車が停まっていた。
そう言えば肉玉くんちの高級車に乗る以外は車を使ったことがなかったね。
「今回は車を使いますか……」
私は今まで人として生活するために抑えていた『悪魔の魔力』を解放した。
凶悪なまでの気配と威圧が一瞬で周囲に撒き散らされ、辺り一面の森の中から数千羽のカラスや小鳥が一斉に飛び立つ。
そして私は近くにあった一台の車をそっと指で撫でて……。
顕現させた真紅の爪を突き立て、その車を数十メートル先の彼らが居る建物に、勢いを付けて投げつけた。
「さぁ、お逃げなさい……。自動車追走劇の始まりですよ」
次回は悪魔的な表現が含まれております。




