1-12 夏休みになりました ③
肉という字は、人の内と書く。ある意味人間そのものと言ってもいいでしょう。
いきなり何を言ってんだ、こいつ……と思うかも知れませんが、現実は非情であり、世は無常である。
例えば、百数十キロの少年が真っ赤なビキニスタイルの水着を着ていたとしよう。
通常の男子中学生の肉体ならギリギリバランスが取れているはずなのですが、肉の表面積が増えると割合的に布地の面積が減ることになる。
ビキニパンツは悪くないのです。この無情な世界でよく頑張ったと、皆さん褒めてあげて下さい。本来ならお尻をすっぽり包み込むはずの布地は限界点まで引っ張られて、紐のように見えたとして誰がビキニパンツを責められますでしょうか?
せめてもの救いは、お肉がつるつるだったことでしょう。
これで全身もじゃもじゃだったりしたら、私は世界を滅ぼしていたかも知れません。
そうです、世界は救われたのです。
ビバ、ビキニパンツっ! あなたの伸縮性があと少し足りなかったら、女子中学生達の純粋な心に癒えることのない傷を残したことでしょう。
アホかっ。
『きゃぁああああああああっ!?』
出会い頭に響いた女子中学生達の悲鳴の中で、私は思わず肉玉を海に放り投げた。
すみません、取り乱しました。
危ないところでした……。私が人間の属性を持たない純粋な精神生命体の悪魔だったら、取り返しのつかないダメージを受けるところでした。
えっと…最初から説明しましょう。
今回、海に遊びに行くメンバーは六人。
久遠家の御曹司、公貴くん。
肉玉。
視線の鋭い黒髪少年、四十万くん。
お嬢様で公貴くんの許嫁、四集院さん。
らーめん屋のこけし娘、美紗。
金髪悪魔の私、ユールシア。
ちゃんとリンネもつれてきていますよ。その他にも久遠家、肉玉家、四集院家のお世話役の人が来ていますからね。
全員で肉玉くんちの…ろーるすろいす?みたいな凄い車に乗って海に向かっていますが、その後ろに数台の高級車がぞろぞろ着いてきていることに、庶民派の美紗は目を見開いていた。
私ですか? 聖王国では学院に通うだけで、護衛騎士15人と従者を4人を引き連れてパレードのように移動していましたよ?
それよりも美紗と同じ庶民派であるはずの四十万くんが、少しも動じていないことに少し驚いた。
そんなことよりお気づきでしょうか。私達、男の子三人と女の子三人です。
もしかしなくてもこれは、嬉し恥ずかしのグループ交際って奴ですかっ?
ですがよく考えてみて下さい。
公貴くんと四集院さんは許嫁です。美紗と四十万くんはずっとラーメンの話をしています。
そうなるとなんと言うことでしょう。
肉の塊を使役する、金髪悪魔の図が出来上がるのですっ! ……鞭とか持ってたほうがいいんでしょうか?
でも何故か、私は頬をバラ色に染めた四集院さんに、手作りのお菓子を『あ~ん』されていた。
四集院さん、女子力高いね。そして婚約者は放っておいて良いの?
そんなこんなで二時間も車で移動すると海が見えてきました。
ひゃっほぅ、海だぁあ。
聖王国から海まで馬車で一ヶ月は掛かるので、海は本当に久しぶりです。
しかもわたくし、公爵家の娘で国王陛下の孫娘でお恥ずかしいことに聖女なんて呼ばれておりましたので、ユールシアで海を遊ぶのは初めてなのです。
何しろ、水着自体がありませんでしたから、異性の前で肌を見せる訳にはいかなかったのです。
おっと、裸じゃありませんよ? 下着というかスリップのような物を着るので裸じゃないんですが、濡れるとスケスケになるので、女性騎士と侍女達が総動員で厳戒態勢の中で遊ばなくてはいけないのです。
また盛大に話が逸れましたね。
もう少し、男の子達の水着姿を解説しましょう。
公貴くんはボクサータイプで、細身ながらもすらりと背が高く、王子様的な容姿で浜辺のお姉様方の視線を集めていました。最近影が薄かったから良かったね。
四十万くんはトランクスタイプで……良くも悪くも普通ですね。
でも驚いたのはその身体が結構鍛えられていたのです。腹筋ほんのり割れているのです。腿や腕に筋肉のラインが見えるのですっ。二十年後を期待しましょう。
そしてまたお肉の解説をしましょうか。
意外なことに肉玉はぶよぶよでは無かったのですよ。はち切れそうな瑞々しい肢体は見事と言ってもいいでしょう。あれならキロあたり築地で一万を超えるはずです。
見事な霜降りで、生産者の肉への愛情が伝わってきます。
………もう水着の話はこのくらいでいいですよね。
「ユルちゃん……凄いね」
「ユル様、素敵ですわ…」
美紗も四集院さんも空気を読んでください。
四集院さんはお嬢様らしく艶やかな花柄のワンピースで、同じ素材の布を腰に巻いて可愛らしいミニドレスのようになっていた。
それと彼女はスクール水着も持参していて、私達の水着に合わせる予定だったそうです。……見た目は悪役令嬢っぽいのに、普通に良い子です。
美紗はねぇ……、ピンクのワンピで、胸から腰まで全身の体型を隠すようにヒラヒラフリルだった。琴美さんの母としての愛を感じるわ。
でもそれ、キッズ水着なのでは……?
そして私は……真っ白なビキニだった。
いやいやいや、米国の西海岸とかでは中学生くらいの女の子が着ているけど、日本の海辺だと浮きまくりですよ? せめて胸にはヒラヒラが欲しかった。
私は羞恥心が薄いから照れたりしないけど、さすがに男性の視線は気になります。
……よく考えてみたら、前世を含めて殿方におヘソを見せるのは初めての体験な気がします。そう思うと恥ずかしいですが、ぽっこりお腹から脱出していたのがせめてもの救いですね。
所詮は11歳の身体なのでそんなに目立つことはないと思うのですが、仕方なく肉玉を『肉のカーテン』として使っていたら、この夏の注目度ナンバーワンは肉玉くんになりました。
……ところで、海の家の影から私達をジッと見つめる、トレンチコートを着たどこかで見覚えのある栗色の髪の彼女は、何がしたいのでしょう……? 暑そう。
夕方まで遊んで久遠家の別荘に戻ると、管理人をしている老夫妻が美味しそうな夕飯を用意してくれました。
肉玉以外の人達がジッと皿を見つめて手を出さない。きっと肉玉くんがお土産として連れてきた、あの生きた豚のことを考えているのでしょうね。
夜からは花火の予定です。
***
四十万勇気はこの世界に馴染めずにいた。
この世界に生まれ落ちた時から思考できる意思があり、自分が死ぬまでのことを明確に覚えていた。
最初に思ったのは悲しみ。次に怒り。そして焦りへと変わった。
使命の半ばで裏切られて命を落とした勇気は、仲間だと思っていた者達への怒りと、自分が居なくなっても故郷が救われるのか疑問に思い、故郷への帰還を模索した。
太古の魔導師達が世界を救うために残してくれた魔法は何とか使うことが出来た。
だが生まれ変わったこの世界は『魔力』そのものが弱く、力を付けるには修行だけでは埒があかないと、勇気はあることを決断する。
太古の魔導師が残した魔法には、秘術と呼ばれる魔法があった。
亜空間魔法。自分の姿を隠したり、荷物を収納したり、移動にも使える。
封印魔法。強大な敵や悪しき場所そのものを封印する。
鑑定魔法。相手の能力を自分の知っている数値に置き換えて見ることが出来る。
そして一番重要だったのが、『成長魔法』だった。
これは生物や魔物を倒すことで生命力や魔力を吸収し、一定以上溜めた後に解放することで本人の能力を一段階上げてくれるのだ。
亜空間魔法の移動と封印魔法は消費魔力が大きすぎて使えなかったが、成長魔法が使えたことに勇気は安堵した。
それさえあれば力を伸ばすことが出来る。だが、五歳になって敵と倒そうとすると、この世界には魔物が居ないことに気付く。
しかも勇気が生まれ変わった国は平和ボケしていると言われるほど安全な国で、危険な動物さえ山奥にでも行かない限り存在しない。
仕方なく勇気はどこにでも居る消えそうなゴーストを退治していたが、13歳になっても、力を上げることが出来たのは10回にも満たなかった。
自分に鑑定魔法を使うと見慣れた数字に変換されて、自分の能力がすでにこの世界の一般的な人に比べて数倍になっていることが分かったが、前世に比べて遙かに低いその能力値に勇気は焦りを感じた。
このままでは次元を渡れるようになるまで数十年は掛かるだろう。
そんな焦りの中で、ある日勇気はこの国を覆うような恐ろしく邪悪な気配を感じた。
その気配は一瞬で消えてしまったが、それと同時にこの国にいた弱いゴーストは消え失せ、力の強いゴーストが現れるようになると、勇気はこれをチャンスだと思った。
その存在を鑑定できた訳ではないので、どれほどの力を持っているのか分からなかったが、それを倒すことが出来れば、今までの数倍の経験や魔力を一度に吸収できると考えた。
そしてその悪しき存在を倒すために、強くなったゴーストを倒し吸収して力を溜めていた勇気は、一人の少女と出会うことになる。
人とは思えないほどに美しい、黄金の髪の少女。
無意識に鑑定魔法を使った勇気は驚いて思わず睨み付けてしまった。
身体能力が異様に低い……。普通の大人を数値にすると10前後になるが、彼女の身体能力は小学生並みに低かった。
だが驚いたのは『魔力値』だった。鑑定魔法でも正確な数値が見えず、最低でも前世の勇気の数十倍はあるだろう。
この少女は、あの日感じたあの恐ろしい気配と関係があるのだろうか…?
だが目の前の少女は、恐ろしいほどの美貌は持っていても悪意や害意をまったく感じることが出来ず、その存在に自然と『魅了』されそうになりながらも、勇気はこの少女から目を離してはいけないと思った。
「………」
それが何故、この少女と一緒に海に来て花火などをしているのか、勇気は頭を抱えたくなる。
でもその原因が何なのかも、勇気は心の奥で気付いていた。
飯野美紗と言う一人の女の子。
同級生達の中でも一際幼く見える美紗を、勇気はただの同級生として思っていなかったが、力を付けるために普通の生活をしてこなかった勇気の手を引いて、初めて食べたラーメンに感動する勇気に、美紗はこの世界が素晴らしいものだと教えてくれた。
勇気はこの世界に生まれ変わって、初めて肩の力を抜くことを覚えた。
故郷に帰らなくてはいけない。
でも……それまでは、美味しいラーメンを食べて、美紗の笑顔を見ることもいいかと勇気は思い始める。
この思いが何なのか、今はまだ分からない。
それでも勇気は、彼女の笑顔を守る為に、皆が寝静まった後にこっそりと別荘を抜け出し、周辺のゴーストを倒していった。
テンプレストーリー
【現代に堕ちた勇者 ……お前達を許さない……】追加




