1-11 夏休みになりました ②
山だっ、海だっ、夏休みだっ。
ほとんど学校に通っている記憶もないんだけど、私と美紗は夏休みに突入した。
ちなみに私の成績はモノ凄く普通だったりする。その中でも英語と国語はそこそこ点数が取れるのですよ。逆に完璧な翻訳機能を持つ『神霊語』先生が付いているのに、どうして70点程度しか取れないのか問題なのですが……。
苦手分野は数学と化学かな? どうも悪魔は理数系には向かないらしい。
体育と家庭科は評価2です。仕方ないね。私は軟弱な貴族令嬢ですし。
美紗の評価はオール3だった。5段階の評価のオール3。平均じゃなくて見事に3しかない評価表はある意味普通じゃない。
でも家庭科も3って……美紗はらーめん屋になりたいんじゃなかったの?
「……いいのよ、料理はアイデアと工夫よっ。ところでユルちゃん、どこに遊びに行こうか?」
「………うん、そうね」
基本を守らず工夫してご飯を不味くする典型的なメシマズ発言をした美紗は、あっさりと夏休みの予定に話題を移す。
家庭科が2である私も美紗のことは言えないけど、私はちゃんと自分の料理が美味しくないことを自覚しています。それでも食べたいと言ってくれるチンピラさん達のような人も居てくれるのです。……そう言えば最近見ていませんね。
「遊ぶのはいいんだけど、美紗は部活してないんだっけ?」
「私はお店の手伝いがあるからねぇ。一応は調理部だけど幽霊部員だし」
「……真面目にやっていれば、家庭科も上がったかもね」
「……らーめんだけは作れるんだけど」
意外なことに、……意外でもないのか? 美紗はラーメンを作ることは上手かった。ちゃんとスープも自分で作る。でも私は味覚がアレだから、科学の先生にお願いして成分分析してもらい、ちゃんと父ちゃんのスープとほぼ遜色ないことを調べてレポートにしたら、何故か美紗に怒られた。
「予定がないのなら、二人とも海に行かない?」
お客さんも居なくなった午後三時。それをいいことにお店の中でくっちゃべっていた私達に、お店に入ってきた公貴くんと肉玉くんが声を掛けてきた。
「あ、久遠くん、二句之くん、いらっしゃーい」
「こんにちは、飯野さん」
「すぐお水持ってくるね。それとも家のほうに上がる? …あれ? 二句之くんは?」
お客さんとして扱うか同級生として扱うか考えていた美紗は、辺りを見回して私の前で床に額を擦りつけている肉玉に目を見開いた。
「二句之くん、何をやってるの!?」
「僕は、天使様にご挨拶を…」
肉玉くんは相変わらず義理堅いです。いくら他のお客さんが居ないとは言え、この地方生まれのくせに江戸っ子気質な父ちゃんはそろそろ怒り出しそう。
「にく…美王子くん、立ちなさい。ここはらーめんを食べるところですよ」
「はいっ、天使様っ。おじさん、チャーシュー麺肉増し大盛りで、あと餃子と大盛りのチャーシュー飯をください」
「お、おうっ、よく食うな、二句之くん」
あっさり立ち上がった肉玉は父ちゃんに注文を始め、毎度こってりとしたメニューを三人前ほど平らげていく肉玉に父ちゃんも若干引き気味である。
ちなみに肉玉は肉の比率が二割ほど増えている。パッツパツのピッチピチだ。
それでいて可愛らしい顔立ちはあまり変わっていないので、巨大なぬいぐるみのようだった。
公貴くんもそれに倣って冷やし中華を注文する。冷やしなら私の特製ラーメンがあるけど、いまだに一般のお客さんに出すことを父ちゃんは許してくれない。
「あれ…? 勇気はどうしたんだろ?」
席についてやっと気付いたように公貴くんが周りを見回した。
「勇気…って、ああ、四十万くん? …あ、お店の外にいるよっ」
美紗が気付いてお店の外に出て行った。私も何となく外を見てみると、外の電柱の影からジッとこちらを見ている黒髪の少年と目が合った。
サクラちゃんもだけど、どうしてそんなに電信柱が好きなの?
「三人で来たの?」
美味しそうにチャーシュー麺をお代わりしている肉玉と、あまりこういうものを食べないのか冷やし中華を前に嬉しそうな公貴くんに聞いてみる。
「勇気はお店の前にいたんだよ。もしかしたらユルちゃんに会いに来たんじゃない?」
「ふ~ん…」
確かに学校でも四十万くんとよく視線が合う。
私は見た目がこんなだからジロジロ見られるのは慣れているけど、彼が印象に残っているのは、四十万くんの視線が刺すように鋭いからです。
まぁ少なくとも好意の視線じゃないなぁ。
「ほら、入って入って、外は暑いでしょ」
「あ、いや、飯野さん、俺は…」
しばらくすると美紗に手を引かれた四十万くんがお店に入ってきた。
……おやぁ? 四十万くん顔がちょっと赤いですね。ひょっとして美紗が目当てだったのかな? 美紗のヘルメット頭はこけしのように可愛らしいからね。
でもそうなると私を見る視線の意味が分からない。
「それでユルちゃん、海なんだけどどうかな? うちの別荘なんだけど」
二人の様子を見ていた私に公貴くんが話しかけてきた。
でもユルちゃんって……男の子からそう呼ばれるのは新鮮ね。聖王国では庶民はともかく、貴族の男性は例え娘でも女性を愛称呼びしないから。
……聖王国が懐かしい。
やっぱり早く聖王国に帰る手段を捜そうかな……。琴美さんが嬉しそうだからずるずると飯野家にご厄介になっているけど、あまり良くないよね。
「ユルちゃん…?」
「あ、うん、…でもお泊まりですよね? 中学生の男女が」
「なんだとっ!?」
「お父さん、餃子焦げてるっ! 四十万くんはらーめんだって」
「おうっ、らーめん一丁っ」
相変わらずだな、この父娘は。
「泊まりと言っても僕たちだけじゃないよ。うちや美王子の家からもお世話してくれる人が来るし、行き帰りは車も出すよ?」
「それもそうか」
私も公爵家の娘でしたのでそこら辺は理解できる。でもまぁ私の時みたいに、護衛騎士や侍女達や側近の従者が数十人来る訳じゃないでしょう。
……そう言えば私の従者も追ってくるとか、前にリンネが言ってたような記がする。さすがにこの世界まで追ってはこないでしょうけど、あの子達、大人しくしているかしら? 出来れば、お父様やお母様の身の回りの警護をしてほしかったけど、今頃何しているんでしょうね。
「……?」
ふと視線を感じて振り返ると、その瞬間に四十万くんが視線を逸らしてラーメンを食べ始めた。やっぱりこの子は謎だな。
少し気になったのでジッと見つめてあげると、四十万くんはそれから一度も顔を上げなかった。なんだろう……この気配は何故か知っている気がする。年齢から言っても前世の知り合いって訳じゃないでしょうけど、私と同様にこの世界から浮いているようにも感じた。
「美紗っ、あの四十万くんっていい子だなっ」
「お父さんのらーめん、美味しかったって。らーめん初めて食べたって言ってたよ」
「へぇ…」
その後、三人の男の子達は問題もなく帰っていった。
ただ四十万くんだけ、父ちゃんにラーメンのことを熱心に聞いていたから、本当に初めて食べたのかも。お坊ちゃんの公貴くんや肉玉くんも食べたことあるのに、今時珍しい子だねぇ。
「あ、ユルちゃん、明日の朝八時に、二句之くんが車で迎えにきてくれるって」
「え? なんで?」
「なんでって……、海に行くってみんなで決めたじゃない。さっき四集院さんから電話があって、一緒に行くって言ってたよ」
すみません、まったく覚えていませんわ。
「…そうだっけ? でも水着はどうするの? まだお店開いてる?」
外はまだ少し明るかったけど、時間は夜の七時を過ぎている。水着を買うとしたらデパートかスポーツ用品店か。今から買いに行っても間に合うのかな?
「水着って学校のがあるじゃない」
「…え?」
「……え?」
このこけし娘、スクール水着で海に行く気満々である。
冗談は髪型だけにしろよ、こけし娘。さすがに面と向かっては言わないけど。
「冗談は髪型だけにしろよ」
「なんで急にディスられてんの!? 遠くを見ながらしみじみ言わないでっ」
「大丈夫、美紗はこけしみたいで可愛い」
「…え? あ、ありがと?」
美紗が可愛いのは本当だから、ちゃんと目を見て褒めてあげる。『ヘルメット頭』とか『こけし頭』とか色々言ったけど、こういう髪型が似合う子は貴重です。純和風の可愛い女の子です。私は目鼻立ちがクッキリしすぎているので似合わないから羨ましい。美紗には是非ともこのまま大人になって貰いたい。
「…も、もしかして、スクール水着じゃダメなの?」
「いいえ、そんなことはありませんわ」
まぁ中学生ならギリギリセーフか。でも美紗なら、今時のスクール水着じゃなくて、旧スクール水着のほうがよく似合うでしょう。
「……ユルちゃんがお嬢様言葉を使うと急に不安になるわ」
「大丈夫よ、それじゃ明日は二人でスク水にしましょう」
私は実年齢11歳だし、美紗も見かけはそんなもんだ。それに都会ならともかく、地方ならスクール水着でも有りでしょう。
それに、私の持ち金は三ヶ月のお手伝い賃でもそんなに多くないから、出来れば無駄使いは避けたいのです。
制服とか全部、父ちゃんや琴美さんに出して貰っているから、おねだりとかで負担をかけたくもない。
年齢は美紗のほうが二つ年上だけど、曖昧ながらも前世の記憶がある私としては妹のようにも感じている。
偶にからかったりイジったりするのは、美紗が可愛いからだね。聖王国の幼なじみの伯爵令嬢も年上で友達だけど、妹のようには感じなかったなぁ。
翌朝早起きをした私達が出掛ける準備を終えて肉玉くんのお迎えを待っていると、エプロン姿の琴美さんが駆け寄ってきた。
「お母さん、どうしたの?」
「お弁当沢山作ったから、お昼に食べなさい。それとね、美紗とユルちゃんにプレゼントよ。ああっ、開けるのは向こうに着いてからにしてねっ」
琴美さんはニコニコしながらそう言うと、私と美紗に小さな袋を渡して、私達の荷物からスクール水着を回収して家に戻っていった。
「なんだろ? お菓子かな?」
「……美紗は頭の中までこけし並ね」
「え? ありがと…」
褒めてない。
スクール水着を回収してプレゼントをくれたなら、中身は水着に決まってるでしょ。
美紗の母親なんだから酷いことはないと思うけど、琴美さんお手製のメイド服とかを思い出すと少し不安になります。
次回、愛と栄光の水着回




