花瓶の真価
思いがけない数日間に起こった出来事。
あの信じられない数日間の体験は、何気ない日常の一つの切掛けからはじまった。
私の住む所は焼き物で知られていた所で今は現存する窯も無く、畑が広がるだけの田舎に妻と子供二人の四人で暮らしている。
ある日いつもの様に家族で鑑定番組を見ていると、この近くの窯で焼かれたという花瓶が、今は現存していない窯という事もあり800万円の値段が付けられた。
この地域で焼かれた花瓶にすごい値段が付いた事で家族みんなで盛り上がっていた。
その時上の子が「うちにも有ったらこんなぼろい家も建て直せるのに」と冗談ぽく笑いながら言うのを聞いて、あることを思い出した。
私の家は旧家で蔵もあり、その蔵に子供の頃勝手に入ってよく怒られていた、その頃探検していて同じ様な花瓶をうろ覚えではあるが見た気がする事と、窯元とも多少付き合いがあったという話を聞いた気もする、と家族に話すと面白がってじゃー次の休みにみんなで探そうという事になった。
休みの日、蔵の鍵を開け、整理も兼ねて蔵に入ると中は埃まみれで臭かった。それというのも両親が他界してから整理することもなく十数年もほったらかしにしていたので当たり前といえば当たり前なのだが、子供の頃に入った蔵はあんなに大きく見えていたのに久しぶりに入った蔵は思っていたより小さく思えた。
早速上の子が「800万探すぞ!」と言いながら懐中電灯を片手に弟を従え入って行く。私が「本当に有るか分からないし、あっても同じ値段が付くとは限らないぞ」と言うと「宝さがしみたいで面白いじゃん」と遊び半分で埃を舞い上げながら探していた。
蔵の中には古い布きれや農具ばかりでたいした物も無く、棚やつづらの中を整理しながら探していると子供が「これじゃない?」と花瓶の入った蓋のない箱を嬉しそうに持って来た。
箱には『花・器』と書いてあり、私がそうこれこれと早速箱から花瓶を出してみると、確かにテレビで見た花瓶とよく似ている感じがした。
それにしてもこの花瓶中に何か入っているぞ、花瓶を振るとカラカラ音がする。逆さにすると小石や小枝、糸屑がぽろぽろ出てきた、父や祖父が子供の頃に悪戯したのだろうと中身を出していると、どうしても引っかかって何個か出てこない、まーいいかと整理が一段落して休憩するぞと声を掛けた時、奥から「この扉何?」と子供の声がした。
行ってみると錠前のついた扉が確かにあった。持っていた鍵を差し込んでみたが合わず扉は開くことが出来なかった。どうせたいした物も無いだろうし、それより花瓶が出て来たことがうれしくて扉が開かない事など気にもならなかった。
片づけも終わった夜、早速家族でこの花瓶どうするかと言う話になり子供が 「テレビに当然応募でしょう」 と声をそろえて言った、妻と私もダメもとで応募しようと決めてはがきを出してみた。
話はとんとん拍子に進みテレビでの鑑定が決まった。子供たちは大喜びではしゃいでいたが、妻は冷やかしながら「旧家で窯元とも付き合いがありそうで一見高額そうに見せといて実は残念!というパターンかもよ」と言った、「確かに」と私と子供達は目を合わせ大笑いした。
出演当日、家族総出でテレビ局に行き、不安と期待でドキドキしながら鑑定の時を待っていた、するとスタッフに呼ばれ、ついにその瞬間がきた。
スタジオに入るとテレビでいつも見ている司会者に鑑定士の先生方、観覧の人々が居て圧倒されてしまった。いよいよ鑑定が始まり、以前この番組で高額の付いた花瓶の鑑定を見て似た花瓶が有ったのを思い出した事、何十年ぶりに蔵を開け花瓶を探した事、中に小石や小枝、糸屑がたくさん入っていて何個かは取り出せず残っている事、箱に『花・器』と書かれていた事、窯元とも多少付き合いがあった様だという事を話しスタジオも盛り上がって行った。
鑑定の先生方の話合いも終わり、ついに鑑定額の発表、司会のタレントさんに予想金額を聞かれ「ここは強気で以前の花瓶と同額の800万円でお願いします」と言った。
実は先日、家族で予想金額の話になり強気で行くか、それとも保険をかけて安く行くかで話し合いをした。その結果、ここは夢を見る事を選び「強気で行こう」という事になった。
司会のタレントはおちゃらけた感じで「私はあえて5千円でいかしてもらいます」と言いながら金額発表。
“0”,“00”,“000”、と電光掲示板に金額が表示されていく、私は心の中で止まるな、もっといけとつぶやきながらドキドキしていると“0”、“00”、“000”、“0,000”、“00,000”、と桁が上がって行くにつれスタジオ中の空気が張りつめていった、そして、“000,000”…… 、“2,000,000”、えっ200万、結構いったと言う気持ちとうらはらに、心の中のどこかで期待していたのか、がっかりしかけた。
だがまだ掲示板は動き続いていて“12,000,000”……、ええっ!なんと鑑定額は1千200万円、会場中から拍手がわきあがり信じられない思いでいっぱいだった。
そして、鑑定士の方からの話によると、以前のものより大きくほぼ完ぺきな状態だと言われた。ただ入っていた箱に関しては正規の箱という事ではなく、二人の名前と『花・器』と書いてあると言われた。
一人は聞いたことのある名前から私の先祖と思われそしてもう一人は鑑定士さんが前置きに「ここからはあくまで推測ですが」とことわった上で名前の上に棟梁と書いてあることから家か蔵を建てた大工さんに余った木材で箱を作ってもらったのだろうと言われた。なぜわざわざ箱に名前を書いたのかは分からないという事だった、品名の『花・器』に関しては花瓶なので『花器』なのではないか、それと「・」に関して私は染みだと思っていたが、たまたま墨が垂れたのだろうという事だった。
鑑定も終わり、司会者に促されスタジオを後にしようと出口に向かって歩き出した時に、兎に角予想以上の結果が出て私は心ここにあらずといった感じでボーっとしていたのでつい花瓶の乗った台にぶつかってしまい、次の瞬間不快な音が鳴った。まさかの事態に一瞬にしてスタジオが凍り着いた。私は目の前が真っ暗になりうずくまってしまった。
収録も止まってしまい、スタッフに支えられながら楽屋に戻り、申し訳なさと情けなさに泣き崩れていると家族がやって来て、当然文句の一つも言われると思っていたのだが、妻も子供もやさしく声を掛けてくれて「少しの間いい夢を見れて良かった」と言ってくれた。
帰り支度をしているとスタッフが申し訳なさそうに「あの花瓶お持ち帰りになりますか」と聞いて来た。もう花瓶の形をしていない物をわざわざ花瓶と言って気を使ってくれたのだろう、私はそのスタッフに「捨てて下さい」とつぶやく様な声で返事をし、その心遣いにお礼を言ってテレビ局を後にした。
たった数時間で天国から地獄に落とされた様で、家に帰った後もショックから立ち直れず、家族も元気づけてくれていたがしばらく抜け殻の様になっていた。
少しずつ気持ちも落ち着いて来て数日が過ぎたある日、テレビ局から見て頂きたい物があるのでお会いしたいと電話があった。断ろうとも思ったが私も番組を壊してしまったという負い目もあり、わざわざ来てくれるという事で会う事にした。
約束の日の昼過ぎ頃に来たテレビ局の方々と共に、鑑定士の先生方も同行されていて家族共々びっくりして戸惑っている所に、先日お世話になったスタッフが見えたので声を掛け、説明をお願いすると共に、蔵はあるとお話ししましたが他にお見せ出来る様な物は何も有りませんよと言うと、まずお電話でお話した物を見て頂き、それから詳しい話をさせて下さいと言ったのでとりあえず家の中に入ってもらい話聞く事にした。
話を始める前にスタッフから相談が有ると言われ「是非撮影許可を頂きたい」とお願いされた。家族全員が迷っていると放送するかしないかは後で私共が決めて良いと言われとりあえず撮影をしながら話を進める事になった。そしてスタッフがゆっくりとした口調で話し始めた。
「まずこちらを見て下さい」と見覚えのある箱の中から出されたビニール袋にはあの形の無くなった花瓶の欠片が入っていた。
「鑑定収録の翌朝、私の部下が自転車の鍵を無くしてしまい、探していた不燃物置き場にこの箱が有り、当然中身を全部出して調べていたのですが、その時小石や小枝、糸屑に紛れてこれが入っていました」と言いながら袋の中から金属らしい物を取り出して私たちの目の前に置いた。
私はその形を見て「鍵ですかね」と言うと「これに見覚えは無いですか」と聞かれ「ありません」と答えた。
「花瓶を見つけられた時、小石や小枝、糸屑などが中に入っていて何個かは取り出せずそのままにしていたという話をされていましたよね」とスタッフに言われ「そうです」と答えた。
そうするとスタッフが「見たことが無いのは当然だと思います」と言った、続けてスタッフが「それでは何か思い当たる事は有りませんか」と聞かれた時、間髪入れず子供が「お父さん”奥の扉”」と叫んだ。
「思い当たる事が有るのですね」と言われ、私たちが花瓶を探している時に子供が奥に扉が有るのを見つけたが表の扉の鍵では開かなかった事を伝えた。
何しろ私は子供の頃入ったきりで管理は両親がしており、他界してからは花瓶を探すまでは開けた事すらなく奥に扉があったのも知りませんでしたし、今更ですが花瓶が見つかった事もあり他にたいした物も無いだろうと鍵の開かない扉など気にする事も無かったと話した。
そこでスタッフが「ここからが本題なのですが、今からその扉を開けてみませんか」と意味深げに言った。
「開けるのは構いませんがテレビで流せるような物は出て来ないと思いますよ、それに何よりこの鍵が奥の扉の物とは限りませんし」と言うと「やるだけやってみてもらえませんか」とスタッフに促され、私は立ち上がりながら「では早速行きましょうか」と言うとスタッフたちは嬉しそうに蔵の方へ向かっていった。
外はまだ明るかったが、蔵の奥の方は暗く撮影機材のライトの光を当てながら扉の方へ向かった、何もないと思っていてもやっぱり扉の前に立つと緊張してくる。
スタッフから鍵を手渡され開かなかったらどうしようとも思いつつ錠前に鍵を差し込み回すと、サビていて固かったがカチャと言う音とがした。
開いたと分かった瞬間拍手が沸き起こり歓喜の声が上がった。
いよいよ扉を開けようとするとその瞬間を一番に映像に収めようとカメラマンが前に乗り出して来た、そして私の後ろには鑑定士の先生やスタッフの方々が期待に胸を膨らませ、まるで何かがあるのを確信して疑わないかの様な雰囲気の中、扉を開けた。
扉を開けた瞬間私は自分の目を疑った、扉の向こう側には2畳位の空間が有り棚が並べられその棚と床にはほぼ完ぺきな姿の焼き物が数多く並べられ足の踏み場も無いほどだった。
鑑定士の先生のやはり有りましたか、大発見ですね、の一言に蔵中喜びの熱気に包まれていった、私は最悪の「まさか」の数日後に最高の「まさか」をほんのわずかな間に体験してしまった。
とりあえず焼き物は一旦鑑定士の先生に任せカメラマンや音声さんを残し全員外に出ることにした、私はあまりの事態に混乱していたが時間が経つにつれ冷静になっていきスタッフ達の行動や、確信していたかの様な態度、そして何より鑑定士の先生の一言がとても気になっていた。
鑑定士の先生方が一通り見終わった所で、改めて母屋に戻り話を聞くことにした。
母屋に着くなりスタッフが私たち家族に向かい「びっくりされたでしょう」と得意げに声をかけた、私は訳が分からず「これはどういう事でしょうか、そしてなぜ皆さんは有るのを知っていたかの様に振る舞っていたり、撮影準備も万端でしかも鑑定士の先生方も同行してきている、そして何より鑑定士さんのあの言葉、「やはり有りましたか」と言う一言あれはどういう意味なのでしょう」と心にあった疑問を問いかけた。
「そうですよね、実は私も半信半疑でしたが、鑑定士の先生の話を聞いて大きな賭けに出てみようと思ったんですよ、もし無かったら大目玉位では済まなかったかな、まあそこの所については鑑定士の先生から詳しく説明して頂きたいと思います」と言いながらスタッフが鑑定士の先生の方へ眼を向けた。
ではご説明させて頂きます、と鑑定士の先生が話はじめた。
「先日鑑定させて頂いたときに花瓶がこの箱に入っていましたよね」とテーブルに置いてある箱を持ち上げながら言った。「この蓋の無い箱ですね」、「そうですこの頃の焼き物は裸の物が殆どであまり箱には入れて無かったと思うんです。それもわざわざ大工さんに作って貰っているのに蓋が無くご先祖様に連名で大工さんの名前を入れている、そして『花・器』と言う品名ですが、花瓶に『花器』っておかしいと思いませんか?そのまま『花瓶』と書いてもいいですよね、もしかして何かの意味を込めて『花器』にしたのかもと、なぜかすべてに違和感が有りあの時から気になっていたんです、そして何か分かったことが有あったら知らせて欲しいとスタッフにお願いしていたのです」
そんな話をしていた翌日スタッフの方から連絡を頂きこの鍵の話を教えて頂きましたその瞬間、これは何かあると直感しました。
そこで私は、今までの事を思い出しながら仮説を立ててみたんです。
「蓋の無い箱」、「箱に書いてある二人の名前」、「品名と思われる花・器」、「花瓶の中の小石や小枝、糸屑」、これらについて一つずつ私の見解をお話ししていきます。
まず「蓋の無い箱」、から連想するキーワードは「開いている」です。
次に品名と思われる「花・器」、これは「万葉仮名」と呼ばれる当て字ではないかと思い、平仮名に直して「か・き」、この時代は濁点が使われていなかったので鍵の事だと考えました。「 ・ 」は墨が垂れたのでは無く意図して書かれたもので錠の鍵穴の事だと連想しました。
次は、「箱に書いてある二人の名前」これは当然依頼主と、請け負った人。
そして残り二つ、「花瓶の中の小石や小枝、糸屑」、「鍵の無い扉」は総合的に考えていきました。
ここから導き出した私の仮説はこうです。
この頃、このあたりの窯場が衰退して来ていて、焼き物を後々まで残そうとしたのではないかと思うんです。そしてご先祖が窯元と多少付き合いがあるとおっしゃっていましたが、もっとしたしい懇意の間柄で焼き物を譲り受けたのではないかと思います。
人の手に触れられる所ですと持ち出されたり、破損したりするのを心配して蔵を立てる時に大工さんに相談して奥にもう一つ部屋を作り隔離しようとしたと考えられます。しかし誰にも見つけられなければ隔離して残した意味がありませんし、何かの理由で蔵を壊すような時の為に手がかりを残していたのではないでしょうか。
そうして大工さんに「蓋の無い箱」を作ってもらい手がかりの為の名前を入れ「品名と思われる花・器」に鍵の有りかを示し、「花瓶の中の小石や小枝、糸屑」で鍵をカモフラージュしていたのだと思います、以前、収録時に中の物が何個か出て来なかったとおっしゃっていましたが、実際壊れた破片の中にあった鍵は糸で小枝や小石に繋がれていて意図的に出て来ない様にされていて、花瓶が壊れない限り見つからない様な仕掛けがして有りました。
そして、わざわざ手がかりに貴重なこの焼き物を使うことで焼き物が関係していると伝えたかったのだと思います。
この仮説を立てれば立てるほど、段々半信半疑から大発見になると確信に変わって行きました。
自分なりの仮説をまとめ終わり、すぐスタッフに聞いて頂きました。
スタッフも私の仮説に同意して下さり、会社を説得され、こちらへ連絡して今この様な状況になっています。
鑑定士の先生の話が終わり、私はスタッフの方や鑑定士の先生方の確信していた様な雰囲気に納得しました。
この模様は数日後テレビで大発見と放送され、焼き物は村の協力もあり資料館が建てられることになり多くの皆さんに見て頂ける様になるそうです。
そして最後にもう一波乱、床下からも何個かの焼き物が見つかりその中に砂金が詰めてあって念願通り自宅も建て直せそうです。
本当にこの数日の間、家族全員が喜び、悲しみ、落ち込み、驚きといった感情が目まぐるしく変わり、この状況が未だに信じられずまさかまさかの時間でした。
初めて思いついたことを書いてみました、文章を書いたことも無いので読みにくいのでは無いかと思いますが自分ではよく分かりません。
読んで頂いた皆様有難う御座います。