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両名の明瞭なる関係

 修学旅行。

 三年間しかない高校生活の中で(留年したりしない限りは)一度しかないイベント。

 つまり、単純計算で運動会や学園祭や合唱コンクールの三倍貴重と言えるイベント。

 同じ学年の生徒達と同じ場所に泊まる、なんて滅多にない状況を楽しめるイベント。

 奥手な人も憧れの人と校外に居られる、なんて滅多に無い状況を楽しめるイベント。

 新幹線やら飛行機やら、普段あまり使わないであろう移動手段を楽しめるイベント。

 その中で窓から景色を見たり異性を見たりトランプをしたりして楽しめるイベント。

 友人や異性と一緒に名所を回って、学んだり学ばなかったりして楽しめるイベント。

 異性の風呂を除こうとする輩が居ても、立地の関係で断念せざるを得ないイベント。

 異性の私服や風呂上りや寝巻きを拝めたりする、思春期男子にはたまらぬイベント。

 男女の距離が縮まったり縮まらなかったりする、愛の告白にもってこいなイベント。

 しかし教師の目がある関係で異性の部屋には行き辛く、歯痒い思いをするイベント。

 それでも、同室の生徒と消灯時間も気にせず、恋バナや雑談で盛り上がるイベント。

 その末に翌日の行動時間の苦労が待っているとしても、構わず盛り上がるイベント。

 それが、修学旅行。

 三泊四日で京都に来ている俺・りょうも、小説に直したら十段落以上を費やして語ってしまう程には、修学旅行というイベントを心待ちにしていたさ。

 今は三日目の夜。明日の朝には地元である東京に帰ってしまう。そんな、特別な夜。

 消灯時間はとっくに過ぎている。

 全ての生徒は自室に帰っている。

 一部のカップルはこっそりと外に出て語り合ったりしているらしい。

 現に、三十分ほど前、俺と同室の男子が一人、靴を持って窓からこそこそと出ていった。

 これで、この部屋に残っている男子は、俺を含めて四人。

 高校の修学旅行で男女混合の寝室、なんて間違いが起こらないワケがないので、勿論この部屋は男子部屋。

 男子部屋は全て旅館の一階で、女子部屋は全て旅館の二階。

 一階から二階へと続く階段には、教師が交替で見張りをやっている。

 つまり、男子が女子とランデブーを過ごす事は限りなく無理に近い。

 さっき出ていった男子がどこで相手と落ち合うのか、少し気にならなくもないがそれは今はどうだって良いんだ。

 さて。

 どうして俺がこんな風に、長々と修学旅行について羅列しているかと言えば、アレだ。

 人は慌てている時、素数を数えてみたり、因数分解をしてみたり、円周率を言ってみたり。

 まぁ、様々な手段で頭を落ち着かせようとするだろう。

 だから俺も、そんな先人の知恵に頼ろうともした。だが、生憎俺は数学が苦手なので、それは却下。

 代わりにこうやって、修学旅行というイベントについて長々と語っているワケなのだ。

 で。

 どうして俺が慌てているのかと言えば。

 俺の視線の先――夜風が気持ち良いから、と開かれた窓の外――に、女子がいるから。

 枕を持って、シンプルながらも可愛らしいパジャマを身に纏った、女子。

 細くさらさらなショートカットを月明かりで彩っている、クラスメイト。

 常日頃は眼鏡をかけているが、今はいつもと違って裸眼な、俺の想い人。

 そんな彼女・芽衣子(めいこ)が、俺と目を合わせた後に、微笑みながら口を動かす。

 声を出しているのかもしれないが、風に阻まれその声は届かない。でも口を動かす。

 僕は読唇術なんて使えない。

 でも、その唇の動きを見れば、なんとなく言葉の内容は分かる気がする。

『来ちゃった♪』

 口パクじゃ分かるはずもない音符が、その台詞の後に見えた気がしたんだ。

 ……これが幻覚ならそうと言ってくれ。だとしたら、そこに芽衣子がいるのもきっと幻覚なんだ。

 そうなんだ。きっとそうに違いない。

 修学旅行の最後の夜、自分の部屋に好きな女子が寝巻きでやってくる。しかも枕を持っている。って事はつまり、ここで一夜を過ごすつもりなのだろう。

 こんなの、童貞の恥ずかしい妄想の中でだけ発生するイベントだろう! 確かに俺、童貞だけど! 似たような妄想をした事もあるけれど!

 でもコレは現実! 英語で言ったらリアル! これが真実なワケがない!

 ……あ、そうか。これ夢か。そりゃそうか。一日目の夜も二日目の夜も、俺は同室の男子とババ抜きをしたりジジ抜きをしたり大富豪をしたり七並べをしたりポーカーをしたりウノをしたり遊●王をしたり、まぁ色々と徹夜三昧だったんだ。

 よし。寝よう。どうせ明日、帰りの新幹線の中で爆睡するんだろうけれど、今日は同室の皆も静かだし、徹夜も流石にナシだろう。

 だったら、こんな淫夢みたいな夢を見るくらいだったら、とっとと寝てしまうが吉だろう。うん。

「ねぇーえ? 亮くぅーん? ボクがこうやってわざわざ夜這いに来たって言うのに、どうしてわざと目を瞑っちゃうのかなー?」

 ……翌日の行動中にぐっすりと睡眠を取ったりしても、そりゃあ三日目の夜に思わず寝落ちしてしまうのもおかしくはないだろう。

 そっかーなんで気付かなかったんだろうなー俺。まぁ、早とちりなんて誰にだってあるだろうし、修学旅行中特有の深夜テンションみたいなものが生み出した負の産物だと思い込んで忘れるとしよう。グッナイ!

「あ、もしかして寝てる所を襲ってほしかったりするのかなぁー。亮くんはそういう性癖だったのかー。いや、まぁ知ってたけど」

 ……夢の中で、今いる所が夢だと分かった時、起きようとすれば起きれるんだっけ?

 前にどこかでそんなことを聞いた覚えがあるけれど、あれって事実なのかなぁ。

「あ、薬局でアレ買ってくるの忘れてた。……まぁ良いか」

「良くあるかーッ!」

 がばっ、と思わず叫びながら布団を持ち上げながら起き上がりながら俺は窓を全開にして窓から外へ飛び出して後ろ手に窓を閉めて芽衣子の前へ来る。

「おはよー。やっと起きた?」

「ずっと起きてたわ!」

 好きな人の変な言葉を聞いたせいで色々と起きてたわ!

「勢い良く飛び出してきた、って事は寝込みを襲われるよりも野外での方が好きだったりする感じ?」

「なんで十八禁な思考回路に限定されているんだ!?」

 いくら芽衣子が日頃からベタベタしてくるからって、いくら芽衣子が日頃からベタベタしてくるせいで程良い大きさの胸が当たってるからって、いくら芽衣子が日頃からベタベタしてくるせいで程良い大きさの胸が当たっていてムラムラするからって、こんな夢を見るなんて俺はどうかしているんじゃないの!?

 そして、なんで今の俺のダイナミック起床を経ても俺の夢は終わらないの!?

「え、薬局で買い忘れたのは目薬だよ?」

「何で俺が薬局の事を指摘したと分かってるんだよ! 誤魔化したつもりだろうがそうはいかねぇぞ!」

「いや、薬局で目薬買い忘れた、ってのは本当なんだけど……」

 おい夢。せめて最後まで夢見せろよ。

「大丈夫、そんなガッカリした顔しないで。夜這いに来たのは本当だから!」

「夜這い、って言うには性別逆じゃねぇの!?」

 おかしい。ツッコミがツッコミとして成り立っていない。

 ここは俺が夜這いの対象になっている点を指摘しなければならないのではないのか?

「え、襲いに来てくれるの?」

「そんな良い笑顔で言わないで!」

 ぱぁあっ、と俺が今まで見てきた中で最高の笑顔。

 でも、そんな笑顔でも、言ってる内容は割とアレなんだからね?

「……でも、亮君のナニが他の女子にも見られちゃうのはヤだなぁ」

「心配する点がおかしいね!」

「? ボクが見られるのは別に良いもん」

「それで良いの!?」

 いや、だから落ち着け俺。ツッコむならちゃんとツッコめ。いや変な意味じゃなくて。

「だから、亮君は攻めと受けのどっちが良い?」

「『だから』の使い方がおかしいね!」

「……嫌だった?」

「嫌ではないけれど!」

 でも問題はそこじゃない!

「この部屋には他にも男子がいるし、そういうのはあまり良くないというか段階を踏んであれというか!」

 よし。ようやくマトモな反論ができた。もう既に追い詰められている気もしなくは無いけれどきっとそれは気のせいだろう。うん。

「……部屋の男子なら、さっきみんな前屈みでどっか行ったけど?」

「え」

 振り返ると、そこはもうすでにもぬけのから。

 開かれたまま放置された俺のケータイではメールの下書きが開かれていて、そこには『ゴユックリ』の五文字。

「あと、段階ならもう踏んでない? いつも教室で抱きついたりしてるし」

「……でも、付き合ってないよね?」

「うん」

「なのに、えっと……そういうアレを?」

「付き合う、って具体的になにするの?」

「え?」

 付き合う、という言葉がナニを――じゃなくて、何を意味するのか。

 えっと、あれ?

「ね? 分からないでしょ? だったら、そんなことどうだって良いじゃない」

 物凄い論理の飛躍によって、俺の貞操が危険で危ない。

 でも、その論理に俺は隙や欠陥を見出せなかった。

 論理的や道徳的にどう、とかはこの状況じゃ説得力を持たないだろう。

 だったら、どうする?

「……じゃ――」

「ちょっと待って落ち着かせて!」

 色々と!

 ……すーはー、すーはー、ひっひっふー。いや、これは違うか。

「よし」

 声に出して、自分に暗示をかけてみる。よし。落ち着いた。体の一部を除いたら、落ち着いた。多分。

 さぁ来い! 芽衣子の言葉、全て耐え切ってやる!

「――亮君が言うのなら、今日はナニもしなくて良いからさ、隣で寝ても良いかな?」

 ……。


「……」

 朝。

 雀の鳴き声が聞こえそうだけど聞こえない朝。

 全然眠れなくて、漫画だったら『ギンギン』なんて擬音が付きそうな程に俺の目にはクマが発生していた。指で触れば分かる。

 別の場所にも別の意味で同じ擬音がつきそうだ、とかは言わないでおくことにしよう。うん。指で触ったら暴発の危険がある。

 その理由は、もう、言うまでもない。

 俺と芽衣子以外には誰もいない、この状況だろう。

 いや、事後とかじゃないんだ。だって雀が鳴いてないし。

 でも、意中の女子が自分の布団の中で静かに寝ているんだ。もう色々と大変だった。理性的な意味で。

 パジャマが薄いせいか、芽衣子の体の柔らかさ――いや、胸に限らず――が制服の時よりも伝わってくるし、寝顔なんて初めて見たし、寝息が俺の肌にぶつかるし。

 うん。

 朝起きたら、まずは、

「トイレ、行くかなぁ」

 少しは、許されるハズだ。

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