第8話
私のお店でドリームキャッチャーを作り終えた歩ちゃんはまっすぐ家には帰らず、お母さんが入院している総合病院へと駆け込んだ。その時はまだお母さんの症状も安定せず、病室で軽く言葉を交わす程度しか出来なかった。
歩ちゃんは、自分の見ている夢の所為で、いつかお母さんが死んでしまうんじゃないか――と本気で考えていた。
そして作ったばかりのドリームキャッチャーのことを話すと、自分で使うつもりだったドリームキャッチャーを一度はお母さんに手渡そうとした。
「私なら大丈夫よ。もう少しすれば退院できるから」
「で、でも……」
お母さんが心配で堪らない。このお守りなら、お母さんを守れるんじゃないか? だけど、私の夢さえ変にならなければお母さんだって……
そうやって、まるでシーソーのように二つの気持ちが互い違いに揺れ動いて、歩ちゃんの小さな心はパンク寸前。
面会時間を過ぎて看護師に引かれながら病室を後にする時は、本当に後ろ髪を引っ張られている気さえしていた。
……その日、手作りのドリームキャッチャーを枕元に飾りつけて眠りに就くと、夢の中にお母さんの姿が現れた。
病室で見たときよりもずっと元気がなくて、そしてその後ろには歩ちゃんの不安を煽るような深い黒や蒼の不気味な影が迫って来ていた。歩ちゃんは夢の中で叫んだ。
「に、逃げ――ッ!?」
だけど、まるで喉がカラカラに乾いてしまったかのように思うとおりの言葉が出なかった。何度試しても、ただただ大声を張り上げようとしても何も出来ず、夢の中の歩ちゃんは声にならない泣き声をあげて途方に暮れていた。
――お母さんに触らないでッ。
その瞬間、目の前が真っ白い光に包まれたかと思うと、目の前に不思議な格好の男の子が現れた。
歳は自分と同じぐらい。
見たこともないような衣服を身に纏い、そして手には先端に尖った石を結び付けただけの簡易な槍を握りしめ、その横顔はクラスのどの男の子よりも精悍でたくましい。
そして、男の子が頭に乗せた大きな羽根飾りを見た瞬間歩ちゃんはハッと息を呑んだ。
「あの羽根……たしか、お姉さんが言ってた」
鈍い輝きを放つゴールデンイーグルの羽根飾りを乗せた男の子は歩ちゃんの方へ一度だけ振り返ると、無言でこくりと頷き、槍を構え不気味な影に向かって走り出した。影は男の子より断然大きいのに、恐れることなく一直線に突き進んでいく。危ない、とか色々叫ぼうとしたのだが、何故かあの子なら負けないような気がすると根拠のない確信がいつの間にか胸の内に湧き起こっていた。
男の子が近づいた途端、不気味な影は形を変えて大きな手のようなカイブツに変身した。しかし、男の子は一切怯まず果敢に槍を振り回していく。そして突然、羽根飾りが金色の輝きを放ったかと思うと男の子の槍にビリビリと電気が弾けそのままカイブツの身体を貫いた。眩しい光と爆発音とがごちゃ混ぜに響き渡ると、あの大きなカイブツは綺麗サッパリいなくなっていた。
「わ……ぁ……」
ビックリしていたのは歩ちゃんやお母さん、そしてカイブツを倒した男の子もだったらしい。青い両目をパチパチとさせながら、不意に歩ちゃんと目が合うなり慌てて姿勢を正した。……カッコつけたかったのかもしれない。
不気味な影も何も無くなったその夢の中で、歩ちゃんは短距離走の選手みたいな勢いで猛然と走り出した。
もう少しで指先が触れる――なんてタイミングで歩ちゃんはハッと目を覚ました。
・ ・ ・
「……なるほど。そんな夢を二人揃って見たのね」
「たまたま……だと思うんですけど、歩ったらお姉さんにお礼を言いに行きたいって聞かないものだから、病院からそのままこっちに来たんです」
「ぜったい、お姉さんのお守りのお陰だもん! 二人で同じ夢を見たのも、お母さんが元気になったのも!」
そう力強く主張する歩ちゃんに対し、お母さんは不思議そうに小さく唸る。病気の方もその日を境に急に快方に向かって、医者も驚くような速度で退院出来たという。
「夢が繋がる……か。本来のドリームキャッチャーの役目とは違うけど、これはこれで良かったのかも」
「お姉ちゃんは本当に凄いよね! 何でも出来ちゃうもん!」
「うん! すっごく綺麗だし、紅茶も美味しいし、魔法使いみたい!」
「魔法使い……それはそれは、なかなか素敵な称号ね。ありがたく頂戴するわ」
二人で見た夢、夢の中に現れた影を追い払ってくれた異国の戦士。
羽根飾りを付けた男の子というのは、私の夢にも現れたあの男の子に違いない。
それから歩ちゃんの精一杯のお礼の言葉を何度も何度も聞きながら、しばしのティータイムを楽しむこととなった。