第7話
次の日、妹は一人で帰ってきた。
歩ちゃんのことを訊ねると、今日は学校を休んだとのこと。……体調でも崩してしまったのかしら。
「……も、もしかして、“おまじない”は失敗?」
「さぁ……どうなのかしら、ね」
実を言えば“おまじない”を施した私が一番気にかけているのだけれど、それを顔に出してしまうほど弱いつもりはない。あくまでポーカーフェイスに、眉根を寄せる妹の頭をゆっくりと撫でてオレンジ色の空を見上げた。
……それから三日後の金曜日。
午後から来客の予定があったので、私は外のハーブ園で育てていたマロウ(一般にウスベニアオイと呼ばれている紅紫色の花)の花を摘んでいた。このマロウの花は花弁がそのままハーブティーなどに用いられていて、お湯を注ぐとすっきりとしたスカイブルーのお茶が出来上がる。そして、ここにレモンシロップを注ぐとあら不思議。途端にお茶の色が鮮やかなピンク色に変わってしまう。美肌効果の他に喉の痛みを和らげたりする、明け方の海のようなその色合いから『夜明けのハーブティー』という異名を持つご婦人方に人気でお洒落な一品だ。
「そろそろ雑草が目立ってきたわねぇ。また妹と一緒に刈らなくちゃ」
「おねぇええちゃぁああん!」
すると、お店の方からサンダルの音をパタパタ響かせながら妹が猛ダッシュしてくるのが見えた。予定していたお客さんが来た……というテンションではないような。
ゼェハァと息を切らせながら、妹は途切れ途切れに話し始めた。
「あのね、歩ちゃんが、お母さんと……げほ、こほッ、だから」
「はいはい落ち着いて深呼吸深呼吸。大きく吸って、そしたら吐いて」
私の指示通りに深呼吸して息を整え終えると、妹は相も変わらずなテンションで言葉を続けた。
「歩ちゃんが来たの! 今日は、お母さんも一緒で!」
「お母さんと? って、ことは」
お守りの効果はちゃんとあった、かもしれない。
手にくっ付いた土を払いながら、私はマロウの花を抱えてお店の方へと向かっていく。その途中でまばゆい眼差しの妹が見上げてきた。
「おまじない、成功したんだ?」
「さぁてどうかしら? 少なくとも、お話を聞いてみないと分からないわ」
歩ちゃんもお母さんも、きっと何か私に話したいことがあるはず。だからこそお店に顔を出してくれたに違いない。
勝手口からお店に戻り手を洗い、鏡の前で一度身なりを整えてからお店に向かうと、入り口にお母さんと思しき背の高い女性と並んで立つ歩ちゃんの姿があった。
「あ! お姉さん!」
「いらっしゃいませ。今日はお二人でですね。こちらの席へどうぞ」
私は二人をカウンター席の方へと招き、以前と同じようにアールグレイを振舞った。ケーキか何かを用意しようかと思ったけれど、お母さんはやんわりと首を振った。
「すみません。退院したばかりでまだ少し食欲が」
「あぁ、すみません。入院してたってお話を聞いていたのに」
「いえいえこちらこそ。先日は娘がお世話になったみたいで」
そこから始まったのは完全に“親”同士の会話だった。
お母さんの体調の話を皮切りに、自分の娘たち(私の場合は妹だけど)のこと、学校での行事の話やテストの話などなどなど。
「ちょっと、テストの話なんて初耳なんだけど?」
「えー? わ、私も知らなーい」
「……それと、今日はもう一つお話というか、お聞きしたいことというか……その」
二杯目のアールグレイを注いでいると、歩ちゃんとお母さんの視線が揃って私の方に向けられる。私が首を傾げると、歩ちゃんのお母さんも同じように首を傾げた。
「……私もまだ半信半疑というか、戸惑っているというか……すみません、口下手で」
「いえ、そんな。何か、私にお話したいことがあるんですか?」
「お姉さん、私たち夢を見たんです! それも、私とお母さんとでおんなじ夢を!」
「同じ夢を?」
言い辛そうにするお母さんの代わりに、歩ちゃんがカウンターに身を乗り出しながら私にそう言ってくれた。どうやら、あのお守りのお話らしい。何となくそんな気はしていたし、私としても気になっていた話だ。
「同じ……と、言っていいのかしら? どちらかと言えば、私と歩の夢が繋がったというか……うぅん……?」
「そのお話、詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか?」
歩ちゃんとお母さんは同時に頷いてくれた。
そして、二人が見た不思議な夢について歩ちゃんから語りだした。