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第6話

 妹が戻って来てから再びドリームキャッチャー作りに取り掛かる。


「それじゃ再開するわよ? 今度は羽根を付ける部分を作るわ。まだ皮紐が残ってるわよね? これを、こうして……ね」


 残っていた皮紐を使い、輪っかの上部と下部にそれぞれ皮紐を結ぶ。上部は枕元や壁に引っかけるための部分。下部は羽根や牙を付けるための接続部分となる。ここは皮紐を結ぶだけだからすぐに出来上がる。


「下の紐の根元にはビーズを付けてね。あとは、ここに好きな飾りつけをするの」


 兄さんから送られてきた動物の牙や大きな鳥の羽根、大理石のような光沢を放つ不思議な石の他に、お店に偶然残っていた鈴なんてものも用意してみた。牙に穴を空けられるようにと錐も別に用意してある。準備は万全だ。


「わぁ……! この羽根、シマシマ模様で綺麗だね!」

「それはフクロウの羽根ね。女の子用のドリームキャッチャーにはフクロウの羽根を使うの」


 シマシマの模様が特徴的なフクロウの羽根もドリームキャッチャーの素材としてよく利用されている。フクロウの羽根は知識の象徴とされていて、専ら女性用のドリームキャッチャーに使われることが多い。小振りで外観も良く、確かに何処となく女の子らしさを感じさせてくれる。


「じゃ、私はこれ付ける!」

「羽根を付ける時はこう、このビーズと皮紐との間に挟むのよ。挟む前には、必ずボンドを付けて固定するの。こうしないと抜けちゃうからね」

「あ、あの……私のも、ちょっと手伝ってください……」

「えぇ、ちょっと待って……ッ」


 歩ちゃんのドリームキャッチャーに手を伸ばしたその瞬間、目の前が一瞬真っ白に塗りつぶされる。そして次の瞬間には轟々と空が震え、全身が総毛立つほどの強烈な雷鳴が鳴り響いた。


「うひゃああああああああああああ!?」

「きゃあああ!?」

「……まぁ、ずいぶん大きな雷ね。近くに落ちたのかしら?」

「お、お姉さん……恐く、ないんですか?」

「ビックリはしたけど、これぐらいなら私は平気よ」


 私は所謂『台風が来ると元気になる』タイプの人間だから、こういう時はむしろ何か起こるんじゃないかなぁと余計な期待に胸を膨らませてしまう。少し不謹慎ではあるのだけれど。


「大丈夫よ。ただのにわか雨だから、もう少しすれば止むと思うわ」

「……」


 何処となく遠くを見つめる歩ちゃん。

 心此処にあらず、といった感じで寂しそうな顔を浮かべている。病院で入院しているお母さんのことを思い浮かべているのかもしれない。

 私も私で、実はほんの少しだけ焦っていた。

 この短時間のうちに、何か“チカラ”になりそうなモノを探しているのだけれどなかなかピンと来ない。それこそ、私の頭にも雷が落ちるような衝撃的な、何かがあれば……


「……あ、ら?」


 ふと、作業台の上に用意していた飾り付け用の羽根が一枚減っているのに気が付いて私は首を傾げた。きっちり人数分の羽根を用意しておいたはずなのに一枚だけ見当たらない。一枚は妹が付けている真っ最中。もう一枚は歩ちゃんの手の中に。私はまだ触れてすらいないのに何処に行ったのだろう。


「どうかしたの、お姉ちゃん?」

「うぅん、何でもないわ。ちょっと待っててね」


 うっかり忘れてしまったのかしら。

 カウンターの上に戻したダンボール箱をもう一度開いて飾り付け用の羽根を探す。といっても、ドリームキャッチャーの材料になりそうなものはあらかた出し尽してしまったのだけど。


「……?」


 ダンボール箱の隅、小さな封筒がテープで張り付けられているのを見つけ私は手を伸ばす。さっき見た時は気付かなかった。さして大きくもなく重くもない普通の封筒。手紙が入っている……のかと思ったけど、どうにも不自然な膨らみ方をしている。


「お姉ちゃん? それなぁに?」

「わ、ビックリした。いきなり顔を覗かせないでよ」

「だってだって、お姉ちゃん遅いんだもん」

「……ちょっと変な封筒を見つけたの。こんなの、見覚えある?」

「さぁ?」


 気になったので私は封を開けてみる。

 そして封筒をひっくり返してみると、中からは眩い光沢を放つ一枚の羽根が出てきた。


「わ! 何、この羽根? すっごい綺麗!」

「この羽根は……ゴールデンイーグルの羽根ね」

「野球のチーム?」


 もう、絶対言うと思ったわ。


「日本だと『イヌワシ』ね。さっき、フクロウの羽根は女の子のドリームキャッチャーに使うって教えたわよね」

「うん。じゃあ、これは男の子の?」

「えぇ、これは男の子用の……あ」


 ふと脳裏を過ぎる、夢の中の兄さんの傍に寄り添っていた少年の姿。

 私の手の中で、まるで小さな太陽のように不思議な熱を帯びた白銀の羽根。

 不思議な“意思”を秘めたこの羽根を握りしめ私は作業台へと戻る。


「……歩ちゃん、もう羽根を付けちゃったかしら?」

「え? ま、まだですけど……」

「そう、なら良かったわ」


 私は歩ちゃんにゴールデンイーグルの羽根を差し出す。それをポカンとした表情で見上げる彼女。その瞳は僅かに揺れていた。


「歩ちゃんのドリームキャッチャーには、この羽根を使うといいわ」

「えーッ!? 何言ってるのお姉ちゃん! 歩ちゃんは男の子じゃないよー!」

「男の子……ぇ? あの……?」

「この羽根はね、ゴールデンイーグルっていう大きな鷲の羽根なの。これもドリームキャッチャーの飾り付けとしてポピュラーなモノなの。本来は男の子用の飾り付けなんだけど……」


 フクロウの羽根が女性の“知識”を象徴するように、このゴールデンイーグルの羽根は男性の“勇気”を象徴している。


「それを、どうして私が?」


 もちろん、歩ちゃんが男の子だなんてちっとも思ってないし、思ってたらそれはそれで大変失礼なオトナになってしまう。ハッキリとした根拠があるわけじゃないのだけれど、私はこの羽根に確かな“チカラ”を感じていた。


「夢をつかまえる“チカラ”がこの羽根に込められているの。この羽根が、歩ちゃんとお母さんとを守ってくれるわ」

「守……る? あの、私は夢をつかまえたいんですけど」

「歩ちゃんの言いたいことは分かってるわ。私も、今回だけはちょっと上手く言えないんだけど……」


 強いて言うなら、それは予感。

 言葉に出来ないような未知の領域から、この羽根を使えば上手くいくと私に囁いてきている。羽根のもたらすチカラとは何なのか。それは、今の私には分からない。

 そんな私の曖昧な言葉を受け止めた歩ちゃんは、キラリと光る羽根に恐る恐るといったふうに手を伸ばした。


「……分かりました。この羽根、付けてみます」

「えぇ、ありがとう」


 歩ちゃんのドリームキャッチャー、中央下部に結んだ皮紐にビーズを通し、その隙間にボンドを少量付けた羽根を差し込み固定する。それだけでもずいぶん様になってきたのだけれど少々物足りない。あとは、歩ちゃんのセンスに任せるとしよう。


「……で、出来た」

「私も!」


 そうして完成した三つのドリームキャッチャー。

 フクロウの羽根が多量に揺れる妹のモノ、私がお手本にと作った相当に飾り気を抑えたモノに加え、ゴールデンイーグルの羽根が雄々しく輝く歩ちゃん会心の一品。お金が取れそうな出来栄えだ。


「これ、枕元に付ければいいんだよね?」

「えぇそうよ。きっと今日は良い夢が見られるわね」

「……」

「もちろん、夢をつかまえることだって出来ると思うわ」


 押し黙ってドリームキャッチャーを見つめる歩ちゃんは、私の言葉を聞いてコクリと硬い所作で頷いた。

 このお守りの効果のほどは……私にも分からない。

 ただ、依然として強い“予感”が私の頭の中を駆け巡っている。

 歩ちゃんの希望通り夢を捕まえてくれるかは分からないけど、少なくとも彼女にとって良い結果が得られると私は確信していた。


「あ、雨止んでるよ!」


 そんな妹の声に弾かれるようにして空を見上げる歩ちゃんの横顔は、まだ何処となく硬いままだった。

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