第4話
「“ドリームキャッチャー”……です、か?」
作業台の上に並べられていく材料や工具を興味深そうに見つめながら歩ちゃんは小さく首を傾げる。小学生に馴染みのあるシロモノではないのは分かっていたから、私は手を進めながら説明を始めた。
「えぇ。インディアンに伝わる“お守り”の一種で、その名前の通り『夢を捕まえる』アイテムなの。見たコトないかしら? こういう、クモの巣みたいな装飾部分に羽根飾りとか小物が付いたものなんだけど」
「うぅ……ん……?」
たまたまダンボール箱の中に紛れ込んでいた旅行雑誌のページをめくって写真を示してみると、歩ちゃんは何とも曖昧な反応を見せた。私も知ってはいるけど日常生活ではまずお目にかかれない代物。たまーに、車のバックミラーにぶら下がってるのは見たことがあるけど、あれじゃ多分ちゃんとした効力は発揮できないと思う。
「インディアンの装飾品としてはポピュラーなものなの。使い方も至って単純に飾るだけ。自分の部屋とかベッドの近くにこれを吊る下げておくの」
「そーすると、どーなるの?」
「これを飾っておくと、持ち主の下にやってきた夢がこの網を通るの。そして悪い夢だけをこの網で絡め取って、良い夢だけがこの羽根飾りを伝って持ち主に見せてくれるそうよ。網目に引っ掛かった悪い夢は、次の日の朝日に綺麗にされて無くなっちゃうんですって」
「ほぇー」
「……」
写真に映った本場のドリームキャッチャーを瞳をキラキラさせながら見つめる妹。
それとは対照的に、歩ちゃんはそれをじっと食い入るように見つめている。効果を期待している、というより懇願してるかのような重い面持ち。
気にはなったものの、とりあえず今は見て見ぬフリで流して私は人数分の材料を広げていった。
「歩ちゃん、工作とか得意?」
「得意じゃないですけど……が、頑張ります」
「だいじょーぶだよ! 私も手伝うからさ!」
「ちょっと難しいかもしれないけど、もし分からない所があれば何度だって聞いてくれて構わないわ。それと、工具を使うから怪我には気を付けるのよ。……じゃ、早速始めましょうか」
作業台に広げられたドリームキャッチャーの材料たち。
まずは、ドリームキャッチャーの基になる部分の鉄製の輪っか。そして、この輪っかに結ぶための皮紐や中央の網を形成するためのナイロン糸。飾り付けの用のビーズや、産地直送の羽根飾りや動物の牙などなど。歩ちゃんは恐る恐るといった感じで牙をつまみ上げた。
「これ、ホンモノ……ですか?」
「外国でお仕事している私の兄さんがお土産って時々送ってくれるの。これも装飾のパーツとして使えるのよ」
「……す、すごいなぁ」
「ねぇねぇ! で、どうやって作るの?」
「最初はね、この輪っかにこの紐を結び付けていくのよ」
まずは私が作って二人に手本を見せる。
用意した輪っかにボンドを薄く垂らして皮紐を結び付けていく。隙間を空けないように慎重に、最後に瞬間接着剤できっちりと固定させれば出来上がり。
完成品の具合を一度確かめてから、私は皮紐を結び終えた輪っかを二人の前に差し出した。
「こんな感じ。これがドリームキャッチャーの本体になるの」
「はーい!」
小さな手の平で一生懸命に皮紐を結び付けていく妹と歩ちゃん。
こういう細かな作業というものは性格が如実に表れてくるもの。妹が歩ちゃんよりも先に完成させたけど、よくよく見てみれば紐に微かな隙間が出来ている。少々大雑把な出来上がりだけど、私は及第点と妥協した。
対して歩ちゃんは私たち以上に慎重に皮紐を結び付けている。
結び付ける途中で具合を確かめたり、ズレを見つけるなり丁寧に結び直してみたり。出来上がった輪っかは、心無し私のモノより綺麗に出来上がっていた。
「この後は? 羽根付けるの?」
「それは次の次。今からはこの網の部分を作るのよ。私がまたお手本を見せるけど、ここは難しいところだからちゃんと見てるのよ」
ドリームキャッチャーを作る中で恐らくここが一番難しいかもしれない。
まずナイロン糸を最初に結ぶための基点を決める。そうしたら、基点に接着剤を付けて糸が簡単にはなれないよう補強する。その後は一定の間隔で輪っかに巻き付けていく。一周したら、今度は最初に巻き付けた糸の隙間にすべり込ませて模様を描いていく。実際にやるのも難しいし、言葉にするのもなかなか難しい部分だ。
「え? えっと、今の、どうやったの?」
妹が混乱し始めた所で一度巻き戻して丁寧に説明をする。
小首を傾げながら唸る妹を他所に、歩ちゃんは真剣な表情で私の手の動きや輪っかの部分をじっくりと観察していた。
「ここから似たような感じで糸を編んでいくの。こうやって……ね」
二周目、そして三周目を結ぶ時に糸を引っ張りながら小さな三角形を作る。四週目はこの三角形の部分に再び糸を通していく。そうこうしていると、妹の作業が明らかに遅くなったのでフォローに入る。手直しを加えている間にも、歩ちゃんは懸命に糸を通していた。
「そうそう。この三角の部分にちゃんと通していくのよ。糸を通し忘れると網のバランスが崩れちゃうから」
「……は、はい」
「む、難しいよぉ」
微笑ましくも少々危なっかしい二人の様子に思わず笑みがこぼれる。学校の先生の気持ちってこんな感じなのかしら。
網目に悪戦苦闘する妹たちを眺めながら、私は次の工程に入るための準備を始める。
「どう? 出来た?」
「こ、こんな感じで……」
歩ちゃんの輪っかには綺麗な模様の網がすっかり出来上がっていて半分ほど完成していた。手先が器用なのもあるかもしれないけど、根本は彼女の中にある“熱意”のお陰だろう。それだけ、彼女は夢に対して強い思いを抱いているらしい。
「うーん、うぅん……えぇっと……」
「……もう。しょうがないわねぇ」
そろそろ妹の頭から湯気が噴き出しそうになっていたので、とうとう私は自分のお手本と妹のとを交換することにした。何となくズルした気分になるけど、ここは学校じゃなくて喫茶店。今日は授業でも何でもないから咎める必要性は全くなし。
「じゃ、次はビーズを付けましょうか。好きなものを好きなだけ使っていいわよ」
ビーズの選択は各々のセンス次第。
好きな色で統一しても良し、色んな色を散りばめても良し、何もビーズを付けなくても良し。
私だったら……そうね、真ん中にだけ大きめのビーズを付けるだけのシンプルなものにしようかしら。
「出来た!」
「……で、出来ました」
妹は色取り取りのビーズを散りばめて、歩ちゃんは中央に赤い大きなビーズ、それを囲うように透明のビーズで彩りを添えている。二人とも可愛らしい出来上がりだ。
「さて……と、少し休憩しましょうかしら。続きはその後で」
「はーい! ……あ、ちょっとトイレ行ってくる!」
そーんなこと、大声で叫ばなくてもいいのに。
早くも女子力の欠如が見られる妹の後ろ姿に私は苦笑を漏らした。