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第3話

 梅雨を間近に控えた六月上旬。

 遅めのランチに訪れたお客さんを見送り、後片付けをしていると、不意に窓がカタカタと小さな音を立てた始めた。ふと空を見上げてみると、見るからに「雨を抱えていますよ」と主張する濃い灰色の雲が広がっていた。大慌てで洗濯物を取り込むと同時、かんしゃくを起こして大泣きする子供のような勢いの雨が間一髪のタイミングで降り出してきた。


「……大丈夫かしら?」


 今朝のニュースで見た本日の降水確率は30パーセント。

 どうせ降らないだろうと高を括って妹に傘を渡さなかったことに後悔していると、そんな私を嘲笑うかのように雨はさらにその威力を増していく。斜めに降り注ぐ雨粒を見つめながら、私は妹を迎えに行こうと決意し雨合羽に手を伸ばした――ところで。


「た、っだいまー!」


 激しい雨音と玄関ベルとがごちゃ混ぜに響いたと同時、どたばたとお店に飛び込んできた二人分のランドセル。私は手早くバスタオルを取り出すと妹に向かって放り投げた。


「ありがとお姉ちゃん! はぁ~、びしょ濡れになっちゃった! 歩ちゃんは大丈夫?」

「う、うん……大丈夫だよ」


 妹の隣には、見慣れない女の子が立っていた。

 ライトブルーのワンピースにおさげ髪のおっとりした可愛らしい子。どうやら妹のお友達らしく、二人できゃっきゃしながら受け取ったバスタオルで髪や身体を拭いていた。


「妹ったら、こんなお天気なのにお友達を連れてきたの? 無理しないで日を改めればよかったでしょうに」

「ダメ! 歩ちゃんが困ってるって言ってたから、お姉ちゃんに相談したかったんだもん!」

「……私に相談? 何かしら」


 私が視線を移した途端、歩ちゃんの身体がピクリと小さく跳ねる。緊張しているのか、ややあってから彼女の方から一歩踏み込んできた。


「あ、あの! その……お、“おまじない”を、してほしいんです……私に」

「……おまじない?」


 ちら、と妹に視線を戻す。目が合うなりビクッと身体が跳ねたかと思えば、ぶんぶんと激しく首を左右させる妹。……あやしい。


「あの……だから、えっと」

「ちょっと落ち着きましょうか。紅茶とお菓子用意するから、好きな席に座って待ってて」


 温かい紅茶を飲めば心も身体も休まる。

 私は戸棚からシンプルなアールグレイの茶葉を取り出してティーポッドにお湯を注ぐ。レモン果汁を隠し味にと加えたクッキーと並べて差し出すと、歩ちゃんはおずおずといった感じに小さく頭を下げハムスターみたいに一口かじる。


「……お、美味しいです。とっても、とっても」

「ありがとう。それで……歩ちゃんだったかしら? しがない喫茶店の店長の私にどんなご相談かしら?」

「え、まだ何も言ってないのにお姉ちゃん分かっちゃうの!?」


 もう、さっき自分で『歩ちゃんが困ってる』って言ったじゃないの。


「あの、その……笑わないで、聞いてくれますか?」

「えぇ、約束するわ。何があっても貴方を笑わないわ」

「実は……ぁ、あの……」


 もじもじと指先を弄びながら、歩ちゃんは言おうか言うまいかと心の中で逡巡している。

 私がソーサーにカップを戻す音を合図に、彼女はようやっと口を開いた。


「夢を……私の見た夢を、つかまえる(、、、、、)方法を知りたいんです。そういう“おまじない”何か知ってませんか?」

「夢をつかまえる(、、、、、)おまじない……か。ふふ、ふふふッ」

「あぁッ!? お姉ちゃんってば、もう笑ってるじゃん!」

「失礼ね。これは歩ちゃんを笑ったんじゃないの」


 本当に、何て勘の鋭すぎる(、、、、、、)兄だろうか。

 それこそ、妹の私でさえちょっと恐いって思っちゃうほどに。


「えぇ、心当たりがあるわ。しかも今ならすぐにでも作れるシロモノよ。よかったら一緒に作りましょうか? 図画工作の授業みたいできっと楽しいと思うわ」

「ほ、ホントに、そんなモノがあるんですか? あの、ウソとかじゃ」

「オトナは子供に嘘を吐かないの。安心して頂戴」


 ティーセットをカウンターの上に片付け、私は離れにあったテーブルに新聞紙を広げて簡易な作業台を設える。あとはハサミやボンドのような工具と、それから材料の他にアレ(、、)も用意しなくてはいけない。


「妹、ちょっと頼んでもいい?」

「うん? 何するの?」

「兄さんから届いた荷物を持って来て頂戴。それと、まだビーズ(、、、)とか余ってる?」

「へ? それくらいならいっぱいあるけど……どうするの?」

「決まってるじゃない。“おまじない”を作るのよ。もちろん、妹も一緒にやるでしょう?」

「“おまじない”を……作る……!」


 黒くて重い雨雲を吹っ飛ばしてくれそうな笑顔を浮かべ、妹は飛ぶような速度で二階へと駆け上がっていった。

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