第2話
「……はよ! ……おーはーよ! おー! はー! よー!」
「うぅ……ん……今日のお店はお休み…………ん、んん?」
けたたましい朝の挨拶に意識が揺さぶられ、私は嫌々ながら瞼をこじ開ける。
寝起きでぼやけた視界のど真ん中には、フライパンと菜箸を握りしめて満面の笑みを浮かべた『妹』が待ち構えていた。
「お姉ちゃんおっそーい! もうとっくに十二時過ぎちゃってるよ?」
「えぇ? そんなハズは……」
枕元の時計に視線を向けると、針は妹の言うとおりきっちり十二時三十分を指していた。時計に反射した寝ぐせを片手で弄りながら、私はうーんと大きく伸びをした。
「……まぁ、たまには寝坊したっていいのよ。今日はお休みなんだからお客さんの予定もないし」
「ずるーい! 私が寝坊したら凄く怒るのに、自分ばっかさぁ」
「学校に遅刻しそうになると、泣きべそかくのは誰ですか?」
「あぅッ! ぅう、うー………………あ、あッ、そうだ! お兄ちゃんからね、荷物届いてるんだよ!」
ほら、やっぱり。私は全て承知ですよとゆっくり頷いた。
「えぇ、知ってるわ。夢の中で兄さんと会ったからね」
私の夢に兄さんが出てきた時、目を覚ますと決まって何かがお店に送られてくる。
それは仕事場に因んだシンプルなお土産だったり、ちょっと珍しい小物や変わった絵本、たまに昆虫の標本なんてものまで届くことも。
珍妙なバリエーションに富み過ぎたラインナップだけど、兄さんからの贈り物は必ず何処かしらで役に立ってくれるので決して無駄にならない。夢の中の兄さんの言葉通り、私たちの“チカラ”になってくれる。
「それで、今日は何を送ってきてくれたのかしらね」
「わかんない! けど、今日のはそんなに大きくないよ?」
着替えてお店に降りると、カウンター席の上に小振りなダンボール箱が乗っかっていた。持ち上げてみると――やや軽い。何時ぞやはダンボールでは無くてコンテナ、しかもぎっしりと香辛料やら調味料が詰まっていたこともあったけど、それに比べれば今回はかなり控えめだ。
「中、空けてもいい? いいよね?」
「……もうテープが剥がれてるじゃないの。中身見たの?」
「え? いやー、あっと……見たない」
否定と肯定の言葉がごっちゃになってるじゃないの。
「まぁいいわ。今回はたぶん、妹が期待してるようなものじゃないと思うから」
「えー」
既に千切られていたテープを根こそぎ剥がしダンボールを開いていく。空けた瞬間にふわりと香る遠く異国の残り香。今日の香りは微かに香ばしかった。それで、中身は……と。
「お姉ちゃん、コレ何? 何かの……ホネ?」
「骨……じゃないわ。動物の牙ね。他には……と」
「わ、変な葉っぱだ葉っぱ! お姉ちゃん、このラベルの英語はどういう意味?」
「『Deer・Tongue』は、鹿の舌って意味ね」
「シカの、した? したって、舌べろの……シカ……? え、え、ぅえぇええええ!?」
「日本だと『センブリ』のことよ」
ダンボール箱の中には装飾用にと加工された動物の骨や皮、妹が手にして驚いていたのはボトリングされた乾燥ハーブの類。他にはラベンダーやセージなど。あとは小さな水晶片やパワーストーンを集めたもの、極彩色の織物なんてものも詰められていた。
「兄さんったら、仕事サボってインディアンの露天商を巡ってたのね」
「……インディアンって、何?」
「あぁ、そっか。最近の子ってインディアンとか分からないわよね」
インディアン、そのまま直訳すると『インド人』という意味だけど、主にアメリカ先住民の総称としてよく用いられている言葉。ネイティブ・アメリカンだとか、アメリカン・インディアンだとか、その呼称に関しては今もなお論争が続いているのだけれど、それに関していちいち妹に説明しても今は意味が無いし、間もなくすれば学校で勉強することだろう。
現代においても大小様々な規模で部族が存在し、各自に独特の風習や宗教が深く根付いている。
我々日本人以上に精霊や神といった存在に敬虔で、常に自然と共に生き続けるたくましい人たちだ。
「……お兄ちゃん、早く帰ってこないかな」
ふと、妹が珍しく寂しそうな声を漏らす。
夢の中とはいえ、私は何度か兄さんに会っているからいいけど、妹は兄さんが帰って来た時しか会う事が出来ない。
だから、滅多に会えない兄さんのことを思い出して少し寂しいのだろう。
切ない横顔がそれを物語っている。私はそっと妹の髪を撫でてあげた。
「大丈夫。そのうちお店に帰ってくるわよ」
少なくとも一年に一度は必ず帰ってくる。
山ほどのプレゼントとお土産話を用意して。