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◆苺風味

 子どものころから、いつも一緒にいた。

 一緒にいるのがあたりまえで、それを特別だと思ったことはなかった。

 白地に赤い小花の刺繍が入ったワンピースを着ると、胸が痛いほど緊張してきた。

 デートなんて初めて。

 相手はいつも一緒にいる奏ちゃんなのに、あらたまってデートだと言われると意識してしまう。鏡のなかに映った自分の顔が、違う人のようにみえた。

 わたしの初めてのデートの相手が奏ちゃんになるなんて、考えたこともなかった。

 もし、相手が宮内先生だったら。いまとおなじくらい、どきどきしたのかな?

 緊張する指先で、サンダルの赤いひもを丁寧に足首に巻く。

 外にでると、夏のひかりが容赦なく体に降りそそいだ。

 待ちあわせは、なぜか奏ちゃんの家の庭だった。

『正午にうちの庭にきて』

 ゆうべ奏ちゃんに言われたことを守って、わたしは芝生の庭に立つ。

「奏ちゃん、まだあ?」

 緊張に耐えられなくて、かかとで芝生を蹴りながら呼びかけた。

 ふと、ちいさな白いものがひらひらと足もとに落ちてきた。小指の先ぐらいの、ちいさな、ちいさな白いもの。

 芝生のすきまに入りこんだそれをよくたしかめる間もなく、白いものがつぎからつぎへと降ってくる。

 まぶしい夏の碧空に、きらきらと雪が舞っていた。ゆるやかに渦を描く、きらめきのシャワー。

「奏ちゃん……」

 無意識に、なまえを呟いた。

 きこえるはずもないのに、二階の窓から奏ちゃんが顔をだして楽しそうにわたしをみおろした。

「どう? はなちゃんの無茶なお願い、叶えてあげただろ」

「……紙吹雪、つくったの?」

「腱鞘炎になるかと思ったよ」

 両手をチョキチョキさせた。

「誕生日おめでとう」

「え?」

「なに、自分の誕生日をおぼえてないの?」

 チョキをつくったままで目をまるくする。

「……わすれてた」

「……なんてこった」

 奏ちゃんはがっかりしたように嘆くと、

「まあ、そんなところもすきだけどね」

 ため息まじりにそう言って、またわたしをどきどきさせた。


 奏ちゃんが庭にでてきた。

 さらさらの黒い髪をそよ風に揺らして、極上の甘い笑顔で言った。

「はなちゃん、今日は最高に可愛いな」

 しっかりわたしの顔を紅くさせておきながら、奏ちゃんは照れるそぶりもみせず、玄関の鍵をカチャリと閉める。

 すらりとした長身のうしろ姿、なんの変哲もない半そでのTシャツ姿になぜか胸が高鳴った。


 ――わたし、おかしい。


 きのうまで、宮内先生がすきだったはずなのに。

 この庭で奏ちゃんと会うことなんて、いままではあたりまえの日常の一部だった。だけどいま、わたしはそれを特別なことだと感じはじめている。

 緑の芝生が、紙吹雪で白くまだらになっていた。

「奏ちゃん、お掃除しなくていいの?」

 素朴な疑問を投げかけると、奏ちゃんは芝生に視線を落として歯切れの悪い返事をした。

「……いいと思う」

 後のことを考えてなかった口ぶり。

「そんなこといいから、ほら行くよ、はなちゃん」

 てのひらで頭をぽんぽんされて、心臓が跳びはねた。

「ど、どこ行くの?」

 どもってしまった。

 奏ちゃんはそれには触れず、にこっと笑った。

「ケーキ食べに行こ。はなちゃん誕生日だから」

 わたしはすでに、奏ちゃんの甘い笑顔でおなかいっぱいになった気がした。


 洋菓子専門店〝羊の雲〟で、わたしは苺のショートケーキをつついている。もこもこした生クリームの飾りが、羊の雲みたいにみえる。

「はなちゃん、苺だいすきだよね」

「うん」

「おれの苺をあげよう」

 奏ちゃんが、自分のショートケーキの苺をつまんで、わたしのお皿に乗せた。

 奏ちゃんが触れた苺。そう思うとケーキが喉を通らない。

 わたしがこの苺を食べるということは、間接的に、奏ちゃんの指に口をつけるということになるんじゃないのかな?

 ……変態なのかな、わたし。

 格子の窓をつらぬく陽射しをうけて、木目調のテーブルがあかるく輝いている。壁に取りつけられたレトロなランプは、いまは消えていた。

 真紅のビロードのソファはゆったりと体に心地よかったけれど、心はちっとも落ち着かない。

 ひかるテーブルを挟んで奏ちゃんと向かいあっていると、どこをみたらいいのかさっぱりわからない。わたしは窓の外をみたり、テーブルの木目をみたり、お皿のもようをみたり、そわそわと視線をうごかしていた。

 お皿から顔をあげると、はた、と奏ちゃんと目があった。

 いつからなのか、奏ちゃんは片ひじで頬杖をついて、やわらかに微笑んでわたしをみつめていた。

「お皿ばっかりみてる暇があるなら、おれをみてなよ」

 わたしはこんなにも意識してしまう自分が恥ずかしくて、よけいに奏ちゃんをみることができなくなった。

「奏ちゃん」

「うん?」

「あのね」

「うん」

「隣に来て」

「なんで?」

 わかってるくせに。

 奏ちゃんはわたしのことなんてお見通しのはずなのに、わざと意地悪にたずねてくる。

「き、緊張するの」

「なんで?」

 くすくすと笑う。

 わたしは奏ちゃんがすきなのかもしれない。だけどまだ、違うかもしれない。

 よくわからない。

 すくなくともきのうまで、わたしは宮内先生がすきだった。

「デートなんて、初めてなの」

 蚊の鳴くような声で言ってうつむくと、奏ちゃんは自分の隣をぽん、と叩いて笑った。

「はなちゃんがこっちにおいで」

 奏ちゃんは意地悪だ。

 だけどわたしはこれ以上、向きあっていることに耐えられなかった。お皿をもって、奏ちゃんの隣にちょこんと座ると、奏ちゃんはだしぬけにとんでもなく恥ずかしいことを呟いた。

「できることなら、はなちゃんの『初めて』は全部おれが奪いたいんだけどな」

 わたしは持っていたフォークをお皿のうえに落としてしまった。

「な、なに言ってるの?」

「独り言」

 頬杖をついたまま、奏ちゃんはにんまりと笑みをつくって窓の外を眺めている。

 隣になんか座るんじゃなかった。体温が近くていっそうどきどきする。

 苦しまぎれに、わたしはフォークを持ちなおして苺を突き刺した。

 口に放りこんで噛みしめると、甘酸っぱい果汁があふれだす。酸っぱさで、きゅう、とリンパが痛くなった。


 〝羊の雲〟から出たとたん、陽射しのまぶしさで目がくらんだ。

「奏ちゃん、あの、ごちそうさまでした」

 どきどきしながらおじぎをすると、

「はなちゃん、緊張しすぎ」

 奏ちゃんがくすくす笑いながら、わたしの頭をくしゃっとなでた。

 逆光をもろに浴びて、奏ちゃんの顔がよくみえない。

 男の子になにかをごちそうになるって、なんだかすこし気恥ずかしい。あたりまえのようにわたしのぶんも支払ってくれる奏ちゃんが、自分よりも大人にみえた。

 あらためて認識する。

 奏ちゃんは男の子で、わたしは女の子なんだ。

「はなちゃん、ちょっと落ち着きなよ。心臓がもたないだろ」

 あいかわらずくすくす笑う。

 緊張を見透かされていることで、わたしはさらに緊張してしまう。

「どうして奏ちゃんはそんなに平気でいられるの? わたしばっかりこんな……」

 なかば八つ当たりに近い。

 奏ちゃんは笑いをおさめると、不意にわたしの手をとって歩きだした。

「うれしいよ」

 予想もしない行動と言葉に、顔が熱くなる。

「奏ちゃん、質問にこたえてないよ」

「こたえないと駄目?」

「うん、駄目」

「全然平気じゃないよ?」

「嘘だあ」

「おれの心臓をみせてあげられたらいいのにな」

 微笑をうかべる奏ちゃんのむこうに、ソフトクリームみたいな入道雲がひろがっていた。碧空のなかに、色んなお店のカラフルな屋根が並んでいる。

 〝金星通り〟は恋人たちの多い場所。

 その場所で、わたしたちは手をつないで歩いている。

「奏ちゃん、わたしたちも、恋人同士にみえるのかな……?」

 言ってみて、恥ずかしくなった。

「うつむくぐらいなら言わなきゃいいのに」

 ふたたび奏ちゃんのくすくす笑いがはじまった。

 子どもみたいに手をひかれて、奏ちゃんのうしろを歩く。奏ちゃんの、おおきな手のぬくもり。

「地面みつめててもお金は落ちてないよ?」

 わたしとは違う、男の子の力づよい手。

「はなちゃん?」

 どうしていままで平気で触れていられたんだろう。

「さっきも言っただろ?」

 奏ちゃんが立ち止まった。片手で頬をつつみこまれて、おもわずみあげてしまう。

「おれをみてなって」

 濁りのない、やさしい瞳がそこにあった。

 どうしよう、と思った。

 どうしよう、わたし……


 つないだこの手を離したくない……


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