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短編集  作者: 朔良こお
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女伯爵は婿を決める事にし、王子は婿入り先を求めていた(5)

 最近は騎士服ばかりであったが、今日はいつもと違い王子らしい装いのフレデリクに、兄である王太子ジュリアンは喜色満面である。騎士服姿も凛々しくて良いのだが、ジュリアン的にはこちらの方がフレデリクに似合っていると思うし、華があり美しくて好きなのだ。


「時間に遅れてはいけないよフレデリク。ああ、オジェ女伯へ差し上げる花束は、ちゃんと用意してあるのだろうね?」

「はい。もちろん用意してあります」


 チラリと馬車の中に視線をやれば、種類の違う淡い色目の花でできた花束が座面の上に置かれている。どれもこれも、今の季節にしか咲かない花ばかりであった。


「私も一緒に行きたい所だが、邪魔になってはいけないからね。王宮でお前の帰りを待っているよ。良い返事を期待してね」

「……い、行ってまいります」


 フレデリクが素早く馬車に乗り込むと、侍従が扉を閉め馬車はすぐに出発した。王宮からオジェ家の邸まではそう遠くはない。フレデリクとしては馬で行きたかったが、ジュリアンがそれを許してはくれなかった。当たり前だ。お見合いに単騎で行く馬鹿がどこにいる。


 ガラガラと音をたて、フレデリクを乗せた馬車は整備された道を行く。

 貴族の住む区画の中でも、オジェ伯爵邸は公・侯爵家が並ぶ区画に近い場所にある。その為、あっという間に到着してしまった。

 玄関前でフレデリクを出迎えたのは、オジェ家の執事長で、彼は恭しく頭を下げるとニコルの待つ応接室へと彼を案内した。



「ニコル様、フレデリク殿下がお見えになられました」

「どうぞ」


 お入りくださいーーと、執事長が室内へ入るようフレデリクを促す。落ち着いた色合いの家具や装飾類で揃えられた室内に足を踏み入れれば、ニコル・オジェ女伯爵が腰を落とし、フワリと淑女の礼をとってフレドリクを出迎えた。


「ニコル・オジェでございます。本日は当家までお越しくださり、ありがとうございます」

「第四王子フレデリクです。こうしてお会いできるとは思っておりませんでしたので、今日はとても緊張しております」


 どうぞこれをーーと、フレデリクは後ろで控えていた侍従から花束を受け取ると、それをニコルへと差し出した。フッと小さな笑みを浮かべ礼を言ってそれを受け取り、ニコルは控えていた侍女に自分の部屋にこれを飾るようにと指示する。


「どうぞお掛けになってください」

「ええ。失礼します」


 テーブルを挟み向かい合って座ると、侍女長が運んできた茶器を使い、目の前で二人分のお茶を淹れ、それをそれぞれの前にそっと置く。苺の挟まったクリームたっぷの四角いケーキが、カップとおなじ絵柄の皿に乗せられ、フォークを添えてカップの横に置かれた。勿論マチュー作だ。

 茶葉は普段よりも良い物を用意しており、先にニコルが口を付けて毒が入っていない事を証明した。相手が王族でなければ、態々こんな事はしないのだが。ニコルがカップをソーサーに置くのを見て、フレデリクがカップに手を伸ばし香り高いそれを一口飲んだ。


「これは……王宮で使っている茶葉と同じくらいの等級でしょうか? とても美味しいですね。どちらでお求めに?」

「気に入っていただけたようで良かったですわ。普段はこれよりも下の等級の茶葉なのですが、流石に今日はそうはいきませんので、贔屓にしている茶商に頼んで一番良い物を用意いたしました。確か……スゥリア産の茶葉だと言っておりました」


 バラを模したような砂糖を一つカップの中に落とし、ティースプーンでぐるぐるとかき混ぜる。そのままでも良いのだが、少し甘い方が彼女は好きなのだ。


「質問をしても、よろしいでしょうか?」

「勿論です。何でも聞いてください。きちんとお答えしますので」

「ありがとうございます。では……どうしてわたくしだったのでしょうか?」


 婿君を求めているのは、もちろんニコルだけではない。その中で、フレデリクが婿入りできそうな貴族の家は、彼女が知っているだけでも両手足の指でも足りないくらいあるのだ。母君の件がある為、実際に可能なのは半分にも満たないだろうが。


「オジェ女伯もご存知でしょう? 私の母親が、周囲からどう思われているのかを」

「そうですね……多少は知っているかと」

「母を嫌いではないのです。ですが、いつまでも現実から目を逸らし、知ろうとしない母を庇い続ける事に疲れてしまいました。臣籍降下するのは分かっていましたし、そのための準備として騎士にもなりました。婿入り先を決めなくても、臣籍降下時に爵位と領地は貰えるのですが、そうなると色々と面倒なんですよね。屋敷の管理とか領地の管理とか……。

 私は騎士として身を立てたいので、余計な事にあまり関わりたく無いのです。なので騎士を続ける事を許してくれそうで、私に与えられた屋敷と領地の管理もしてくれそうな、しっかりした家をと考えると貴女が一番だったのです」

「……そ、そうでしたか」


 まさかの屋敷と領地の管理を考えて、自分に目をつけたと思っていなかったニコルだ。まあ、屋敷の管理は優秀な執事がいれば十分だが、領地は場所にもよる。王都から近ければ管理しやすいが、遠ければ信頼できる物を複数名送り込まなくてはいけない。その点は領地の引き篭もりーー父ジェラールに丸投げしてしまえば良い。嬉々として色々とやるだろう。


「そこでわたくしに惚れているからと言われたら、即お断りでしたが……」

「母と縁を切る為には、婿入り先を自分で決める必要があったのです。そうしなければ、母の決めた男爵家に婿入りさせられてしまうので。それは絶対に回避しなくてはいけなかった。その男爵家は多額の借金を抱えていて、私の持参金と領地から得られる収入などを狙っているのは明白でしたから」


 しかも八歳も年上だ。以前どこかの夜会でちらりと見た事があるのだが、フレデリクの好みの範疇から大きく逸脱した容姿をしていた。女性の容姿をどうこう言うのはよろしくないが、あえて言わせて貰えば、その令嬢はでっぷりとした体型に、ガマガエルのような顔なのだ。絶対に色々と無理だ。


「確実に母君と縁を切って下さるのなら、わたくしも殿下を我が家に迎え入れたいと思っております。それは両親も兄も同じ考えですわ」


 昨日、ジェラールから手紙がきた。やはり考えている事は同じだったようで、幾つかフレデリクを受け入れる条件が書かれてあり、母側妃との縁切りが最初に挙げられている。


「提示された条件は全て了承いたします。母とも親子の縁を切り、母や親族がオジェ家の名を利用しようものなら、容赦なく叩き潰しましょう」

「……そのお覚悟が本物であるならば、わたくしも殿下を煩わせるもの全てから遠ざけてみせましょう」


 にこりと笑って、ニコルはスッと右手を前へ出す。


「フレデリク殿下からの婚姻申し込みをお受けいたします」

「ありがとう……ゆっくりと互いを知り、愛を育んでいきましょうね」


 差し出された手を取りフレデリクは、ほっそりとした彼女の指にそっと口付けた。




 その後二刻ほどオジェ家に滞在し、フレデリクは王宮へと帰っていった。

 父王と兄王太子に申し込みを受けてもらえた事を報告し、既に用意されていた母親との縁を切る書類に署名捺印した。後日、父王と王妃が同席した場で、母側妃にオジェ伯爵家に婿入りする事を告げた。


 突然の婿入り話しに驚いたものの、名門であり有力貴族と繋がりができて、母である側妃はとても喜んだ。しかもニコルの兄は公爵家の婿だ。公爵家とも縁付けたとなれば、実家の商家にも箔がつくというものだ。何かあれば、きっと力になって動いてくれるだろう。先日実家の母親からの手紙に、他国へ支店を出そうと思っており、その資金が少し足りないのだと書いてあった。

 親戚になるのだもの、きっとどちらかの家が援助してくれるわねーーと、そんな事を口に出した母に、フレデリクは深く深く息を吐き出した。


「母上、何を甘えた事を言っているのですか? 何故援助してもらえると思うのですか?」

「だって、親戚になるのよ? 困っていたら助けるのが普通でしょう?」

「母上……」


 頭が痛いーーと、フレデリクは緩く頭を振った。グッと拳を握り締めると、控えていた侍従に向かって右手を出した。侍従はスッと手にしていた物をフレデリクに渡す。


「こちらに署名を。側妃印は持ってきてますよね? 持ってくるよう伝えてあるのですから」

「え、ええ。勿論よ。母親の署名が必要な書類があるのでしょう?」

「ええ。こちらです」


 差し出されたそれを読み、サッと顔色が青くなる。どういう事なのと、息子を睨みつける。


「婿入りの条件です。ちなみに母上に拒否権はありません。この件に関して、父上も既に承諾されておりますから」

「ど、どうして? 親子の縁を切らなくては婿入りできないなんて、そんなの間違っているわ。陛下、どうして承諾されたのです!」

「母上は男爵家に婿入りする方が良いのですね。知っていますか? 男爵家の借金を私の持参金で返そうとしているのを? 贅沢をするために、私に与えられる領地からの税収を目当てにしているのを? 私から搾り取れるだけ搾り取ろうとしているのですよ。

 母上は、あの男に弱みでも握られているのですか? あの男の言いなりではありませんか。母上は誰に仕えているのですか? あの男爵ですか? あの男と情でも交わしているのですか?」

「な、馬鹿な事を言わないでちょうだい。わたくしは陛下の側妃です。陛下にお仕えしているに決まっているでしょう‼︎」

「ならばこれに署名捺印してください。国王である父上が承諾しているのです。

 ならば側妃たる母上は、反対などせずそれに従うべきでしょう? さあ!」


 嫌々と首を振る母側妃にペンを握らせ、縁切りの書類への署名捺印を迫る。側妃といえど、寵愛など既に無い。フレデリクがいなければ、今頃は臣下の誰かに下げ渡されていただろう。その程度の存在なのだ。


「母ならば、息子の幸せを願ってくださるのでは? それとも自分の幸せのために、息子を利用する事しか考えていないのですか?」


 違う違うと、フレデリクの言葉を否定する。はらはらと溢れる涙を拭いもせず、上座に座る国王を見るものの、王は冷淡な声で「署名せよ」とだけ言うと椅子から立ち上がり、王妃をエスコートして部屋から出ていてしまった。膝から崩れ落ちそうになるも、どうにか堪え、震えながらも差し出されるそれに署名し、ドレスの隠しポケットから側妃印を取り出して、署名の横に落とされた蝋に押し付ける。


「母上、覚えておいてください。オジェ家の名を、母の実家や親戚達が利用するような事があれば、私は容赦なくそれらを叩き潰しますから。母上、どうか彼らの甘言に騙されず、彼らに利用されないよう、自分で考え判断して行動してください。息子として、これが母上への最後の言葉です」

「フ、フレデリク……」


 泣き崩れる母側妃をその場に残し、フレデリクは神殿へと行くために出て行った。書類はすぐに受理されたが、きっと既に話が行っていたのだろう。父王か兄王太子のどちらかだ。



 ニコルの年齢を考慮し婚約を早々に結ぶと、半年後に王都の正神殿で挙式を挙げる事が決まった。

 王子が婿入りする事を考慮し、オジェ家の今までの国への忠義に対する感謝を込めて、伯爵から侯爵へと陞爵されニコルは女伯爵から女侯爵になった。


 侯爵位を与えられ、フレデリクが臣籍降下したのは挙式の二ヶ月前である。

 幸いにも、オジェ家の領地近くにあった王領の一つを貰った。

 こちらは暫くの間ジェラールが管理してくれる事になっていて、いずれ二人の間に生まれた子供の誰かに、フレデリクの爵位と領地を継がせる事が決まっている。

 これといった特産物もなく、それほど大きく無い領地であったが、調べてみると貴重な薬草が多く自生しているのが見つかった。

 それを商売にしない愚か者はいない。

 その手の栽培に詳しい者を招聘し、貴重や薬草を育てる為の土壌を作り、一年を通して安定した量の薬草が採れるよう温室や研究所も建てた。

 その結果、フレデリクの領地は五年もしないうちに豊かになった。領民も増え活気に溢れている。



 フレデリクがニコルに言ったように、二人はゆっくりと愛を育んでいった。


 夫婦となった一年半後には第一子である男児が誕生し、その三年後には第二子の女児を、その翌年には第三子の男児が誕生した。そして先日、第四子の妊娠が分かったばかりだ。


 オジェ家はその後も堅実な領地経営をし、後継者に悩まされる事なく続いていったという。



後にニコルは孫娘に言う。

自分が婿を決めようとした時に、フレデリクが婿入り先を求めていて、我が家を選んでくれて良かったーーーーーーと。









縁切り理由が弱い自覚はしておりますが、そこは各自お好きに脳内補填していただけると助かります。


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