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短編集  作者: 朔良こお
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じゃじゃ馬王女と宰相補佐官(後編)

 イザベッラの朝は早い。

 どんなに遅く寝ようとも、毎日同じ時間に目を覚ます。とは言っても、王宮で働く者達よりかは遅いのだが、王太子以外の兄弟姉妹よりは断然早い。


「おはようございますイザベッラ様。お目覚めでしょうか? 湯をお持ちいたしました」


 扉の向こうでそう声をかけてきたのは、イザベッラの侍女パメラで、彼女は毎朝洗面用の湯の入った二つの甕を、台車(ワゴン)にのせて持って来てくれる。もちろん毎朝同じ時刻にだ。

 相変わらず時間に正確だこと――と、イザベッラは感心しつつ、パメラに入室の許可を与える。


「おはようパメラ」

「おはようございます」


 にこりと笑ってパメラは、いつも通り洗面用の盥に湯をそそぐ。台所からイザベッラの居室に来るまでに、湯はちょうど良い温度になっているのだ。

 クリーム色の髪を首の後ろで束ね、イザベッラは顔を丁寧に洗うと、押さえるようにして拭布で顔の水分を吸わせる。それが終わると化粧台へと移動し、椅子に座り顔に化粧水と保湿効果のあるクリームを塗った。


「今朝のドレスはいかがいたしましょう?」

「いつもと同じよ。動き易いけれど、華やかさのある物を」

「かしこまりました。それでは先日届いたばかりの、襟ぐりにレースをあしらった薄緑色のドレスにいたしましょう」


 これも毎朝繰り返されるおなじみの遣り取りで、二人にとっては朝の挨拶と同じである。

 イザベッラは公の場に出る時以外、極力派手な装いは控えていた。以前動き易さを最優先してみたのだが、侍女や女官のようになってしまい、さすがの母女王もこれには青筋を浮かべた。もちろんお説教である。

 以来、動き易さは変わらないが、ある程度の華やかさもある物にしていた。

 母女王のお説教も嫌だが、姉妹のような普段使いでもゴテゴテしているドレスはもっと嫌だ。公式な場以外でそんな物は着たくない。なのでイザベッラなりに工夫を凝らし、母女王に怒られないギリギリの線で頑張っている。


 身支度を済ませるのを見計らったかのように、アルトゥーロの侍従がやってきた。朝食を一緒にとの伝言を持って。

 断る理由はないので素直にそれを受ける。だが、指定された時間までまだ一時間ほどある。なので朝の紅茶をいただきながら、イザベッラは書類に目を通す事にした。

 それは三日後の孤児院訪問の際に、彼女が用意し持っていく物を書いた物だ。既に全て揃っているのだが、朝食後にもう一度自ら確認をする事を決めた。万が一、不備があってはいけないからだ。


 そろそろお時間ですと声がかかり、イザベッラは書類を箱に戻し、全身を鏡で確認してから部屋を出流。向かうのは兄王太子専用の食堂だ。女王と王太子には専用の食堂があるのだ。それ以外の者達は、三食各自部屋でとる。

 母女王の召集で、家族全員で食事をとる事もあるにはあるのだが、そんなものは月に二~三回くらいだ。



「おはようベッラ」

「おはようございますお兄様。イエシュ様、おはようございます。昨夜は良く眠れましたか?」

「おはようございますベッラ姫。夢を見る暇もないほど、ぐっすりと眠りました」


 くすりと笑ってヴィレームは、目の前に座ったイザベッラに「私の事はヴィーとお呼びください」と言った。それを聞き、アルトゥーロが僅かに目を見張ったが……それも一瞬なのでイザベッラは気がつかなかった。


「持って来てくれ」


 部屋に控えていた侍従にそう言うと、三人の前に朝食が運ばれ並べられる。刻んだ野菜の入ったスープに、軽く茹でてから焼いた腸詰肉が二種類。蒸かして潰して裏ごししたジャガイモはほんのりと甘く、焼きたての丸いパンはふかふかして柔らかい。これにはバターと野苺のジャムが添えられている。イザベッラの好きな緑色の葡萄もあり、小粒ではあったが果汁が多く美味しかった。


「毎月孤児院に?」

「はい。わたくしが直接行くのは、王都とその周辺だけなのですが」


 朝食後、政務がある兄王太子と別れて、イザベッラはヴィレームと食後のお茶を庭の東屋でいただいていた。そして問われるままに、自分が普段何をやっているのかを話した。

 孤児院訪問は王族の勤めの一つであり、成人するとまず最初にやる事である。イザベッラが個人的に援助しているわけではないのだが、定期的に割り当てられた孤児院に赴き、必要な物や改善すべき点を孤児院側と話し合うのだ。不正がないか確認をするので、帳簿を見る役人も二名ほど同行させている。


「優秀な子も多くおりまして、自立できるように読み書きや計算を教え、職人の所に通わせたりと色々やっております」


 一人立ちする日が楽しみですわ――と、イザベッラは笑みを浮かべる。それを見てヴィレームは眩しそうに目を細めた。

 慈善事業と言っても、物を当てるだけではダメなのだ。

 生きていく術を身につけさせなくては、孤児院を出ても騙されたり、唆されて悪い道に足を踏み入れてしまう。

 そうならないために、出来るだけの事をしなくてはいけないのだ。


 イザベッラの話を聞きながら、ヴィレームは自国ではどうであっただろうかとか考える。孤児院への対応は各領主に任せてあるため、彼らが実際にはどういった生活を送っているのかヴィレームは知らない。毎年報告書が上がってはきているが、他の補佐官が目を通していた。何か問題があれば、その補佐官から上司である宰相に報告されるのだ。


「誰かが現地に確認に行く事はなにのですか?」

「ええ。無いと思います」

「それではその領主が不正を働いていても、王宮ではそれが判りませんね」


 イザベッラのその言葉に、ヴィレームは小さく頷いた。確かにそうなのだ。国から補助金を出すものの、それが本当に孤児院に行っているかは判らない。領主達を信じているからと言えば聞こえは良いが……早急に確認しなくてはいけないだろう。


「ああそうだわ。遠乗りにはいつ行きます? わたくしはいつでも構いませんわ」

「では、孤児院の訪問後でどうでしょう?」

「そうですわね。ではそのように手配しておきます。詳しい事は後日改めてお知らせいたしますね」

「ええ。お願いします」


 結局二人が遠乗りに行ったのは、イザベッラの孤児院訪問から八日後の事だった。

 本当はもっと早くするつもりだったのだが、国の要人達と会食する事になったり、騎士団の練習を見学したり、市場の視察へ行ったりと、ヴィレームの予定が埋まってしまったからだ。

 しかも茶会や夜会などにも招待されたので、彼はアルトゥーロに相談したのだが、有力貴族ばかりだったので断り難く、結局幾つか出席する羽目になったのだ。

 本来、休暇のためにこちらに来たのだが、流石に連日色々あれば疲れも溜まる。

肉体的にも精神的にも参り始めた頃、やっとイザベッラと遠乗りへと行く事になった。彼女の方も、あの後急遽予定が幾つか入ってしまい、遠乗りどころではなかったのだ。


「遠乗り日和ですわねヴィー様」

「ええ。本当に」


 薄っすらと化粧を施したイザベッラに、ヴィレームはそっと安堵の息をもらす。ここ連日、厚塗りお化けばかり相手にしていたので、少々荒んだ気持ちになっていたのだ。


 それにしても、だ。今日のイザベッラは初めて会った日よりも、美しさが増しているように思える。化粧の所為もあるだろうが、原型が分からないほど塗りたくっているのではない。本当に薄っすらとなのだ。

 ヴィレームは手袋を嵌めたイザベッラの手の甲に口付けると、ふんわりとした笑みを浮かべた。ただし、目は笑っていないが。


「お会いできない間に、お美しさが増したようですねベッラ王女。誰かを思っての事ですか? 女性は恋をすると美しくなると言います。もしそれが私であるのならば、この上ない喜びなのですが」

「……はい?」


 キョトンとするイザベッラに、ヴィレームの眉端がピクリと跳ねる。これはどう考えても、自分が口説かれている事を理解していない顔だ。

 やはりこの手の女性には、もっと簡単に解り易い表現でいかなくては、口説き落とすのは非常に難しいかもしれない。否、難しい。しかも何気に護衛達の視線が痛い。憐むような目で見るのは止めて欲しいヴィレームだ。


「さ、ヴー様。まずは美しい滝のある森へご案内致しますわ」

「……お願いします」


 護衛の騎士の手を借りてひらりと愛馬に跨ると、イザベッラはゆっくりとした速度で城門へ向かった。そのすぐ後ろにヴィレームが続く。二人の前後左右には、それぞれ護衛の騎士がついている。

 二人きりではないが、帰国まであともう数日しか残されていない。ヴィレームとしては、どうにか彼女との距離を縮めたい。余計な予定さえ入らなければ、関係もそれなりに進んでいたはずだった。

 この数日間を悔いているヴィレームに気づく事なく、イザベッラは上機嫌で愛馬を進めながら、あれこれとヴィレームに建物の説明や名物などの話をしている。


 恋愛にしか興味のない女性は困るが、全く興味がないのも困ったものである。

 だがヴィレームとしては、是非ともイザベッラを口説き落としたい。自分の妻に迎えたい。

 はっきり言って一目惚れだ。

 そうでなければ自分の正体を言い当てられても、ヴィレームはシラを切っていた。それをしなかったのは、イザベッラを手に入れたいと思ったからだ。その為には、本来の身分は十分過ぎるほど役に立つ。


「頑張るしかないですね……」


 ぽつりとつぶやいた声は小さく、誰にも聞こえていなかったが、もし今のが聞かれていたら、先ほどと同じく憐むような目でヴィレームを見ただろう。





 じゃじゃ馬王女が南方の大国の宰相補佐官の妻になったのは、これから一年と半年ほど後の事である。

 男女の機微に疎い王女を口説き落とすのに、結構骨がおれたものの、彼女が恋を自覚してからはトントン拍子に話が進んだ。

 とはいえ、イザベッラの父コルネリーオはごねにごねたが、娘の「お父様、嫌いになりますよ」の言葉に、あっさり打ち砕かれ白旗を上げた。


 何も知らない者達――特にイザベッラに求婚し、コルネリーオに返り討ちにあっていた者達は、下級貴族との婚姻に「格差婚だ」と大騒ぎをした。自分の方が相応しいだとか、ヴィレームが大金を積んで王女を買っただとか、それはもう口汚い言葉で罵った。

 だが、彼が南方の大国バレアスの王の異母兄で、大公という身分であると知れると一斉に口を噤んだ。既に顔で負けているのに、その上身分までも負けてしまったからだ。

 二人の婚儀はバレアスで行われ、美しいがどこか凛々しい花嫁に、国中が歓喜し祝宴は三日三晩続いた。


 ヴィレームは弟王を補佐し、彼の治世を豊かな物へと発展させた。

 それは代が変わっても同じであり、父王の急死により新王となった甥にも仕え、時には父のように年若い王を叱った事もあった。

 妻となったイザベッラとの間に四人の子をもうけ、神世に召されるその瞬間まで妻の手を握っていたヴィレームである。その死に顔はとても安らかで、見た者が思わず微笑んでしまうほど幸せそうなものであったという。





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