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短編集  作者: 朔良こお
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これはこれで悪くない2(後編)

 カチャリと音がして視線を上げれば、ティーワゴンを押しながら侍女が入ってきた。その後ろから、侍従のキリムが無表情で続く。もうそんな時間かと、読んでいた本を静かに閉じた。

 侍女がお茶を入れている間、今自分が居る室内を見渡した。飴色の家具で統一されているそこは、ボクの寝室に繋がる扉がある居間である。


「カイル様どうかなさいましたか? そんなに室内を見回して。ああ、先ほどまで窓を開けていましたからね、もしかして入り込んだ虫でも見つけましたか?」

 キリムが首を傾げ、淡々とした声で問いかける。

「ううん。別に何も無いよ。ああそうだキリム! 今日兄上が帰国されるんだったよね?」

「はい。ようやくのお戻りでございます」

 ぱさりと音をたて、キリムのふっさりとした黒褐色の尻尾(・・)が揺れた。彼は兄上の乳兄弟だから、とても嬉しいのだろう。

 そう、尻尾だ。色は違えどそれは、もちろんボクにも付いている。金色の道から外れた(昴が飛びついた所為だけど)からなのかは分からないが、狼の獣人として生まれ変わった。人間の容姿に狼の耳と尻尾が付いている。

 しかも男で獣人国の有力貴族だ。前世は一般家庭の子供で女子高生だったのに、今世は獣人で貴族のお坊ちゃまだから驚きだ。


 完全な獣化もできるが、これは必要な時にしかしない。ちなみにボクの毛色は父上似の青味がかった銀色で、人化している時の髪の色がそのまま獣化した時の色になっている。瞳は薄い水色で、自分で言うのは恥ずかしいが、実はかなりな美少年だったりする。父上も母上も美形だからというのもあるが、他の異母兄弟姉妹も総じて顔の作りは整っているので、もしかしたらこれがこの世界の標準なのかもしれない。


 獣人は人型で生まれ、その直後に獣化する。そしてそのまま数年獣の姿で過ごす。それがこちらの世界での常識だ。ボクが人型に戻ったのは四歳になる少し前で、これは早い方だと後から知った。平均的には五〜六歳くらいだとかで、今まで一番遅かったのは熊の獣人で十歳だそうだ。

 ボクと同母の末妹は、先日四歳になったばかりだから、あと一〜二年は子狼姿のままだ。末妹は母上と同じクリーム色の毛色と紅茶色の瞳をしていて、幼子特有のぽてっとした体型で愛らしく、最近のお気に入りは庭にある木に登り、そこから隣りの木に次々と飛び移る事だ。とんでもないお転婆さんである。


 この世界には様々な種族の国がある。

 当然人族の国だってある。

 ボクら獣人国との関係はとても良好で、交流も他の国と比べるとかなり盛んだ。ボクの兄姉や従兄弟の何人かは、人族の国の学院で学んでいる。父上も十代の後半をあちらで過ごしている。ボクも留学できる年齢だけれど、正直あまり興味がない。どうしても行かなくてはいけないーーというのなら話は別だ。けれどそうではないので、行きたくなったら行けば良いと思っている。


 佳純として生きていた時の記憶が戻ったのは、実はつい最近だ。

 きっかけはと言うと、弟妹達と登っていた木から落ち頭を打った事だ。十日間生死の境を彷徨い、その間に佳純として生きた十七年間を全て思い出した。

 ドジでロリ顔なラブリー天使との会話も、だ。

 次にロリっこ天使と会うのは、ボクが天寿を全うした時らしいからまだまだ先になる。この世界の寿命は人族でも元の世界よりも長く、獣人はそれよりも長いのだ。今ボクは十二歳だから、何事も無ければあと百数十年は生きる。


「ねえキリム。兄上はその……ボクだって分かるかな?」


 ボクの髪を梳かしているキリムに鏡越しに問えば、少し考える素振りをしてから「大丈夫だと思います」と、なんとも頼りない返事をした。

 ボクには兄弟姉妹が多くいる。

 一夫多妻だからだ。

 前世での小説や漫画では、獣人には“(つがい)”という唯一無二の最愛がいて、お互いに匂いで分かるというものだったと記憶している。けれど今世にはその様な仕組みは無い。王侯貴族は政略結婚が主流であり、恋に落ちて結ばれるのは平民くらいだ。

 父上には第一夫人である正妻の母上の他に側室が三人いる。今日ようやく戻られる兄上は、側室である第二夫人が生んだ父上の第一子だ。ボクとは年が十歳離れていて、今のボクと同じ年に人族の国の学院に入学した。

 長期休暇の時は普通実家に帰るものだが、長兄だけは何故か学院を卒業するまで戻らないという誓いを立てていた。実家は居心地が良過ぎる為、帰れば学院に戻るのが辛くなりそうだからーーというのが理由だった。だからボクやボクと歳の近い兄弟姉妹に関しては、子狼姿しか兄上は覚えていないだろうし、留学された後に生まれた弟妹達を見るのは今日が初めてとなる。その存在は、知らされていただろうけれど。


 キリムと共に玄関ホールへ行けば、既に両親や側室方や兄弟姉妹が揃っていた。直ぐ上の異母兄が手招きをしたので、ススっとそこへ入り込む。半年前に獣化が解けた弟が「あにさま、おそいですぅ」と、ボクの腰にギュッと抱きついた。可愛い。羊の獣人の血が混じっている第四夫人の側室殿に似た黒い巻き毛の頭を、愛情込めて両手でくしゃくしゃとやれば、くふくふと笑いながら「くすぐったいですぅ」と抗議の声を上げた。可愛い過ぎる。獣化が解けていない弟妹達は、それぞれの母親や侍女等に抱かれており、末妹も母上に抱かれていた。だが、どうやらおネムの時間のようで、しきりに前脚で目を擦っている。


「若君がお戻りになられました」


 執事長の声に、使用人達がいっせいに頭を下げる。静かに玄関ドアが開かれて、所々黒の混ざった銀髪を首の後ろで一つに束ねた兄上が現れた。ボクの記憶にある兄上よりも遥かに背は高く、顔立ちも幼さが消え玲瓏なものへと変わっている。


「ただいま帰りました。父上、後処理が遅くなり、卒業後すぐ戻れなかった事をお許しください」

「勿論だとも。ああ、お帰りスバル(・・・)。この日をどんなに待っていたことか……。あちらでの六年間はどうだった? 有意義なものだったかい?」

「はい。父上の仰っていた通りでした。この六年間はとても素晴らしく、色々な事を経験する事ができました」

「それは良かった。今夜はスバル(・・・)の好きな物を、料理長がたくさん作ると言っていたからね。楽しみにしておいで」

「はい」


 母上や実母の側室殿、他の側室方とも挨拶を交わし、初めて見る弟妹達の頭を撫でて、兄上はボク達へと顔を向け嬉しそうに笑った。

「ただいまみんな、元気にしていたかい? ああ、子狼だった子達は人化しているね。長く離れていた兄に、可愛い顔をよく見せておくれ」

 兄上が両手を広げると、ボクより小さな弟妹達が「きゃああああーーーー」と歓喜の声を上げて兄上に飛びついた。すぐ上の異母兄がお前も行かないのかと聞いてきたので、兄上こそ行かないのですかと返した。

「兄上は同母弟のオレよりも、異母弟のお前を一番可愛がっていたじゃないか。行ってやれよ、薄情だなぁカイルは」

「チビ供が群れている中に、飛びこむ勇気はボクには無いですよ」

「あー、確かに。そんな事したらオレ、母上に拳骨くらうわ」

 

 勇気はないーーーとは言ったものの、それは建前だ。ボクはある事に気がついてしまったから、素直にそれができないのだ。


 あれ(・・)は昴だ。


 あの(・・)昴なのだ。


 昴は前世で父が知人の家で生まれた子犬を、一人っ子の佳純の遊び相手にともらってきた。だから佳純にとって犬の昴は遊び相手であり、()のような存在でもあった。

 それが今世では、(スバル)佳純(ボク)()なのだ。

「これも道から外れた結果なのかな?」

 ポツリと呟いた声はとても小さく、誰にも聞こえないはずだけど、スバル兄上がボクの方を見た。空みたいな青い瞳をきゅうっと細め、唇が楽しそうに弧を描いたので、思わずビクッとなってしまった。


 あれは完全に気がついている。


 自分が“昴”でボクが“佳純”だという事を。


 もしかしたら、ボクよりも先に気が付いていたのかもしれない。


「カイル、おいで」


 昴、おいでーーー佳純がよく言っていた言葉だ。


「兄上、お帰りなさい」

「ああ、ただいまカイル。私が留学している間、良い子にしてたかい?」


 ただいま昴。わたしが学校に行っている間、良い子にしてた?ーーー帰宅時、玄関までお迎えにきた昴に、いつも佳純が言っていた言葉だ。


「もちろんです兄上。いつだってボクは良い子ですよ」


 もちろんよ佳純。いつだって昴は良い子よーーー母が昴の代わりに、いつもそう答えていた。


 ニヤリと口端を上げたボクを、兄上はふふふと笑って抱き上げる。そして高らかな笑い声をあげ、そのままぶんぶんとボクをぶん回した。ぐるぐるぐるぐる目が回る。

 ちなみにこれも、子犬だった昴に佳純がよくやっていた事だ。どうやら今世では、前世でしていた事をやられる側らしい。(いぬ)が兄で佳純(にんげん)が弟だなんて……流石にリードを付けて散歩とか、フリスビーやボールを投げて取って来いとかはしないでほしい。

「会いたかったよカイル」

 やっとぶん回されるのが終わったかと思ったら、今度はぎゅうっと抱きしめられて、ボクの首筋に顔を埋めた兄上はスンスンとボクの匂いを嗅ぐ。昴がよくやっていたなと、頭の片隅に前世での事が浮かんだ。でもまあ………。


「これはこれで悪くないか」


 小さな声で呟けば、優しい声で囁くように「そうでしょう。今世もあなたが大好きですよ」と言われてしまった。

 うん。

 ボクも大好きだよ。





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