いつまでも共にありたいから(※BL)
東の王に西の姫が輿入れし、お互い一目惚れでイチャコラする話になるはずが・・・何故かBLになって男同士でイチャコラしてしまいましたとさ(汗)
かつて一つであったその国は、大地の神の怒りにより、静山・清河を挟み西と東に分かれてしまった。
言語は同じであるが、西は貴族が中心となって治める国となり、東は武族が中心となって治める国となった。
桜の花が散り始めた頃、東の王の元へ西の帝から文がきた。
王と帝は年に二度、清河の畔にあるどちらかの御殿にて、様々な事柄を話し合うのだが、それとは別に個人的に文のやり取りをしていた。前の東王と西帝には個人的な交流はなかったが、その息子達は初めて会った時から意気投合し、今でも月に一~二度は文を交わしている。内容は政に関係ない、庭の梅の花が咲いたとか、猫が子供を産んだとか、巷ではこんな物語が流行っているとか……日常のちょっとした事ばかりだ。
「さて、これはどうしたものか……」
薄紫色のそれを膝の上に広げ、東の王は眉根を寄せ、こてりと首を傾けた。背で緩く束ねた黒髪が、動きに合わせてさらりと揺れる。
「いかがなされましたか王。もしや西帝様が無理難題を?」
漆塗りの角盆から紅色の小花模様が美しい白磁の茶器を持ち上げ、東王の右斜め前にある茶器台の上に置くと、側仕えの青年は秀麗な顔を僅かに歪ませた。そんな青年に東王は苦笑し、温かなお茶を一口すする。熱過ぎず、かと言ってぬる過ぎないそれは、まろやかな味と優しい温度であった。
「何、そう難しい事ではない。我に末の妹姫を娶ってくれないかと書いてあるだけだ」
「え!?」
そっと茶器を台に置くと東王は、しなやかな動きで困惑顔の青年の、白く細い指をやんわりと掴んだ。そしてそのまま己の方へグイッと引き寄せ、年の割には華奢な青年の体を抱き止めた。
「お、王っ! いけません」
青年――恵珠は、東王の腕の中からキッと眦を上げて睨むものの、迫力などこれっぽっちも無く、むしろ可愛いだけであった。
「ここには我とそなたの二人だけ。いけない事など何もない」
ふふふと笑って東王は、恵珠の頬をひと撫ですると、彼の着物の合わせ目から手を忍び込ませる。ひんやりとした掌が、恵珠の薄い胸に直接触れた。
「王っ!」
カアアアっと頬を赤く染め、恵珠は東王の腕を掴む。太陽が真上にさしかかる時刻なのだ。しかも襖の向こうには、警護の武士と女官が数名控えている。王の許可がなければ、襖を開ける事はできないが、それでも気にしない筈などない。
「抗うな恵珠。我は誰だ? この国の王ぞ。そなたらの主ぞ」
「で、ですが……」
「恵珠、そなたの声は好ましい。だが、もう口を閉じよ。拒絶の言葉なぞ、我は聞きたくないゆえな。恵珠。のう恵珠。我はそなたが、今すぐ欲しいと言うておるのだぞ。嬉しくはないのか?」
いいえ――と、震える声で答えれば、東王はクッと口端を上げた。
「ならば寄越せ。今すぐに」
「王……」
東王の白皙の顔が近き、薄い唇が恵珠の唇に優しく重ねられる。すぐに舌が口中に滑り込み、恵珠の舌を絡め取ると、息が上がるほど互いの唇を堪能した。
東王がまだ東王になる前――世継ぎの君と呼ばれていた頃より、恵珠は彼の側に仕えていた。主家たる東の王に直系の男子が生まれ年頃になると、上位武族の子供達の中から年の近い者達が集められた。彼等は将来側近となるために選ばれたのだが、全員が全員そうなるわけではない。“無能”もしくは“ふさわしくない”と判断されれば、本人の意思など関係なく直ちに実家へと返されるのだ。
恵珠の実家は中の中くらいの家柄であるので、本来は城に召される家ではない。
だが、昔から諸外国との交渉事などを担う実力者揃いの家であり、恵珠の曽祖母は三代前の東王の従姉姫である。王家の血が少々流れているのだ。恵珠の三番目の兄が同い年だった事から、今回特例として城に上がるようお達しがきた。
けれど本人が嫌がった。
だが断る事など無理だ。
そこで末子の恵珠である。兄に代わって彼が城へ行くことになった。
両親も兄達も、すぐに実家に返されると思っていた。何故なら恵珠はこの時、六つになったばかりだからだ。自分自身の事をやるのでさえ大変なのに、世継ぎの君の身の回りの事などできるはずがない。他の武族の子供達は皆、恵珠よりも五~十歳ほど上なのである。
誰がどう見ても、恵珠は役立たずのお荷物だ。すぐに無能と判断され、実家に返されるだろう。
だが、皆の予想は外れた。
世継ぎの君は自分よりも幼い恵珠を気に入り、始終側に呼んでは彼を弟のように可愛がったのだ。自ら文字や算術はもちろんのこと、弓や馬の乗り方も教えてあげるほどの可愛がりようだった。
数多いた子供達は三年が過ぎると半分近く減り、世継ぎの君が王となった時には、両手の指の数ほどしか残っていなかった。恵珠もその中の一人だった。
「互いの姫を輿入れさせるのは、過去にも何度かあった事だ。それ故、誰も反対はしないだろう。ここ最近、大老共から世継ぎの催促が煩くてな、ちょうど良かったといえば良かったのだが……さて、我に女人が抱けるのだろうか? そなたの体にしか、我は欲さないというのに……」
東王は恵珠の腰紐を解きながら、困ったような顔でこてりと首を傾ける。その白皙の顔を見上げながら、恵珠の胸の内に仄暗い思いが浮かんだ。
東王は世継ぎの君であった頃から、恵珠一人だけを愛でていた。
初めて唇を重ねたのは、恵珠が九つになった年の春。
満開の桜の木の下だった。
愛撫され、体が喜びで震えるのと知ったのは十一の冬。
雨師が怒りで大雨を降らし、風神雷神が大暴れした夜だった。
十七になった東王の熱い楔を受け入れ、体を重ねる事で得る快楽を覚えたのが十二の秋。
幾重にも薄布が垂れ下がる寝台で、このまま死んでもいいと思うほど愛された。
以来、朝も昼も夜も関係なく、恵珠は求められるままに己の全てを曝け出し、東王に己の全てを捧げてきた。城に上がった子供達の中には、美童も数多いたのだが、彼が閨に招くのは恵珠だけであった。そのせいで嫌がらせや苛めを受けてはいたが、自分だけだという事実が恵珠の精神を強くさせていった。
「わたくしが女人であれば……」
うなだれる恵珠に、東王がカラカラと明るく笑う。
「そなたが女人であれば、我と会う事はなかっただろう。妻に迎えるのは、そなたの家では認められぬからな。会ったとしても、女人のそなた興味が沸くとは限らないぞ。男子であったからこそ、我はそなたを欲したのだ。それにな恵珠。そなた、我に優秀な従兄弟達が数多いるのを忘れたか?」
肩から着物を滑り落とし、恵珠の滑らかな弧を描く肩先に軽く口づける。前東王には正妻しかなく、子も一人しか生まれなかった。だが前東王には同母腹の弟が二人と異母腹の弟が五人いて、彼らの所には男児が数名いるのだ。そこから優秀な一人を選べは良いだけだ――と、東王は恵珠の額に優しく口付けた。
「お飾りの妻でよければと、西帝に返事を書くつもりだ。我がいつまでも共にありたいと思うのは、そなただけだぞ恵珠。嘘ではない」
未来永劫、我が愛するのはそなた一人ぞ――そう囁いて東王は、潤んだ瞳で自分を見つめる恵珠を、先ほど脱ぎ落とした着物の上にそっと押し倒した。
❉❉❉❉❉❉
西の都を治める帝たる青年は、半分剃り落とした眉の根を引き寄せた。彼の手には東の都の王からの文がある。武族らしく雅の欠片もない白い文紙だ。とはいえ、よく見れば花の透かし模様が入っている。西と東では文化が違うので、自分と同じものを求めるのが間違っているのだ。
「兄様、悪い知らせですの?」
落雁を摘まみそれを口へと運ぶと、少女の口の中にほんのりとした上品な甘さが広がった。薄緑色の茶を飲み、少女はほんわりと微笑む。
「東王にそなたを娶ってほしいと文を送ったが、お飾りの妻でよければと返ってきたえ」
「まあ……」
ぱちぱちと目を瞬かせ、少女――西帝の末妹である葵乃宮は、見せてくださいませと言って兄帝から文を奪い取った。そこには流暢な文字で、本当に「お飾り云々」との返事が書かれている。東王とは随分と正直な方なのねと、この時葵乃宮は思ったものの声には出さなかった。
「東王にならば、そなたを任せられると思ったのだけれど……やはり国内で見つけるしかないようだえ」
深々と溜め息をつく兄帝に、葵乃宮はこてりと首を傾げた。
「あら、その必要はありませんわ。わたくし、お飾りの妻でかまいませんもの」
「は? 宮、そなたは自分が何を言っているのか解っているのかえ?」
「もちろんですわ」
馬鹿にしていますの?――と、兄帝を睨みつける。そんな妹に西帝は顔を顰めだが、どうして良いのだと問うた。少し躊躇ったものの、葵乃宮はふっと短く息を吐いて、兄帝を真っすぐに見た。紅色の愛らしい唇が、ゆっくりと理由を打ち明ける。
「わたくし、あんな恐ろしい事できませんわ。したくありません。お飾りの妻ということは、閨を共にしなくて良いという事でしょう? あの恐ろしい事をしなくても良いって事ですわよね? ならわたくしは、お飾りの妻でかまいませんわ」
だから東王に嫁ぎますわ――と、葵乃宮はにっこりと笑って残った薄茶を飲み乾した。
「お、恐ろしいって……」
誰から閨での事を訊いたのだろうかと、西帝は目の前に座る妹を見やる。女房達が話した可能性はあるが、恐ろしいとはどういう意味なのか? 特殊な性癖を持つ女房がおり、それを聞いてしまったのだろうか?
「宮、恐ろしいとはどういう意味だえ? その、女人は最初痛いようだが……それも慣れるまでであって、慣れてしまえばとても気持ちが良く、蕩けるほど甘美で、恐ろしくなどないと思うのだが……」
西帝は寝所での女御や更衣達の、己が下で乱れ狂う姿を思い浮かべる。痛がってなどいない。仔猫のような啼き声を、達するまで上げつづけている。
「嫌ですわ。あんな、獣みたいな姿で……気持ちが悪い。軽蔑しますわ。兄様はわたくしの兄様だから、あんな事を女御方としていると判っていても、軽蔑しないよう我慢していますけど」
「み、宮……」
頭を金槌で打たれたような痛みが西帝を襲い、ぐらりと上体が揺らぎ傾ぎ側にあった脇息に凭れかかる。西帝の頭の中では「軽蔑」と言う言葉が、ぐるぐると渦潮のように回っていた。誰よりも愛しい末妹に軽蔑されたら、自分は死んでしまうかもしれない――そう思いながら、西帝はぶんぶんと頭を振った。脇息を掴んだ指に力を込め、上体を起こし葵乃宮に向き直る。
「そなた……もしや房事を見た事があるのかえ?」
その問いに、葵乃宮の双眸が細まる。彼女は再びふっと短く息を吐いて、ぱらりと檜扇を広げた。
「ありますわ。三の兄様の侍従と、わたくしの女房が物置き部屋で繋がっておりましたの。その女房はわたくしのお気に入りで、椿の花のような美しい顔容をしていましたわ。それが獣のように四つん這いになって、背後から侍従に貫かれ、涎を垂らしながらおうおうと唸り声をあげておりましたの……」
そこまで言って思い出したのか、葵乃宮は口もとを檜扇で覆う。心なしか顔色も悪い。西帝は眉根を強く寄せ、こめかみを指先で抑えた。いつからかは忘れたが、常に葵乃宮の側にいた女房が、いつの間にか違う女房に代わっていたのだ。
確かに消えたあの女房は、とても美しい顔容をしていた。姿を見ないという事は、宮仕えを辞し実家に帰ったののだろう。自ら辞めたのか、それとも辞めさせられたのか……前者であってほしい西帝である。
「そう……そういう事ならば仕方がないね」
そんなものを見てしまったのなら、閨を共にしたくないだろう。
西帝は「本当に良いのだね?」と再度確認し、末妹を東の王へ嫁がせる事を決めた。
東の王に西の帝の末妹が輿入れしたのは、山が赤く染まり始めた頃であった。
長く豪華な花嫁行列は、清河を幾つもの船に分かれて渡り、東王の住む都へゆっくりと向かった。
葵乃宮が東王の城に入城してから、行列の最後尾が入城するまで半月ほどかかったというのだから、花嫁行列がいかに長かったのかお解りいただけるだろう。
東王夫妻の仲は睦まじく、東王は葵乃宮を大切にし、彼女を色々な所へ連れて行ってあげたという。
だが残念な事に、子にだけは恵まれず、東王は従弟の一人を己が世継ぎと決めた。
東王が亡くなったのは、彼が六十を幾つか超えた春の事であった。遺言により遺体は歴代の王が眠る廟へと埋葬された。妻である葵乃宮も、亡くなればここに埋葬されるので、東王の隣には彼女の墓石が立てられるようになっている。
だが、妻たる彼女よりも先に、東王の側にいったものがいる。
生涯を東王に捧げ、亡くなるその時まで側に仕えた用人――恵珠だ。
彼は東王の遺言により、亡くなると秘密裏に東王の棺に埋葬された。
いくら遺言でも、本来は許される事ではない。
だが、葵乃宮がそれを許した。
彼女は初夜の際、東王に恵珠との関係を告白されていた。最初は驚いたものの、そのおかげで自分が「お飾り」でいられるのだ。恵珠サマサマである。
東王は息を引き取る前日に、葵乃宮の手を握り「我が死ねば、恵珠は我の後を追うだろう。葵乃宮、済まぬ。あれが命を絶った後、我の棺にあれを入れてほしいのだ」と頼んでいた。
何故?――と問うた葵乃宮に、東王は穏やかな笑みを浮かべ答えた。
いつまでも共にありたいから――と。




