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短編集  作者: 朔良こお
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二人を躊躇わせるもの(前編)

2012.09.22自サイトに掲載。

互いに想い合っているのに、それを伝えられないのは、七つもある年の差のせい。


 ベッシュ伯爵家令嬢アレクシアが、王太子ディートリヒの側妃となったのは十七歳の時だった。この時王太子はまだ十歳で、もちろんまだ正妃はなく、側妃といっても形だけのものであることは暗黙の事実である。しかも王太子は体が弱く、特に季節の変わり目などは体調を崩し、寝台から離れられない事が多かった。とはいえそれは、体の成長と共に変化し、数年後には改善されるのだが……そうでないものがあった。側妃との関係である。王太子が年を重ねたら、自然とそういった流れ(・・・・・・・)になるだろうと、周囲は楽観していた。だが、六年経っても二人は清いままである。

 誰が見ても、仲が悪いとは感じない。

 むしろその逆だ。

 だが王太子の乳母からも、側妃の侍女頭からも、二人が閨を共にした報告はなく……今、王位継承権を持っている直系男子はディートリヒの他に三名いるが、皆、高齢であり息子は一人もいないのだ。このままでは、王家の存続が難しくなる――と、議会室に主だった重臣達が集まり、どうしたらいいのだろうかと話し合いがされたのは、ディートリヒが十七歳の誕生日を迎える五ヶ月ほど前のことだった。そして今まで迎えていなかった正妃を迎えることと、その後で側妃をもう一人か二人増やすことで落ち着いた。




「アレク、こちらの姫はどうかな?」

「……殿下の良いように」


 差し出された姿絵を見て、アレクシアは今日何度目になるか判らない台詞を言う。ここ最近になって、ディートリヒに正妃を迎えるよう重臣達が言い出し、連日王太子妃候補の姿絵が届けられていた。執務室で見れば良いものを、何故か彼はアレクシアの部屋にそれを持ってきて、彼女に意見を求めるのだから厄介だ。


「こう多くては、誰にしたら良いのか判らない。アレク、貴女が選んでくれないか?」

「はあ?」


 真剣な表情で自分を見るディートリヒを、アレクシアは殴ってやりたい衝動にかられたものの、理性を総動員させてなんとかそれを堪える。山のように積まれた絵姿を見上げ嘆息すると、その中の一枚を引き抜きディートリヒに渡した。


「では、この方などどうでしょう?」

「……随分と投げやりな選び方だね」


 アレクシアが差し出したそれを、ディートリヒは僅かに片眉を上げて受け取る。ぱらりと捲るとそこには、蜂蜜色の髪はゆるりと波打ち、零れ落ちそうな胸とキュッとくびれた腰の美女が描かれていた。姿絵は実物より三割……否、最悪で六~七割増しで描かれていると思った方が良い。それがこの世の常識だ。故にこの令嬢も、実際はここまで胸は豊かではないだろうし、腰だってこれほどくびれてはいないはずだ。


――随分と投げやりな選び方だね


 当たり前である。

 愛している相手の妻を、喜んで選ぶ女がこの世のどこにいるというのだ。

 まったくもって鈍感な男である。

 女心というものが、これっぽっちも分かっていない。


「申し訳ありません殿下。わたくし、少し気分が優れませんので休ませていただきます」


 さらりと衣擦れの音をさせ立ち上がると、アレクシアはディートリヒを見ることなく寝室へと向かった。その後ろ姿を、彼が切なげに見ているとも知らずに………。




**********




「アホだろ、お前。自分の正妃を誰にするか、それを側妃殿に選ばせただと? ハッ、まったくもって救いようがない」

「……うっさい、ギュンター」


 ディートリヒの従兄で彼の近衛騎士であるギュンター=バルトは、わざとらしく大きな溜息をついた。


「さっさと告白してしまえ」

「それができるなら、どんなにいいか」


 深々と溜息をついて、ディートリヒは窓の外へと顔を向ける。つられてギュンターもそちらを見れば、アレクシアが侍女二人を連れて中庭を散策中だった。


 先日の一件――ディートリヒがアレクシアに正妃候補の令嬢を選ばせた――以来、さり気なく彼女から避けられているディートリヒである。その理由はもちろん、自分に選ばせたことへの怒りと、彼を他の女に渡したくないという嫉妬心からくるのだが……ディートリヒにはそれが解っていなかったりする。

 なにせアレクシア一筋なものだから、色々な女性との付き合いの中で培われるはずのアレコレがないのだ。

 女性の複雑な心の機微を、彼が理解などできるはずがない。


「あぁ、アレク……」


 年上の側妃は、中庭に咲いている盛りの花よりも美しく、そして、そこはかなとなく艶めいていた。ごくり――と、ディートリヒの喉が鳴る。出会ってから六年……否、六年と八ヶ月。側妃といっても十歳のディートリヒにとって、アレクシアは“姉”のような存在だった。実際、六つ離れた弟がいるせいか、アレクシアもディートリヒに対して、普段弟に接するのと同じような感覚であったのは間違いない。当然である。アレクシアは十七歳だったのだから。十歳のディートリヒなど、はっきり言って恋愛対象外だ。側妃の話を一度断わっているのが、その証拠である。


 だがしかし、いつしかそれが“恋”へと変わった。ディートリヒは“弟”ではなく、“男”であると気がついた瞬間、いままでできていたことができなくなるほど、アレクシアはディートリヒを意識するようになった。


 ディートリヒもまた、アレクシアは“姉”ではなく“女”であると気がついた。

 何が切欠だったのか……おそらく、ギュンターの兄マルセルとアレクシアが、夜会で踊っているのを見た時だろう。この時ディートリヒは十二歳だった。

 従兄のマルセルはアレクシアより五歳年上で、背は彼女より頭一つ半ちょっとほど高い。父親似の弟ギュンターとは違い、マルセルは美女の誉れ高い母親に似て麗しい容姿をしている。侯爵家の嫡男であり、また、国王の近衛隊に属しているので、是非我が娘を――と思っている貴族は一人や二人ではなかった。年頃の娘をもつ貴族の半分は、マルセルを狙っていたのだ。様々な角度からアプローチするものの、マルセルは微笑を口許に貼り付け、のらりくらりとそれらをかわしていた。噂では、心に決めた女性がいるとかいないとか……それが誰であるか、様々な憶測が飛んでいた。緩やかな曲にのり、軽やかなステップを踏むアレクシアは、何か話しているのか……時折マルセルと顔を近づけ笑い合う。年頃も、背格好も、自分以上に似合いの二人に、ディートリヒの胸に小波がたった。


 そこで初めて、ディートリヒはアレクシアが“女”であることに気がついたのだ。

 それからはもう、坂を転げ落ちるように日に日にアレクシアへの想いを募らせていった。

 だが恋焦がれるディートリヒとは違い、アレクシアはどこも何も変わらずで、自分を“弟”のように扱う。

 それは何故か?

 理由は簡単だ。

 七歳という、この大きな年の差の所為だ。

 故にいつまでたってもディートリヒは、アレクシアの中で“小さな殿下”のままなのだ。


「初恋だもんなぁお前の」


 くすりと笑ったギュンターに、ディートリヒは捨てられた子犬のような目をアレクシアに向けたまま、こくりと小さく頷いた。


「背も伸びて、今じゃ側妃殿を見下ろすくらいだし、二十九の兄上と違ってお前は誕生日がきたら十七だ。これからまだまだ伸びる。だからもういいんじゃないのか?」

「そうかな?」

「兄上より、お前の方が麗しいって、みんな言ってるぜ」

「そうかな?」


 でも、追い越せないものがある。

 それがディートリヒを躊躇わせ、臆病にさせているのだ。

 もちろんギュンターも、それを解っている。


「あのなぁディ。お前が思っているのと同じかそれ以上に、側妃殿も自分がお前より年上だってこと、気にしてると思うぜ」

「そうかな?」

「そうだよ。しっかりしろよディートリヒ。お前、側妃殿を愛しているんだろう? 彼女が良いんだろう? 大体、この王宮で彼女が頼れるのはお前だけなんだぜ? 側妃になったら実家になんて滅多に帰れないし、家族とも会うことだってできない。独りなんだよ、ここで。守ってくれる家族は、ここにはいないんだ。子供がいれば彼女の地位は安泰だけど、夫であるお前とは今だ清いまま。おまけに正妃をと周囲が騒がしくなった。さぞかし不安だろうよ。なぁ、それ、ちゃんと解ってるか? だからお前がちゃんと示さないとダメなんだよ。大丈夫だよって、貴女だけを愛してるよって、お前が態度で、言葉で、伝えなきゃいけないんだよ。側妃殿にはお前しかいないんだからさ」


 いつもおちゃらけているギュンターが、キリッと表情を引き締め強張った声音で言ったそれが、ディートリヒの心にストンと落ちた。今まで自分は、何をそんなに躊躇っていたのかと苦笑する。


「ああ、そうだねギュンター。彼女の家族は私だけだ。うん。そうだ。そうだよ。私が守ってあげなくちゃ、誰がこの王宮でアレクを守るというんだ。すっかり忘れていたよ。ありがとう。思い出させてくれて」

「どーいたしまして」


 じゃ、そろそろ仕事を再開するか――と、ギュンターは座っていたイスから立ち上がると、両手を上げて大きく伸びをした。ディートリヒはもう一度中庭へと目をやり、侍女達と楽しそうに話をしているアレクシアを見た。




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