表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
短編集  作者: 朔良こお
20/92

陽和と朋紀(前編/初めての楼選びは慎重に)

初めての相手が玄人って人、実は結構いたりしますよね。

 漆黒の大きな門をくぐり、一歩中へと足を踏み込めばそこはもう別世界。

 朱塗り格子がざらりと並び、その格子の内側では、目尻に朱を刷き金糸銀糸の刺繍の施された着物を着た女達が、艶やかな笑みを浮かべ座っている。

 指先まで白粉で真っ白にした女達は、格子の隙間から手を出して、劣情を含んだ目で自分達を物色している男達に向かって「おいでおいで」と優しく手招きをする。


 ここは世間と昼夜が逆転する場所。

 

 国が認めた合法な場所。


 誰の目も気にせず、男が一夜の慰みに、堂々と女を買える唯一の場所。


 花園とも花町とも言われている、夜になると活気ずく場所――色町である。




「若様、やはりこのような場所は……」


 苦虫を噛み砕いたような、そんな渋面をしている従者に、若様――陽和(ひわ)は、呆れたように肩を竦めた。


朋紀(ほうき)、お前、ここまで来てそれはないだろう? いい加減腹を括れ」

「で、ですが……」


 びくびくしながら朋紀は、左右に並ぶ朱塗り格子を見る。薄暗く、近くまでいかないと奥まで見えないが、何本もの白い手が格子の隙間から外へと伸ばされ、ゆうらりゆうらりと二人を手招きしている光景は、彼にとって異様であり恐怖に近いものがあった。


「もう十八だというのに、女を知らないなんて情けないと思わないか?」

「べ、別に私は……」

「でもまあ、俺も偉そうなことは言えないな。なにせ成人の儀の後で、父上に宛がわれた女を抱いただけだから」


 ぺろりと舌をだして、陽和は帯に挿し込んであった紙を取り出した。そこには楼の名前が幾つか書かれている。ひょいと横からそれを覗き込んだ朋紀が、「何ですかそれは?」と訊ねれば、陽和はにんまりと笑って、兄達から教えてもらったお薦めの娼楼(しょうろう)妓楼(ぎろう)であると答えた。


 娼楼と妓楼――この二つは同じようで、実は少々違っている。だがどちらも、最終的には男に体を開くため、この(たぐい)の商売を嫌悪する者達には同じであった。


 何が違うのか?


 ざっくりと言えば、娼楼は女を抱くだけの場所であり、妓楼は美味い料理と酒を提供し、妓女が歌や踊りなどで客を楽しませてくれる場所……酒宴が行われる場所である――だ。


 だが、客の要望があれば(・・・・・・・・)、妓女も客の閨の相手をする。別料金である上、娼女よりも相場はかなり高い。だが、殆どの客が彼女等に閨の相手をさせる。

 けれど中には、そうではない客もいた。派手にドンチャン騒ぎをし、遊ぶだけ遊んで満足して帰ってしまうのだ。

 楼側としては、己の楼で散財してくれれば良い。故に妓女との甘い夜を口実に、客を引き止めるような事はしない。妓女は体で男を繋ぎ止めているわけではないのだ。だから格子の奥で男を誘うのは、娼楼の娼女達である。妓女はそんなことをしなくても、妓楼自体に固定客がついているので、客には困っていないのである。しかもその客の殆どが、貴族や豪商などといった、支払いに困ることのない身分の男達であった。


粛生(しゅくせい)兄上の一押しは“月華楼(げっかろう)”だけど、樹伊(じゅい)兄上は“燈香楼(とうかろう)”なんだよね」


 二つの楼の名前の先頭には、朱で二重丸が書かれている。

 どちらも妓楼であり、超一流と言われている。その証拠に、お忍びで王族が来ることもあるのだ。

 だが、若い二人にそんな所で遊ぶ金子(きんす)はない。それに腹ごしらえも、ここに来る前に済ませている。やはりここは妓楼ではなく、娼楼にするのが良いだろう。


「となると……」


 手の中の紙には、二重丸の他に丸や三角も書かれている。


「さて、と。こちらを選べば長兄の顔が立たず……こちらを選べば次兄の顔が立たず……困ったなぁ。どうする? 朋紀」

「わ、わ、わ、私が知るはずないでしょう! 若様がご自分でお決めになってくださいよ、もう!!」


 真っ青な顔でそう言う朋紀に、陽和はやれやれともう一度肩を竦めた。


「あ、そうだ。二人が同じ楼を言っていたっけ。そこにしようか?」

「もうどこだっていいですよぉ~。適当に選んでくださいよぉ~」

「どこだってって……朋紀の初めてをあげる相手のいる楼だよ? 適当になんて選べるわけないだろう? 樹伊兄上も言っていたけれど、楼っていうのは、慎重に選ばなくちゃいけないんだって。特に初めての時は」


 陽和の言葉に、薄っすらと頬を赤く染めた朋紀である。が、真剣な眼差しで楼選びをしている陽和は、そのことに気がつかなかった。




 各楼に掲げられている看板を見ながら町中を歩き回り、陽和は漸く目的の娼楼を探し出した。そこは表通りから外れていて、少々寂しい場所にある“彩春楼(さいしゅんろう)”という名の楼だ。


 表通りのそれと比べて大きな楼ではないが、楼主の趣味の良さがふとした瞬間に垣間見える。あまり教えたくないのだけれど――と、兄達が言い惜しんでいたのも納得であった。


「いらっしゃいませ。おや? これはまた、随分とお若い旦那方だ」


 楼主らしい壮年の男は、にこにこと愛想の良い笑みを浮かべ、こんな所へ来るのは初めてだと判る若者二人を、卓子のある方へと誘導した。

 背もたれに鳥と芙蓉の彫り物がある椅子に座るよう促され、陽和と朋紀は並んで腰をかけると、してはいけない事や花代(料金)の説明を受ける。予想していたほど高くはなく、朋紀が安堵の息を漏らすのが聞こえ、陽和は悪いと思いながらも小さく笑ってしまった。


「さて、若旦那方。どの娼女になさいますかね?」


 楼主の視線が向けられた方へ、二人も揃って顔を向ける。控えの間と呼ばれる、赤い繊毛の敷かれたそこには、ここに来るまでに見た娼女とは違い、薄化粧で優しい笑みを浮かべている者達が、思い思いの位置に散らばり座していた。


「楼主、ここに来るまでの間、客引きのため格子の間から手を伸ばし、男を誘っているのを多く見たけれど……ここの娼女達は、客引きをしていないのですね」


 不思議そうな顔をしている陽和に、楼主はホホッと機嫌の良い笑い声を上げた。


「ええ、ええ、その通りでございますよ。ここでは客引きはしておりません。このような端の、しかも裏通りに、わざわざ足を運ぶ旦那などそう滅多におりませんのでねぇ。無駄なことはしない主義なのですよ、わたくしめは」


 楼主の返事に、陽和は「なるほど」と頷いた。


 花町は周りを漆黒の板壁で囲まれていて、その形は長方形に近い。

 出入り口は大門一ヶ所のみで、二人の入った楼は、この大門から一番遠い場所にあるうえ裏通りなのだ。ここまで辿り着く前に、皆、どこかの楼に入ってしまう。陽和とて兄達に教えてもらっていなければ、わざわざここまで来ようとは思わない。


「娼女らの髪に挿している簪の数で、位が表されております。最下位の娼女は簪が一本で、最高位の娼女では簪が十二本でございます」


 挿している簪の本数に、簪一本の料金を掛けたのが、その娼女の花代である。


「ああ、そうだ。花代は心配しなくていいよ朋紀。兄上達が軍資金をくれたし、父上も自分の名前でつけておけって言ってくれたから」

「だ、旦那様がっ!?」

「ああ。気づいてやれなくてすまなかった――って、言っていたよ」


 自分の息子のことばかりで、その乳兄弟にまで配慮がいかなかった――と。


「旦那様が……」


 ぐすんと鼻を鳴らし、朋紀は袖口で目を擦ると、三本の簪を挿している娼女を指名した。彼と同い年か、一つ二つ上と思われる娼女は、幼さを残す顔を綻ばせこちらへやって来ると、朋紀の腕をやんわりと取って、自分に宛がわれている部屋へと向かった。


 ほんのりと頬を染めながら、娼女と階段を上がっていく朋紀の姿が見えなくなると、陽和は娼女を選ぶために控えの間へと視線を移した。まだ表に出たばかりと思われる青い果実な娼女から、酸いも甘いも知り尽くしたであろう熟した果実の娼女まで、ざっと八名ほどがそこにおり己が指名されるのを待っていた。


「じゃあ、あちらの藤色の着物の方を」

「おや? こちらの若旦那は、随分と年上がお好きなのですねぇ」


 簪が八本ついているその娼女は、楼主の言うように陽和よりも十は上だと思われる。切れ長の目は涼しげで、鼻梁はスッと筋が通っていて、パッと見た感じでは気の強そうな印象を受ける。だが、柔らかく弧を描いた朱鷺色の唇は、他の娼女達と比べ薄いが、口もとの黒子がひどく(なまめ)かしい。


「最初が最初だったから」


 苦笑する陽和に、今度は楼主が首をかしげた。


「成人の儀に、父が閨の手ほどきをするため用意したのが、三十過ぎの女性だったんですよ。父の妾の中の一人で元妓女の。それはもう高度な技術の持ち主で、散々啼かされました。しかも彼女のナカというのが、ねっとりと絡みついて離さないうえ、ぎゅうぎゅうと締め上げる……あれは本当に凄かった」


 だから若い娼女の稚拙な性技よりも、年がうんと上の娼女の方が楽しませてくれるかなと思って――と、陽和は双眸を細めながら、こっそりと楼主に打ち明けた。その言葉に目を丸くした楼主であったが、わっはっはっはっは――と、それはもう豪快な笑い声を上げて陽和を驚かせた。


「若旦那の仰るとおりでございますよ。女は年を重ねるごとに旨みが増すもの。若旦那、この花町の最高齢の娼女が幾つかご存知ですかな? 齢六十二でございます。しかも今でも順番待ちができるほどの人気だとか……。いやはや女というのは、幾つになっても恐ろしい生き物です。そうそう最近じゃ、年増に嵌る若い衆も結構おりますよ。しかも中には、自分の母親ほど年の離れた女にしか欲情しないというツワモノもね」


 くくくっと笑って、楼主は陽和の指名した娼女を呼んだ。


瑠杏(るあん)、瑠杏、こちらの若旦那がお前をご指名だよ」


 さらりと衣擦れの音をさせ、瑠杏と呼ばれた藤色の着物の娼女は控えの間から出てくると、陽和の左手をふわりと掬い上げ、己が額に彼の手の甲を押し付けた。その瞬間、彼女の纏う控えめだが艶やかな香の香りがし、陽和の鼻腔を優しくくすぐった。


「瑠杏、若旦那に極上の一夜を」

「はい。ささ、若様。わたくしの部屋でゆうるりと……」


 陽和は瑠杏に手を引かれながら、階段を上がって部屋へと向かう。瑠杏の挿す簪の珠飾りが出す、シャラシャラと涼しげな音を聞きながら、陽和は己が頬が自然と緩むのを止めることができない。


 初めての楼選びは、どうやら成功したみたいだ――と、心の中で呟いて、陽和は着物と同じ藤色で統一されている彼女の部屋の中へと入った。夜はこれからである。


 今宵ここで見た夢が、どれほど甘美で淫靡なものであったのか……それを知っているのは、当事者である陽和と朋紀だけである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ