証明(後編)
――わたくしを愛しているというのなら、その証明をしてくださいませ
シャノンのその言葉に、スコットは驚き目を丸くしたものの、すぐに気を取り直し、目許を和らげ彼女を見た。
「証明……ですか?」
「はい。できますか?」
「ええ。もちろんです。私の気持ちに嘘偽りはありませんから。ですが、どうすればそれを分かってもらえるか……」
愛の証明とは即ち、シャノンへの“想い”の深さを見せろと言っているのである。
具体的であって、具体的ではない。
「それはスコット様が、ご自身で考えてください」
「はあ……」
さて困ったぞ――と、スコットは眉根を寄せる。
言葉を尽くせばいいのだろうか?
毎日贈り物をすればいいのだろうか?
それとも………。
ポン――と、スコットの頭の中にあることが浮かんだ。おそらくこれを知っているとは、シャノンも思っていないだろう。きっと驚くに違いない――スコットは彼女に着替えてきてもらえないかとお願いした。貴族仕様の美しいドレスではなく、街の娘が着るような簡素で動きやすいドレスに。
訝しみながらも了承したシャノンを部屋まで送ると、着替えが済むまで玄関で待つことにした。そこへ彼女の父親であるグレンがひょっこりと顔を出したので、スコットは事情を話しこれから出かける許可を貰う。グレンは苦笑しながらもそれを承諾し、彼の肩をバシバシと叩いた。
ほどなくして支度のできたシャノンが階段を下りてきて、父親がいることに目を瞬かせる。自分の屋敷なのだから、当主であるグレンがいて当然なのだが、知人の所に初孫が生まれ、そのお祝いに行っており、夕方まで戻らないと聞いていた。
「お父様ったら、いつお戻りになったの?」
「つい今さっきだよ。長居していいものじゃないからね。おおそうだ。これから出かけるそうだね。気をつけて行っておいで。ああそうそうスコット。暗くなる前にシャノンを帰してくれよ。嫁入り前なのだから」
「もちろんです伯爵。急ぎますのでこれで……。さあ、行きましょう」
バーリー家の馬車でアトリー家へ行き、帰りは送っていくからとその馬車を返す。スコットはシャノンを居間に通した。彼女にそこで待っていてもらい、その間、自室にて大急ぎで簡素な服に着替える。仕事柄、騎士とばれないよう王都を巡回することが多々あり、その時に着るため何着かあつらえてあるのだ。
居間に戻ったスコットを見て、シャノンは目を瞠った。その姿はどこからどう見ても裕福な商家のお坊ちゃん――といった風で、貴族の若君とは思えなかったからだ。
「さ、行きましょう」
「はい」
アトリー家から王都の中心地区近くまで馬車でいき、そこから先は徒歩で向かう。
この時、手を繋ぐのは忘れない。腕を組むよりも、この方が街中ではしっくりくるからと、恥ずかしがるシャノンを言いくるめたのだ。
石畳の道を、彼女の歩調に合わせながら歩き、スコットはとある場所を目指した。
「あ、あの、スコット様。どちらへ」
「着いてからのお楽しみですよ。ああ、見えてきましたね」
「?」
行きかう人々の隙間から、とある看板が見えた。それに気づき、シャノンが「あっ!」と声を上げる。そして見る見るうちに、キラキラと輝くような顔となった。
「さあ、着きましたよ」
蜂の絵が描かれた看板がかかったその店は、最近女性の間で人気のある菓子店で、卵と小麦粉を使った生地を型に入れて焼き、粉状の砂糖をかけたり、たっぷりの蜂蜜をかけたりして食べるのだ。生地自体に蜂蜜が練りこまれており、それだけでも充分美味しいので、歩きながら食べている若者も少なくない。シャノンは一度この店の前を通り、おいしそうに焼きたてのそれを食べている恋人達を見て、自分も好きな相手とああいう事をしてみたいと思ったのだ。
ドアを開け、店内へと入る。客席は八割方埋まっており、商品の並ぶガラスケースの前にも、列ができている。店員が食べていくのかどうかを確認してきたので、スコットが持ち帰りだと告げた。店内で食べていく場合、店員が席に案内してくれるのだが、今回はそうではないので二人も列に並んだ。
「スコット様、あの、あの」
「本当は店内で食べたい所ですが、貴女はそうではないでしょう? 食べながら、ぷらぷらとこの辺りを散歩しましょうね」
店の奥から、焼き上がった商品が運ばれてきた。持ち帰り客の多くが十個ほど買っていくので、補充されたものの、シャノンが見ている目の前でどんどん売れていく。その様子をハラハラしながら見ているので、スコットは「大丈夫ですよ」と彼女を安心させるように優しい声で囁いた。すぐにまた新しいのがきますから――と。
並ぶこと二十数分後、ようやく二人の番が来た。恰幅の良い売り子の中年女性が、ニカッと明るく笑う。
「お待たせ、お二人さん。幾つだい?」
「ああ、四つもらえるかな」
「四つだね。しかしお客さん、あんたイイオトコだねぇ~。お嬢さんも可愛いじゃないか。美男美女でお似合いだよ」
紙袋に焼きたてのそれを四つ入れ、売り子の女性は「おまけだ」と言って、もう一個袋に入れてスコットにそれを渡した。
「ありがとう」
礼を言い、代金を払って二人は店を出る。スコットは紙袋の中から商品を取り出すと、一緒に入っていた紙でそれを挟んでシャノンに渡した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
頬を染め、嬉しそうに受け取ると、上唇をちろりと舐めてから、意を決したようにパクリとそれに齧りついた。外はカリカリとしているが、中はふわっふわのほわっほわである。
「ん~美味しいっ!!」
「そう? それは良かった」
そう言って彼も自分の分を取り出し食べる。確かに美味しい。甘いものはあまり得意ではないスコットだが、これは大丈夫である。あともう二~三個は食べられそうだ。
手を繋ぐことはできなくなってしまったが、並んで中央広場の方へ向かって歩いていった。もちろん、二人して焼きたてのそれを食べながら。
「こうしてみたかったのでしょう?」
ふふっと笑ったスコットに、シャノンが目をぱちくりとさせる。どうしてそれを彼が知っているのか……不思議でならない。誰にも言っていないのに。
「貴女の侍女に聞いたんですよ。この店の前を通った時、貴女がジッと見ていたと。そしてそこには、この店の菓子を食べながら歩いて談笑している恋人達がいたと。貴族はこんな所に来ませんし、ましてや食べながら歩くなんて、そんな行儀の悪いことできませんからね。してみたくても、誰にもそんなこと言えませんよね」
苦笑するスコットに、シャノンは口許を手で覆いさらに頬を赤くする。
「ねぇシャノン。これからは私が、貴女の望む事を叶えて差し上げますよ。ああ、もちろんできる範囲で――ですけどね。ですから恥ずかしがらずに、何でも言ってください。例えばそうですねぇ……来月ある花祭りに一緒に行って、屋台料理を沢山食べたいとか」
シャノンの瞳が、零れ落ちそうなくらい大きく見開いた。そして落ち着かなくそわそわと体が動き、若葉色の瞳が忙しなく動く。そんな彼女の顔には「どうして? どうして? 何で知っているの?」と書いてあるのがおかしくて、また、そんな彼女が可愛くて、スコットの顔も自然と綻ぶ。
「貴女を見ていれば分かりますよ。ええ。分かるんです。だって私は、貴女を愛していますから」
にこりと笑ったその顔からは、シャノンへの想いが駄々漏れである。
「信じて……くださいましたか?」
「はい」
「では、もう二度と婚約解消なんて……そんな悲しいこと、言わないでくださいね?」
「はい」
こめんなさい――と、小さな声で謝る彼女に、スコットは「いいんですよ」と優しい声で囁いた。
これが彼の“証明”――なのだ。シャノンはこくりと頷くと、スコットの腕に身を寄せ、肩に頭をちょこんと預けた。そんな彼女の頭に口付けを落とす。本当は唇にしたいところだが、さすがに街中では無理な話だ。
ちなみに屋台云々は、彼女の従兄から教えてもらった。この従兄はシャノンの友人と婚約しており、情報源はその彼女である。で、従兄はスコットの弟ケヴィンの学友であり、シャノンと彼が婚約したのを知り、色々と情報を流してくれるのだ。ありがたいことである。
本当は、もっと色々な事を知っている。だが、今それを一気に出すよりも、こだしにしていった方が良い。
「スコット様」
「何です?」
「わたくし、結婚相手がスコット様で良かった。幸せです」
「嬉しいことを言ってくれるのですね。私もですよ、シャノン。貴女を誰よりも幸せにしてみせます」
ふふふと笑って、二人は街の散策を再開した。そしてグレンとの約束通り、日暮れ前にシャノンを屋敷に送ったスコットであるが、その際、馬車の中で婚約して初めて唇を重ねた。シャノンのそれは柔らかく、今まで交わした誰よりも甘く、強く自制しないと貪りそうになるほどであった。
二ヵ月後、スコット=アトリーとシャノン=バーリーは皆が見守る中、聖堂にて無事式を挙げ夫婦となった。
スコットは情報提供者のおかげで、シャノンにフラれず結婚までこぎつけました♪
良かったね~( ´艸`)