私の怖い物。
鳥肌注意。
エーリ6歳、ルヴェイト9歳。
とてもとても怖い話をしてあげる。
あの日は、何だか生暖かい夜だった。
私はいつも通り一人で寝台にいた。私が柔らかお布団が大好きなのは知ってるよね。一度寝たら大概起きることはないのも。
でも、その日は分かった。
聞こえたんだ。
枕元でね。……わさわさと、かさかさの中間のような音が聞こえたんだ。
生理的に受け付けないその音に、全身に鳥肌がたった。
思わず飛び起きて、音の方を見たの。
でも、何も居なくて。
私は寝台から降りて人を呼ぼうと思ったんだ。ルーエならなんとかしてくれる。そう思って、部屋から出ようとしたとき気づいた。
見ていないうちに布団に入られたらどうしよう…?
私はね。あんなのが入った布団じゃ寝れないよ。しかもあの布団がどれだけ高価な物なのかも知ってる。
そんなことされたら許せないよ。
だから私は扉に向けていた足を元に戻して、必死に音の行方を探したんだ。
そしたらそいつはいた。ゴミ箱の中に。
茶色の甲殻に長い触覚、そしてあの奇妙な足の動き。
私は空気が凍るのを感じた。そいつから、目を話せなかった。
一体何故こんな所に。いや、そんなことはどうでも良かった。ただ、こいつをどうしようか、それだけが私の頭をぐるぐる巡った。
目を離したい。でも離すわけにはいかない。極限状態だった私の頭の中に、ある言葉が閃いたんだ。
殺虫剤。
殺虫剤って知ってる?虫殺す薬剤って書くんだけど。
まあいいや。そのとき私は、そんな感じの魔法を使えば良いんじゃないかって思ったんだ。
だから私は両手をかざして、口を開いた。そのときだった。
今思えば、あいつは分かっていたんだねぇ…。私が何をしようとしたのか。
普段は茶色い外殻で隠している、透明な翼を開いたんだ。
そして、大空へ舞っていったんだ。
そう。大空へ逝け!
だけど、私の願いむなしく………私の顔面に、そいつは飛び込んできた。
……後のことはよく覚えてないんだよね。
ルーエからは、離宮内に響き渡る断末魔が聞こえたって聞いたんだけど…。本当かどうかは分かんないや。
ただ、一つ言えることはね?
「私にも、怖い物はある。」
「……ごめん。」
本当に反省しているらしく、兄は顔を青ざめて謝った。分かればよろしい。
私はルーエの腰から手を離して彼女に謝った。笑って頭を撫でる彼女こそ、聖母にふさわしい人間だと心から思う。
あの後もそうだった。
言葉にするのもおぞましいアレをトラウマ認定してしまった私は、夜一人で眠れなくなってしまった。
精神的に二十歳超えてたくせに私はルーエと一緒に寝たのだ。一ヶ月ほど。
そんな申し訳ないことがあるくらい、私は虫が嫌いだ。苦手だ。いっそ天敵だ。チョウチョやバッタ、蜘蛛なら見ていられるが、アレは無理だ。見ただけで泣き叫ぶレベルだ。
目尻にまだ残っていた涙を拭いた。転生してから泣いたのは、主にアレ関係の時だけな気がする。
私は、テーブルに乗っている玩具のアレを手に取った。ゴム素材とかだったら無理だがよく見ると木製だった。持てる持てる。あまりのできばえに直視できないが。
そのまま窓に向かって歩く。
「ど、どうするんだ?」
やや怯えた声でルヴェイトが聞いたが、無視してやった。まだ怒っているのよ私。
「ていっ!」
エーリは窓めがけてスローした!
偽アレは星になった…。
まあそんな強肩持ってないのですぐそこに落ちましたけどね。メイドさんが拾ってしまわなければ良いけど。二次災害勃発してしまうかもなぁ。わたしゃ知らんが。
ま、そうしたらこの子に謝って貰おうか。
ちらり、と視線を兄に向ける。その途端びくりと肩をふるわせた。完全に怯えている兄に溜飲が下がってしまう。
大人げないしな。私の精神年齢は23歳でこの子は9歳。トラウマ刺激された所為でちょっと本気で怒ってしまった。
「エーリ…、本当ごめん。虫が怖いとは思わなかったんだ。」
それに加え、美少女……じゃなかった美少年に眉を下げて謝られては仕方あるまい。
私はため息を一つついて、笑った。
「もう良いよ。……分かった?怖い物があるのは、普通なんだよ。」
「…そう、らしいな。」
肩をすくめて笑う私に、ルヴェイトも苦笑した。
その笑みがあまりにきらきらしているので私の中の何かがうずいた。
…ちょっといじめてやろうか。
「そうだよ。だからお化け怖くても笑わないよ。」
「だっ! ……だから俺はユーレイなんて怖くない。」
あぁ、前もそんなこと言ってたよね。まだルヴェイトが離宮で一緒に暮らしていた頃だ。
彼は夜一人でトイレいけなくて、まだ幼子だった私を起こして一緒に行ったのだ。
「無理しなくて良いんだよー」
「だから!ユーレイなんか怖くない!」
声を荒げだしたルヴェイトに、このネタはこの後も使えると私は内心ほくそ笑んだ。
私、根に持つタイプなんです。
幽霊はまったく怖くないエーリさんですが、虫は怖いです。というか生理的に受け付けられないらしい。