お初ぱあてい
見てる。見られてるよ。
冷たいんだか熱いんだかよく分からん視線が、ビッシバッシと当たってます。
そんなに珍しいのか。いや珍しいか。
深窓の姫、第二皇女だもんな。貴族の方々の前に出るのこれが初めてなのですわよ。
「皆様、どうぞよろしくしてくださいませ」
あー、良いのかな。敬語に凄い自信がないんだけど。
ていうか、王様ももうちょっとこっちに気を遣ってくれませんか。パーティーがあるならあるでもう少し早めに言ってほしかった。
最低限のマナーや礼儀は入っているはずだが、いかんせん不安がぬぐえない。
愛想だけは良くしとこうとにっこり笑う。すると、横から頭をぽんと置くように叩かれた。
「そんなに不安なら来なければ良かっただろう」
側に立っている兄が小さくため息をついた。
「そんなわけにはいきません。王様の意向には従いますわ」
「……気味が悪い」
この野郎。
もちろん私は笑いを崩さない。兄妹仲が悪いとか噂されたら最悪である。
「それにしても、お兄様はそういう服装もなされるんですね」
「息苦しい格好だ」
言い返す言葉が見つからなかったので話題を変えてみれば、見事にぶった切ってきた。
「そんな風に言わないでくださいませ。よく似合ってますよ」
もちろん世辞ではなく本音である。
全体的に白が使われている礼服は、コスプレっぽさがあるが彼にはよく似合っていた。なんていうか、ハマってる。
「…お前は似合わないな」
「……あのさ、」
その通りだ。何故か紫でそこはかとなくエロスを感じるドレスを渡されたときには正直絶句した。
だが兄のあまりの辛辣さに目眩を覚え、私は彼に近寄って声を潜めた。
「お世辞で良いからちょっとは褒めてよ!仲が悪いなんて思われたらどうすんの!?」
「仲良く見せたいのなら口調を戻せ。何か企んでるように見える」
私はぴたりと動きを止めた。
「そ、そうなの?」
「半目を直そうとしてるのは良いと思うがな」
呆れたような顔でそう言われてしまった。
半目なのは自覚あります。あるけど普段直さないのは面倒だからじゃなくて必要性を感じないからです。
でもどうやら私のやりたかったことは無駄だったらしい。
「なるほどね。いつも通りが一番ってことか」
「ああ。…ところで、その肩はどうにかならないのか」
「肩?」
「何故出す」
「それは私じゃなくてこのドレス渡した人に言ってください」
間髪入れずに言われた言葉にこちらも即答すると、ルヴェイトの眉が思いっきり寄った。皺が!
「…なるほどな」
先刻私が言った言葉を呟くと、ルヴェイトは突然別れを告げて別室かどこかに行ってしまった。
「どゆことよ…」
残された私が呆然と呟く。
とりあえず、肩にはショールを羽織ることにした。詰め襟なので露出度はそこまで高くなっていないのだが、兄チェックには引っかかったらしい。
「お初にお目にかかります。皇女様」
さわり心地の良いショールをしきりに撫でていると、いつのまにか知らぬ男がにっこりと笑っていた。
本当に私って複雑な立場だよね。王様も大変だなぁ。
出しゃばることも疎遠されることも出来ない私は、本当にたまにだが公の場に出される。
それは大体他国の重要人物を招く、重要度が最高の儀式だった。
しかし今回、私は自国内だけの貴族を招いたパーティーにいる。初参加である。
このパーティーはとても華やかなものだった。
色とりどりのドレスをまとった人々が笑みを浮かべて談笑している。食べ物も豪華だし、ダンスや出し物なんてこともしている。
楽しそうだが、私は目立つことは許されないし目立ちたくないので所謂壁の花というやつに徹するつもりだ。
しかし、ルヴェイトから離れた瞬間様々な人間に話しかけられた。
今の所好意的な物が多い。警戒心たっぷりの物言いだった人もいたけど。
面白かったのはルヴェイトを狙っているお嬢様方に囲まれたときだ。
一瞬びびったけど私は歴とした妹であるわけだし、体育館裏のアレ的なことはまったく起こらなかった。
単純にルヴェイトの好みを聞かれ、それに答えただけである。
食べ物や色とかなら答えられたけれど、あいにく女性のタイプは存じておりません。
気になったので今度聞いてみようと思う。素直に教えてくれるかは分からないけど。
「皇女様。少しお話よろしいですか?」
壁に背を預け、終わりの近い宴を眺めていた時だった。
身なりの良い男性が私に手をさしのべていた。
何度目か分からない行為を繰り返す。私は先導した男に付いていって、二人きりでバルコニーに来ていた。
この階のバルコニーはそこまで高くないんだな。これなら離宮から見た景色の方が綺麗だ。
「美しいでしょう。ここからは市街地が一眸できますよ」
市街地はね。商業地や工業地、それに花街は見えないようだ。
花街は離宮でも見えないけど、他二つは見える。私の部屋がある最上階でないと無理だが。
「あら本当に。綺麗ですわ…」
そんなこと言わないけどね。目を細めてそう言った私に、男は満足そうに笑った。
「エーリ様は素直な気性なのですね」
「そんなこと…」
ほほえみを浮かべ語尾を濁らす日本人クォリティ。
この人、どう考えても私と誰かさんと比べている。そうよね。あの人全然素直じゃないよね。
そして、この男の思惑もだんだん読めてしまった。
「ところで」
男は急に不満げな顔をになった。
「貴方はご自分の境遇を理解しておられますか?」
「理解、というと?」
首をかしげてみせると、男は「やはり」とうめいた。
「皇女である貴方が、どうして王宮に住んでおられない。兄君や妹君とは違い自由を奪われ離宮という監獄に閉じ込められた貴方が、私はお可哀相でたまらないのです」
可哀相って不敬罪に当たんない?私相手じゃ当たんないんか。ちょっと納得。
ていうかね、兄にも妹にも恵まれて十分幸せだっつうの。自由が無いのは別に私に限ったことじゃないし。
ふ、とため息を漏らした。男には聞こえなかったようで、彼はひたすらギラギラとした瞳を私に向けている。
「エーリ様がもし、そんな境遇を嘆いていらっしゃれば…」
男はするりと私の手を取った。
「私達がご協力しましょう」
「……」
私は答えない。というか、何も言わないように気をつけている。手も出来るだけ動かさなかった。ぶん殴りそうになるため。
だけど殴ったほうが良かったかも知れない。
男は、私の手から長い手袋を抜くように脱がせた。そして、あらわになった手をまじまじと見つめる。
そんなに見ないでほしい。鳥肌立ってんのバレる。
「美しい御手ですね…」
手に、生暖かい感触がした。男の顔がくっついている。
ぞわり。
あー、立った。今のは完全に立った。
だが、男はまったく気づかないらしく、私を口説きにかかっている。もうお疲れ様ですと言いたい。
「貴方は美しい女性だ。…男なら、誰だって妻にしたいと思いますよ」
手が腰に添えられる。耳元でそう囁かれ、思わず首を捻ってしまった。
「平凡な女ですよ?」
「そんなことはありません。貴方は魅力的な方だ…」
こんな平凡顔にそんなことを言えるなんて、貴様もなかなかやりおるな。
そんな私の余裕は、腰の手が徐々に下がっていることに気づいたときに消え去った。
「……の、ロリコン」
「…? 何か、仰られました?」
「ええ。ロリコン、と」
にっこり笑ってそう伝えると、男は意味の分からない言葉に首をかしげた。
その隙に体を退く。
私ね、前世分含めれば30歳だけど、今世だけで数えるなら14歳なんですよ。このロリコン。
まぁ見た目だけだともう少し上に見えるので、私の年を分かって口説いてるのかは分からないけど。
「貴方の言葉、しかと聞き入れましたわ」
にっこり笑ってそう言うと、彼は引き留めずに満足げに笑みを浮かべて手袋を返した。
それを受け取り、早々に別れを告げてバルコニーを出て行く。
鳥肌がやまない私は、大広間を出て、王族用の休憩室の扉を乱暴に開けた。
「…どうした?」
中で休んでいたルヴェイトが、目を少し大きくさせてこちらを見た。
私はそんなルヴェイトにずかずかと近寄ると、その腰にしがみついた。そのままぐりぐりと顔を押しつける。
「気持ち悪いよぉぉ!何で触ってくんだロリコンめ!あんたんとこ嫁ぐほうがよっぽど苦痛だコラァァア」
「だ、大丈夫か」
少し狼狽えた声にちょっと落ち着いた。しかし体は離さずに静かに伝える。
「王位ほしくないかって誘われた」
「…証拠は残したか」
途端に冷静な声を放った彼に苦笑しつつ、首から提げていた魔石のペンダントを渡す。
その中央をカチリと押すと、先ほどまでの彼の会話が全て流れ出た。
「よく耐えたな。これで処罰しても問題無いぞ」
抱きついたままの私をルヴェイトが大きな手で撫でる。普段なら恥ずかしいので離れるが、今日は、ほんと無理だ。全力で癒されたい。
普段と違う私の様子に、ルヴェイトが眉をひそめた。
「何をされたんだ?触られた、と言ったが」
声が低くなっている。私はこれ幸いとチクることにした。
「おしり触られた。手に生でキスされた」
「分かった。あの男は処罰しよう」
おお。正直、やり過ぎじゃない?とか思わなくもないけどいい気味なので黙ってます。
ルヴェイトは、しがみついている私をぎゅっと深く抱きしめた。
途端に私の心拍が早くなる。抱きつくのは慣れたが抱きしめられるのはいつまで経っても慣れない。顔の良い奴ってずるい。
私の頭を何度も撫でながら、兄は言った。
「これからも不快な思いをするだろう。……やれるのか?」
心配性で甘やかしたがる兄に笑ってしまう。
体をすり寄せて、顔を横にしてぴったり彼にくっつけた。
「当たり前でしょ。ただ、またこうして甘えさせてね」
「………」
返事が返ってこなかった。えっ。
ジト目になるのを自覚しながら睨むように見上げる。私の視線に気づくとルヴェイトは顔ごと私から背けた。背中にあった手がはずされ、そのまま体ごと離れていく。
何か避けられた。
「…酷くないかい?」
ふてくされてそう言うと、ルヴェイトは顔に手を当てて小さな声で言ってきた。
「どっちがだ」
どうしてよ。
言いかえそうと思ったが、あることに気づいたので素直に黙った。
そっぽを向いたルヴェイトの目尻が少しだけ赤らんでいたのだ。やれやれ。私は肩をすくめてしまう。
思春期は大変である。妹にもそんなに照れてしまうとは。