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SPIRIT SOUL  作者: 天奏流離
2/4

episode:first《第一章》

           ―――――いつもどおりの日常―――――




                  ―――いつもの帰り道の中のいつもと違う存在―――



        ―――闇に解けたばかりの街道―――



           ―――――わずかに灯る電灯―――――




  ―――――そこに隠れていた、非日常―――――




          ―その中で人を取り込み、さらに牙を剥く存在しないはずの異形―――




―――抗いようのない力により抵抗できない自分―――――




                     ―――そして―――




 :第一章:思わぬ再会×鍵:







「―――!!」



 十聖家の一軒家。その二階で了斗は泥のような眠りから急速的に意識を覚醒させた。



「ここは……俺の家……だよな?」



 思いっきり体を起こし、薄い毛布を体から剥ぎ取る。そして思わず事実確認をする。普段は寝ぼけている頭はすでに平常時以上の思考を行っている。

 体中が冷たい汗でびっしょり濡れ、寝巻きの白シャツがべっとりと張り付いて気持ち悪い。ズボンの黒ジャージも少しざらついて感じた。

 しかし、これが突然の起床の直接要因ではない。だが、その前に昨日何があったか状況整理することにする。まずは落ち着くために深呼吸する。

 まず、いつもどおり学校にはちゃんと行った。いつもどおり授業を受け、いつもどおり友人たちと話しながらいつもコンビニで買う鮭とシーチキンのオニギリを計四個食べた。



「それで―――」



 いつもどおり少々暗い夜道を駆け抜けて―――



「――――!!」



 そこにいつもどおりの日常がなかった。



 自分の体を確かめてみる。腕、足、指、胴体、首、顔、手当たり次第触れてみる。

 とりあえず五体満足であることに一安心すると同時に、疑問も湧く。

 確かに自分はあの異形から人が受けるとは思えないほどの攻撃を喰らったのだ。それの遺恨としての痛みがあってもおかしくない。いやあって当然のはずだ。だがしかし、今の自分の体はどこも異常がなく健康体だ。

 夢? 違う。間違いなくそう断言できる。確かにあそこで感じた恐怖も、そして―――そこにいた少女に会えた感覚も、夢想のものではないと感じることができる。

 ――――しかしあの少女はなんだったのだろうか?

 雪のように白い肌。華奢な体つき。艶のある肩より長い綺麗な髪。華麗とも言えるような顔。そして―――異形を貫いたオートマチックのような銀銃。

 彼女が自分をここまで連れてきたのだろうか。あの細い体で自分をここまで運んでくれたのだろうか。確かに自分の体重は平均より中々低い。しかしそれでも彼女に抱えられるとは思えなかった。

 それに彼女はどうして異形を消滅させることができたのだろうか。

 ……いや、ここから先の詮索はやめよう。

 

 ここから先は自分なんかが考えてはいけない。自分が居る日常と、あちら側の非日常。この絶対的な壁があるかぎり、自分はただの住人。何もできることはない。

 二つあるうち、ベッドの頭側にある窓際。そこにおいてある目覚ましの鳴っていないよくあるタイプのアナログ時計に目を向ける。六時ジャスト。普段セットしている時間より四十分早い。しかし到底二度寝できるような気分ではない。

 布団を跳ね上げ、一旦自室を見渡す。壁際の本棚には漫画や小説が多々入っている。もう一つの、本棚の隣にある机。強化書類はテスト一ヶ月前にでもしかもって帰らないので学校におきっぱなしだ。ノート類とその他しか入れられてない鞄。

 もう一つの窓から、カーテンの遮りを突破したわずかに木漏れ日がキラキラしていた。


 わりと清潔を保った、自分の部屋。

 ここから、自分の日常が始まる。







 すっかり慣れた手つきで作ったベーコンエッグと茶漬けを朝飯として胃に詰め込み、少し早めに家をでる。鍵を閉め、鞄の外ポケットに詰め込む。そのまま紺のブレザーを翻し、少し早足で駆ける。頭の片隅でそろそろ買出し行かないとなと思う。予算は親が向こう(海外)で仕事を成功させているのか、余分に送ってくれるため心配ない。

 この浅葱市は、住宅街と商店街のほかに、通称『ビル街』という隔たりを、住宅→ビル→商店という感じを大きめの川と橋で分けられている。

 了斗の通う学校、県立浅葱高校、通称『浅高』は、三年前にビル街付近にできたばかりの新設校である。だがわりと他の県や市からの学生が来るため、『出会い』とやらを求める学生にとっては格好の学園である。

 失礼、説明が横にそれた。

 学校は四階建て。A側とB側に分けられ、一つの学年四クラス、一クラス四十人前後で収まる、普通の学校である。

 町の総規模は、田舎と都会の中間という中途半端。

 ここが、この物語の中心である。










「おい、起きろよ」



 六時五十分頃には着いていた了斗はA側の四階にある一年A組の教室についた後、そのまま思い出した眠気に引きずられるように机につっぷしていたのだ。

 そして友人の声に引き上げられるように、唸り声を上げながら顔を上げる。そしてデジタルの腕時計に目を向ける。七時四十分。ずいぶん寝こけていたようだ。そしてこの時間帯は遅刻要員以外の生徒なら大抵来ているころだ。



「なんて声だしてんだよ」



 わりと軽い声の主に視線を向ける。ブレザーの前のボタンをあけ、少し軽い雰囲気の友人に視線を向ける。

 肩に掛かる髪を茶に染めた、わりとモテそうな感じの少年。彼がこの高校に入ってからの友人、篠原しのはら 誠弥せいやだ。



「るせぇ、なんで遅刻常習犯のくせにこの時間に来てるんだよ」




 実は誠弥は、中々の遅刻常習犯なのである。

別に寝ぼすけというわけではない。むしろ起床は早すぎるほどだ。しかしその時間帯にいろいろ遊びに行くらしく、気づけば遅刻、というパターンなのだ。しかし別に過度にルーズという訳でなく、わりとちゃんと考えて行動する上に勉強も了斗と負けず劣らずなので、先生一同も意外と温かい目で見ているのだ。



「まぁ、その理由もわからないではないけどね」


「あ、例の事件のことでしょ」


「そうそう、おっかないのなんのって」



 続いて二人の男女が来て、誠弥が相づちを打つ。 一人は横長の眼鏡をかけた、少しハネ気味の黒髪を持つ、どこか委員長タイプの少年―――事実そうなのだが―――。少女のほうは活発・好奇心旺盛そうな印象のポニーテールだ。

 少年は了斗の中学以来の友人、立倉たちくら けい。少女は誠弥と同じく高校生になってからの友人、中山なかやま 起衣璃きいりである。

 あと一人加えたら、クラスでいろいろと分かれている仲良しグループの勢ぞろいである。



「あ、皆さんそろってますね」



 律儀な敬語を使いながら残りの一人も来た。セミロングに伸ばした、染めたわけでもない少し色素の薄い髪。そしておとなしくおっとりした雰囲気を持つ少女、平崎ひらさき かおり。彼女も誠弥や

起衣璃と同じく高校時代に入ってからの友人である。



「事件ってなんだ?」


「おいおい了斗。お前今日のテレビ見てないのかよ」


「いやーまあ、今日はとりあえずいいやみたいな感じでさ」



 そんな了斗に呆れる誠弥。実はこのグループでは全員名前で呼び合うことにしている。別に確固した規律ではなく、了斗が

「十聖ってなんか呼びにくいから、名前で呼んでいいよ」

と言ったのが始まりでそうなっている。そのせいか、特に了斗はクラスほぼ全員に名前で呼ばれている。

 歴史の長い友人らしく、圭は了斗に説明する。


「謎の行方不明事件だよ了斗。何年か前から取り上げられてるだろう?」



 圭の言う事件とは説明すればこういったものである。

反抗時刻は主に夜。

年齢は老若男女問わず。

一言で言えば、消えるのである。

誰も見ていない、というより見ていた人までもが消えているのである。そしてどういうことか、必ず戻ってくる。しかし戻ってきた人には酷似する点がなく、無差別なのだ。そして二つのパターンがあり、普通にいる人と、無気力に数ヶ月で様々なパターン―――事故や病気、はたまた自殺―――で亡くなってしまう人。分かることといったら、行方不明の期間中のことを誰も覚えていないということだけである。専門家は、テロだ、狂気犯罪だ、エイリアンだとか無意味な議論をテレビという衛星装置の向こう側で交わしている。

 ああ、あの事件のことか。了斗は納得して―――



「!!」



 本日三度目の驚愕。



「どうしたの、了斗君?」



 不思議そうに香が顔を覗き込む。



「い、いや、なんでもないよ」



少しうろたえながら了斗は答える。そう? と香は首を傾げる。



「どうせ、熟睡してる中悪い夢でも見たんじゃない?」


「はは、そんなとこ」




 冗談っぽく笑う起衣璃。それに苦笑してみせる了斗。

 そして、

「あ、そろそろHRじゃんか」

という誠弥の言葉で、軽く別れを交わしそれぞれの机へと戻っていく。ちなみに了斗は窓際の後ろから三番目、中途半端に隣が空席である。誠弥は廊下側の一番後ろ。その左隣に起衣璃。圭は窓際から横三つ、前から三番目。香は窓際から横二つ、一番後ろである。

 頭に手を当て、軽く思考にふける。

 そうか、俺はあの事件の真相に遭遇してしまったのだ。そしてもう少しで行方不明者の一覧の中に名を連ねるところだったのだ。そう考えると体が少し震えた。

 しかし、異形はあの時あの少女がやっつけたのだ。これならもう行方不明者が出ることは―――



 ―――?



 疑問が湧く。今までの事件では多少の差があれど、そこには警察官がいるのだ。しかし自分が襲われた現場には警察官どころか犬一匹いなかった。

 もし自分が襲われたところに警察が来てたら『お前大丈夫だったか』とくらい友人達が聞くだろう。つまり出される結論は―――



 ―――異形はほかにも存在しているってこと……?



 ―――考えすぎだ!!



 もしかしたら別の場所を襲ってから自分のところに来たのかもしれない。そうに違いない。否、そう思いたかった。

 ……仮に、他に異形がいたとしてもあの少女がなんとかしてくれる。少女に頼る自分を情けなく感じた。しかしそう思うことでしか思考を中断することしかできなかった。

 しかし―――あの少女はいったい何者なのであろうか。朝やめたはずの詮索を再び再開する。

 自分と同い年くらいだ。が、あんな美少女は商店街でも住宅街でも見たことがない。それならば絶対に印象が残っているはず。

 それに学校にも通っているはずだ。だったら噂くらいするだろう。



 ―――また会えるかな?



 彼女に会いたがっている自分に少しばかり驚くと同時に、納得もしていた。あんな異形を倒すのだ。少しは興味がでる。そして、言いたいこともある。




 その願いは近すぎる未来に実現する。



 例えばそう―――いま教師が開いたドアの向こうとか。



 教師の名は前梨まえなし たかしという、生徒からの人気も中々高い若い教師だ。四角い縁の眼鏡がトレードマーク。

 その人気の理由は、優しさと厳しさがキッパリと分かれて、授業もうまい。さらに冗談もうまいといった絵に書いたような先生。担当授業は国語。“教師”という権力だけを振り回すだけのそれ、はっきり言うと理由もなく教師になった無能者とは大違いである。

 起立、礼。といったお決まりを終え、めったにない連絡事項に入る。その間生徒達はザワザワと話し始める。だが前梨がその初めからいつもとちがう雰囲気をまとっているのに了斗は気づいた。



「いきなりだが、今日は転校生を紹介する」



 まじめそうな言葉をそこで切り、今度はニヤリと笑い、テンションをあげる。



「男子ども期待するがいい!! 転校生は女子だ!! しかも中々のそれだ!!」



 これが人気の理由だなと心の片隅で思いながら、了斗は男子の歓声を聞く。女子のほうは曖昧な笑いをしている。

 そして、転校生は来た。

 彼女が入ってきた瞬間、教室は感嘆に溢れた。もしくは声もでない者もいた。



「おい、すっげぇ可愛いじゃんか」

「ああ、告って見ようかな」

「無理だって。お前じゃ」

「ホント可愛い〜」

「うちらのグループに入ってくれるかなぁ」

「あの娘しだいでしょ」

「はぁ〜……」

「あのルックスはうらやましいね〜」



 並人よりは、はるかに鋭い感覚を持ち、ざわめきの言葉を一つ一つ判別しながらも了斗も声がでなかった。いや、それはクラスメイトとは違う種類の驚きだった。

 星のような、よく見ると夜空の色そのモノの青い髪。パッチリした二重の目。シンプル派の制服を着こなした華奢な体。そして前梨の演説のせいと転校生特有の緊張感のせいで頬をわずかに染めているが、それだけであの美少女を見間違えるはずもない。



 昨日の異形を倒した少女ではないか。



 ―――おい、こんなこと現実にあることなのかぁぁぁぁ!?



 半ば思考が半壊するのを必死に押し留めた。そうだ、彼女ではない。よく世界に三人くらいは自分にそっくりな人間がいるって言うじゃないか。きっとそれだ。

 しっかり『彼女』と認識したくせに多少現実を無視した思考をあうる了斗にに気づく者は存在せず、少女は幼さの残る声で自己紹介を始める。

 そんな了斗に気づかず、少女は自己紹介を始めた。




蒼蘭そうらん 未麗みれいです。よろしくお願いします」



 幼さの残る声で挨拶し、ペコリと律儀にお辞儀する姿に高感度はかなりアップする。


 前梨が何かを説明しているが、了斗は現実を拒否するのに忙しく耳に入らない。しかしその拒否にも限界が来た。

  一度教室を、これからクラスメイトを見渡していた彼女―――未麗が、自分を見た瞬間、



 驚きの張り付いた表情が一瞬見えた。



 その瞬間、彼女はあのよるにあった彼女であるということがいやでも判明させられた。




「席は、そうだな。十聖の隣が空いてるな。そこに座りなさい」



 こんな都合のいい展開があっていいのかと呼べるような感覚が体に染み渡る。

 周りの男子から

「うらやましいぞ〜了斗〜」

というような空気が漂う。



「よろしく、十聖君♪」


「ああ、よろしく」



 なんとか“お互いに”挨拶を交わすことができたことに、“両者”は安心した。







 「ふへー。なんかのんびりいい感じだ」



 あっという間に昼休み。授業は聞いてなかったがノートはとったのであとで復習すれば大丈夫。

 いつもだったら了斗は圭達と教室で昼食をするのだが、今回は断って屋上に来たのだ。普段から屋上は開放されているが、まだ肌寒い風なので来る人はまずいない。

 朝から働きっぱなしの頭を冷やすにはちょうどよかった。四つのオニギリを平らげ、肩ほどの高さの柵に寄りかかり空を眺めのんびりする。

 別に教室で食べるのがいまさら嫌になったわけではない。

 あの少女が来た波紋が別のクラスにも及んだ。ほとんど学年全員がクラスを見に来たし、彼女の周りにはドーナツ化現象が発生していた。我が人生で本当にそれを目の当たりにするとは思いもしなかったゆえ、感心さえしてしまった。

 その中に雑じるのも悪くないが、それを止めるだけの理由が了斗のなかにあった。

 大きく分けると二つ。彼女が故意に自分を意識している。妙にそれが気になったからだ。

 もう一つは、彼女は非日常の入り口そのものだからだ。

 彼女に昨日のことを聞きだしてしまっては、他の人に聴かれる可能性もある上に、今ある自分の日常に別れを告げなくてはならないかもしれない。それに、彼女を扉と例えるならば、自分はそれを開く鍵を持っていない。


 


 ―ガチャ。



 鉄製の古い扉が開く音がした。

 こんなときに来る変わり者がいるもんだなーと、自分も変わり者として加えながら、そこに視線を向ける。



「うはっ! やっぱちょっと寒いな〜」




 蒼蘭 未麗がそこにいた。

 幼さの残る声ははしゃぐような響きで、他の女子同様短いスカートを軽く抑えながらニコニコと笑う。星空のような青い髪は風に流れるようになびく。


「あっ、十聖君♪」



 そして、ようやくそこで了斗に気づく。



「こんなところにくるなんて、よっぽど暇だったんだな」



 少しぞんざいな感じで言葉を投げ掛ける。微笑も加えてるので好意的なのは相手にも伝わっているのか、向こうもニコニコ表情のまま

「十聖君もじゃん♪」

と返す。



「でも、転校生ってだけであんなに来るとは思わなかったな〜」



 それは君自身の容姿のせいだろう、と心中でつっこみを加える了斗。彼女のさりげなく天然な面が垣間見えた気がした。



「だから、なんとか抜け出して、ここに来たんだよね〜」


「なんで、ここ?」


「こういう気候のとき、あんまり屋上には人がいないと思ってさ」



 無駄のない動作の歩きをしながら、未麗は了斗の隣の柵に寄りかかる。彼女はちょうど頭一つ分ほど小さかった。あまり男子との距離を意識しない性格なのだろう。そのほうが自分も関わりやすい。



「そっか……」



 そのまま、三十秒ほど時間が流れ、

ついに了斗は切り出した。



「あのさ……昨日の夜のあれってさ」



 少しだけ、未麗の持つ雰囲気が変わった気がしたが、構わず了斗は言う。



「ありがとうな」


「?」



 ほうけた表情になった未麗に、顔を向ける。




「いやさ、あの怪物から助けてくれたんだ。だからお礼が言いたくて」



 少し照れくさそうに髪をかき回す了斗に、未麗は了斗の前に立ち位置を変える。それを見て了斗は柵に寄りかかるのを止め、しっかりと立つ。



「……知ろうとはしないの?」



 心底不思議そうに、未麗は聞いた。それは昨日自分が『異形と戦った人物』という別の言い方の肯定であった。



「いや、俺が知ってどうこうなる問題じゃないし、君がそんなことをしているってことはそれなりの事情があることは分かる。勝手に首を突っ込んでいい問題じゃないってことは、わかる」



 そこで一旦言葉を切り、改めて言う。



「だから、俺にはこれを言うしかない。ありがとうってさ」



 きっと朝のもやもやは、これが言えなかったからだろうと心の片隅で思う。

 その真っ直ぐな言葉に、呆けたままの未麗は思わずそれに対する返事を送った。



「ど、どういたしまして?」


「ああ」



 そのあどけない言い方が少しおもしろかったか、思わず了斗は吹き出してしまう。抑えた笑い声に未麗はようやく我を取り戻し、頬をふくらます。



「むぅー、ひどいじゃん笑うなんてさ!」


「あはは、ごめんごめん。なんかおかしくなってさ」



 その笑いを浮かべながらの謝罪に、怒っている自分さえおもしろく感じ、頬を元に戻し、軽くフフッ、と笑みをこぼす。

 それは傍から見れば、冗談を言い合う歴史の長い友人か、愛人同士にしか見えないことに二人は気づかなかった。



「さて、まだちょっと時間はあるけど教室に戻るよ。少し一人でいたいだろうしさ。んじゃ、また後で」



 ようやく笑いを押し込み、了斗は未麗の隣をすれちがいドアに向かう。

 ドアに触れた瞬間、未麗の小さな言葉が耳に入り、それを止めた。



「本当にいいの?」



 それを聞いた途端、体は勝手に動き、彼女と向かい合うように振り替える。



「貴方は、私達側の世界に入る鍵を持っている。それのための扉の鍵穴―――私も見つけてる。そして関わる権利を持っている」



 真剣な表情で、未麗は了斗に近づく。幼いはずの声は酷く大人びて聞こえた。

 そして、五歩ほどの差のところで止まり、言葉を続ける。



「それに、遅かれ早かれ貴方は巻き込まれる運命にあった。それに、貴方の言う怪物はこれからも貴方を襲う。なぜなら貴方を見つけたから」










――――少女は問う。




 「貴方に、私に関わる勇気はある?」




―――少年は答える。




 「……勇気はない。だけど、俺にできることがあるなら、俺は君に関わる」









 ――――風が、強く吹いた。


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