「顔が広いだけ」と社交采配を取り上げられ、静かに身を引きました。翌シーズン、夫家に招待状は一通も届きません
「顔が広いだけだ」
グレゴリーの指が、アデライドの手元から席次表を抜き取った。紙の端が爪に引っかかり、揃えてあった三枚のうち一枚だけが斜めになった。
「そのような顔をするな。客を呼び、席を並べ、返礼を選ぶ。お前がしているのはそれだけだろう」
アデライドは斜めになった一枚を抜き、角を合わせ直した。窓際には、返礼の品に添える礼状と、朝届いた夜会の招待状を受ける銀の盆が置かれている。
「顔が広いだけ、とおっしゃるのですね」
「そう言っている。今季からは母上に采配を戻す。家のことは、家の者が決めるべきだ」
食卓の上座で、ベアトリスが扇を閉じた。左右に座った親族へ顔を向け、一人ずつ目を合わせていく。
「これほどの家格ですもの。どなたが席を決めようと、招待は届きます。そうでしょう?」
「ええ、叔母上のおっしゃるとおりです」
「夫婦のことへ口を挟むつもりはありませんが、家の采配なら一族の総意が要りましょう」
夫婦のことには口を出さない人々が、順に頷いた。アデライドが十年かけて整えた椅子に座り、彼女が選んだ茶を飲みながら。
グレゴリーは席次表へ視線を落とした。アデライドが口を開くより先に、紙の上を指先で叩く。
「この伯爵夫人を上座へ。こちらの未亡人は末席でよい。それから、この二人は隣で構わないだろう」
「そのお二人は、同じ卓にはお呼びできません」
「なぜだ」
「昨冬の弔問以来、お言葉を交わしておりません。伯爵夫人は長く座っていられませんから、上座より庭へ近い席を選ばれますわ」
「細かなことだ」
細かなことは、人の顔をして席へ着く。喪中に音楽を避ける人もいれば、亡くした子と同じ年頃の令嬢を正面に置かれれば、笑みのまま手袋を握り潰す人もいる。アデライドはそれを紙の余白へ書かなかった。
「お招きするのは、家名ではございません」
「また、その話か」
グレゴリーは彼女の言葉を切り、席次表を二つ折りにした。折り目は、庭へ近い席を望む夫人の名を横切った。
ベアトリスが手を差し出す。
「それはこちらへ置いておきなさい。贈答の控えも、礼状の文例もです。今までの形を使えば、何も変わりませんもの」
「かしこまりました」
アデライドは鍵束から書庫の鍵だけを外し、卓上へ置いた。小さな音に、親族の一人がカップを持ち上げ、もう一人は菓子皿へ手を伸ばした。
「今季から、とおっしゃいましたわね」
「ああ。シーズンが始まるまでに引き継げ」
「では、今月末で社交の采配を退きます。屋敷も、その日に出ますわ」
グレゴリーの手の中で、二つ折りの席次表が止まった。ベアトリスは扇を開き、鼻先まで持ち上げる。
「大げさな。采配を外れたからといって、妻の席までなくなるものですか」
「席だけを残していただく必要はございません」
「話を飛躍させるな、アデライド。誰もお前を追い出すとは言っていない」
「ええ。ですから、わたくしが出てまいります」
彼女は礼をし、返礼の品と礼状を残して部屋を出た。背後でグレゴリーが名を呼んだが、続いたのは引き継ぎの日取りを確かめる声だった。
翌朝も、銀の盆には七通の招待状が載った。アデライドは封蝋の紋を見て三つに分け、急ぎの返事を上へ置く。
一通ごとに、先方の食卓が浮かぶ。塩気を控えている夫人、強い香を避ける令嬢、右耳が遠いため話し相手を左へ置く老婦人。宛名を指でなでてから、返事を封じた。
返礼の籠には砂糖菓子を入れなかった。贈り先の末の子が喉を腫らしていると、先週の私信に一行だけあったからだ。代わりに薄い刺繍布を選び、礼状には見舞いの言葉を足さない。
人前に出したくないことを、先に読み上げてはならない。それも細かなことの一つだった。
ハインツは廊下の窓辺で、招待状受けの盆を磨いていた。アデライドが荷造りのため、私室へ箱を運ぶよう頼むと、白布を動かしていた手が止まった。
「奥様のお召し物でございますか」
「ええ。月末に屋敷を出ます。大きな箱は二つで足りますわ」
ハインツは盆を置いた。何も載っていない銀面に、窓枠と彼の曲がった指だけが映る。
「承知いたしました」
それ以上は尋ねず、彼は二つの箱を用意した。アデライドが嫁いだ日に持ち込んだものと、同じ数だった。
書庫では、十年分の贈答記録を棚へ戻した。どの家へ何を贈ったかは残す。ただし、なぜそれを選んだかまで書いた私信は、彼女個人の文箱へ収めた。
ベアトリスが戸口から中を見回した。
「文例はすべて残すのでしょうね」
「夫家の名で出したものは、こちらにございます」
「では困りません。あなたも、新しい住まいで少し休めば考えが変わるでしょう」
アデライドは最後の帳面を棚へ差し込んだ。ベアトリスは空いた机の中央へ、自分の扇を置いた。
「席次表の清書は、今季分までしておきなさい。途中で投げ出したと思われては、あなたも不本意でしょう」
「先ほど、今季から采配を戻すとうかがいました」
「ですから、今までの形へ整えるだけです」
「お義母様がお望みになる形を、わたくしが決めるわけにはまいりませんわ」
ベアトリスの扇が、机を二度叩いた。廊下で待っていた親族は書庫へ入らず、互いの袖口を見た。
退去の三日前、アデライドは私用の便箋を机へ並べた。今後は夫家の名で返事をしないことだけを、旧知の夫人たちへ短く知らせるためだった。
封蝋を落とす前に、いつものように宛名をひとなでする。最後に残った一通には、グレゴリーとベアトリスのいる屋敷を宛先として記してあった。
新しい小さな客間を開く折には、知らせるつもりで用意したものだった。指は宛名の手前で止まり、その一通だけを封じず、伏せて文箱の底へ置いた。
旧知の夫人たちの宛名は、まだ机に残っている。夫家の名を使わない手で触れてよいものか、確かめる相手はいなかった。
午後、ドロシアから私信が届いた。いつもより薄い封筒で、便箋には三行しかない。
『お知らせをありがとう。あなたがどこで開かれても、私は伺いますよ。椅子を一つ、空けておいてくださいな』
アデライドは便箋を折らずに膝へ置き、目を伏せた。やがて文箱から新しい便箋を出し、椅子の用意を約す一行を書いた。
退去の日、グレゴリーは玄関広間まで下りてこなかった。二階の手すり越しに、ハインツが運ぶ二つの箱を見下ろしている。
「落ち着いたら連絡を寄越せ。母上も、いつまでも席を空けてはおけない」
「どうぞ、ご随意になさってくださいまし」
「お前がいなくとも、今季の予定はすぐ埋まる。家の名を見れば、先方も分かる」
アデライドは手袋の指を揃え、礼をした。ハインツが扉を開けると、磨かれた盆の銀面を午後の光がひと筋だけ走った。
この家格に招待が来ぬはずがない、とグレゴリーは思った。
翌シーズン、最初の朝には何も届かなかった。
ハインツは銀の盆を磨き、玄関脇の台へ置いた。昼を過ぎても載ったのは、ベアトリスが使った手袋だけだった。
二日目、グレゴリーは朝食の席から玄関を三度見た。三度目には椅子を引き、盆の前まで歩いていった。
「配達が遅れているのか」
「通常の便はすでに参りました」
「では、使者が別口で来るのだろう」
ハインツは手袋を盆から取り、ベアトリスの侍女へ渡した。銀面にはグレゴリーの顎だけが映り、しばらく動かなかった。
五日目、ベアトリスは昨季の返礼控えを食卓へ広げた。贈り先の名は並んでいても、今季の招待がなければ、何への返礼をすべきか決められない。
「先に春の品を贈ればよいのではないかしら」
「どなたへです、母上」
「昨年と同じ方々へよ」
「昨年の品は、アデライドが選んだ」
「文例は残っているでしょう」
礼状の文例には、相手の子が病み上がりか、喪が明けたばかりか、娘の婚約がどうなったかまでは書かれていない。ベアトリスは二枚目までめくり、紙束をハインツの方へ押した。
「あなたなら見ていたでしょう。昨年と同じに整えなさい」
「昨年の奥様は、同じ品を選ばれませんでした」
「では、何を選べばよいの」
「私には決めかねます」
ベアトリスは返礼控えを閉じた。侍女へ茶を命じる声だけが高くなり、誰へ贈るかは口にしなかった。
その週の終わり、グレゴリーは自ら席次表を開いた。親族を呼び、空欄へ昨年の客の名を書き込ませる。
「伯爵夫人は上座だ。こちらの未亡人は末席へ」
「そのお二人は、隣でも構わないのでは?」
「アデライドは何と言っていた」
親族の一人が鉛筆を置いた。もう一人は、妻には一族の総意だと告げた口で、夫婦間の決定には関わっていなかったと言った。
「誰か、止めなかったのですか」
「あなたも頷いていたでしょう」
「叔母上が先に決められたから、従っただけです」
互いに尋ねる声は続いたが、席次表の空欄は埋まらない。招待する客が確定しないのではなく、招いて誰が来るのかを、誰も言えなかった。
グレゴリーは鉛筆を取り上げ、二つの名を強く囲んだ。芯が折れ、黒い粉が紙の上へ散る。
「とにかく案内を出せ。家の夜会だ。断る者など——」
「文面はいかがいたしますか」
ハインツに問われ、声がそこで切れた。グレゴリーは折れた芯を指で払ったが、黒い筋が夫人の名に残った。
先方から届いた私信が一通だけあった。夜会の招待ではなく、昨季の礼への簡単な返事だった。
ベアトリスは、その夫人へアデライドが不在であることを書かなかった。代わりに返事を二日延ばし、三日目にはハインツへ文面を渡すよう命じた。
「奥様がご不在である旨は、記さなくてよろしいでしょうか」
「いずれ戻る者のことを、ことさら書く必要はありません」
「承知いたしました」
ハインツは便箋を受け取った。机の端にあった銀の盆へ一度目を落とし、そのまま退出した。
月が替わっても、盆は空だった。磨かれた銀面は、朝ごとに玄関へ下りてくるグレゴリーの顔を映した。
初めは顎が映り、次には固く結んだ口が映った。やがて彼は盆を持ち上げて裏まで確かめ、元の位置へ戻す手を二度滑らせた。
「アデライドの席を戻しておけ」
ベアトリスは食堂で侍女へ命じた。退去の翌日に片づけさせた椅子が、以前と同じ位置へ運ばれる。
「伝言も出しなさい。あなたがいた頃の形へ戻すだけ、と」
返事は来なかった。椅子だけが、誰も使わない食器の前に置かれた。
アデライドの新しい客間には、丸卓が三つしかなかった。壁紙は淡く、窓辺には背の低い花を置いた。
大きな夜会は開けない。けれど、歩幅の狭い人が庭へ出るまでに腕を借りずに済み、耳の遠い人が暖炉の音に言葉を奪われない広さだった。
最初の日、約束の刻限より少し早く扉が鳴った。ドロシアは侍女の手を取らずに客間へ入り、窓辺の椅子を見つけると杖の先で軽く床を叩いた。
「きちんと一つ、空いていますね」
「お約束いたしましたもの」
「では、最初に座る役目も果たしましょう」
ドロシアは椅子へ腰掛け、アデライドが差し出した茶を受け取った。夫家の名も、退去の経緯も尋ねなかった。
そのあとを追うように、旧知の夫人たちが訪れた。ある夫人は香りを抑えた花を持ち、別の夫人は次の茶会の日を書いた小さなカードをアデライド本人へ渡した。
「今度はこちらへもいらして。あなたのお席を取っておきます」
「このお部屋なら、話の続きを急がなくて済みそうですわね」
挨拶はそれぞれ一つで、すぐに卓上の茶と互いの近況へ移った。誰も、グレゴリーの予定を尋ねなかった。
アデライドは客の名を声に出さず、座る順に案内した。杖を置く場所、窓から入る光、卓上の花の高さを一つずつ直す。
三つ目の丸卓まで埋まり、足りない椅子は壁際から運ばれた。小さな客間には、広すぎる屋敷では遠く聞こえた声が、手を伸ばせるところに集まった。
最後の客を送り出したあと、扉の外にハインツが立っていた。手には古い旅行鞄が一つあり、その上へ白い布で包んだ新しい銀の盆を載せている。
「ハインツ」
「お暇をいただいてまいりました」
彼は客間へ入らず、敷居の手前で腰を折った。白布の端から、磨かれた銀がのぞく。
「こちらでも、お仕えしてよろしいでしょうか」
アデライドは扉を広く開けた。ハインツはもう一度頭を下げ、鞄と盆を中へ運んだ。
「この部屋には、大きすぎる盆ですわね」
「磨く場所には困りません」
「では、お願いいたします」
彼は窓辺の小卓へ盆を置いた。銀面には、空の椅子ではなく、まだ湯気の残るカップが三つ映った。
アデライドの客間が開かれる日は、少しずつ増えた。招かれた先で受け取ったカードは文箱に収まり、彼女から出す招待状も、自分の名で封じられるようになった。
ある午後、ハインツが盆を持って客間へ入った。そこに招待状はなく、二つ折りの席次表を抱えたグレゴリーが後ろに立っていた。
「旦那様がお見えでございます」
アデライドは封蝋を温めていた手を下ろした。客間にはドロシアと二人の夫人が残っており、グレゴリーは敷居を越える前に帽子を取った。
「お話がある、アデライド」
「ただいま、お客様をお見送りするところですわ」
「すぐ済む」
自邸で彼女の説明を遮った声は、丸卓まで届かなかった。ドロシアが立ち上がると、グレゴリーは道を空け、老夫人が杖を手にするまで頭を下げて待った。
「お久しぶりですね、グレゴリー」
「ご無沙汰をしております、ドロシア様」
「こちらのお茶は、冷めてもおいしいですよ」
「さようでございますか」
ドロシアが言い終えるまで、彼は顔を上げなかった。二人の夫人もアデライドへ次の集まりのカードを手渡し、夫家の名には触れずに帰っていった。
扉が閉じると、グレゴリーは席次表を卓へ置いた。折り目のついた古い表で、庭へ近い席を望んだ夫人の名が真ん中から割れている。
「今季の席を組み直してくれ」
「采配は、お義母様へお戻ししたはずですわ」
「母上では分からないことがある。お前なら、以前と同じにできるだろう」
「以前と同じ形へ戻すだけ、と伝言もいただきました」
「ならば話は早い。屋敷へ戻れ。部屋も席もそのままにしてある」
アデライドは席次表へ触れなかった。グレゴリーの手が紙の両端を押さえ、折り目を伸ばそうと何度も往復する。
「何もすべて任せると言っているのではない。母上の名で開く夜会を、お前が整えればよい」
「わたくしの客間がございます」
「こんな小さな部屋で何ができる。家の夜会を動かす方が、お前にもふさわしい」
ハインツが銀の盆を小卓へ置いた。グレゴリーは彼に目を向けたが、戻れとは命じなかった。
「返礼の品も届かない。招待状も、今季は行き違っているようだ。お前が先方へ一言添えれば済む」
「どのような一言でしょう」
「我が家の采配へ戻ったと書けばよい」
「戻っておりませんわ」
グレゴリーの指が席次表の端を曲げた。声を張ろうとして、閉じた扉を一度見た。
「家のためだ」
「わたくしには、この部屋の支度がございます」
「お前がいないと、家の顔が立たぬ」
最後の語尾は、銀の盆へ落ちた。盆には席次表を抱えたグレゴリーの手と、封蝋を持つアデライドの指が映っている。
「顔が広いだけだと言ったことなら、言い方が悪かった。それは認める。だが、十年もいた家だろう。今さら他人のように——」
「どうぞ、家名でお招きになってくださいまし。皆さま、喜んでいらっしゃいますでしょう」
アデライドは封蝋を押す手を、初めて止めた。グレゴリーの口が開き、伏せた席次表の折り目だけが戻ろうとして浮いた。
「それは……お前が先方へ何も伝えずに出たからだ」
「何も伝えずに出たのなら、皆さまは今も夫家へいらっしゃるのではございませんか」
「ならば、今から伝えろ。家へ戻ると」
アデライドは文箱を開いた。底には、封じなかった一通が宛名を伏せたまま残っている。
グレゴリーはそれへ手を伸ばしかけ、ハインツが盆を持ち上げると指を引いた。
「その席次表を置いていけば、お前も考え直すだろう」
「お持ち帰りくださいまし」
「アデライド」
彼女は立ち上がらなかった。伏せた一通の上へ文箱の蓋を戻し、グレゴリーの手元にある席次表を見た。
「お招きするのは、家名ではございません」
グレゴリーの指から、折り目は消えなかった。彼は席次表を抱え直し、何かを言う前に廊下から次の客の到着を告げる鈴が鳴った。
ハインツが扉を開ける。グレゴリーは入ってくる夫人へ道を譲り、その人がアデライドへ差し出した招待状を横から見た。
「来週も、こちらでよろしいかしら」
「ええ。お待ちしておりますわ」
夫人はグレゴリーに気づくと会釈だけをし、アデライドの向かいへ座った。彼は席次表を胸元へ引き寄せ、扉の外へ出た。
足音が階段を下りても、誰もその先を尋ねなかった。ハインツは扉を閉め、銀の盆をアデライドの手元へ運ぶ。
盆の上には、いま渡された招待状と、新しい便箋が一枚ずつ載っていた。アデライドは自分の客間から出す次の一通へ、訪れてほしい人の名を書く。
宛名を指でなでる。卓の向こうでは、夫人が冷めかけた茶へ口をつけ、次の話を待っていた。
アデライドは自分の名の下へ封蝋を落とした。今度は、どの一通も伏せなかった。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
「悪くなかったな」と思われたら、★や感想を残していってもらえると、とても励みになります。
作者ページには他の短編も並んでいます。よろしければどうぞ。




