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#1 航海の前日

 この世界には、とある格差が存在する。 その格差というのは、単なる種族や性差によるものではない。  一体何なのか気になる人もいるだろうが、今は語るのをやめておこう。 君もこの「現実」を見れば、きっと分かるはず。 


 我々には「格差」があると。

 「フンッ! トリャア! ハァッ!!」


 とある辺境の森の中に、真っ昼間から大魔獣を相手に大剣を振るう半裸の男がいた。 彼の名はシュヴァルト。 東の王国に仕える、勇敢で強大な戦士の一人だ。 白い絹のような肌、陽光に照らされ淡い色を見いだす金髪。 カールを帯びた長髪が後頭部に束ねられていた。 深い彫り、蒼い瞳、骨太ですらりと伸びた背丈、大きく盛り上がった全身の筋肉。 とある世界の人々は、彼のことを「白人」と呼ぶだろう。 一方の魔獣は、黒くて紫がかった毛皮に、血走って赤い目をした猿の頭を持つ、20メートルの四足巨獣だ。 シュヴァルトは、大剣を振りかざし、巨大な右前足を切り落とした。 更には両足の靭帯を切断し、体制を低くした。 肉体の躍動と共に、汗が散り、ダイヤのような輝きを放つ。


 「···ッヴッ! ッアアアアア!!!」


 醜くおぞましい嚢胞と共に、その醜態が崩れ落ちた。 そして、石柱のような佇まいの巨頭を切り落とした。 ドブ水の方がマシだと言わんばかりの黒い鮮血が飛び散った。


 「ハァ···。 やっと死んだかクソッタレ··!」


死んだ魔獣に対して侮蔑と憤怒の感情をぶつけた。 どうやら彼は、とてつもない怒りと嫌悪感を抱いているようだ。 辺りには数人の剣士と弓使いの無残な死体が。 乗っていた騎馬も死んだり去ったりしたようだ。 たった一人、辺境の森に残された。 仲間が殺されたことだけではない。 それ以上に魔獣という存在に対する不快感が大きかったようだ。


 帰り道になる頃には、辺りは静寂に包まれ、夕暮れ時になっていた。 ただ一人、宛もなく全身し続けた。 すると前方から、オレンジ色の光を放つランタンの光のようなものが見えてきた。 近くに寄ると、見慣れた服が浮かんだ。 増援が駆け付け、彼に手当と食事、新しい衣服を用意しにきたようだ。 おまけに、豪奢な金縁の馬車まである。 夕食を採り手当を受けた後、馬車に乗り込んだ。 そして、聖獣の毛皮の白いコートを着たシュヴァルトは、深く考え込んだ。 


 (国王様の命を受けた自分は国外のテリトリーの拡大のために、辺境の地に乗り込み、邪魔物を排除続けた。 祖国のためと表向きでは謳っているが、自分は富と名誉のために仕事をしているだけだ。 しかし、仲間が死んだことで任務の達成率と王都での評価が下がった。 畜生。 無能な仲間どものせいだ。 更なる高給が望めると高を括った訳だが、まさかこんなに過酷な仕事だとは思ってもいなかった。)  


 (二度とこんな仕事はごめんだ。)


  シュヴァルトはその後、王国に戻り、魔獣の体を解体し部下に貢がせ、王都の各肉屋や革細工専門店に売りさばいた。 しかし、シュヴァルトは満足できてないようだ。 宿に泊まり休暇をとった後、数人の部下を呼び、王宮直属の料理店に向かって肉を担がせた。 肉を大きな革袋に詰め、王都の中心にある城へ向けて、一行は馬に乗り前進した。 長い道のりではあるが、久々に故郷に戻りたかったシュヴァルトは、王都への道のりを目指すことを容易く決心した。 山を下り、さまざまな村を通り過ぎ、やがて大きな壁の連なる王都の関門に行き着いた。 門の両脇には前進を大きな鎧で覆った兵士の姿が。 一行を門から遠ざけ、そのうちの一人に、身元の確認を取らせた。


 「ご無事で何よりですシュヴァルト様中へお入り下さい」


 「よし、みんないいぞ。」


一行は王都に入ってき、麓に見える黒みを帯びた巨城を目指して前進した。 城への大通りを進んでいる最中、大衆が寄って来て、歓喜の声を上げた。 ある者はパンを分け、ある者はとっておきのワインを渡し、ある者は武勇伝を聞かせてほしいとせがんだ。 そんなこともあり多くの時間を失ったが、彼は気にしなかった。 心の底では見下していても、人々、ましては国王を失望させるためにはいかなかった。 

 

 人々の相手をしながら大通りを通っていき、ついに城の付近にまで到達した。 そこには見慣れた城があった。 正方形の大壁にそれを囲う大幅の堀、複数に別れた塔の数々、城の塔や部屋を繋ぐ石橋が交互に並んでいた。 黒みを帯びた巨城は、いつ見ても畏怖の念をいだかせた。 


 一行は王都の関門よりも更に大きな門の前に立った。 古く、分厚く、そして強固。 両側には、更に屈強な兵士が、二人ずついた。 しかし、王都の関門の時と同じく、身元の確認を取らせ、中へと入っていった。 もちろん、馬は城外の畜舎に預けられた。


 壁の内側には、外観とは裏腹に、素晴らしい光景が広がっていた。 壮大な庭園が広がっており、果物の木が豊穣な土地で養われ、見事な果実を結んでいた。 その他にも、歴戦の英雄を象った白い大理石の像、ガラス張りの豪奢な茶室等があり、一層の幻想をいだかせた。 


 一行は更に奥にある扉をくぐり、城内へと進んでいった。 シンプルな飾り気のない石質の風景が広がっていたが、それでもなお感銘をもたらす様な雰囲気が漂っていた。 城内には見慣れた顔ぶれが。 帰還を喜ぶ召使い、兵役のある若者達、国王様との取引を望む商人など、多くの人たちがいた。 皆疲れ果てていたが、食堂へと歩みを止めずに進んだ。 長い陽光の差す廊下を歩いていき、二階へと上がっていった。 食堂はとても広く、木造の真新しいテーブルと椅子が、規則正しく並んでいた。  そして、出口から反対側の所には、錆びた金属製の扉があった。 しかし、昼過ぎということもあってか、食堂には誰もいなかった。 一行が近づいていくと、食事の受け取り口から、人影が見えた。

扉が開き、中から短髪の赤毛の大男が飛び出してきた。


 「よく戻ってきたな、シュヴァルト!! 無事で何よりだ!」


 「久々に来たけど、元気そうだな! 順調か?」


互いに熱いハグを交わす。 男の名はスザム。 小太りの巨体に使い古した白いエプロンが特徴的で、変わった生き物の料理を作ることを得意とした料理の名手だ。


 「お前のことは伝達で聞いたぞ。 あのオオザルを倒したらしいな。 まぁ、部下は絶滅しちまったけどな。」


声のトーンが低くなった。


 「そうだな··。 ここに来ても尚、彼らの恐怖と苦痛に歪んだ顔が忘れられない。 実に残念だ。」


 「とはいえ、その犠牲のお陰で、領土は広がり、おまけに絶品の食材が手に入った訳だ!」


声の調子が戻ってきた。


 「おいおい、こっちは散々な目に逢ったんだぞ。 お前が喜ぶのは無理もないが、よしてくれ。 今はそういう気分じゃないんだ。」


 「すまない、つい興奮しちまった。 で、土産の品はどいつだ。 あの革袋に入ってるのか?」


 「そうだ、あれで全部だ。 他のものは、民の食糧配布に回した。」


スザムは全ての袋を別室の保管庫に運ばせ、鑑定をした。 


 「こいつは上出来だ! オオザルの肉は腐りにくくて保存が効くが、こんなに大きく状態のいいものは見たことがねぇ。 殺したてのモンは、滅多にねぇからな···。 金貨100枚でどうだ?」


 「結構な高値だな。 ありがとう、喜んで受け取るよ。」


交渉は成立したようだ。 シュヴァルトは連れとは別れ、王室に向かって歩いていった。


 王室は三階の中央にある。 再び階段を上り、赤いカーペットの敷かれた廊下を進んだ。 王室の扉の看守の検問を受け、中へと進んだ。 一直線に伸びた赤い幅広のカーペット、左右には鎧や武具が展示されていた。 奥は段差になって底上げされており、そこには玉座が。 懐かしき王が。


 「よくぞ戻ってきた、我が忠臣よ。」 


 「こちらこそ、貴方のご壮健な姿を見れて幸いです。 前回の任務より、オオザルの討伐を完遂しましたので、戻って参りました。」


目の前には、藍色のローブを着た国王の姿が。 歓喜の声を挙げた後、玉座から立ち上がった。 背筋の伸びた長身に、白髪交じりの長い顎髭と口髭を蓄え、宝石の飾り付けのないシンプルで大きな王冠をかぶっていた。 灰色の澄んだ目が、従者を温かく見つめた。 


 「長い道のりを乗り越え、無事に生還できた事は喜ばしい。 しかし、部下が戦死したのは、遺憾に堪えないことであろう。」  


 「おっしゃる通り、彼らの死は実に無念です。 中には妻子がおり、再び家族と会えることを心待ちにしている者もいたというのに。」


 「もちろん、分かっておる。 しかし、我々は嘆き俯き、彼らの死を無駄にしてはならない。 人は遅かれ早かれ死ぬ。 時として、不幸にも、その死が若くして訪れることもある。 たとえそれが、覚悟の上での危機だったとしても、他の者からすれば、遺憾なものになるだろう。」


 「···。」

 

 「そこで我々は亡き者たちの為に、報いなければならない。 同じくして、死という名の破滅の運命が待っていたとしても。 私もその覚悟はできておる。」


 「国王様、一体何を仰っているのですか?」


 「お前は薄々気づいているはずだ。 私が何をするのかを。」


シュヴァルトは何も分からなかった。 国王がなぜ自身の命を懸けるのかを。


 「実の話をしよう。 私はお前が辺境の地に赴いている間、"海外"への探索を熟考していたのだ。」


国王は重厚な口調で述べた。 シュヴァルトの頭は海外という言葉で埋め尽くされていった。 何を言ったのかを、唐突な物言いから、理解できなかったようだ。 


 「海外探索と仰いましたが、どういうおつもりなのか、まるで理解できません。」


  「それは仕方のないことだ。 私も含めて、お前も国の領土拡大に対して、十分な達成感を得ていないだろう。 にもかかわらず、海の外側を探索しようなど、仰々しい物言いをするのも、実に不思議に思うはず。 元はと言えば、資源採集や文明文化の発展などを目標にこの計画を立てたのだが、思っての他、大した進展がなかった。 国外のモンスターの脅威に対する知識は増えたものの、我々の生活が直接豊かになったとは言えない。 そこで、海外からさまざまな技術を取り入れ、我が国を発展させることにしたのだ。 とはいえ、相手は同じ人間。 私が直接出向き、一国の王として対話をする必要があるという訳なのだ。」


 「おっしゃる通り、未知の技術を取り入れることは、大変素晴らしいことではありますが、何故海の向こう側に人がいると言い切れるのでしょうか?」


シュヴァルトの疑問はまだ残っているが、多少は頭が軽くなったようだ。 すると国王が言った。

  

 「その答えを見せなくてはな。」


 シュヴァルトは、国王の側近に連れられ、地下牢へ向かった。 薄暗く、湿っぽく、どこか不気味なところだ。 備え付けのたいまつの明かりだけが頼りだったが、それでも心細い。 通路を通ると、さまざまな声がした。 謀反を働いた他国の兵士、人畜を襲ったゴブリン、異形の忌み子など、多種多様だった。 檻から伸びる手足は実に不気味だった。 枝割れした通路をさらに進んでいき、行き止まりに差し掛かった。 そこには檻があったが、中には囚人服を着た肌黒い男がいた。 寝ているのか死んでいるのか、まるで反応がなかった。 茶色い光沢のある肌に、分厚い唇、広がった鼻に、縮れた頭髪。 同じ人間ではあるが、自分たちとはまるで違うようだ。 

  

 「こいつは何だ? 皮膚病にでもかかってるのか? 気味の悪い野郎だ。」  


 シュヴァルトは悪態をついた。


 「よせ、シュヴァルト。 彼も我々と同じく人間だ。」


 「医者には見せたのか?」


 「海岸で見つかったために衰弱はしていたが、今のところ健康上に問題はない。」

 

 「今の所はだって? 冗談だよな。 こんな豚野郎を監獄に閉じ込めてたのか? 疫病でも流行ったらどうする?」


 「その話はもうよせ。 彼を恐れる気持ちは分かるが··」


 「いいや、俺は恐れていない。 ただ、気味が悪くてムカついただけだ。」


側近は言葉に詰まった。 こんなことが国王様の耳に伝わったら、どうなるのやら。 彼は深い失望と嫌悪を覚えた。 しかし、彼はシュヴァルトの本性を、今まで言いふらすことはなかった。 いくら性根が腐っているとはいえ、シュヴァルトが有能で国益の要因になっているのは事実だった。 このような悩みごとはさておき、側近は新たにこう付け加えた。


 「噓か誠か真意は不明だが、彼は"海外"から来たと言った。 信じられないだろう。 しかし、彼のもとから着ていた服には、未知の繊維が使われていった。 おまけに、"時計"という名の、時間を測るための道具も備えていた。」


 「言葉が通じたのか? 」


 「もちろん。 不思議なことだが、我々と同じ言語を有しているようだ。」


「そうか。 言葉が通じるのにも驚きだが、ぜひともそのブツを見せてもらおうか。」


二人は地上へ上がり、実物を見に行った。 シュヴァルトは最初は半信半疑だったが、ここにきて僅かながらに期待をいだくようになった。 その姿は、どこか高揚しているようにも見えた。


 二人は貴重品を保管している倉庫へ向かった。 中には無数の木箱が山積みになっており、ところどころ特別なつくりの箱もあった。 その箱たちの中でも、飛びっきり真新しいものを、側近は選び出した。 厚みは大してないが、大聖典のような広々とした箱だった。


 「これがそうだ。」


箱の中には、袖の短い白い服があった。 


 「触ってみるか?」


シュヴァルトはためらったが、興味を持ち手に取った。 潮臭くて砂でよごれていたが、思っての他上質だった。 すべすべとした触り心地で、軽くしなやかだ。 引っ張ってみると、驚くほど伸びた。 どうやら、これは本当に未知の技術のようだ。


 「おいおい、嘘だろ。 こいつは本物だ。」


 「それと、これもだ。」


側近の手には、銀色のブレスレットが握られていた。 ガラスの小さな窓の内側に、複数の針があった。 軸を中心とし、長短異なるものがまとまっていたのだ。 そして、驚くべきことに、内側の針が右回りに動いていた。 一体これは何なのだろうか。 シュヴァルトは啞然とした。



 

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