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黒川隼也と谷村湊 壊れた約束 〜夢の終わり〜

作者: 露草 太陽
掲載日:2026/04/20


 黒川隼也と谷村湊は、高1の時、テニス部で知り合った。顧問の先生から、ダブルスのペアとしてやっていかないかと相談された時からよく話すようになった。彼らはテニスを通して、お互いの動きが手に取るように分かることに、新鮮な気持ちを感じていた。


 2人とも医師の1人息子であったこと。同じ理3を目指していたこと。同じ大学に入って、同じ外科医として。生涯友人であれたらと、その時は思っていた。


「俺達で地域医療に革命を起こそう!」


 そんな風に、珍しく高揚した表情で夢を語る黒川を湊は眩しく思っていた。



 将来の夢に向かって邁進していた日々は、高校3年の時に壊された。2人で後輩の為に模試の質問会を開催した時。黒川は、彼女と出会ってしまった。


「お前、さっきの白石って子、めっちゃ見てたな」

「……そうか?」


 最初は笑顔と雰囲気がチグハグだったのに、疑問点を理解した時の笑顔に吸い込まれたのだそうだ。


 その日から、黒川はおかしくなっていった。


 授業中もどことなくボーッとしていて、以前のような覇気を失っていた。身だしなみのお手本のような姿だったのに、無造作にしていることが増えた。


 地区大会で以前ならば余裕で勝てた試合で負けた時、もう会うなと言っても、以前のような黒川には戻らなかった。目の下のクマが酷い。


(なんでだよ。前回はいっしょに全国大会に行ったじゃないか)


 チア部として応援してくれていた湊の1つ年下の彼女の麻衣も、『最近の黒川先輩、なんか様子がおかしくない?』と心配していた。


 そして、9月。因縁の日。模試の結果が返ってきた。


 湊は、A判定。黒川は、D判定だった。


 落ち込んで机に伏せる黒川に後ろ髪を引かれながらも、湊は最後の後輩指導のためにテニス部に行った。


「よし!お前らなら全国行けるぞ!その調子だ!!」


 後輩達へ檄を飛ばしながら、湊がテニスコートから教室を見ると。


 黒川が、白石の肩に手を置いて。口付けているのが見えた。2人が離れると、彼女の口が歪み、走り出す姿と。彼が項垂れるようにその場に座り込む姿が見えた。


 部活が終わってから教室に入ると、まだ黒川は座り込んだままだった。


「黒川。大丈夫か?……黒川っ」


 涙を流したまま、呆然とした表情で。只々湊を見上げるのみだった。


 その日はなんとか黒川の自宅に送り届けたが、焦燥感がなかなか消えなかった。


『麻衣、ごめん。明日から1週間くらい、朝いっしょに登校できそうにない。黒川が心配なんだ』

『分かったよ!黒川先輩、大丈夫?何かあったら教えてね』


(麻衣にはまだ、相談できる段階じゃない…)


 翌朝、黒川家に行き。パジャマ姿でベッド上で呆然としている黒川に、湊は制服を着せた。そして黒川の母が持ってきたロールパンを彼の口に突っ込み登校させた。


(目の下が真っ黒だ。一睡も出来ていないんじゃないのか?)


「湊くん、ありがとう。隼也、帰ってきてから何も食べてなくて……」


 玄関前でお礼を言う黒川の母の声は、弱々しかった。


 昼休み。湊は購買まで走り、黒川の為に昼食を買ってきた。


「黒川。とりあえず何か食って元気出せ」

「ブドウ好きって言ってたよな?お茶とぶどうジュース、どっちが良い?」


 黒川は微笑みを作ろうとして口を歪ませた。


「ごめん、食べたい気持ちにならないんだ」

「このままじゃ倒れるぞ、お願いだから食べてくれ」


 一口サンドイッチを黒川の口に詰め込んで、なんとか完食させた。


(目が合っても、目を合わせている感じがしない……)


 そして、翌朝。湊が黒川家へ向かう途中、救急車とすれ違った。


(まさか……。違うよな!?)


 インターホンを押しても、誰も出てこなかった。



 湊はチャイム寸前に教室に滑り込んだ。朝、少し遅れて教室に入ってきた担任が、深刻そうな顔をして口を開いた。


「黒川は、しばらく休学となった。この事について、誰も。詮索するな。話すな。…分かったな?」


 教室の空気は凍り付いた。


「心配だ…。でも、先生は詮索するなって…」

「ああ、春くらいから様子がおかしかったもんな…」


昼休みにクラスメイトの話を耳にしながら、湊は煮えたぎる感情を持て余していた。


(やっぱり、白石が原因か……)



 帰宅した湊に、黒川のスマホを使って彼の母親から電話がかかってきた。湊は、総合病院まで走った。


「もう、2度と戻れないのかよ…」


 頭の中で、電話の内容が繰り返されていた。


『インターホンに湊くんの姿が映っていたから連絡しました。今朝も来てくれてたのね、ありがとう。

隼也は……。自傷して、総合病院に入院しています。

利き手じゃないから字は書けるし、傷が治ればパソコンとか日常生活に問題は無いみたいです。

……だけど、傷が深くて。手術のような、精密な動きは絶望的ですって。医師にはもう、なれないって……』


 病室に着くと、黒川は薬で眠っていた。手首には、分厚く包帯が巻かれている。


「いやだ……」


 恐る恐る、傷の無い方の手を握る。


 生きてくれていて嬉しい気持ちと、2人で夢を追えないことへの絶望感。やるせなさで、湊の心はぐちゃぐちゃだった。


 しばらく経ってから、黒川が目を開けた。


「黒川……」


 彼は、湊の方を見て。声を震わせながらも話した。


「ごめん……。いっしょに夢を追ってくれていたのに。もう、俺は医師にはなれない。せめて同じ大学に行けたら。医療機器の設計とかで支えられたら良いのにな……」

「ああ、俺もっ。黒川と同じ大学に行きたいっ……」




 だが、その夢すら叶わなかった。


 黒川は、高校は卒業出来たものの、共通テスト足切り。


「ごめん、ごめんなさい、あんなに支えてくれたのに……。麻衣ちゃんまで手放させてしまったのに。ダメだったっ……。

うああああっ!!」

「黒川。俺も、いっしょに受かりたかったよ……」


 リビングで泣き崩れる黒川の背中をさすりながら、湊は表情が抜け落ちた顔で呟いた。黒川の両親は、そんな2人を見ていられずに部屋を出ていった。



 結局、志望校に受かったのは湊だけだった。

受かったのは嬉しいはずなのに。胸に穴が空いているような虚無感に襲われていた。


(黒川は、俺より成績が良かったんだ。白石と黒川が出会わなければ。2人で受かっていたはずなのに……)



 黒川は、失意のままアメリカに渡った。



 湊は、毎日お見舞いに行き黒川を支えている間に、麻衣にメッセージで別れを告げられていた。すぐに追いかければ間に合ったのだろう。だが。あの時からの傷は、女性不信へと深化していて。


(白石も、麻衣まで……。女はみんな、裏切るのかよ!?)



 彼の目は高校を卒業する頃にはもう、元の彼を知る人は見ていられないくらいに。完全に冷たく凍てついていた……。




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