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何もしなかった悪役令嬢が、聖女候補の物語を壊してしまった話

作者: 桜木ひより
掲載日:2026/01/28


目を開けた瞬間、天蓋付きのベッドが視界に入った。


絹のカーテン、金糸の刺繍、薔薇の香り。少し頭が重い。

昨夜は遅くまで領地の会計報告を確認していたせいだろう。


「お早うございます、エリザベート様」


侍女のマリアが、いつも通りカーテンを開ける。

朝日が部屋に差し込む。


私はエリザベート・フォン・ヴァルシュタイン。

公爵家の一人娘として生まれ、十七年を何不自由なく過ごしてきた。

特に変わったこともない、貴族令嬢の日常だ。


「今日は待ちに待った王立学園の入学式ですね」


「ええ」


私は身支度を整えながら、今日からの学園生活について考える。

王立学園は貴族の社交場であり、学問の場でもある。

私には領地経営を学ぶという明確な目的がある。それ以上でも以下でもない。


鏡に映る自分を見る。プラチナブロンドの髪、紫がかった瞳。

母譲りの顔立ちだ。特に気に入っているわけではないが、不満もない。


「行きましょう」


馬車に揺られながら、私は入学に際しての心構えを整理する。

他人とは適度な距離を保つこと。不要な争いに関わらないこと。学ぶべきことを学ぶこと。


シンプルで、明確だ。




入学式は滞りなく終わった。

講堂には数百人の新入生が集まっている。その中で、私は一人の少女に目が留まった。


蜂蜜色の髪、露草色の瞳、小柄で華奢な体躯。

平民の服装だが、清潔で丁寧に整えられている。


彼女は壇上で紹介されていた。ルミナ・アルフェリア。

聖女の素質を見出されて特待生として入学した、とのことだった。


珍しいケースだが、聖女候補なら納得できる。

この国では聖女は身分を超越した存在として尊重され、優遇される。


式典が終わり、新入生たちが歓談を始めた頃。

私は周囲の貴族令嬢たちと、当たり障りのない挨拶を交わしていた。


「エリザベート様、本日もお美しゅうございます」


「ありがとう。あなたも素敵よ」


社交辞令。必要最低限の礼儀。それで十分だ。


そして——ふと後ろに視線を感じた。


振り向くと、先ほどのルミナ・アルフェリアが、こちらを見ていた。


彼女の表情は、明らかに怯えていた。目を見開き、わずかに身を引いている。

私は軽く会釈をした。初対面の相手への、ごく普通の挨拶だ。


だが彼女は、さらに後退した。

そして近くにいた金髪の青年——確か王太子レオンハルトだったはずだ——の背後に隠れるように移動した。


「……?」


理解できなかった。

私は彼女に何かをしただろうか。

話しかけたわけでもない。会釈をしただけだ。


だが彼女は、まるで私が何か恐ろしいことをしたかのような顔をしている。


王太子が彼女に何か声をかけているようだった。

彼女は小さく頷き、こちらをちらりと見てから、視線を逸らした。


私は首を傾げたが、すぐに気を取り直した。


今日は登校初日だ。初めて見る顔ぶれに緊張しているのだろう。深く考える必要はない。

そう結論づけて、私はその場を離れた。




それから一週間が経った。


学園生活は何も問題なく、順調だった。

授業は興味深く、図書室には領地経営に関する貴重な資料が揃っている。私は毎日、充実した時間を過ごしていた。


昼休み。私はいつものように学園の庭園で、一人で紅茶を飲んでいた。


静かで、心地よい時間だ。


「あの……エリザベート様」


後ろから声をかけられた。

振り向くと、ルミナ・アルフェリアが立っていた。俯き加減で、か細い声だった。


「あら、ルミナさん。ご機嫌よう、何かご用かしら」


私は穏やかに微笑んだ。

彼女が何か困っているなら、助言くらいはできるかもしれない。


「あの……先日、廊下で私とすれ違った時……」


廊下?


確かに一度、廊下で彼女とすれ違ったことはあった。

その時も軽く会釈をして、そのまま通り過ぎた。特に何もない出来事だったはずだ。


「ええ、覚えているわ。それがどうかしたの?」


「あの時……私を、睨んでいらっしゃいましたよね……?」


睨んだ?

私は眉を寄せた。


「…睨んだつもりはないのだけれど」


「でも、あの目つきは……」


「私の目つきが、そう見えたのなら申し訳ないわ。でも、睨むつもりはなかったの」


彼女は唇を噛んだ。目が潤んでいる。


「私……平民ですから……貴族の方々にとっては、目障りなのだと思います……」


私は紅茶のカップを置いた。


「ルミナさん」


「は、はい……」


「私はあなたを睨んでいないわ。

それに、あなたが平民であることと、私があなたをどう思うかは関係ない」


「……」


「あなたは聖女候補として、この学園に招かれた。

それは身分を超えた資質を認められたということ。誇っていいことよ」


彼女は目を見開いた。


「そして…私はあなたに興味がないの。良い意味でも、悪い意味でもね」


「……興味が、ない……?」


「ええ。だから安心して。私はあなたに何もしないから」


それは事実だった。

私には彼女を害する理由がない。彼女もまた、私に何かをする理由はないはずだ。


ルミナは数秒間、呆然としていた。

そして何も言わずに、その場を離れた。


私は彼女の背中を見送りながら、小さく首を傾げた。


奇妙な子だ…。だが、まあいい。これで誤解は解けただろう。







だが、誤解は解けていなかった。


それから二週間。

ルミナ・アルフェリアは、私の周囲に頻繁に現れるようになった。


図書室で勉強していると、遠くから視線を感じる。

振り向くと、彼女が本棚の陰から覗いている。


食堂で食事をしていると、彼女が隣のテーブルに座る。

会話をするわけではない。ただ、座っている。


庭園を散歩していると、偶然を装って彼女とすれ違う。


全てが「偶然」で片付けられる範囲内だ。だが、偶然にしては…多すぎる。


私は侍女のマリアに相談した。


「あの子、何がしたいのかしら」


「さあ……もしかしたら、エリザベート様に憧れているのかもしれませんね」


「憧れ?」


「聖女候補とはいえ、平民出身ですから。

公爵令嬢であるエリザベート様の立ち振る舞いを学びたいとか」


なるほど。それなら筋は通る。


「なら、話しかけてくればいいのに」


「恥ずかしいのでは?」


そうかもしれない。


私はそれ以上深く考えることをやめた。

彼女が何かをしてくるわけではない。ただ観察しているだけなら、害はない。




事態が変わったのは、その一週間後だった。


「エリザベート・フォン・ヴァルシュタイン」


廊下で呼び止められた。振り向くと、王太子レオンハルトが立っていた。

金髪碧眼、整った顔立ち。いかにも王族らしい外見だ。


「何かご用でしょうか、殿下」


「貴様、ルミナに何をした」


単刀直入な質問だった。

そして、不当な質問でもあった。


「何も?」


私は即答した。


「嘘をつくな。彼女は君に怯えている」


「私は嘘をついていません。事実を述べただけです」


「では、彼女が怯える理由は何だ」


「それは私にはわかりません。殿下が彼女に直接お聞きになったらいかがですか?」


レオンハルトは眉を寄せた。


「……お前は、本当に何もしていないというのか」


「ええ。そもそも、私が彼女に何かをする理由がありません」


「理由?」


「私は公爵令嬢として、学園で学問を修めに来ています。聖女候補の彼女と関わる理由も、必要もありません」


それは紛れもない事実だった。

私には目的がある。領地経営を学ぶこと。それ以外に興味はない。


レオンハルトは何か言いたげな顔をしたが、結局何も言わずに立ち去った。


私は小さく息を吐いた。なんだか面倒なことになる予感がする。






それから一ヶ月。

状況は奇妙な方向へ進んでいた。


ルミナ・アルフェリアは、周囲に訴え続けていた。


「エリザベート様に睨まれた!」


「エリザベート様に冷たくされた!」


「エリザベート様に無視された!」


だが——その全てに、反証が存在した。


睨まれた、と言うが、その場にいた他の生徒たちは「会釈をしただけ」と見たまま証言した。


冷たくされた、と言うが、公共の場でした私の発言の中に、冷たい言葉は一つもなかった。

というか、そもそも彼女とは庭園の時を除けば会話をしていない。


無視された、と言うが、そもそも彼女があの1度を除いて私に話しかけてきた記録がない。


私は何もしていない。ただ、普通の日常を過ごしているだけだ。

そして——周囲は、気づき始めていた。


「おかしいわね……」


図書室で、そんな声を耳にした。


「ルミナ様、また泣いていらしたわ」


「でも、エリザベート様って、本当に何もしていないのよね……?」


「そうなのよ。私、あの時その場にいたんだけど、本当にただ会釈しただけだったわ」


「じゃあ、ルミナ様は……」


「思い込み……かしら?」


私は本から顔を上げなかった。


だが、内心では理解していた。


彼女は「被害者」になりたがっている。

理由はわからない。だが、彼女の行動にはそういう意図が透けて見える。


しかし、加害者がいなければ、被害者は成立しない。





決定的な事件が起きたのは、入学から三ヶ月目のことだった。


「大変です、エリザベート様!」

侍女のマリアが、青ざめた顔で駆け込んできた。


「どうしたの」


「ルミナ様が……ルミナ様が、殿下の前で倒れられたそうです!」


私は読んでいた本から顔を上げた。


「倒れた?それは心配ね。医師は呼ばれたの?」


「それが……その……」


マリアは言いづらそうに口ごもった。


「倒れる前に、『エリザベート様に呪われた』と……」


私は数秒、沈黙した。


「……呪われた?」


「は、はい……。『エリザベート様が私を呪っている』と仰って、それで倒れられたと……」


私は静かに本を閉じた。


呪い。

それは、睨まれたとか冷たくされたとは、次元が違う告発だ。


貴族令嬢が他者を呪ったとなれば、それは犯罪に等しい。

魔法による傷害罪。証明されれば、私は処罰される。


だが——逆に言えば。


証明されなければ、虚偽告発として、彼女が罰せられる。


「……わかったわ」


私は立ち上がった。


「殿下のところへ行きましょう」




王太子の居室に着いた時、そこには既に五人の男性が揃っていた。


王太子レオンハルト。騎士団長カイル。宰相補佐ルーファス。魔法学院首席セリウス。聖職者ノア。


そして、ソファに横たわるルミナ・アルフェリア。


部屋に緊張が満ちていた。


「……エリザベート」


レオンハルトが立ち上がった。


「お前、ルミナに何をした」


「何もしていません」

私は淡々と答えた。


「また同じ答えか」


「同じ質問には、同じ答えしか返せませんもの、殿下」


騎士団長カイルが剣の柄に手をかけた。


「呪いをかけたと聞いたぞ」


「聞いたのは彼女の証言だけでしょう?

私が実際に呪いをかけたという証拠はありますか?」


「……」


私は宰相補佐ルーファスに視線を向けた。

彼は冷静な目でこちらを見ていた。


「ルーファス様。呪いをかけるには触媒が必要です。

髪の毛、爪、血液、あるいは本人が長く触れていた品物…。

私がそれらを入手していた、所持していた記録はありますか?」


「……調べた限りでは、ない」


「ありがとうございます」


次に、魔法学院主席セリウスを見た。

彼は銀髪の青年で、魔法理論の専門家だ。


「セリウス様。呪いは魔力の痕跡を残します。

私の魔力痕が彼女から検出されましたか?」


「……まだされていない」


「では、検出されるまで、私の有罪は確定しないということですね」


最後に、聖職者ノアを見た。

穏やかな表情の青年だが、目は鋭い。


「ノア様。聖職者の浄化を受けても、彼女の症状は改善しましたか?」


「……していない。というより、呪いの痕跡そのものが検出されなかった」


私は小さく頷いた。


「つまり——呪いはかけられていない、彼女はもとより呪われていないのです」


沈黙が落ちた。


「……待て」


レオンハルトが口を開いた。


「では、ルミナが倒れたのは何故だ」


「それは医師に診せるべきでしょう?私は医者ではありませんから」


「診せた。だが、身体的な異常はないと言われた」


「では、精神的なものでは?」


私は淡々と言った。


「彼女は、入学当初から私を警戒していました。

もちろん、私が何もしていないにもかかわらずです。

『睨まれた』『冷たくされた』と訴え続けていた。それは周囲の証言からも明らかです」


「……」


「そして今回、『呪われた』と言い出した。だが呪いの痕跡はない。

つまり——彼女の思い込みが、ここまで肥大化したということではありませんか?」


ソファの上で、ルミナが目を見開いた。


「ち、違います……!」


彼女は身を起こした。

顔は青白く、目は充血している。


「私は確かに呪われています……!エリザベート様が、私を……!」


「ルミナさん」

私は静かに彼女を見た。


「私があなたに何をしたか、具体的に教えていただけますか?」


「あ……あの時、廊下で……」


「会釈をしましたね」


「で、でも、あの目つきは……」


「この目は生まれつきです」


「庭園で、私に向かって冷たいことを……!」


「『興味がない』と正直に申し上げたことでしょうか?」


「それが……それが冷たいんです……!」


「では、どう申し上げれば良かったのでしょう」


私は穏やかに問いかけた。


「私があなたに興味を持ち、親しく接し、友人になれば——あなたは満足でしたか?」


「……」


「それとも、私が最初からあなたを嫌い、嫌がらせをし、いじめれば——あなたは納得できましたか?」


ルミナの顔が歪んだ。


「何を……何を言っているんですか……」


「私は何もしなかった」


私は静かに言った。


「だからあなたには、『被害者』になる理由がなかった。

でもあなたは、なぜかはわかりませんが…どうしても被害者になりたかった。

だから——存在しない加害を、自分で作り出したのではありませんか?」


「違います……!」


彼女は叫んだ。


「私は被害者です……!あなたは悪役令嬢なんです……!

私をいじめて、殿下を奪おうとして、私を追い詰めて……!」


その瞬間——私は理解した。


悪役令嬢。


その言葉は…しかし、今ではない。


「……殿下を奪う?」


私は首を傾げた。


「私が殿下に言い寄ったことがありますか?レオンハルト殿下」


「……ない」


「私が殿下と二人きりで会ったことは?」


「それも、ない」


「私が殿下に手紙を送ったこと、贈り物をしたこと、婚約を迫ったことは?」


「………一度もない」


ルミナの顔から血の気が引いた。


「そんな……でも……でも、あなたは悪役令嬢で……私は聖女候補で……だから……」


「だから、私はあなたをいじめるはずだった?」


私は静かに言った。


「それは、あなたの中にある物語でしょう?私の現実ではないわ」


「……物語……」

ルミナは呆然と呟いた。


「でも……でも、これは……ゲームの……」


「ゲーム?」


レオンハルトが眉を寄せた。


「ルミナ、お前は何を言っている」


「違う……違うんです……私は、ただ……」


彼女は混乱していた。

手が震え、目が泳いでいる。


「私は……前世で……このゲームを……プレイして……」


「前世?」


周囲に動揺が広がった。


だが私は、冷静だった。


「つまり——あなたは、この世界を『ゲーム』だと思っていたのですね」


「……」


「そして自分は『主人公』で、私は『悪役令嬢』だと。

だから私があなたをいじめるはずだと、そう信じていた」


ルミナは震えながら頷いた。


「でも……でも、そうじゃないと……おかしいんです……

あなたは、私をいじめなきゃいけないのに……」


「いけない?」


私は首を傾げた。


「誰が、そんなことを決めたの?」


「ゲームが……物語が……」


「ここはゲームじゃないわ。物語でもない」


私は静かに言った。


「ここは現実。私たちは、それぞれの意思で生きている。

あなたが思い描く『物語』の通りになんて、動かないわ」


「……」


「あなたは、物語に囚われていた。『聖女』と『悪役令嬢』という構図に。

だから、私が何もしないことに——耐えられなかったのでしょう?」


ルミナは崩れるように、ソファに倒れ込んだ。


涙が溢れている。


「でも……でも、私は……主人公で……」


「この世界に主人公なんていないわ」


私は言った。


「みんな、それぞれの人生を生きているだけ」






その後の展開は、あっけなかった。


ルミナ・アルフェリアの告発は、虚偽であると正式に認定された。


呪いの痕跡がないこと、私に動機も手段もないこと…

そして彼女自身が「ゲーム」という幻想に囚われていたことが、全て記録された。


彼女は聖女候補の資格を剥奪され、学園からも退学処分となった。


最後まで、彼女は泣いていた。


「私は被害者なのに……私は何も悪くないのに……」


その姿を見て、私は——同情はしなかった。

彼女は自分の幻想のために、私を犠牲にしようとした。それは許されることではない。


だが、憐れだとは思った。


物語に囚われて、現実を見失った少女。


「……さようなら」


私はそう呟いて、その場を離れた。




それから半年が経った。


私は相変わらず、学園で領地経営を学んでいた。

授業は充実しており、図書室の資料も役に立っている。


周囲の評価は——変わっていた。


「エリザベート様は、本当に聖女のようだ」


そんな声を、よく耳にするようになった。


理由は簡単だ。


私は誰も傷つけなかった。誰も陥れなかった。

虚偽の告発を受けても、感情的にならず、事実だけで反論した。


それが、人々の目には「聖女」として映ったらしい。


だが、私は何も変わっていない。ただ、普通に生きているだけだ。


「エリザベート様」


執務室でのこと。ノックの音がして、扉が開いた。

入ってきたのは、王太子レオンハルトだった。


「殿下。わざわざお越しいただかなくても」


「構わない。……話がある」


彼は真剣な表情で、私の前に立った。


「エリザベート。俺は、お前を見誤っていた」


「……」


「最初、俺はルミナの言葉を信じた。

お前が彼女を苦しめていると。だが、実際は違った」


「ええ」


「お前は何もしていなかった。そしてそれこそが、彼女の虚言を暴く証拠になった」


私は小さく頷いた。


「俺は……お前に詫びなければならない。そして——」


「殿下」


私は彼の言葉を遮った。


「お詫びは受け取ります。でも、その先は不要です」


「……何?」


「私は殿下に興味がありません。……良い意味でも、悪い意味でもね」


レオンハルトは目を見開いた。


「……それは、どういう……」


「そのままの意味です。私は殿下と婚約する気も、恋愛する気もありません。

私が望むのは、静かで平穏な人生だけですから」


彼は数秒間、呆然としていた。

そして——苦笑した。


「……お前は、本当に変わった女だな」


「よく言われます」


「だが、だからこそ——俺は、お前を尊敬する」


「ありがとうございます。では、お引き取りを」


私は優雅に礼をして、彼を見送った。




その夜。


私は自室で、一人、紅茶を飲んでいた。


窓の外には、満月が輝いている。


「……終わったわね」


私は小さく呟いた。


ルミナ・アルフェリアという少女は、物語に囚われていた。

彼女の前世の記憶にあるゲームの物語に。


彼女は自分を主人公だと思い込み、私を悪役令嬢だと決めつけた。

そして、私が「悪役」を演じることを——無意識に、期待していた。


だが、私は悪役を演じなかった。


いじめもせず、嫌がらせもせず、横恋慕もせず。


ただ、公爵令嬢として、普通に生きた。

それだけで——彼女の物語は、崩壊した。


「結局、悪役令嬢が破滅するのは、悪役を演じるからなのよね」


私は紅茶を一口飲んだ。


「演じなければ、破滅しない。当たり前のことだわ」


机の上には、領地からの報告書が積まれている。

明日も、やるべきことは山ほどある。


私は公爵令嬢として、領地を守り、領民の生活を支える。


それが私の人生だ。


物語の主人公でもなく、悪役でもなく。

ただ、現実を生きる一人の人間として。


「おやすみなさい」


私はベッドに入り、目を閉じた。


静かで、穏やかな夜だった。


【終】

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― 新着の感想 ―
主人公さんは転生者ではないのなら、この世界には「ゲーム」という媒体で「物語」を楽しむ文化があるってことかな? どんなゲームだろ。ゲームブックとかかな?
 ノア君は『呪いは検出されなかった』とはっきり感知していたのに、なんで睨んでたんですかねぇ。ああ、『聖女様』の御言葉として鵜呑みにしていたからか。  スルーされまくった結果自ら破滅して…途中で気付け…
お父様はいないのだろうか? 普通に公爵令嬢なのだから、公爵位をもった父親の娘と言うだけ、権力者は公爵位をもった父親であり、公爵令嬢と言えど駒に過ぎない。やらなければいけない領地の書類があるのはおかしな…
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