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放課後、私はあと二人に手紙を渡しに中庭へとやって来た。なぜかというと生徒会所属の彼らが中庭を整えている時間だからである。中庭は生徒会の管轄で手入れがされ、四季折々にさまざまな姿を見せてくれるので人気だ。そして今日は私が手紙を渡したい二人がその担当で作業している、はず。
少し不安に思いながらヒロインの文字へ視線を移すと『行けー! 突き進めー! わー!』とテンション高く、私の背を押す。そのせいで駆け足越えて走り出している。今なら新記録出せそう。ちなみに二人同時に手紙を渡しても大丈夫とのことなので、もう気にせずに行くことにした。他の生徒会役員の人がいたらいろいろ考えるけども。
そうして中庭に着いた私は三年生で雪の国の第三王子シリウス・アルスティードと彼を護衛している二年生のシオン・デーガヴィの姿を探す。中庭が広いからか、あちこち探すけれどなかなか姿を見つけることができない。
「……」
もしかして入れ違ったかな。そうなると困ったぞ。戻って探すか、また入れ違いになる可能性を考えて校門で待つか。んー、校門に向かう途中で会えるかもしれない可能性に……。
「ばあ」
「っ!」
「驚いた?」
「っ、はい。驚きました」
「あは。ちゃんと驚いてくれてユヅキはいいこだね」
両腕を高く上げ私を後ろから覗いていたデーガヴィ先輩は、ゆっくりとした動きで両腕を下ろした。そして私の前へと来てにこーっと笑った。私はびっくりして騒いでいる心臓を落ち着けるように胸を押さえる。
「んー、ごめんね。ユヅキの無防備な背中を見つけたら、つい驚かせたくなっちゃって」
ついで驚かさないでほしいところだけど、それを言えるだけの好感度はないと思っているので口は閉じたままだ。実はデーガヴィ先輩とのイベントは出会いとちょっと知り合いくらいまでのしか起きていないんじゃないかなと思っている。だって警戒されているのがなんとなくわかる。それがわざとなのか無意識なのかはこの際置いておく。あ、でも置かないほうが好転したりしますかね。どうでしょうか。
デーガヴィ先輩から目を逸らさず答えのでなかった考えのせいでずっと口は閉じたままになっている。だけどデーガヴィ先輩がそれを気にした様子はなく笑顔だ。
「ねえ、ユヅキ。ちょっと質問。ここで誰かと待ち合わせしてる?」
「いえ、待ち合わせはしてません。ただ私がアルスティード先輩とデーガヴィ先輩に、先日いただいた手紙のお返事を渡したくて会いに来ただけです」
「だってさ、よかったね」
にこーっとした笑みをさらに深め私の後ろを見るデーガヴィ先輩に続いて振り返る。するとそこには微笑むアルスティード先輩がいた。
「アルスティード先輩こんにちは。先日はお手紙ありがとうございます。これ、お二人にそれぞれお返事です」
デーガヴィ先輩は私の後ろで動かずにいたのでアルスティード先輩に先に渡してほしい、という意味だと受け取る。なので先にアルスティード先輩へ手紙を渡し、次にデーガヴィ先輩へと手紙を渡した。
「ありがとう。あなたから返事がもらえて嬉しいよ」
「俺も嬉しい。ユヅキありがとうね」
「いえ。私こそ先日は素敵なお手紙をありがとうございました。いつもより勉強が捗りました」
笑顔でそう伝え頭を下げると「ユヅキが頑張ってるからだよ」と柔らかな声が耳に届く。
「そうそう。俺たちはユヅキが初歩を大切にして読み書き頑張ってるのを知ってるからね。応援したくなるんだよ」
デーガヴィ先輩の「読み書き頑張ってる」の言葉に思わず固まってしまう。
もしや気づいておられる感じですか。私が読み書きできないことを。いいやでも初歩を大切にしてって言ってくれているから大丈夫な気がする。それに不正して入学したわけじゃないんです。気づいたら入学してて……ちょっと待って。なんで言い訳し始めてるんだ。これじゃあ悪いことしましたと言っているのと同じことだぞ。私は悪いことしてません。
「ユヅキ。あなたがやっていることは恥ずかしがることではないよ。綺麗な字を書くには練習が必要になるし、言葉を知ることは交流の役に立つ」
「シリウスの言う通りだよ。だからなにか困ったことがあったらシリウスに聞くといいよ。ユヅキの頑張りは無駄じゃないんだから」
「はい。ありがとうございます……」
「なーに、その顔。どういう意味?」
「その、デーガヴィ先輩ではなくアルスティード先輩に聞いてなんですね」
「うん。だってアルスティードのほうが人間文化を知ってるからね」
「え?」
「俺はそういうの興味ないからみんなが知ってるようなことしか教えられないから。それだと頑張ってる君の時間を無駄にしちゃうでしょ。それは駄目だよ。人間の寿命は短いんだから。あ、でも戦いかたならシリウスより教えられるから聞いて」
「はい。そのときはご教授お願いします」
笑顔でそう返事をするけど、内心真顔になっている私がいる。
え、なぜって。それはヒロインの文字が元気よくネタバレしたからだよ。たぶん、いいや、絶対にその情報はデーガヴィ先輩と交流していって仲良くなったら教えてもらえる重要なものだと思うんだ。なんで今私に教えちゃったのかな。まだデーガヴィ先輩のことをほとんど知らないのに、とっても大切なことだけを知ってしまったから困ってるよ。だからそんなにきらきらして私にネタバレし続けないで。もうね、字が細かすぎて読めないくらいになってるし。あとあれかな。私が反応するまでそのネタバレ出し続ける感じなのかな。
「……」
ヒロインの文字よ。あなたのおかげで知ることができた。デーガヴィ先輩は『神様の子』で、アルスティード先輩と幼い頃に出会ってずっとそばにいるって約束をしたんだね。わかった。だからお願い。その長い文章をしまってほしい。背景が文字で埋まってる。見えづらくて困るからお願い。
そう強く思うとヒロインの文字は満足そうに大きく頷いて文章を消していく。そのおかげで風景が戻ってきた。私は安心からほっと息を吐く。
「ユヅキ」
「はい……!」
「ふは、いい反応だね。今は俺たちといるんだから、ちゃんと俺たちに意識を向けてね。淋しいからさ」
「っ、ごめんなさい……!」
「いいよ。でも次はないからね。もしやったら拗ねてシリウスと一緒に後ろをついて歩くから」
「そうだね。そうしようか」
「え、あの、アルスティード先輩? そこはデーガヴィ先輩の話にのってはいけないところだと思います」
「君のそばにいられるチャンスの話だからね。のらない手はないよ。あと君はやらないと思うけれど、わざと別のことを考えて僕たちの気を引く手もある。もしやってくれるのなら喜んでその誘いにのるよ」
天使のような微笑みを浮かべるアルスティード先輩に口元が少しひきつる。
あれ、アルスティード先輩ってこういうことを言うような人だっただろうか。いいや、違うと思う。アルスティード先輩はもっとこう……あ、駄目だ。意識は二人に向けたままにしなくては。よそ事を考えていると気づかれたら大変だ。今の感じだと本当にやりかねないし。
「アルスティード先輩! いろいろお聞きするかもしれませんが、そのときはよろしくお願いいたします!」
「ふ、あはははっ! ユヅキってば話を逸らすのが下手くそだなあ。でもそこも可愛いんだよね」
「シオンに同意だ。ユヅキは本当に愛らしい。困ったことがあったらちゃんと頼るんだよ」
誤魔化しが下手な自覚はあったけど指摘されると、とっても恥ずかしい。そして恥ずかしさから顔が熱くなっている状態のままで、アルスティード先輩に返事をして頷く。
「あ。あとインクのための材料集めも手伝うから、行くときは誘ってね」
「ありがとうございます。とても心強いです」
「あっは。そう言ってもらえるとやる気出るね。あ、強いモンスターでも大丈夫だしちゃんと守るから安心して頼ってね」
「ユヅキ。シオンほどではないけれど僕も戦えるから任せてね」
「はい。お二人ともありがとうございます!」
笑顔でお礼を伝え、そのあと少しだけ話をして解散した。私は寮へと帰り、部屋へと入った瞬間に大きく息を吐き出した。
***
夕御飯を食べ終わり、お風呂にも入り終わった。そして予習復習も終わらせたし、課題も終わっている。あとは寝るだけ、というときに思い出してしまった。
そう。明日は授業以外の時間をアデルさんと過ごす、ということを。
「どうしよう……」
私が一番問題だと思うのはお昼御飯。私はほぼ毎日お弁当だ。だけどアデルさんがどうかは知らない。そしてお昼御飯の選択肢が多すぎ問題。学園には学食、購買、専属シェフの料理、調理室を借りて自分で作ったり持ってくるなど人それぞれ。元がゲームであってもお昼御飯の選択肢が多すぎである。そりゃあ地位ある人もいますしね。毒とかいろいろ問題があることでしょう。なので選択肢が多いことは納得する。でも困る。
「さて、アデルさんはどれだ」
学食か、購買か。アデルさん自身が作るか持ってくるか……ないに等しいけど私に作ってほしい、とか。
「っ、いたっ! なに突然」
ヒロインの文字のほうへ視線を向けると、ふんすふんすと興奮気味に『愛妻弁当!』と一言。私はすんっとした表情でヒロインの文字を見つめる。
「今の関係性で私がお弁当を作っても愛妻弁当じゃなくて、ただのお弁当なのよ」
私の言葉を聞いたヒロインの文字に雷が落ちたようなエフェクトが見えた。衝撃を受けたと伝えたいんだろうな。ただあまりにも豪快すぎで床に穴が空いていないか心配になる。
目線をヒロインの文字から床へ向ける。
床は大丈夫そう……ただヒロインの文字が『ン』の角の方でぐいぐいしてくるので私の体に穴が空きそう。あと今さらだけどヒロインの文字って横向きだから幅必要になってるよね。狭いところを通ったりしてるけど大丈夫かな。ぶつかったりしてない。
ゴッという音と共にぶつかってくるヒロインの文字は『ぶつかってないよ! 大丈夫!』と伝えられる。
「そう? それならよかった。ただいい音をさせながら私にぶつかり続けるのはやめてほしいな」
そう伝えると『愛妻弁当! 愛妻弁当!』と訴えてくる。もうね、お弁当への圧がすごい。たぶんこれは作るって言わない限り続くんだろうなあ。
「よしわかった! ただのお弁当になっちゃうけどお弁当作ります!」
言い切った瞬間ヒロインの文字が喜びに湧いた。それはもうとっても。これでもかというくらいに。
私は思ったよね。私が作るお弁当、アデルさんというよりヒロインの文字のためなんじゃないかなって。
「よし、とりあえず明日のお昼御飯問題はどうにかなったし寝る。おやすみ」
ヒロインの文字は『おやすみ!』と言ってテンションが高くなって光輝いていたのをやめてくれた。暗くなった部屋に目を閉じる。すぐに意識は沈んでいく。その最中、私は確かに聞いた。柔らかく温かな「今日もありがとう、雪月」という女の子の声を。
私が「ああ、たぶんこの声はヒロインの文字だ。話せるのかあ」と思った瞬間に意識が浮上する。だけどそれを阻止するかのように寝ろと言わんばかりに胸を優しくぽんぽんとされた。それが心地よくてすぐに意識は沈みきった。




