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アデルさんと別れた私は、学園内にある訓練場へとやって来た。ここには騎士として将来有望な三年生のグロリオサ・アンバーがいるはず。
そう思って来たけど、いない。きょろきょろと辺りを見回している私の背後を誰かがつつく。まあ、私をつつくのはヒロインの文字しかいないけど。
「どうしたの? え、あっち?」
ヒロインの文字が向いた先にあるのは、学園内にある庭園の中で一番ひっそりとした庭園だ。
「あー、んー……」
あそこはひっそりとしているから密会の場所として人気だ、というのを小耳に挟んだことがある。そしてあそこで見聞きしたことは他言しないというのも暗黙の了解となっているらしい。
「……」
そこから考えて今アンバー先輩は誰かといる可能性がある。そこに突っ込んでいく勇気は持ちたくない。
そう思って踵を返そうとした私をぐいぐいと庭園側に向かって押してくるヒロインの文字。
「ええ、行くの……?」
勢いよく頷くヒロインの文字が私の体にあたって痛い。
「わかった……! わかりました! だからぐいぐいしないで」
ヒロインの文字の押す力がすごいのか、私の踏ん張りが弱すぎるのか。土の地面を削りながら庭園側に少しずつ進んでいる。
「ねえ! お願い聞いて! 私、自分で行くからぐいぐいしないでほしいの! 土がね、削れてるのよ!」
あー、はい。いつもの「なに言っているんだ?」という傾きですね。わかっていました。ええ、わかっていましたとも。
解せぬ。
「はあ。とりあえず行くけど、女の子といたら出直すからね」
頷くヒロインの文字は私の言葉に了承したわけじゃない。ヒロインの文字は「アンバー先輩は絶対に一人でいる」という確信を私に伝えるために頷いたのだ。
もし違ったら気まずいぞとは思うものの、このまま庭園に向かわずじっとしているわけにはいかない。だってタックルされる可能性がある。とりあえず足音を立てないよう静かに庭園へ向かおう。
少し歩くと白いベンチに座るアンバー先輩を見つけた。
誰もいなさそうだけど、少し席を外してるとかだったら邪魔だよね。私が。
「っ……!」
アンバー先輩の伏せられていた目が私を捉える。隠れるのも違う気がしてアンバー先輩のところまで歩みを進めたけど……私の後ろで花を咲かせているヒロインの文字が気になる。だけど見ない気にしないことにした。
「フユヤか」
「おはようございます」
「おはよう。ここに用事か?」
「ここ、というよりは……アンバー先輩に」
「俺に?」
「はい。先日いただいたお手紙の返事をお渡ししたくて」
アンバー先輩は目を見開き驚いた顔をした。
……え、可愛い。大柄な男性のその表情可愛い。それに今は私が立っていてアンバー先輩が座ってるから表情が見えるの、いい。ここにカメラがあったら撮りたかった……いやいやいや、ここ現実だからそれをしたら最悪捕まる。もしくは変なやつ認定だ。それはまずい。ヒロインにタックルされるどころではなくなる。
「……」
ひとつ言わせてもらうとね、夢だと思っていた最初の頃に出会ってからずっとアンバー先輩のことを癒しにしている。表情の変化が小さくてわかりづらいところもあるんだけど……こう、可愛いんですよ。
「……あ」
「どうした?」
「その、すみません。アンバー先輩は誰かとご一緒ですか? もし誰かとご一緒でしたら出直します」
「いいや。一人だから問題ない」
アンバー先輩の言葉にほっと息を吐く。そして手紙をアンバー先輩に向かって差し出す。アンバー先輩は小花が咲いたような可愛らしい笑顔で手紙を受け取ってくれた。
「ありがとう。返事をもらえて嬉しい」
「私も手紙をいただけて嬉しかったので、同じ気持ちですね」
「っ、そうだな。この手紙は家に帰って大切に読ませてもらうよ」
私は「はい」と笑顔を返して頷く。
「……」
今私は後ろからの「いいぞー! いけー!」というヒロインの興奮に攻撃されている。痛くはないけど盛り上がりすぎていて苦笑いしそう。
「フユヤ。一限目は教室か?」
「はい」
「それならば教室近くまで同行させてもらえないだろうか?」
「もちろんです」
「それでは行こうか」
「はい」
アンバー先輩は手紙の封筒を優しく撫でたあと慈しむように見つめ、それから魔法空間へとしまった。
この魔法空間はサイズは様々で魔力量や実力によって変化する。そしてこの学園に通っている生徒はみんな持っている設定だ。私も持っている。ただ今の私の魔法空間は小さく既に他のもので埋まっているので鞄が便利だ。
意識をアンバー先輩へと戻し、彼の横に並び歩き始めた私。背が高いアンバー先輩の歩幅は私より広い。だけどこうして一緒に歩くときは歩幅を合わせてゆっくりと歩いてくれる。ありがたいし優しい。そしてそういえば、と気づく。出会ってから一度もアンバー先輩の隣を歩くときに急いだことがないし、歩きがぎこちなくなったことがない。毎回ちょうど良い速さで……騎士道が関係しているかもしれないけど、私を見てくれていたのかもしれないと思うと胸がときめく。
そう思いながらそっと見上げると、一方的に私が見るだけだったはずの視線がかち合う。アンバー先輩は小さく笑って「どうした?」と私に問いかける。
「い、いえ……その、目が合うと嬉しいですね」
そう言ってにっこり微笑む。
自分でもね、なにを言っているんだとは思うんだけどこれしか浮かばなかったんですよ。どうしようもなかったの。
「……俺も、嬉しい」
アンバー先輩が私の顔を覗き込むように目線を合わせて小さく笑う。
「っ!」
「突然胸を押さえてどうした? どこか苦しいのか?」
「いえ……ただ心に刻んでました」
「心に、刻む……?」
私の言葉の意味が理解できずきょとんするアンバー先輩に、私のときめきメーターがさらにぐんっと上がる。心配させてしまっているのに申し訳ない。可愛いアンバー先輩が悪い。
「俺は、君が心に刻むようなことを言っただろうか」
「言ったというよりは見せてくれた、ですね」
「見せてくれた?」
「はい。アンバー先輩の微笑みです。先輩の微笑みは癒されるので心に刻むべきだと思ったら、つい体が動いてしまいました。ご心配をおかけしてしまい申し訳ないです」
「そうか。どこも痛くないのなら安心した」
そう言ったアンバー先輩は前を向くことなく、なぜかじっと私を見続ける。そして「俺も君の微笑みを心に刻む権利ができたな」といたずらっ子のような笑みを浮かべ言われた。
その笑顔の威力が高くて頭が停止したらしく、気づいたら教室近くだった。
「フユヤ。楽しい時間をありがとう」
「こちらこそありがとうございます……」
背を向き歩いていくアンバー先輩の回りを小さな花が舞っているように見えるのは気のせいだろうか。たぶん私とヒロインの文字には見えているんだろうなあ。
「勢いがすごいね……めちゃくちゃ痛いよ」
なんかもうズドドドドッと連続攻撃受けてるくらいの衝撃が背中にあたり続けている。私めちゃくちゃ痛いのを我慢してるからね。だってここ教室近くだから人多いんだもの。表情筋に大活躍してもらってるよ。だからお願い気づいてこのままだと私の体が粉砕しちゃう。このあと三人にも返事を渡すんだけど大丈夫かな。私生きていられるかしら。
テンションが上がりまくっているヒロインの文字にそう問いかけるけど……都合がいいというか悪いところは聞こえていないらしい。衝撃が続くなあ。
***
とりあえず体は無事だった私です。お昼休みとなりご飯を食べ終えた私はお返事を渡しに次の人のところへ向かっているところ。お菓子を作ったからどうぞ、と連絡をもらったので遠慮することなく行ける。
この学園には各学年それぞれに自由に使える調理室があって、その隣には外にある庭園がはっきり見えるテラスがある。そこを使用したい人は使用願を学年主任の先生に提出し、許可証をもらうと予約完了だ。そして今から行くのは一年生の調理室である。
……一年生。そうなの。私一年生。あっちの世界だと二年生なんだけど、なにがどうなったのかここでは一年生である。ゲームのヒロインは一年生だったからそうなったんだろうとは思う。でも一年生でも授業……この話は幾度となくしてきた。必要ないから置いておいて。
そんなことを考えていると一年生の調理室に着いた。私は一応ノックをしてから扉を開ける。
「やあ、ユヅキ。入って」
「ジオ、お招きありがとうございます」
「どういたしまして。来てくれてありがとう。今日は君が食べたいと言っていたパンケーキだよ。付け合わせもいろいろと用意してあるから好きなものを選んで」
「ありがとう! 嬉しい」
笑顔で私を出迎えてくれたのはグラジオラス・フリント。私と同じ一年生で可愛いものが好きな男の子。身長は一七六センチでどちらかと言えば綺麗な顔立ちだ。髪が柔らかな桃色で腰まであるのでいろいろな髪型をしている。その髪型がよく似合うし可愛い。あとジオはお菓子作りや小物、アクセサリーなども作っている。私がグラジオラスをジオと呼んでいるのは彼のイベントがあり、私だけが呼ぶ特別な呼び方を求められたからだ。嫌ではないけど、悩んだよね。特別な、と言われるとなおさら。
「よし、これで最後。ユヅキ。さ、テラスに行こう」
「うん。あ、私こっち持つよ」
「ありがとう。お願いします」
「うん。ジオもありがとう」
「どういたしまして」
ふわっとした柔らかな笑みを浮かべるジオの横に並びテラスに行き、運んできたジャムなどを机に置く。
「んー、いい香り」
パンケーキから美味しそうないい匂いがする。ううん。絶対に美味しいってわかる匂いだ。ちゃんとお昼食べてきたのにお腹が空く。うん。今から美味しいものがくるぞーって私の胃がすき間を空けていくのがわかる。
「遠慮せずたくさん食べてね」
「うん。ありがとう。いただきます!」
大皿からパンケーキを一枚取ろうとしたところで、はたと気づく。美味しそうなパンケーキにはしゃいですっかり頭から抜け落ちていた。
パンケーキを食べ終わったら手紙を渡すから覚えていてほしい。左側にいるヒロインの文字にそう目配せをする。
ヒロインの文字は「任せろ!」と元気よく頷いていたので、私が忘れたとしてもタックルかなにかで教えてくれるだろう。これで心置きなくパンケーキが食べられる。
私は小さく頷きパンケーキを一枚取る。そして一口サイズに切り頬張る。
ふわふわな生地を噛むと、ほのかな甘さが口いっぱいに広がる。優しい甘さだ。この味好き。そのままでも美味しいのすごい。私の胃袋掴まれてる。
パンケーキを飲み込みジオに感想を伝えようと彼を見ると、とっても甘い表情で私を見ていた。いつもと違うその表情に固まってしまう。
もう一口パンケーキを食べて甘い表情から逃げてしまおうか、という考えが浮かぶ。だけどいつもと違うことをして困るのは自分のような気がするので、ここはいつもと同じで先に感想を伝えよう。うん。
そう思った私だけど、なぜかジオの甘い表情に緊張してしまい笑顔がぎこちなくなっている。そのせいなのか、なかなか感想が言葉になってくれない……ええい。緊張している場合じゃない。美味しいパンケーキを食べたんだぞ。あの美味しさを思い出して、ほら、言える。
「ジオ。とっても美味しいよ。甘さもちょうどよくて、このまま食べ続けても飽きがこないくらい美味しい。美味しいパンケーキをありがとう」
「よかった。実は前にユヅキがシェリルさんのところで好きだと言っていたお菓子の味を真似てみたんだ」
「そうだったんだ。私の好きな味を覚えててくれてありがとう。あと私はジオが作ってくれたお菓子が全部好きだよ」
「ユヅキにそう言ってもらえると嬉しいよ」
柔らかな日差しに照らされるジオの笑顔が完成された一枚の絵のようで見惚れてしまう。
いつまでも見ていたくなるような、心がときめく光景。
「ユヅキ」
「……なあに?」
「もっとユヅキの好きを僕に教えてね」
「うん。私にもジオの好きを教えてね。ジオの好きを私も大切にしたいし、その好きについて話がしたいな」
ジオが話してくれる好きが私は好きだ。髪型のこと、ぬいぐるみのこと、アクセサリーのことなどたくさん。好きを話してくれるジオの表情が本当に輝いていてまばゆくて、私は……あの時間が好きだ。
「ありがとう」
照れたようにはにかむジオに私は頷いてパンケーキの続きを食べ始める。
本当に、優しい味だ。懐かしくてずっと覚えていたい味……実はこの味はお母さんが作ってくれたホットケーキと同じで。ふっと湧いたお母さんお父さんお兄ちゃんに会いたい気持ちが、私を抱き締める。
淋しい、も。
不安、も。
出てこないように箱にしまって鍵をかけておいたんだけどなあ。
「……」
ふとした瞬間に溢れてくるこの感情を向ける場所がわからない。外に出しても意味がない。帰れる方法はちゃんとある。それがわかっているだけいい。でもさ、恋愛ってしようとしてするものじゃないと思ってるから悩むし不安になる。
「ユヅキ。好きだけじゃなくて、悩みや不安に思ってることも教えて。役に立てないかもしれないけど、話をきくことはできるから」
「っ、ありがとう。大丈夫だよ。今はそういうのないから。なにかあったときはお願いします」
沈み始めた気持ちから這い上がり笑顔でジオに伝える。ジオは「ユヅキ。これだけは約束してほしい。どうしようもなくなる前に教えて。いい?」と真剣な顔で言った。私の異変には気づいている。でも深くは聞かないでくれるジオをまっすぐ見つめ「約束する」とだけ答えた。
そのあとは穏やかな雰囲気を取り戻しいろいろな話をして、パンケーキを食べたり紅茶を飲んだりして過ごした。そして片付けをし終わったあとに手紙を渡したら喜んでくれて一安心。こちらこそお手紙ありがとうございます。あと二人……その二人が問題であることを今思い出した。そうだ。あの二人授業以外ずっと一緒にいる気がする。どうしよう。




