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 あれから一週間が経った休日の今日。私は急ぎ街へと繰り出していた。理由は手紙をいただいた人たちに返事をしなきゃ失礼だということに今さら気づいたからである。


 私の中で『手紙をいただいたからお返事を書こう』ではなく『手紙をいただいたけど読み書きできないから、できるように勉強しなきゃ』となっていた。つまり『お返事をする』という大切な部分がすっぽりと抜けていたのである。ただ相手は私から返事がないことを気にしていないとのこと。これに関しては私がとあるチュートリアルをしていないことが原因だそうで、それを聞いた私は急ぎその場所へと向かうため街へと繰り出したわけです。仮想世界ではなく、現実世界となったけれど変なところでゲーム性があるから困ってしまう。でも今回は助かりました。今後は気をつけます。ちなみにヒロインに手紙の内容は教えてもらったのでチュートリアル後に返事を書きます。あと読み書きはハイハイレベルからしっかり立って歩けるレベルになりました。もうめちゃくちゃ頑張りましたよ。毎日頭が沸騰してくるくる回るくらいには勢いよく詰め込み、ヒロインに応援してもらいながら必死に整理して自分のものにしました。だけどぎりぎり手紙の返事を書くのには問題がないレベルなので、まだ本を片手に練習したり覚えたりしなきゃ駄目だけど。


「あ、確かあそこだったはず」


 言いながら少し先にあるお店を見る。


 そこは知る人ぞ知るみたいな味わいある佇まいのお店で、手紙に必要なものがほぼ揃っている。そして渋くて素敵な老齢のマスターがお出迎えしてくれて、そのマスターが主人公に手紙のことを教えてくれる。そこからチュートリアルが始まるんだけど、そのチュートリアルをいつものやるうちにわかるでしょ精神でボタン連打して終わらせたのが仇となった。ごめんなさい。あれだけヒロインの文字に手紙が必要なんだよって言っていたのにね。私、理解してないです。申し訳ない。今度からボタン連打しません。ちゃんと覚えます。


 反省している私の肩をぽんぽんとしたヒロインの文字が「大丈夫?」と傾く。私はそれに頷く。


「うん。大丈夫」


 私はヒロインの文字からお店へと視線を戻す。心臓がばくばくとしてきた。


 確かゲームをしているときは今くらいの時間に主人公はこのお店を訪れていたと思う。それで都合よくお客さんがいなくてチュートリアルに入ったような、記憶。違ったらどうしよう。お客さんたくさんのときに教えてくださいとは言いづらい。だってお店の人マスターだけなんだもの。他のお客さんのお会計とかその他いろいろ……。


「いっ……たい!」


 さっきとは違う勢いのある衝撃に振り返る。するとヒロインの文字が「そこは気にする必要ないところだから早く入る」と伝えてくる。相変わらず動きがわかりやすい。


 ヒロインの文字に急かされるままお店の扉を開け中へと入ると、店内には誰もいなくてほっと息を吐く。そしてくるりと店内を見回す。外と同じように静かで落ち着く雰囲気で、安心するような香りが仄かにする。


「……」


 ゲームで見たままの内装に少し安心した。そのおかげでほんの少し緊張が解れた気がする。だけどまだマスターに会えていないので緊張がこっちに向かって走ってくる。はあ、さっきぶりだね。心臓ばくばくよ。


「よし……」


 息を吸って声を出す準備をする。


「……あの、こんにちは」


 微妙な大きさになってしまった私の声は無事に届いたみたいで、奥からマスターが出てきてくれた。マスターは私を見ると微笑んで「こんにちは」と言ってくれて、その表情と優しい声色に私の表情が安心で緩む。


「あの、教えていただきたいことがありまして。今お時間大丈夫でしょうか」


「ええ、大丈夫ですよ。どのようなことを知りたいのでしょうか」


「ありがとうございます。手紙につけられる付与効果など手紙に関することを教えていただきたいです」


「かしこまりました。こちらへどうぞ」


 カウンターへと案内してくれて椅子を引いて待ってくれるマスターにお礼を伝えて座る。


「すみません。メモしてもいいでしょうか」


「もちろんです」


「ありがとうございます」


 鞄から手帳とペンを取り出しマスターに「お願いします」と伝える。


「それでは付与効果についてですが、大まかに身体強化、精神強化、魔力強化の三種類にわかれます。そしてそこから使用する材料によってさらに細かくわかれます」


「はい」


「材料は鉱石、植物、モンスターなどから採取が可能です。あとはこのお店や露店などで購入することもできますので必要ならご検討ください。それから現在知られている組み合わせがこちらになります」


 一冊の本が差し出され、ぺらぺらと捲り中を見せてくれる。


 たくさんの組み合わせがあるからメモしきれるかな。


「こちらはお持ち帰りいただいて構いませんので、焦らなくても大丈夫ですよ」


「っ、ありがとうございます! とても助かります」


「まだ知られていない効果もあるので、ぜひ様々な組み合わせを試してみてください。そして新しい組み合わせができたときには私に教えていただければ謝礼をお渡しいたしますので、もしよろしければご都合のよい日に訪ねてくださいね」


「は、はい」


 軽く見せてもらっただけでもたくさんの効果があるのに、ここからまだ増えるのか。たぶんゲームでやってたら周回とかして材料を集めるんだろうなあ……あ、違う。これ現実だから私が本当に周回することになるんだ。現時点で行ってもいい場所やその場所で採れるものがわからないので調べてから何度も挑戦したいと思います。


「材料が揃いましたら、このお店にある専用のインク製造機にてインクを作ることができます。製造機があるところは個室となっていますので、扉が開いている部屋をお使いください」


「はい」


「インク製造機の使い方を実際に使いながら説明いたしますので一緒に来ていただけますか」


 マスターの言葉に返事をして着いていく。そして機械がある個室へと案内してもらい、マスターに説明してもらいながらインクを作っていく。ゲームでやったときはリズムゲージのようだったり、ゲージがたまるまでボタンを連打し続けたりしてインクを作った。だけど現実では材料を入れたあとゲージがたまるまで、ただただ相手を想いながらハンドルを回し続けるというもの。この『相手を想いながら』というものが組み合わせる材料よりも強く付与効果に関係するとのこと。想いを込めようと思わなければただのインクになると教えてもらったので、今回はただのインクを作ることにした。


 そこから数分。私の手元にはシンプルな小瓶に入ったインクがのせられている。


 私は小瓶を慎重に持って初めて作ったインクを覗く。なんだかちょっときらきらして見えるし、心も楽しそうに弾んでいる。にっこり口角が上がる。


「マスター、インクの作りかたを教えてくださってありがとうございます! とっても素敵インクを作ることができました!」


「いえいえ。喜んでいただけてなによりです」


 微笑んでくれたマスターに私も笑顔を返し、少し話をしたあと必要なものを買って家への帰路へついた。そして家に着いた私はうんうん頭を悩ませながら手紙のお返事を書くのだった。



         ***



 翌日、私は書いたお返事を鞄の中に入れて登校した。あとは一人ずつ渡していく……だけだったんだけど問題が発生中。


「ん? お前さん、何を考えてる?」


 表情は非常に愉しそうな笑みを浮かべ私の顔を覗きこむ高身長男子。ちなみに私の背中は壁と仲良ししてる。左右は逃げ道があるようでない、と言うものたぶんわざとあけている。それで私がどういう選択をするのかを見ている。


 小さく、本当に小さく息を吐く。


 これはじっとするのが正解な気がする。どう思う、ヒロインの文字よ。


 はっきり言う。私はなんでこういう状況になっているのかを理解できていない。だから私を助けてほしい。


 そう思いながらヒロインの文字を見ようと目を動かしたけど、私の目の動きに合わせて彼が動くので……彼しか見えない。はっきり言ってどいてほしい。困る。


「なあ、俺の問いに答えられないようなことを考えているのか?」


 ニイッと本当に愉しそうに笑う彼が長い指で私の頬をなぞりながら顔を持ち上げる。そして彼の顔が近づいてきた……ので、瞬間的に私は彼の口元に自分の両手をあてた。


「私はっ! 自分を大切にできない人とはしませんっ……!」


 思わず口から出た言葉ではあったけど、言葉のチョイスを間違えたと断言する。


 さあっと血の気が引いていく感覚がある。失言をした私は彼を見ることができない。ただ彼の口元に触れる手から小刻みに振動が伝わってくる。


「っ……!」


 包むように手を掴まれたと思ったら、彼が後ろへと下がり「ふ、あははははっ!」と大きな口を開けて笑いだした。その姿に私はぽかんとしてしまう。


「俺のどのあたりが自分を大切にしていなかった? 教えてくれよ」


 じっと私を見下ろす彼は笑っているのに怒っているような雰囲気を感じる。


 そりゃあそうですよね。そうなりますよね。申し訳ありません。言葉のチョイスを間違えました。


「なあ、黙りで教えてくれないのか?」


 ぐっと距離を詰める彼に私は深く考えることをやめ顔を逸らす。そして彼のどのあたりが自分を大切にしていないかを考え「っ、あなたは好きな人じゃない私に……」と振り絞るように言葉を口にする。


「私に?」


 すかさず問いかけられ、うぐっと言葉に詰まる。逃がしてくれる気はないらしい。なんて酷い人だ。


「私にキスをしようとしたじゃないですか。そういうことは好きな人としてください。そうじゃないと自分をき、ずつ……っ」


 包むように掴まれていた手に力が込められ、思わず視線が手に移る。でも痛いと感じるほどではなくて。


「そうじゃないと、自分を傷つけるって言いたいのか?」


 私は手へと移した視線を彼へと戻す。


 ーー私は息を飲んだ。


 彼の赤い瞳から光が消えている。そこからは諦め、絶望などが感じられた。そんな彼が言葉を続ける。


「俺がどれだけ好きになろうと、望もうと、求めようと……俺は、選ばれない。そのことを俺が一番知っている。だから俺は、俺を好きな人間や俺の視界に入った適当な人間と過ごす」


「……」


「俺は、傷つかない」


 私の眉間に皺が寄る。いろいろ多方面に言いたいことがあるけども、まずあれだ。一周回ってちょっと冷静になった。たぶんこの人も攻略キャラだ。それでもって隠しキャラ。パッケージに大々的にはいなかったけど、絶対にそう。だってこれだけ私にぐいぐいくるんだもの。違うはずがないと思う。ただ他の人たちよりも、さらにこの人のことを知らない。だってついさっき初めて会ったんだもの。


 下を向き息を吐く。そして顔を上げまっすぐ彼を見る。


「あなたの名前を教えてください」


「は?」


「名前です。知らないと呼べないので」


「なんで?」


 その「なんで」には本当に意味がわからないという音が含まれていた。


「私があなたを呼びたいからです」


「はあ?」


「あとできれば喧嘩をしたり支えあったり笑いあったりできる関係を築きたいですね。なので名前だけではなく、あなたのことを私に教えてください」


「っ……俺と喧嘩したいのか?」


「いいえ?」


「喧嘩したいと言っただろ」


「ええ、まあ言いましたね。ただそれはあれです。あなたのことを知らないと喧嘩もできないし、仲を深めることもできないというたらればな話ですよ」


 彼は複雑そうな表情を浮かべつつ、私から目を逸らしたり戻したりと忙しない。なんとなくあと一押しすればいける気がして私は口を開く。


「あなたが、あなたの視界に入った私を捕まえたのでこうなっています。諦めて名前を教えてください」


「……はあ。今日、授業以外の時間を全て俺にくれるなら教える」


「ごめんなさい。今日は手紙のお返事を渡しに行きたいので全ては難しいですね。でも明日なら大丈夫です」


「明日だな。わかった。忘れるなよ」


「はい。あ、私はユヅキ・フユヤと申します。よろしくお願いします」


「ユヅキだな。俺はアデル・ロードクロサイトだ」


「ロードクロサイトさん、明日はたくさんお話ししましょうね」


 そう伝えると彼の表情がムッとしたようなものになったのを、私は見逃さなかった。心がヒヤッとする。


 ちょっと待って。ごめんなさい。ロードクロサイト様のほうがよかったですよね。あっちの世界で誰かを『様』づけで呼んだことがなかったから自然と『さん』づけで呼んでしまった。でもこの学園にいる他の人たちもだいたい『さん』づけで呼びあっているので、という言い訳をさせていただけるとありがたいです。


「あの、ロードクロサイトさ、まと……っ」


 私が様のさを音にした瞬間、彼の眼光が鋭くなりすぎて心臓飛び出るかと思った。しかもそのせいで続けようとした言葉が尻窄みのように言えずに消えた。そして心の中で「本当に申し訳ありません」と全力で謝罪する。


 さて、今のことがあるから動きようがなくなってしまったぞ。どうしたらいいですかね。


 脳をフル回転で悩むけれどいい案がでてこなくて沈黙が続く。居心地の悪さが最高潮になったとき、ようやく沈黙が破られた。その沈黙を破ったのは「ユヅキ」と私を呼ぶ彼の声だった。私が顔を上げると拗ねたような表情の彼。


「俺のことを知りたいなら名前で呼べ。それでは喧嘩もできないだろ」


 瞬き数回。間抜け面数分。私は彼の言葉を理解し、恐る恐る彼の名前を口にする。


「アデルさん、と呼ばせていただきますね」


 彼はまたムッとしたような表情をしたけれど、何かを思いついたらしく少し考える素振りを見せて……それからニイッと愉しそうに笑みを浮かべた。


 その表情への感想はひとつ。そして願いと希望が浮かぶ。


 よかった。たぶん正解だ。そうだよね。そうだと言ってほしい。


 私はヒロインの文字に必死にテレパシーで伝え続けた。もちろん、伝わるわけもなく返事はなかった。

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