はじまり
はじめまして。私の名前は冬夜雪月。高校二年生になったばかりの十六歳。毎日ひたすら読み書きできるように勉強しているよ。
……え、なぜって。よくぞ訊いてくれました。ええ、ええ。もうめちゃくちゃ誰かに話したかったんですよ。一人では抱えきれないこの状況を。
そう、あれは半年前のこと。自分の部屋でお布団を敷いて寝た私は、起きたらふわっふわのベッドの上にいた。そして驚くべきことに、そこは最近私がよく目にしていたゲームの主人公の部屋だったのである。なのではしゃぎながら部屋にあった姿見で自分の姿を確認すると、私だった。パッケージに描かれていた主人公の姿じゃなかったので少し残念だと思いつつ、自分の姿だったので「ああ、そうか。これ夢だ。でも意識があるから楽しもう」と思った時期が私にもありました。ですが一ヶ月、二ヶ月と時間が経過していくにつれ「あ、これ夢じゃないかもしれない」と気づき始めてしまって絶望している。気づきたくなかった。気づかなければ冷静でいられ……なかったな。なかったと思う。というよりは、ずっとてんやわんやだったな。だってこの世界の文字の読み書きが生まれたばかりの赤ちゃんレベルにできないから。でも会話は問題なくできたので日常生活の半分は平穏に過ごしてきた。残り半分はあれですよ。読み書きできないせいで買い物で失敗するわ、学園での勉強についていけないからあとで幼いこたちが使う勉強本片手に読みとき理解する日々。そして何よりテスト。読めない書けない。でも高等部に受かって学生してるからそのことを言えない。不正したわけじゃないのに疑われるのは御免である。つまり自力でどうにかするしかなく、恋愛や友情を育むのは後回しにして勉強に励む毎日。
「っ、い、たい! 何度も言ってるけど無理なんだって!」
背後から私にぶつかってくる『ヒロイン』の文字。ちなみに本当にヒロインの文字が存在し、でかでかとその存在を主張してくる。あとこの文字は私にしか見えない、と思われる。だって常に私の背後を陣取っているけどみんなから反応がないので恐らくそうだと思う。
いまだドスッドスッと勢いよく私にぶつかってくるヒロインの文字を払い除けるように手を動かす。でもなぜか私からは触れられないのでヒロインの文字の間をすり抜けるだけ。解せぬ。
「しかたないでしょ! 読み書きできないんだから! それでどうやって愛を育めと! ここでの恋愛は手紙必須なんだから無理だ、いった!」
あまりの勢いに体が傾き椅子に体をぶつけた。私は体勢を立て直しつつヒロインの文字に向かって何度目かになる言葉を口にする。
「だったら読み書きできるようにしてよ! なんで異性とかの出会いにだけ力を入れて、他が手抜きなの! 読み書きできなきゃ駄目でしょ! そこ重要だし大切だよ! 手紙によって好感度が変わるし、何より立場ある人たちと恋愛したいなら知識とか絶対に必要でしょうが! 今の私は生まれたばかりの赤ちゃんから、ハイハイできるくらいの赤ちゃんになったくらいの知識だからね! 無理でしょ! どうやって恋愛しろと!」
言い切ると、ヒロインの文字は「何を言っているんだ?」みたいな雰囲気を出しつつ傾く。こ憎たらしい表情が頭の中で浮かび腹が立つ。ヒロインの文字にほっぺたがあったなら、みょんみょーんと伸ばしているところだ。
荒ぶった気持ちを落ち着かせるために息を吐き出し椅子に座る。そして背もたれに背を預け天井を見つめる私に、恋愛しろーおまえはヒロインなんだぞーと圧をかけてくるヒロインの文字。ヒロイン私じゃなくてあなたじゃないの。だって『ヒロイン』だし。
「ふー……」
さて、みなさん。私のこの状況は夢だと思いますか。それてもゲームの中に来ちゃったと思いますか。私としては夢である希望を捨てたくないのですが、痛みを感じるので現実な気もします。嫌です。ゲームはまだ始めたばかりでこのあとのストーリーとかわからないし、読み書きはハイハイレベルだし、ヒロインの文字にぶつかられるし……それなのに攻略キャラとは出会ってからいい雰囲気になってることに泣きそうです。
なんてことを思いつつ目を閉じる。
もし私がこの世界に来てしまったのなら、帰る方法があるはず。問題は私の全てがこの世界に来てしまったのか、それとも魂だけがこの世界に来てしまったのかだ。それによっても帰りかたが変わるだろうから知りたいところである。
そう思ったのも一度や二度ではない。ただ唯一それを知っているであろう文字にそれを問いかけると必ず私に背中を向けて『ンイロヒ』になって反応してくれなくなる。
「はあ……」
つまり帰り道や私の状態を知るにはハイハイレベルの読み書きから脱して、すらすら読めるレベルにまでならなければならないのだ。だけどそこで問題。ヒロインが私の邪魔をしてくる。それはもう恋愛しろーと訴えつつぶつかってくる。そのたびに意図せず恋愛イベントが発生して困惑する私がいるわけですよ。いただいた手紙も達筆すぎて読めずじまいですしね。それでも頑張って読めるよう学んでいるところなのでどうか許してほしいです。あと手紙を開いてやっぱり読めないと困っている最中に、なぜか手紙が透けて消えていく問題も発生中。なにがどうなっているんでしょうね……と、それは一度置いておく。
「……」
何度だって言うよ。だからこの世界の恋愛に読み書き必要なんだって。それによって好感度が上がったり下がったりいろいろあるんだからね。まだ始まりのはの字くらいのストーリーしかやってないけどその説明はしっかり、なかったな。ちょん触りくらいの説明しかなかったわ。あれ、これもしかしてあらゆる方向で詰んでるのでは。いやいやでも好感度の上がり下がりや付与効果についての軽い説明はプロモーションムービーであった、し……ん。軽い説明。ちょん触りくらいの説明。
「え? あ、と、ちょっと待って!」
私は手紙が必要だということは知っているけど、どういう便箋がいいとかはまったくわからない。でも攻略キャラからは綺麗だったり可愛かったりとセンスの良い手紙が届く。
「……そういえば」
あまり動けていない体育やまったく理解できていない座学でも授業が終わるとパラメーターが上がる音が聞こえる。それはつまり、みなさんが付与効果をつけてくれているからということだろうか。でも申し訳ないのですが読めていないし、透けて消えてしまっているのですが。あと、どこで私への好感度が上がったのだろう。主人公補正。ヒロイン効果か。
「こらこら。器用にほっぺをつつかないで」
きゅるんとした雰囲気を醸し出すヒロインの文字。表情、というか雰囲気が豊かだなあ。
「あなたって可愛いよね」
すっごくぶつかってくるけど。
じっとヒロインの文字を見つめていると、ヒロインの文字はまるで私を抱き締めるようにくっつく。
「っ……」
一瞬、愛らしい少女の姿が見えた気がした。その姿はパッケージで見たあの姿で。
「もしかして、あなた……」
私は言葉を続けようとしたけど、その言葉の続きを察したのかヒロインの文字は頬擦りするように動いた。そして茶目っ気ある雰囲気で離れていく。
今までヒロインの文字は私に恋愛しろーと圧をかけてきたり、私と攻略キャラをいい雰囲気にしたり、恋愛イベントを発生させたりしてきた。この行動についてよく考えると、もしかして……。
私はヒロインの文字から目を逸らすことなく私の考えを言葉にする。
「誰かの恋愛を見たいとか応援したいとか、そういう理由だったりする?」
ぱあっとヒロインの文字から小さな花が舞い、ぱちぱちと手を叩く音がどこからともなく聞こえてくる。どうやら正解のようだ。
「それなら別に私じゃなくてもいいんじゃない? 可愛いこや綺麗なこいるし」
ぶんぶんと大きくヒロインの文字が私の言葉を否定するように動く。そしてなぜか叱るような雰囲気を醸し出してきたので、口を閉じてヒロインの文字の主張を聴く。
ヒロインの文字は大きく動きながら私に話をしてくれる。ヒロインの文字の想いが私には理解できるので頷きつつ聴く。
「な、るほど……?」
ヒロインの文字の話はこうである。
この世界はゲームの世界であってゲームの世界ではない。元々はゲームの中だけに存在する仮想世界だったけれど、ゲームをプレイする人たちの強い想いによってこの世界は独立した別の世界として存在するに至ったとのこと。そしてこの世界で自我を持ち強い力を得たのが、ゲームの主人公である彼女。彼女は仮想世界での記憶があった。だから自我を持った彼女は「誰かの恋愛をそばで応援したい」と強く思ったらしい。自分は今まで多くの人と一緒に、様々な想いを抱えながら恋愛をしてきたからと。今度は自分が寄り添いながら誰かの恋愛を応援したい、その強い想いが力を発動させた。私たちの世界からこの世界へと人を一人引き込む力を。そして選ばれたのが私。どうやらヒロインの想いを無意識に受け取り返事をしていたらしい。しかもそれができたのが私だけだったらしく、受け取ってもらえたことが嬉しくなってはしゃいだとのこと。
「わあ……」
知りたくなかったことを知ってしまったぞ。いや、知ることができてよかったんだけど……こう、絶妙に複雑な気持ちです。
「契約しちゃってるのかあ……」
ゲームをしながらヒロインが出した契約書にサインをしてしまったらしく、それが理由で私はここにいる。つまり私が今までヒロインの文字にぶつかられていた理由は「契約違反だぞ」である。そりゃあぶつかられてもしかたないわ。だって恋愛しますって契約書に書かれているのに恋愛しないで勉強してるんだもの。でもね……。
「理解できていない契約書にサインしたので無効じゃないかなと思うのですが、そこはどう思います?」
ヒロインの文字は「はて? なんのこと? わたしの想いを受け取ってサインしたのあなたでしょう」という雰囲気で傾く。
「こらこらこら。なに自分は悪くないみたいな傾きかたしてるのさ。あなたも悪いでしょ」
私がそう言うとヒロインの文字は悩む素振りを見せて、少しの間のあと閃いたみたいな感じで動く。
「つまり私が攻略キャラの人たちと本気で恋をしたら帰してくれるのね……わかった。でも私の片想いでもいい? もし相手も私のことを好きになってくれて相思相愛になったら相手を傷つけることになるから」
ぶんぶんとヒロインの文字は否定するように動く。そして「相思相愛でなければ意味がない」と言う。
私は目を伏せて考える。
本気で好きな人ができて、その人と離れたくないと思う日が来るだろう。それでも私は好きな人より、家族を選ぶ。私はこの世界にはきっと残らない。だからこそ私の片想いで終わらせたい。まあ、ヒロインのおかげで攻略キャラとはいい雰囲気だけども。
「え? なあに?」
ヒロインの文字は「帰るなら帰るでもいい。でもわたしはハッピーエンドが好きだから任せて」と自信満々に想いをぶつけてくる。
「……それじゃあ、任せる。私はとりあえず読み書きハイハイレベルから脱する。やっぱり手紙読めないの嫌だし、私も書きたいから。だから一緒に頑張ってほしい」
ヒロインの文字はぱあっと花が咲いたように嬉しそうにして、私にすり寄る。
「あとね、今までいただいた手紙や相手の心をあなたがどうにかしてくれていたと思うんだけど……」
私はヒロインから少し距離をとり言葉を続ける。
「この世界にいる人たちは私と同じように生きているからちゃんと向き合いたいの。だから今までのように無理やり恋愛させるようなことをしないで見守ってほしいし、私が相談したら助言とかしてくれると嬉しい」
ヒロインの文字は了承してくれたみたいで頷くように動いた。
「ありがとう」
とりあえず明日から読み書きと運動、それから恋愛を頑張ります。ヒロインと一緒に。




