第4話 相性がいいと、いい匂いがする?
保健室で黒月先生の話を聞き終えた俺となのかは、そのまま一緒に下校していた。
家が隣で向かう先もほぼ全く同じだからさ。
そりゃ肩を並べて帰るよねって。
だけど――道を歩く俺となのかの間の空気は、どうしようもなくギクシャクしていた。
「「……」」
学校を出てから、俺たちは黙ったままなにも話さない。
……保健室を出てからというもの、ずっと心臓がドキドキしっ放し。
変に意識しちゃって、碌に会話もできない。
会話しようにも、全然話題が思い付かない。
……気まずい。
もう、この空気感に耐えられそうにない。
な、なにか喋らなきゃ……。
「あ、あのさ」
「ふぇ!?」
俺が話しかけると、なのかはビクッと肩を震わせる。
「そ、そんなに驚くなよ……」
「ご、ごめん……」
「……」
「……」
また沈黙。
あ~~~~もう!
なにか話さなきゃって思ったばっかりなのに!
なにか、なにか話題を……!
なんてことを考え、俺が一人悶々としていると――
「え、えっと……その……」
今度は、なのかの方が口を開く。
「私って普段、自分を負けヒロインとか言っちゃってたけど……勝ちヒロインになっちゃった、のかな? な、なんて……」
にへら、となのかは不器用に笑う。
――たぶんそれは、彼女なりの精一杯のジョークだったのだろう。
もう表情がカチコチで、かなり無理して笑顔を作ってるのがありありとわかる。
きっと彼女も、内心ではドギマギしっ放しなのだと思う。
「……」
そんな彼女のジョークを聞いて、俺は思わず口をポカーンと開けて呆然。
上手い切り替えしが思い付かなかったというか、頭の中が真っ白になってしまった。
「ちょ、ちょっと! なにか言ってよ!」
「え!? ああその、ごめん……」
「もう……恥ずかしいじゃない……」
自分の言ったジョークが通じなかったと思ったのか、なのかは恥ずかしそうに顔を真っ赤にする。
もう耳まで真っ赤っかだ。
――そんなこんなで会話らしい会話もできないまま、俺たちはもうすぐ家が見えてくる距離までやってくる。
「もうすぐ家に着く、けど」
「……」
「なのか?」
「ね、ねぇ、ハジメ……?」
なのかが立ち止まる。
俺も合わせて立ち止まり、彼女の方へと振り返る。
なのかはモジモジとしながら、一向に俺と目を合わせようとしない。
だが、どうもなにかを言おうとしているらしく――
「えっと、その……今日、ハジメの部屋に行っても、いい……?」
▲ ▲ ▲
「ど、どうぞ」
「お、お邪魔、します……」
おずおずと俺の部屋に入ってくるなのか。
……なんだかんだ、もうずいぶんと久しぶりになる。
彼女が俺の部屋に来るのは。
幼い頃はよくお互いの部屋に遊びに行っていたものだけど、年を経るにつれていつの間にか部屋に出入りしなくなった。
そりゃ年頃の男女が幼い頃と同じようにじゃれ合うワケにもいかないから。
一応、俺たちって年齢的には思春期真っ盛りではあるので……。
だから、なのかが俺の部屋に入るのはかれこれ三~四年ぶりくらいになると思う。
「う、うわ~、ハジメの部屋ってば昔と全然変わってないな~」
「そ、そう? 結構色々と変えたつもり、なんだけど……」
「「……」」
また、俺たちはすぐに沈黙。
もう全然会話が続けられない。
俺は深く息を吸って少しでも心臓を落ち着かせ、
「とりあえず、座りなよ」
「う、うん」
なのかをベッドの上に座らせる。
俺も机と一緒に置かれた椅子に腰かけようとするのだが――
「ね、ねえ」
「うん?」
「ハ、ハジメも……こっちに座ってよ」
「……え?」
「ここ。わ、私の隣」
ぽんぽん、となのかはベッドの上を優しく叩く。
ここに座って、と催促するかのように。
「いや、あの……うん」
断る理由も特にない。
というか頭が真っ白で、もうなにも考えられなかった。
――俺はなのかの隣に、ゆっくりと座る。
ベッドの上で彼女と肩を並べた瞬間、俺は自分の胸の奥がよりドキドキと鼓動を早めるのを感じた。
「「……」」
なんとなく、わかる。
なのかも滅茶苦茶ドキドキしてる。
でも俺だって、もう緊張で口から心臓が飛び出そうなくらいだ。
――部屋の壁に掛けられた時計のカチカチという音が、異様に大きく聞こえてくる。
俺の家族は皆外出中で、家の中は俺となのかの二人だけ。
つまり――どんな会話をしようが、なにをしようが、誰にもバレないってこと。
静寂と沈黙にいよいよ耐え切れなくなったかのように、
「ね、ねえ、ハジメはさ、聞いたことある……?」
なのかが、そう切り出した。
「な、なにを?」
「い、遺伝的に相性のいい人って……凄く、いい匂いがするんだって」
彼女はそう言って、ベッドの上でグッと距離を詰めてくる。
俺たちの距離感は、もうピッタリと肩が触れ合う近さだ。
「ほ、本当かどうか……私の匂い、嗅いでみてよ――」
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