第12話 負けヒロインの性癖?
《愛染なのか視点》
「…………へ?」
「あるだろ? 特定の匂いを嗅ぐと興奮するって性癖。アレかって聞いてる」
「いっ、いや、性癖って……!」
聞かれて、思わず顔が熱くなる。
私はどちらかと言うと、友人たちとあまり大っぴらには性の話をしない方だ。
勿論、興味がないワケじゃないけど……。
やっぱり、は、恥ずかしくて……。
逆にミネやテニス部の友達なんかは、割と性の話題にオープンな方。
むしろ積極的に話しているまであるかもしれない。
お陰で、たまに困っちゃう時もあるくらい。
「それでどうなんだ? お前は匂いフェチなのか?」
「そ、それは、その……」
……どうなんだろう?
私って匂いフェチなのかな?
少なくとも、これまで自覚したことはない。
誰かの、なにかの匂いを嗅いで興奮するというのは、ハジメのが初めてな気がする。
そ、そもそも、自分がなんの性癖を持っているのかなんて、考えたことも……!
「わ、わかりません……。匂いを嗅いで興奮したのは、ハ、ハジメのが最初で……」
「なるほど、なるほど」
黒月先生は身を屈ませ、足に肘を突いて考えるようなポーズを取る。
その表情は真剣そのもの。
どうやら先生にとっては、真面目な質問だったみたい。
「……性的趣向の如何を問わず、遺伝的相性が良すぎる相手の体臭に、自我を喪失するほど過剰な興奮を示す――か」
彼女は上体を起こして再び背もたれにもたれかかり、
「わかった、話してくれてありがとう愛染」
「い、いえ……」
「体質……と言っていいかわからんが、過去に【遺伝子相性診断】関連で同様の事例があったかどうか調べてみる。なにかわかったら教えるよ」
「はい……。あの、黒月先生、私ってなにかの病気なんでしょうか……?」
「さあ、どうだろ」
彼女は敢えて答えをぼかす。
養護教諭としてあまり適当なことは言わない、という彼女なりのスタンスなのかもしれない。
「遺伝子の相性ってのは、明け透けに言えば身体の相性だ。肉体的相性のいい相手を求めるのは一種の生理現象だし、匂いに惹かれるってのも別におかしくはない。フェチズムを病気と呼ぶなら、人類は皆病気ってことになるしな」
「は、はぁ……」
「とにかく、悪い方向に考えるなってことさ」
ニヤッと悪戯っぽく黒月先生は笑い、
「ま、私にとって一番楽ちんな答えは、お前が〝変態的なほど重度の匂いフェチに目覚めただけ〟――にしてしまうことなんだが」
彼女にそんなことを言われて――私はまた恥ずかしくなってしまう。
「ううぅ……私って変態だったんでしょうか……?」
「バッカお前、この場合の変態は褒め言葉だぞ。むしろ喜べ」
「え、えぇ……」
「よく言うだろうが、なんちゃら色を好むって。性癖がマニアックだったり性欲が強い奴ってのは、総じて人生を前向きに生きてる。いいことだ」
黒月先生は咥えていたタバコを口から離し、
「そもそもの話――光永の奴は、なんて言ってたんだ?」
「――!」
「お前が匂いフェチであることを〝嫌だ〟なんて、アイツは一言でも言ったのか?」
そう言われて、私はハッとする。
ハジメは……私が部屋で押し倒した時も、屋上でキスしようとした時も、私のことを受け入れようとしてくれた。
「嫌だ」なんて、一言も言わなかった。
むしろ――「嫌じゃない」って、そう言ってくれた。
わからない。
私に気を遣ってくれただけなのかもしれない。
ハジメは優しいから。
でも……一昨日も、それに昨日も、ハジメは私に興奮してくれていたように思う。
ハジメも、どこか嬉しそうに見えただなんて――私の都合のいい思い込み、なのかな……?
「お前は一人で思い悩む癖があるようだが、たまには大事な幼馴染とちゃんと向き合ってみるべきかもな」
それでも悩んだら私のトコに来い、と黒月先生は言うと、おもむろに椅子から立ち上がる。
そして机の横に置いてある女性モノの鞄の下へ行き、なにやら鞄の中へと手を入れる。
たぶん、あの鞄には黒月先生の私物が収まっているのだろう。
そしてなにかを掴み出すと、私の傍へと戻ってきて――
「ま、なんだ? 一応渡しておくぞ。手ぇ出せ」
「……? 渡すって、なにを――」
私は言われるがまま、手の平を黒月先生へと差し出す。
すると彼女は、そんな私の手の平に〝小さくて四角いピンク色の袋〟を置いた。
「――――ッ!? こっ、こここ、コレって、コンド――ッ!?」
「言っておくが、あくまで私個人の私物だからな。若さゆえの過ちが起きないようにって気遣いだ」
いつものように気怠そうな様子で、黒月先生は肩を竦める。
「生憎と男相手に使ってるモノじゃないから、そっちのアドバイスはできん。詳しい使い方は自分で調べるこった」
「……え??? あ、あの、男相手じゃないって、なら誰に――」
「聞くな」
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