第11話 頼りになる保健室の先生
《愛染なのか視点》
私が学校の屋上でハジメにキスを迫った、その翌日――
「…………んで、遺伝的相性が最高な幼馴染との関係に悩んでるから、私のトコへ相談に来た……と?」
場所は保健室の中。
黒月先生は椅子にもたれかかりながら、ものすっっっごく怠そうに聞き返してくる。
「はい……」
私の椅子に座りながらしゅんと縮こまり、気恥ずかしさと申し訳なさで顔を赤くしながら、小さく返事した。
「ハアアアァァァ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~…………」
生気のない目をしながら天井を見やり、長い長いため息を口から漏らす黒月先生。
「いやな? 私は一応、養護教諭だからな? そりゃ生徒の相談には乗るよ?」
「はい……」
「でもさぁ、幼馴染で仲良しで遺伝的相性が最高で、なのに恋人じゃなくて、オマケに距離感のとり方に悩み始めただなんて……そんな惚気話を聞かされる身にもなってみろ? お?」
「ひゃい……」
「こっちはな、もう三十路なんだ。すっかり男との結婚を諦めた婚期逃し女にとって、お前の話は聞くだけでメンタルがゴリゴリと音を立てて削られていくんだよ。わかる?」
「ひゃい……しゅみましぇん……」
肉食獣に追い詰められた小動物のようにカタカタと震え、謝ることしかできない私。
でも、黒月先生しかいないのだ。
遺伝的相性が〝最高〟であるが故に、幼馴染との接し方に悩んでしまっているなんて――そんな相談をできる人は。
だって彼女は、私とハジメの【遺伝子相性診断】の結果を知っている、ただ一人の人物だから。
黒月先生はボリボリと頭を掻くと、
「……スマン、タバコ咥えていいか?」
「あ、もしお吸いになられるのなら、私は全然――」
「保健室でタバコが吸えるかバカもん。それに私は生徒の前では吸わない主義だ」
そう言って彼女はポケットからタバコの箱を取り出し、一本のタバコを抜き取って口に咥える。
勿論、今言ったように火は付けない。
その慣れた動作から、黒月先生が普段から頻繁にタバコを吸っていることが窺い知れる。
たぶん、タバコを口に咥えていると落ち着くのだろう。
……なんだか大人の所作って感じで、ちょっとだけカッコいいかも、なんて。
「フ~~~……で、お前はなにをそんなに悩んでるんだよ? さっさと恋仲になっちゃえばいいだろうに」
「それ、は……そうなんですけど……」
「言いづらいことか?」
「……」
沈黙で私が答えると、黒月先生は「ふむ」と小さく唸る。
「おい愛染、あまり私を見くびるなよ」
「え?」
「確かに惚気話を聞くのは怠いが、これでも給料を貰って養護教諭をやってるんでね。それなりのプロ意識ってのは持ってるつもりだ」
彼女は曝け出された素足を組み、さっきまでとは違うやや堂々とした座り方になる。
「お前が相談するなら私は聞く。アドバイスが欲しいならしっかりアドバイスもする。勿論、絶対に口外はしない」
「黒月先生……」
「友達にも幼馴染にも言えないコトなんだろ? なら私が聞くぜ?」
フッと優しく微笑んでくれる黒月先生。
そんな頼りになる大人の姿に――私は全て打ち明けようと決めた。
「……ありがとうございます、黒月先生」
私は膝の上でキュッと両手を握り、
「実は……ハジメと遺伝的相性が〝最高〟だって教えられてから、自分がおかしくなっちゃったような気がして……」
「と、言うと?」
「えっと……遺伝的に相性がいい人は、いい匂いするって言うじゃないですか」
「ああ、らしいな」
「私も、ハジメはいい匂いがするなって思うんですけど……ハジメの匂いを嗅ぐと、頭が真っ白になっちゃうんです」
ポツリポツリと、語り始める。
「凄くいい匂いだな――ずっと嗅いでいたいな――って思った瞬間、自分が自分じゃなくなるみたいになって……」
「……」
「どうしようもなく、ハジメが欲しくなって――止まらなくなっちゃうんです。その感覚が怖くて……」
「ふーむ……」
黒月先生は前髪をグッと掻き上げ、なにやら考える。
「その欲しくなるってのは、性的衝動が暴走する――ってコトか?」
「はい……」
「なるほど」
腕組みをし、足を左右組み替える黒月先生。
そして数秒ほど無言となった後、
「もう一つ、突っ込んだ質問をしても?」
「大丈夫、です」
「愛染、ズバリお前は――〝匂いフェチ〟か?」
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