ゆいこのトライアングルレッスンU2〜パティシエひろしのほろ苦い恋〜
その日、わたしはひろしの店を訪れた。
「いらっしゃいま……ゆいこ!」
「予約してたチョコレート、取りに来た!」
「おう」
ひろしは、高級そうな箱に包まれたチョコレートをわたしの前に差し出した。
「ご注文は、こちらでよろしかったですか?」
わたしの目の前にいるのは、すっかり立派なパティシエになったひろしだ。
「これ、たくみに渡すのか?」
「えっ……? うん……まぁ……」
「そうか……」
ふと、ひろしの服装に目をやる。
「ひろし、そこのボタン、取れかけてるよ?」
「えっ? あ、本当だ」
「よかったら、わたしが今つけてあげようか?」
「え、いいのか?」
わたしは店の片隅で、ひろしの制服にボタンをつけ始めた。
「これ、試作品なんだけど、よかったら食べてみてくれるか?」
「わ、次の新作? 食べるぅ!」
わたしはひろしのチョコレートに手を伸ばす。
ひろしは、制服のボタンを見つめ、不意に言った。
「本当は、高校の卒業式の日、ゆいこに第二ボタン貰ってほしかったんだ……」
「へっ!? 何……それ……」
それは、忘れもしない。
ひろしとたくみの高校の卒業式の日。
× × ×
「ゆいこ! はい、俺の第二ボタン!」
「えっ……!?」
「お前にやるよ!」
「な、なんで!?」
「ゆいこに貰ってほしいから! これでも大変だったんだぜ? 第二ボタンを死守するの!」
そう言うと、たくみはわたしの手に第二ボタンを握らせた。
「へへっ。ゆいこは、俺の特別だからさ!」
キラキラした、たくみの笑顔が眩しかった。
モテモテだったひろしはというと、わたしが見た時には、制服のボタンというボタンが、全てと言っていいほどなくなっていた。
もちろん、第二ボタンも。
あの日、わたしの運命は変わってしまった。
× × ×
なんで今更、そんなことを言うの?
わたしはあの時、本当はひろしの第二ボタンが欲しかったんだよ?
どうして、違う女の子にあげちゃったの?
溢れ出しそうになった言葉を、わたしはグッと飲み込んだ。
「お菓子には、お菓子言葉があるんだ。知ってるか?」
「お菓子言葉?」
「チョコレートのお菓子言葉は、『あなたと同じ気持ち』」
「同じ……気持ち!?」
「あの日、たくみが第二ボタンをゆいこに渡すところを見て、俺は自分のボタンを渡すのをやめたんだ……」
「うそ……」
「バカだよな。俺も素直に渡せばよかったのに」
ひろしの想いを初めて聞いた。
「俺、まだ間に合うか?」
「へっ……?」
「もし、アイツのとこ行くなって言ったら、ここにいてくれるか?」
「それは……」
「まだあの日の第二ボタンがあるんだ。もし同じ気持ちだったら、受け取ってほしい」
ひろしはそういうと、わたしを後ろから抱きしめた。
「そんなの、ずるいよ……」
試作品のチョコレートは、とても、ほろ苦かった。
こちらは、原文のままです。ラジオを聴くと、少し下野さんアレンジ?が!!
恒例のトライアングルレッスンウィーク!
金曜まで毎日1作品ずつ投稿します。
明日は『ひろしとたくみはドタバタ研修医』をお届けします。