9.相席の人
あの時の森田さんの勝ち誇った顔が忘れられない。きっと彼女は、自分と私の立っている場所が違うということを言いたかったのだろう。
どういう経緯があって、先生とやり取りするようになったのかはわからない。だけど先生だって、なんとも思っていない相手に教えたりはしないと思う。
だから、先生にとって森田さんは特別なのかもしれない。
「はぁ……」
考えれば考えるほど気分が沈んでいく。これでは何のために外へ出てきたのかわからない。
ちょっと休もう、そう思った私は喫茶店に入ることにした。
──カランカラン
鐘のついた扉を開けると、珈琲の香りが鼻孔をくすぐった。
「いらっしゃいませ」
さほど広くない店内を見回すと、席はたくさんの人で埋まっていて座れなさそうだった。
(ついてない……)
肩を落とす私に店員が声をかけてきた。
「申し訳ございません。ただ今混み合っておりまして、相席でもよろしければすぐにご案内させていただきますが、いかがいたしますか?」
「相席……」
店員が手をむけた方向には、一人分の席が空いていて、相席の人は後ろ姿しか見えなかったが男の人のように思えた。
『ちょっと後ろ姿が先生に似てる』なんて考える私は、だいぶ重症なのかもしれない。
「相手の方は、相席でも大丈夫なんですか?」
確認の為にそう聞くと。
「あぁ、大丈夫ですよ。文句は言わせないので」
「……え?」
店員らしからぬ言葉が聞こえた気がしたけれど、さすがに気のせいだろう。
(特に話すわけではないし、向こうもいいなら気にしなければいいかな)
「じゃあ、お願いします」
「かしこまりました」
席の近くへ行くと、相席の人に店員が声をかけた。
「席がここしか空いてないんで、相席させてもらいますねー」
「は? ちょ、おい」
「お客様、どうぞ」
(え、なんか大丈夫?)
明らかに相手の人に許可を得ていない感じだったが、店員に向かいの席へ促され、とりあえず頭を下げて座ることにした。
気まずさに顔を上げられず、そのままメニュー表に目を通していると、二人のやり取りが耳に入る。
「別に帰ってもいいんですよ?」
「おま、俺来たばっかなんだけど」
「冗談ですよ。珈琲もう一杯サービスしてあげますから、ね」
「……ったく、都合のいい奴だな」
(知り合いなのかな)
会話を聞いている限り、単なる客と店員の関係ではなさそうだ。それより、なんだか相席の人の声にすごく聞き覚えがある。
(まさかね……)
「つーか、仕事しろ仕事」
「おっと、大変失礼致しました。お客様、ご注文はお決まりでしたか?」
「えっと、カフェオレでおねが……い、し……」
注文すると同時に顔を上げると、相席の人もこちらを見ていたようで自然と視線が合った。
(え……)
頭が真っ白になる。
(相席の人って先生だったの!?)