表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/33

7.目的達成だけど、まさかの

 扉が開いていたのでドアを二度ノックしてから中へ入ると、先生が一人きりで仕事をしていた。


「おう」


 作業中の手を止めて、椅子をくるりと回して振り返る先生の顔色は昼間より良くなっている気がした。


(よかった……)


 ホッとして顔が綻ぶ。


「どーした?」

「えっと……今日は体調悪いのに、練習見てくださって本当にありがとうございました」


 近くに駆け寄りそう口にしながら深々と頭を下げると、先生が喉の奥でククッと笑う。


「わざわざそれ言いに来たのかよ。律儀なやつだなぁ、お前」


 先生が言い終わったのと同時くらいに頭を下げたまま持っていたのど飴を前に差し出す。


「あと、風邪じゃないのかもしれないけど、咳してたから……これしか思い付かなくて……」


(先生受け取ってくれるかな)


「たまたま持ってたから、お礼、です」


(いらないって言われたらどうしよう)


 心臓が口から飛び出そうなくらい鼓動が鳴り止まない。

 先生の反応が怖くて顔を上げられずにいると、手が軽くなったのを感じた。


(あ……)


「サンキュ! ちょうど痛かったからありがたくもらっとくよ。でも、風邪じゃねぇから気にすんな」


 ポン、と先生が軽く私の頭を撫でる。


「!」


 一瞬何が起こったのかわからなくて。

 それを理解した時には先ほどよりも心臓が壊れそうなほど激しく鼓動する。


(頭ポンて、頭ポンて! 先生が私の頭撫でたんですけど!?)


「七瀬?」

「……っえ?」

「なんだ、聞いてなかったのか」


 先生の口ぶりから、話しかけられていたらしい。あまりの出来事に動揺していて全く気づかなかった。


「す、すみません」


 慌てて謝ると、先生が後ろ頭を軽くかきながら先ほど言ったであろう言葉をもう一度口にする。


「明日の昼休みも練習するのか、って言ったんだけど」

「えっ? 明日もいいんですか?」

「やるなら付き合うぞ」


(本当? 先生と一緒にいられる時間が増える! 嬉しい!)


「やり──」


 先生からの提案は思いもよらないもので、感情のままに『やりたい』そう言いかけて口を噤んだ。


(いくら真面目に練習するといっても、不純な動機でこれ以上先生に迷惑かけていいのかな……)


 自分勝手な行動で、結果先生に無理をさせてしまったと反省したばかりだ。やりたいと言って本当にいいのだろうか。

 返答に悩んでいると不思議に思った先生が声をかけてくれる。


「どうした? 用事あるんなら無理しなくてもいいぞ?」

「あ……その、練習はしたいですが、先生の貴重な昼休み潰しちゃってるし、先生に迷惑かけてるんじゃないかなって、思って……」


 正直に思っていることを伝えると、先生が安堵したかのような息を吐く。


「なんだ、そんなこと気にしてんのか? 頑張りたいって言ってる生徒に指導するなんて、教師として冥利に尽きるからな」


 それに、と続けて。


「授業がない時にしっかり休んでるから心配すんな! しかもここはあんまり澤口先生こないから快適」


 と、悪戯っぽく笑ってみせた。

 先生は、生徒のことを本当に考えてくれていて、『やらなきゃいけない』とか『仕方ない』とか少しも思っていなかった。

 本当にいい先生なんだなと改めて思うし、先生のことがもっと好きになる。


「で、やるのか? やらないのか?」


 改めて先生がそう聞いてきて、私は少しだけ考えて笑顔で答える。


「よろしくお願いします!」


 少しでも仲良くなりたいと思う。

 少しでも先生の瞳に映りたいと思う。

 だって先生が好きだから。

 だけど、それ以上に先生の気持ちに応えたい。

 教えて良かったって思ってもらいたい。


「ははっ、はりきってんなぁ」

「そりゃあ、高得点目指してますから!」

「お前は練習すればきっと出来るよ」

「はい! 頑張ります!」

「おー」


──キーンコーン


 下校時間を知らせるチャイムが鳴った。

 話もひと段落ちょうどついたところでのタイミング。もう少し話したいけれど、これ以上いても不思議がられるだけだ。


(仕方ない……帰りたくないけど帰るか)


「せんせ……」


 『私帰ります』そう言おうとして、ふと先生に『七瀬』と呼ばれたことを思い出す。


「どうした?」

「……先生、私の名前知ってたんですね」


 不思議そうな顔をしているので、続けて話す。


「だって、いつも『お前』とか言うから、知らないのかなって思ってた」

「……くくっ」


 一瞬の間が空いたと思ったら、先生が突然笑い出す。


「ごめんごめん。だってそっちの方が呼びやすいだろ? こんなんでも、ちゃんと教えてる生徒の名前くらい把握してるって!」


「な? 3年D組七瀬葵サン?」


(下の名前まで……)


 受け持ちの生徒の名前だから把握してるはずだって希望はもっていた。でもそれ以上に先生が私を私だと認識してくれていて、おまけに下の名前まで覚えていてくれたことがわかって、すごく嬉しかった。


(今日一日で色んなことがあったけど、まずは目的達成……かな?)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ