5.急いでる時に限って時間が遅いのなんで
(まだ10時……)
いつもならとっくに昼休みになっている時間のはずなのに、今日は時間が経つのがとても遅く感じる。先程見た時は9時55分だったし、その前は50分だった。
時計にばかり意識が向いてしまって、授業の内容なんて全然頭に入ってこない。休み時間に友達から話しかけられた気もするけれど、どう返事をしたか正直覚えていない。
(まだ10時5分……)
時計を見ては、針の進み具合に溜息を繰り返す。
(はやく昼休み来ないかな……)
──キーンコーン
(きた!)
ついに待ちに待った4時間目の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「……今日はここまでですね」
手に持っていたチョークを置いて、徐に卓上を片付け始める先生の一つ一つの動作にやきもきする。
(早く、早く終わって)
「起立!」
「礼!」
(早く食べなきゃ)
イスに座るのと同時に、昼食のパンを鞄から取り出し誰よりも早く食べ始める。少しでも長く一緒にいたいから、一分一秒でも無駄にしたくない。
「あれ~? 葵どっかいくの?」
食べ終わって席を立つと、クラスメイトが声をかけてきた。いつもと違う動きをしていたし、不思議に思うのも無理はない。
でも、正直に言う訳にもいかない。
「ちょ、ちょっと用事があって」
「ふ~ん」
「5時間目体育でしょ? 遅れないようにね」
「う、うん。念の為ジャージ持ってくよ」
なるべく平常心で足早に教室を出る。深く聞かれなくて良かったと胸を撫で下ろす。都合よく着替えも持ってこれたし、あとは向かうだけだ。
(えっと、先生は体育職員室にいるんだよね)
たくさんの先生がいる職員室とは違い、体育館内を見渡せる場所にある、体育の先生のための職員室。授業がない時は大半そこで過ごしているようだ。
早く会いたい一心で、自然と足が小走りになっていく。生徒指導の澤口先生にだけは見つからないように気をつけて、階段も数段飛ばしつつ駆け下りて。
(おっと)
体育館へ向かう途中にある、壁面に設置されている大きな鏡の前で立ち止まる。
(どこか変なとこないかな?)
周りに人がいないのを確認してから髪の毛を手ぐしで整えて、スカートの裾をつまんでヒラヒラしてみたりと、身だしなみのチェックをする。鏡に向かって笑ってみせて、笑顔の練習も忘れない。
これから会うのは『好きな人』だから、少しでも可愛く映りたい。
体育職員室まであと少し。
もう少しで先生に会える──